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狐の万屋さん  作者: 羽崎 暮人
御雷の愚怠狐
2/4

『御雷の愚怠狐』(1)


「めんどくせぇ」


彼のその一言はあまりに軽く、そしてあまりに重いものだった。







「ちょっとじんさん!そこ邪魔です!」

「……んん」


 古風で大きな屋敷の中を、持てる限りの掃除道具を持って縦横無尽に駆け回る少女が吠える。彼女は『桜芽さくらめ 千草ちぐさ(17)』。この屋敷でとある一家が経営する万屋よろずや、『番狐ばんぎつね』にて、庶務雑務をこなすバイトとして働く女子高校生である。ちなみに高2。

 整った顔や長めのポニーテールも、頭巾やマスクで隠れ、ジャージにエプロンで腰には掃除道具を装備。掃除のおばちゃんっぽさ全開の格好で走り回る。

 屋敷の入口の土間にて、応接用のお高そうなソファに寝転がる大男を叱咤し、パタパタと掃除を始める。

 邪魔扱いされた男はのそのそと起き上がり、ゆらゆらと揺れながら左側の扉に手を掛ける。


「塵さん!袴ちゃんと着る!」

「あーへいへい」


 だらしなくはだけた袴を指摘されるも直す気は無いようだ。

 男は扉を開け、先に進む。


「ったく…小うるさい奴だ。この塵椰じんや様を邪魔扱いするとは…」


 ぼりぼりと豪快に寝癖が暴れる頭を掻きながら、気だるげな足運びで扉の先を進む。

 彼はこの万屋を経営する一家、『御饌津みけつ家』の一人、『御饌津みけつ 塵椰じんや』。180後半の長身で、中々恵まれた体格ではあるが、いつも気だるげ。ボサボサの頭と虚ろな目で、生きてるのかもよくわからない。


「くぁ………はぁ…」


 欠伸をしながらおぼつかない足取りで歩を進める。

 屋敷の土間は左右と正面と2階へと別れ、土間正面は扉を挟みリビング。左右にも扉があり、その先は廊下と3つの部屋が並ぶ。どちらも突き当たりには応接室がある。2階正面は家主の部屋で、左右は1階と同じような造りになっている。

 1階左側廊下を進み、応接室の手前の部屋の前で足を止める。


『換気中!開けるな!』


 と書かれた板がドアノブにぶら下げられていた。


「……開けるなって……俺の部屋なんだが…ってかあいつ、野郎の部屋まで掃除してんのかよ…出るぞ…カッピカピのティッシュとか」


 特に気にする様子もなく、自分の部屋に入るのは諦めて隣の応接室の扉を開ける。17.5帖程の広めの部屋に、土間にある物と同じくお高そうな応接セットが幾つか並ぶ。


「あ?ココか」


 真ん中辺りのソファに腰を掛け、携帯ゲーム機をカチカチと操作する少年が居た。ジャージ姿でヘッドホンを装着し、黒縁メガネ越しに画面を見つめている。


「……」

「……(カチカチ」

「………」

「………(カチカチ」

「…………」

「…………(カチカチ」

(え?…マジでガン無視?)


 しばらく無言で、火傷しそうな程熱烈(呪われた死体のよう)な視線を送るが、完全に自分の世界に入っているようだ。

 彼も御饌津家の一人、『御饌津みけつ 心椰ここや』。

 癖っ毛のショートヘアーに気だるげな顔。黒縁メガネと赤黒いジャージがデフォルトで、いつもヘッドホンを装着しており、ゲームが音楽は手放さない。

 気だるげな雰囲気は塵椰と似た部分があるだろう。


(完全に自分の世界に入ってやがる…別に話す事も無いからいいけど…)


 入り口に近い位置にある二人がけのソファに寝転がり、心椰にもう一度目配せをしつつ、眠りにつく。


「……」

「……(カチカチ」

「………」

「………(カチカチ」

「…………」

「…………(カチカチ」

「……………」

「(カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッターン!」

「………………」


 



 塵椰は黙って応接室を出た。





「あいつはダメだ。肝据わりすぎ。鎮座だよ鎮座。肝鎮座。天変地異の中でもゲームしてるよ」


 ブツブツと文句を垂れながら来た道を引き返す。土間へ出る扉の前で足を止め、思考を巡らせる。


(土間は掃除してるし…反対側の応接室は女衆がいるしな…俺は構わんが殺される。リビングも寝るようなとこねぇし二階の部屋も空いてねぇし…)


 寝るためだけなら余計な思考も次々と出てくるが本人は至って真剣である。ふと、廊下の窓に目をやった。爽やかな緑の木々が緩やかな風に揺れ、柔らかい日光が降り注ぐ。


(………外だな)


 とりあえずは外に出るため、土間への扉を開ける。掃除機をかけながらバタバタと走り回る千草と目が合った。


「自分の部屋にでもいてくださいよ!」

「開けんなって札下げてんのちーちゃんでしょうよ」

「あぁそうだった。じゃあ応接室にでもいてください!」

「めっちゃ邪魔もん扱いやん。応接室はだめだ。肝鎮座ダンディズムボーイがいる」

「そりゃ邪魔ですよ!どうせ手伝ってはくれないし無駄にデカイし!何わけわかんない事言ってるんですか!」

「……なんかこう…ちーちゃんまで俺の扱いが酷いんだよな…。心配無用。俺ぁ外に行くから」

「ついでになんか飲み物買って来てくれていいですよ!」

「買い物行くわけじゃねぇ。俺をパシろうとするとはいい度胸だ」

「____使えない人」

「………………ごめん」


 バタバタと走り回っていたくせに、最後と言葉だけ立ち止まって真っ直ぐで冷ややかな視線と共に投げつけてくる。投げつけた後は何事もなかったかのように掃除を再開する。塵椰の心の中の何かが軽い音と共に砕けた。

