王城の消滅
三章最後の話です。
思惑に気付いたからにはもう遠慮などする必要は無い。
「で?皇帝様よ、あんたは何で俺を呼んだんだ?」
気付いているが、あえて挑発的に言ってみせると、思った通りどんどん釣れる。この国の重鎮達は魚より馬鹿のようだ。
「貴様!皇帝陛下に何て口の聞き方だ!」
「多少有名になった程度で図に乗るなよこの薄汚い冒険者風情が!」
「陛下!このような無礼者に陛下の貴重なお時間を捧げる事なんてありませんよ!即刻処刑にしてしまいましょう!」
豪華な服装をしてジジイ共が次々と喚き散らす中、皇帝は静かに目を瞑り、不意に声を上げた。
「カズト・マガミよ。ワシ等はそちの気に障る事を言ったか?もしそれならば謝罪しよう。すまなかった」
「陛下!このような冒険者風情に頭を下げるなどあってはなりません!」
「そうです陛下!さっさと此奴らを処刑して、他の仕事に取り組みましょう!」
重鎮達が喚く中、いまだに頭を下げ続けている皇帝は、傍から見れば立派に映るだろう。だが、和人からして見れば不愉快極まり無い。その証拠に和人の表情は見るからに不機嫌になって行く。何故なら……
(世界を全て我が帝国の物に出来るならこの頭など幾らでも下げてやる。それにヴェルフェンと言ったか?中々の美しさだ。世界を我が帝国の物にした際には、この女をワシの妾にしても良いな……)
と言った心の声がバッチリ聞こえているからだ。隣を見るとどうやらヴェルも気付いたようで、顔を不快感で歪ませている。
一目見た瞬間、何か不快な物をこの皇帝から感じたので、読心魔法【コネクト】を無詠唱で発動しといたのだ。結果はこの通り、皇帝の考えは和人達を利用しようとした物だった訳だ。
「別に…….理由はあんた自身の心の内に聞いてみな。帰るぞヴェル」
「了解だマスター」
最早こいつらとは話す事など無いので、ヴェルを連れて早々にこの国を立ち去る事にした。
「待て!貴様等!皇帝陛下に対する数々の無礼、見逃す訳にはいかん!」
帰ろうとするが、近衛兵の中でも立派な鎧に身を包んだ女兵士が、俺達の行く手を塞ぐように立った。
「あんた誰だ?邪魔だからどけ」
苛立ち混じりに問うと、女兵士は、腰の剣を抜き放ち、その切っ先を俺に向けて怒鳴り散らして来た。
「私の名はレイル。レイル・フレアスター!皇帝陛下直属の近衛兵団の団長だ!貴様等ごとき冒険者風情が、皇帝陛下に対して無礼過ぎるぞ!今すぐ謝罪をして皇帝陛下の言葉に従え!さもなくばここで貴様等の首を斬る!」
女兵士改めてレイルの言葉に、待機していた全ての近衛兵達が剣を抜いた。エリックも戸惑いながらも他の者と同様に剣を抜く。
「貴様等……私とマスターに剣を向けるとは…覚悟は出来ておろうな?」
「剣を抜いたからには死を覚悟しろよ?それは脅しの道具じゃない、殺しの道具なんだからな」
周りの重鎮達はこれ幸いと喚き散らし、皇帝は無表情を貫いているように見えるが、その表情には僅かな苛立ちが見えている。
(ふんっ、今まで自分の思い通りにならなかったことは無かったんだろうな……典型的な権力に溺れた馬鹿の姿だ……)
「やれ!」
レイルが合図すると、近衛兵達は一斉に和人達に目掛けて襲い掛かって来た。
流石は近衛兵と言うだけの速さはあるが、和人とヴェルからしたら止まって見える程の鈍足さだ。
「その程度で私とマスターに挑むか……自らの実力を見直して出直して来るが良い」
「ヴェルの言う通りだな。せめて彼我の実力差くらい測れる程度の力は付けな」
一閃。
ヴェルと和人は腕を一閃しただけの一撃で全体の6割の近衛兵を吹き飛ばした。
「なっ⁉︎」
驚愕に目を見開くレイルに、和人は一気に肉薄し、その細い首を掴み持ち上げる。
「ぐっ、くぅ……この、はな、せぇ…」
「言ったろ?剣を抜いたからには死を覚悟しろって。それを聞いたにも関わらずお前等は剣を抜いた。それはつまり死ぬ覚悟があるって事でいいんだよな?」
