捻くれ者、我を忘れかける。
時間は流れて放課後。
僕は貴重な睡眠時間の一端であるはずの、全休み時間を、黒羽四葉への、会話というなの尋問に費やそうと考えていたが、やはり現実はいつだって非情で、彼女は、休み時間になるたびに、取り巻きを連れてどこかに行ってしまった。
流石に、あいつが一人の時以外に話しかけると、というか話しかけると、不審に思われ、警戒される可能性があったので、自粛。結局は睡眠に費やすことになったのだった。
従って、必然的に、彼女を問いただすならこの放課後しかないわけなのであったが、当の黒羽四葉は、終業の鐘がなった途端に、HRをすっぽかし、教室を後にしてしまった。
となると、どうしても問いただすのは明日以降になってしまうわけだ。
どうしたもんかと考えながら、僕は教室をあとにする。
夕暮れと共にに後にできれば、実に様になったのであろうが、時刻はまだ3時過ぎ。日は未だ高い。
この体になってからと言うもの、日というものが実に恨めしく感じるようになった。
目は痛いし、肌はじわじわと焼ける。そしてそこから途端に再生する。そんな感覚を、今から覚えねばならないということに、僕は思わず歯の根を潰さんばかりに、虚空を噛み締める。
まあ、潰れても再生してしまうのだけれど。
僕はなるたけ下を見ながら、歩をすすめる。階段を下り、靴を履き替え、昇降口を出る。
すると、暗く冷たい校舎の影から、件の恨めしく憎たらしい日の下に出る。
思わずまたしても、歯の根を潰さんばかりに、虚空を噛み締めてしまう。
剃刀のように鋭い犬歯が、下顎の表皮に突き刺さってしまう。
その痛みに、顔を顰めながら、反射的に、顎の力を緩める。
しかし、またしても再生してしまったその表皮に僕はまたしても剃刀のような牙を突き立てる。
口の中に、忌々しい血の香りが満ちていく。
それは実に鉄っぽい味がした。それも恐らく赤いんだろう。
人間と同じように。
でもそれは、人間のものではなく、鬼のモノだった。殺人鬼のモノだった。
光が否定する者の、モノだった。
だから太陽を恨めしいと思うのは筋違いだ。
悪いのは、僕なのだから。光の中にいたものを殺してしまったのだから、仕方がない。
これは僕に対する罰の一端なのだ。
だからそれも甘んじて受けよう。それが僕の―――罰なのだから。
そうして自身の罪に対する罰を、甘んじて受けつつ歩いていると、僕は校門の前に佇む、一人の影法師を見つけた。
その影法師は、ショートカットで、スカートを履いていた。
その影法師は、「やあ。」と、気楽な挨拶をよこした。
これもまた、僕に対する罰だった。というか、僕の被害者だった。
木通最中だった。
前回から一週間だから、恐らくあの日だろう。
あの日というのは、女の子の日という意味ではない。
言わば被害者の日だ。彼女の半分を占める、占めてしまっている、鬼の最も暴れる日である。
もちろんこれも、女の子の日という意味ではない。読んで文のごとくである。
彼女は、半分が鬼なのだ。僕によって、体の半分を、鬼にされてしまっているのである。
つまりは、化け物。怪異である。怪異になって、しまっているのである。
彼女の親御さんは、このことを知らない。彼女の意向によって知らない。
まあ、当然である。
普遍的な親であれば、「子供が半分鬼になりました。」なんて信じないし、信じさせたとしても、その親は混乱するだけだ。心配をかけるだけだ。
だから彼女は話さない。
誰にもその事を打ち明けない。打ち明けられない。
僕もそうだが、こんな珍しい者だ。下手に動くと、どっかの研究者が、僕たちの体を弄り回さないとも限らない。ソースは漫画アニメゲーム等だけれど、実際に弄り回された後では遅いし、彼女をより傷つけることになる。
だから僕はなるたけ、彼女の体質がバレないように動いている。
そして、誰よりも彼女の人権を尊重し、彼女の心の安寧の為に存在し、彼女の命令には逆らわない。
それが、僕が僕に課した「罰」であり、僕の信条である。
彼女が何かをねだれば、僕の全力を尽くして手に入れるし、僕の持ってる物は、何でも献上する。あるかどうかも分からないが、命だろうが何だろうが献上する。するつもりだ。
なら何故今、僕が生きているかと言えば、一重に、彼女の恨みからなのではなかろうか。
僕は当初、彼女の安寧の為に必要な物を手に入れたあと、死ぬつもりだった。
「死」に逃げるつもりだった。
しかし何故僕が今生きているかと言えば、彼女が望んだからである。
つまりは僕の逃げ道を塞いだ。
つまりは恨みである。
しかし、それは彼女の心の安寧のために、必要な物資だったのだろう。
だから彼女の恨みを、僕は謹んでお受けする。
それが僕の、「罰」だから。
僕は「よう。」と返しつつ、彼女に、いつも通り歩み寄る。いつも通り歩み寄り、彼女の一メートル隣に侍る。そして、彼女が歩を進め始めるのに合わせて、歩を進め始め、歩調も合わせる。
すると彼女は、いつも通りの人好きのする笑顔で、話題を切り出した。
「黒羽さんの告白、断ったんだってね。」
よくもまあ、恨んでもいるはずの人間に、笑顔を向けられるモノだと、感心しつつ、僕はいつも通り答える。
「ああ。そうだよ。」
「なんで断っちゃったの?勿体無い。」
「何で僕が、人と付き合えると思うんだよ。三日で破局できる自身があるぜ?めんどくささで。」
「あはは。流石剃刀。キャラがブレないね。あたしはあんたがホモなんじゃないかとすら思うよ。」
「まずほかの奴らみたいに、キャラ作ってないからな。それと間違ってもホモじゃねぇ。そもそも男子と仲良くしたこともねぇからな。」
「えぇ。残念だな。あんたがホモだったら、あたしとしては相当にポイントが高かったんだけどな。」
「お前そんな趣味してたっけ!?」
そんな話は聞いたこともないぞ!?
