ヴェルVS鳳凰・応龍
「取り敢えず無駄に被害を出さぬように結界を張っとこうかの」
聖戦の平原にて、ヴェルは巨大な体躯を持つ二匹の神獣、鳳凰と応龍と対峙していた。視界の隅には同じように九尾と霊亀と対峙している和人の姿が見える。どうやら和人も同じように結界を張ったようだ。
二人の張った結界は空間魔法とリンクさせてあり、結界の見た目は縦横50mずつの正方形だが、実際内部は縦横5kmと、見た目の100倍の広さを持っている。
「さて、では始めるとするかの?」
そう言ってヴェルは誰もが見惚れるような笑みで目の前の二匹に視線を投げる。
「まったく……ちょっと他より強いだけの人間が僕等神獣に挑むとは、身の程を知らない奴等だ」
「私達四人による戦いは数十年振りだったと言うのに……貴女方、簡単には死なせませんよ」
鳳凰と応龍は静かに、だが確かに怒りを多分に含んだ声音で言う。その威圧感はそれだけで大気を揺るがす程の圧力を持っており、意思弱き人々はたちまち意識を失い、下手したら死に至る程であった。この時実際ブレイアルの街では結界を通り抜けた威圧感を受けて、殆どの人々が一瞬意識を失ったり、あるいは急に足元がふらついて転倒すると言う事態が起こっていた。
数十キロも離れている街だからこそこれだけの被害で済んだのだ。もしこれがもっと近くで起こっていたならば、一瞬とは言え意識を失った人々はまず間違い無く危険な状態になっていただろう。それが目の前で起こったのならなおさらだ。
しかし目の前でその強烈な威圧を真っ正面から受けたヴェルは、意識を失うでも無く、ただ怪し気に口角を吊り上げた。
「ほーう、中々の威圧感じゃ。流石は神獣と言ったところか。だがまだ甘いの……二人掛かりでも私一人を怯ませる事すら出来無いとは……いや、結界は威圧感だけは通り抜けさせてしまうし、精確には向こうの二人の威圧感も合わさって四人掛かりかの?」
ヴェルは和人と対峙している二匹に視線をやり、だが、と一拍をおいて、言葉を紡ぐ。
「私一人すら怯ます事の出来無い程度の威圧感では、あの方にはまだまだ届かないのぉ」
挑発的に言う。
「貴様……絶対に殺してやる!」
それに遂に切れた鳳凰がヴェル目掛けて滑空突進をして来る。だが彼女等は自分達の威圧が効かなかった時に気付いていなければならなかった。目の前の相手が圧倒的格上だと言うことを……
しかし冷静差を欠いた彼女達は戦いを挑んでしまった。そんな彼女達にここから始まるのは戦いでは無い、ただの蹂躙である。
「良い突進だ。だが遅い!」
姿が霞む程の速度で突っ込んだ鳳凰は、自らの体に貫かれるヴェルを想像し、内心罵る。
(ふんっ、どんな強くても人間が我等に勝てるわけがありません。精々挑んだ者の強大さに恐れ慄いてください!)
だが彼女の考えは浅はか過ぎた。
「えっ?」
何が起こったか分から無いと言った表情で自分が攻撃を仕掛けた相手を”上空から見る”。
そう、ヴェルに突っ込んだ筈の鳳凰の体は何故か上空にあり、真上からヴェルを見ている形になっている。
「えっ?一体なに……っ⁉︎」
言葉を言い終わる前に鳳凰の体は急激に地面に向かって落ちていく。
「きゃああああっ⁉︎」
鳳凰の体が地面を捉え、そのまま捉えた地面を抉って行き、数十メートルの位置まで地面を滑って行き、ようやくその動きを止めた。この間、僅か2秒。応龍は動くことすら出来ず、今の出来事について思考を巡らせていた。
(今のは、鳳凰が突っ込んで行ったのを絶妙なタイミングで弾き上げたのか……しかも片手で……だがその後が見えなかった……状況を考えれば恐らく蹴り飛ばしたかしたんだろうが、僕の目でも分からなかった……)
「君は……一体何者なんだ……?」
応龍の表情に先程までの余裕の色が消え、相手を警戒する表情になった。
「ふむ、中々良い表情になったでは無いか。私の正体が知りたければ挑んで来い。さすればもしかしたら分かるかもしれんぞ?」
応龍の様子の変化にヴェルは楽しそうな表情を浮かべ、そう言い放つ。
「なら、そうさせて貰おう、か!」
応龍の口から巨大な魔力が放たれ、ヴェルに向かって一直線に飛んで行く。
「中々の魔力じゃがまだまだだ!」
それをヴェルは握り締めた拳で叩き付ける。
「なっ⁉︎」
「次は私の番だ」
驚愕する応龍に向けて、ヴェルは掌を翳した。
「『竜の吐息』」
竜形態で繰り出すそれとは比べ物にならない程微弱な威力だが、それは当人と馬鹿げた強さを持つ和人からしたらであって、応龍からしたらその威力でさえ脅威となるのだ。
「くっ!『水龍の飛膜』」
応龍は自らの体に龍を模した水を纏い、ヴェルの攻撃を防ぐ。しかし完全には防げなかったのか、体のいたるところから煙を上げていた。
「か、かはっ、かはっ」
「『紅蓮の火球』!」