 半泣きの大男はこれ以上の深手を負うまいと玄関の扉を開けた。


「あ?」

「お?」


 屋敷の玄関のすぐ横には特に用途はないベンチがある。寝る場所を追われた塵椰はこのベンチを寝床にしようと企んでいたが、既に先客が居た。


「んだこら犬っころ。そんなとこでぐったりしてねぇで庭駆け回れや」

「んだこら糞ナマズ。お前こそそんなとこほっつき歩いてねぇで自家発電でもしてろよ」

「あ"?」

「お"?」


 ベンチに寝転び、首の角度だけ変えて塵椰と目力の火花を散らす少年。

 彼も御饌津家の一人、名は『御饌津 隆椰たかや』。

 あどけなさの残る顔立ちで、人を惹きつけるような明るさを持つ少年だが、基本的に塵椰とは折り合いが悪い。過去に何かあった訳でもなく、なんとなくこんな感じになってしまう。当人達から言わせると『同族嫌悪』だそうだ。


「電気ナマズじゃねぇっつってんだろがチワワこら。黒焦げにすんぞ。自家発電は後でする」

「すんのかよ。今日のネタはなんだこらこのヒステリック魚類。お前なんて僕にかかればペラッペラの開きだぞ」

「かろうじて魚類よりは人間の顔だろよく見ろこのファンキー小動物。今日のネタは御饌津女衆の写真集だ」

「お前絶対その内バレて殺されるからな。後で貸して」

「お前もな。レンタル料は300円だ」

「値上げすんなバラすぞ」

「お前も死ぬ羽目になるぞ」

「300円だな?よかろう」


 田舎のヤンキーのような顔で睨み合い、互いに罵詈雑言を叩きつける割にはそこまで不仲にも見えない。折り合いは良くなくても気は合うのだろう。彼らが指す『写真集』『レンタル』が何のことなのか、ここでは触れない物とする。


「とにかく、俺はそこで寝る。そこを退けショタ犬」

「嫌だね。なんで僕がお前のために退かなきゃいけない。出直せゴリラ」

「よかろう。戦争だ」

「寝るのに必死かお前」


 いい加減顔面が固まってしまいそうなくらい睨み合う二人。街中にあれば周囲の人が喧嘩でも勃発するんじゃないかと心配するくらいの空気を発してはいるが、この二人であれば日常茶飯事である。

 かたや全力で怠けたい男。かたや目の前の男が気に食わない男。どちらも大それた物ではなかった。


「____こらこら。喧嘩はおやめなさい」

「「!」」


 はっきりと、強かに、それでいて穏やかに、妙な艶かしさを含む男の声が響く。

 その途端、そろそろ顔面の血管が切れそうなくらいにすごい顔で睨み合っていた二人が、何事もなかったかのように落ち着きを取り戻す。感情を無理矢理・・・・・・切り替えられた・・・・・・・かの様な・・・・変わり方だ。


「じいや…。言い合い止めるだけで能力ちからを使うんじゃねぇよ」


 塵椰がばつが悪そうにため息をつく。


「あなた達が喧嘩を始めてしまうと、止められる自信はありませんからね」

「……よく言うぜ」


 当人達のなんとも言えない感情を知ってか知らずか、声の主が玄関の方へ向かって歩いてくる。そこには、艶やかな声とは裏腹な、若々しい青年がいた。

 彼もまた御饌津家の一人。名は『御饌津 解椰ときや』。絹のように光る長い白髪のポニーテールが印象的だが、対照的に真っ黒な燕尾服に身を包んでいる。整った顔立ちではあるが糸目で考えが読めないところがあり、塵椰は苦手意識があるようだ。番狐の中では執事の役割を担っていて、家事全般や職務のサポートを行っている。


「買い物か?」


 パンパンのビニール袋を手に持っているので、買い物である事は容易に想像できたが、特に話す事もないので適当な話題を振る。そんな塵椰をさておき、隆椰は日差しの中で眠りについた。


「ええ。当分の食料と、事務用品も切らしている物が多かったので。手伝って貰ってますので、そろそろお戻りになると思いますよ」

「(寝やがったこの駄犬…)あ?手伝い?誰が?」

「今日は猫枦めうろさんと咲枦さきろさんに」

「ほぉ…ってぇと、雪ちゃんが仕事に行ってんのか」

「そうです。今朝方出発したので、彼女もそろそろお戻りになると思いますよ」

「あっそ」


 なんとなく聞いてみたはいいものの、他人は他人、自分は自分の根性が染み付いている塵椰には、いくら身内であっても何をしてようが特に興味はなかった。


「私も掃除をしなければ。千種さんに全てお任せするのは荷が重いでしょうしね。失礼します」


 解椰はそう言い残し、屋敷へと入って行く。玄関先で取り残される塵椰。横にはベンチで安らかに寝息を立てる隆椰。


「……チッ」


 小さく舌打ちをして、ベンチを奪うのを諦める。『寝てるからかわいそう』よりは『起こすとめんどくさい』の気持ちが正しい様だが、気持ち良さそうに眠っているのを叩き起こすのは気が引ける様だ。

 塵椰が呆然と空を眺めていると…。


「あの…」

「ん?」


 身内ではない声で話しかけられた。声の主は男性で、若年とも中年とも言えない、20代後半〜30代前半くらいの印象を受ける。

 男性を少しだけ見つめ、ため息混じりに頭を掻きながら呟いた。





「____ようこそ。万屋番狐へ」






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