レイルを睨み付けながらそう聞くと、レイルは涙を流し許しを乞うて来た。
「ごめん、なさい……覚悟なんて、ありません、で、した……ごめん、なさい……」
無様な姿のレイルを重鎮達が固まっていた所目掛けてぶん投げる。
「ひぃ⁉︎」
情け無い声を上げる重鎮達を一瞥し、辺りを見回すと、残った近衛兵達もヴェルに全滅させられており、無事なのは皇帝とビビっている重鎮達だけだった。
「さて、と……おい皇帝。何故俺が話すらせず帰ろとしたか分かるか?」
「……分からぬ……ワシが何か気に障る事をしたのか?」
少し考えた後ゆっくりと答える皇帝。どうやら本当に分かって無いようだ。
「なら教えてやる。俺は人の心の内を読める。お前の心は野心に満ち過ぎているんだ。俺達を自分の配下に加えて他の国々を侵略するつもりだったんだろ?俺はそれが気に入ら無かったんだ」
「っ⁉︎そんなこと……」
皇帝は否定しようとしたが、和人には心の内がバッチリ聞こえている。
(くそっ!この冒険者風情がワシの心を読んだだと⁉︎ふざけるな!ワシの考えは全て正しいのだ!他の者は全てワシの前に跪けば良いのだ!)
このように全く反省をしていない。
「反省が無いようだな……貴様等など、生きていても百害あって一利無しだ」
俺は皇帝と重鎮達に近付き、「絶望の王」を発動し、皇帝達の精神を絶望の底に落とした。
「や、止めよ!ワシは……ワシは……」
「うわぁぁぁぁ⁉︎」
「ヒィィィ⁉︎来るな!来るなー!」
「あ、ああ……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」
今、皇帝や重鎮達は自分が昔行った何かしらの後ろめたい事の夢を見ているだろう。ただし、自分がやられる側としてだけどな。
「行くぞヴェル……この城をこいつら諸共消しとばす」
「了解した」
皇帝や重鎮、近衛兵達を冷たい目で一瞥して、今度こそ帰ろうとすると、一人の若い兵士が血溜まりから起き上がりこちらに歩み寄って来た。
「ま、待って下さい!」
「エリックか……」
若い兵士ことエリックは、俺の前まで危なっかしい歩みでやって来た。
「まだ生きておったのか……中々しぶとい男よのう……」
ヴェルがトドメを刺そうとエリックに向かうのを手で制し、正面からエリックの瞳を受け止める。
「カズトさん、何故このような事をしたんですか……?」
「皇帝が俺達を利用しようとしたからだ。あいつの野望に付き合う気は無いからな」
玉座から転げ落ち喚いている皇帝を一瞥し、再びエリックと目を合わせる。
「そんな……僕は貴方を尊敬していた!それこそ重鎮の方々や団長が貴方の事を侮辱する度に、自分の事のように腹が立った程に!」
「……そうか」
エリックの言葉に対する俺の返答は素っ気無かった。
「カズトさん!僕は貴方を心から尊敬しています!お願します!皇帝陛下達を許して差し上げて下さい!」
ついには土下座まで始めたエリック。それを見る俺の瞳は冷たかった。
「お願いします……お願いし「悪いが俺は考えを変えるつもりは無い」……えっ?」
エリックは自分の心臓部分を貫通した刃を呆然と見つめ、その刃を持つ者の顔に視線を移し、再度声を上げる。
「えっ?カズト、さん?」
その言葉を最後にエリックの意識は闇に沈み、二度と目覚める事は無かった。最後にエリックが見た物は、絶対零度さながらの冷たい目をした和人の顔だった。
その日、ゼノシア帝国の上空に巨大な竜と、それに跨る謎の人物が現れ、謎の人物と竜は、巨大な光の奔流を放ち、ゼノシア帝国の王城を一瞬にして消し飛ばした。
王城だった場所には底が見え無い程の深さの穴がポカンと空いていた。
次回から四章に突入します。そろそろ番外編として、レティやアリアの話しを書こうかなと考えております。