口から血を吐きながら息をする応龍の後ろから、猛スピードで巨大な火球が飛んで来た。
「むっ、鳳凰か⁉︎」
完全に沈黙したと思われていた鳳凰からのいきなりの攻撃に流石のヴェルも動揺してしまい、その火球の直撃を受けてしまった。
「鳳凰⁉︎」
「はぁ……はぁ……すみません応龍……不覚にも少し意識を失っていました」
応龍の背後から現れたのは、案の定鳳凰だった。ただしその姿はボロボロで、美しい羽も今や見るも無残な事になっている。それは周囲に散らばる羽がよく物語っている。
「にしても、あの者は結局何者だったんでしょうか?私達神獣にこんなダメージを与える人間なんて初めてです」
「分からない……一体何者だったんだろう……」
鳳凰の言葉に微かに首を横に振る応龍。まだ傷が痛むのか、歯を食いしばっている。
「とにかく今は向こうに加勢しましょう」
鳳凰が見た物は、蹴り飛ばされて九尾と激突している霊亀の姿だった。
「ああ、そうだね。恐らくあの少年の方が今の少女より強い。あの二人だけじゃきついだろう」
そう言って動き出そうとした二匹だが、次の瞬間世界が反転した。
「なっ⁉︎」
「何だっ⁉︎」
「今のは驚いたぞ。まさか鳳凰がまだ動けたとはな……」
反転した視界で二匹が見た物は、先程とまったく変わっていない姿で立っているヴェルだった。
「な⁉︎私の【紅蓮の火球】は直撃した筈です!」
「ああしたさ。でもあの程度の火の玉で私に傷を付けられるとでも?」
ヴェルの言葉を二匹は途中までしか聞けなかった。何故ならヴェルが二匹に向けて無詠唱で魔法を放ったからだ。
「私の【雷の鉄槌】の威力はどうじゃ?」
「ぐああああっ⁉︎」
「うああああっ⁉︎」
ハンマーの形を模した雷が二匹の体を呑み込む。
【雷の鉄槌】を喰らった二匹の体は強烈な痺れを起こし、満足に動けなくなった。
「さて、次の一撃で勝負が決まるが、お主等には楽しませて貰った。だから礼に私の正体を教えてやろう」
そう言った直後、ヴェルの体が光に包まれ、余りの眩しさに二匹は目を瞑っしまった。
「我が名はヴェルフェン!太古の昔、神々と争いを起こした神竜じゃ!」
次の瞬間、二匹の視界に入ったのは30mを超える黄金の竜。
「あ、ああ……」
「ま、まさか……竜皇……様……?」
鳳凰は声にならない悲鳴を上げ、竜族に属する応龍は目の前の存在を知っていたのか、驚愕の表情で神竜となったヴェルを見つめている。
「神獣鳳凰、神獣応龍よ、お主等はよくやった。せめて私自身が手を下して逝かせてやろう」
ヴェルはそう言って息を吸い込む。
「『火炎の吐息』」
口に強力な魔力を含み、一気に吐き出そうとするヴェル。
ああ、自分はここで死ぬのか……
鳳凰と応龍は自らの死を悟り、それを受け入れるがごとく目を瞑り、来るべき攻撃を待った。
「待て!」
しかし幾ら待ってもそれが来る事が無かった。一体何がと思い恐る恐る目を開けると、目の前には一人の少年の背中があった。
「君は……」
応龍が少年に向かって口を開くと同時に、目の前の少年が何かを弾くように手を動かした。ついそれを目で追ってしまった応龍と鳳凰は、二人同時に固まった。
「なっ⁉︎あれ程の魔力を片手で……」
「信じられない……竜皇様の攻撃がこんなあっさり……」
二匹が見たのは、自分達に来る筈の炎だった。そう、目の前の少年はあの魔力を片手で弾いてみせたのだ。
「どうしたのですかマスター?」
更に驚いた事に、目の前の少年に竜皇たるヴェルが敬語を使ったのだ。
「こいつらは面白い存在だ。だから殺すのは惜しい」
「全てはマスターのご意志のままに……」
そして最後には跪いた。
一体この少年はなんなんだ?
二匹の頭を占めたのはその疑問だった。だが、そんな疑問も視界の隅に捉えた物を見て吹き飛んだ。
「九尾!霊亀!」
応龍が叫ぶ。そしてそれに釣られるように鳳凰がそちらに視線をやり、応龍同様驚愕に叫ぶ。
「二人ともどうしたのですか⁉︎」
その声を聞き、少年は二匹の方に振り向き、
「安心しろ。あいつらは気絶してるだけで死んじゃいねぇ」
安心させるように言う。
「た、確かにまだ二人からは魔力を感じます……」
「良かった……本当に良かった……」
どうやら神獣達は固い絆で結ばれているようだ。その姿に少年、間上 和人は微笑み、いつの間にか人間形態に戻っていたヴェルを抱き寄せる。
「どうやらあいつらは本当に仲良しみたいだな」
「そうだな……マスターはあやつらをどうするつもりなんじゃ?」
「ああ、まあ見てれば分かる」
そう言って和人は神獣達の方に歩いて行く。
「お前等に提案がある」
「提案?」
和人の言葉に首を傾げる二匹。
「ああ。単刀直入に言う。お前等俺と契約しないか?」
次回、和人VS九尾・霊亀の話を投稿して、その後ストーリーが進みます。