すると彼女はふふんとでも言うような表情しつつ言う。
「何を今更。あんた、あたしがその手の本買うのに付き合ってくれたことあったじゃんか?」
「えぇ。嘘。そんなことあったっけ?」
すると彼女は、軽く嘆息しつつ言った。
「まあ、あんたはあたしの買い物の内容に、大して興味が無いみたいだったから、別にいいんだけど。付き合いもいいし。」
彼女はそういうと、少しそっぽを向くような仕草を見せた。
「まあ、確かに興味はなかったけれど、お前が買うものの表紙くらいは、嫌が応にも見えたんだが、そんな表紙はなかったぞ?そういうのって、表紙である程度わかるもんなんじゃないのか?」
「わかるもんだぞ?」
「ええ。じゃあなんで・・・・」
と、言ったところで、僕は「あっ。」と思い至る。
「そう言えば、僕はお前が高校一年生が行くべきではないコーナーに入る時には、入っていかなかったのだけれど、まさか・・・・」
すると彼女は、右の拳を、左の手のひらに、「ぽん。」という音と共に、落し言った。
「ああ。そういえば・・・」
「はぁ。」
僕は、彼女のいつも通りの調子に嘆息する。さらっと自分のエロ本の内容の一端晒してんじゃねぇよ。
「ちなみにあんたはどんなの持ってんのよ?」
「いや、なんで人に自分のエロ本の内容教えなきゃなんねんだよ。」
「てことは持ってんだ。」
「・・・。」
僕は彼女のしてやったり風な顔を見て、言葉を失った。
「で、どんなの?」
「うるせぇよ。」
言えない。「魅惑の項全集!」だなんて言えない。
「まあ、どうせ、魅惑の項全集とか、そんな感じなんだろうけど。」
「なんで分かった!?」
こいつ、超能力者だったの!?心理掌握なの!?
「お、当たり?」
「・・・。」
こんのアマぁ・・・。
「いやぁ。さすが剃刀。項フェチとか変態力高いねぇ。」
「うるさい。女子力みたいに言ってんじゃあねぇよ。」
いいだろ。エロいだろ項。とくにポニーテールとかの時に、襟足がまとめあげられているが故に必然的に見える生え際とか。ロングのスリットの隙間とかからチラリと見える白さとか。
と、50分くらい、項の良さについて、奴に頭の中で講義してやろうとしていると、奴からお声がかかった。ちなみに、女の子は項があるが故に、髪は黒に限る。
「なんなら、舐めてみる?あたしの項。」
「・・・!?」
と、僕が驚愕の声を上げていると、彼女はその絹糸のようなショートの黒い髪を右手で右側に寄せる。すると彼女のまばゆく白い、艶かしくも美しい項は、必然的に彼女を軽く見下ろしていた、僕の視界に入った。そしてその髪を寄せる仕草もまた蠱惑的で、僕の視線をを食虫植物のように、彼女に釘付けにする。
「はあ。はあ。」
と、僕は気持ち悪いともとれる、荒く、微温い息を、小刻みに吐いた。
しかし、彼女はそれにも構わないとでも言う様に、項を、急所を僕の前に無防備に晒しつつ、そのままの姿勢で佇んでいた。
待て。これは明らかに何かの罠だ。罠なんだ。罠なのに、―――舐めたい。舐めたい。
その感情に呼応する様に、僕の目は熱くなっていった。赤みを、帯びていった。その熱は、赤みは、妙に心地よく、それもまた、僕を彼女の項へと誘惑した。
しかし僕はその熱さの正体に、気がついてしまった。
気づくが早いか、僕はその剃刀のような牙を、思い切り、舌に突き立てた。
口の中に、微温い、人肌程度の温さの、液体が感じられた。
僕の口内が、鉄の香りで満ちた。
その香りに、彼女もまた気づいたのか、驚愕の声を上げつつ、僕に駆け寄った。
「大丈夫!?」
と、彼女は僕の状態を確認する。バカが。状態確認するくらい不安なら、僕から離れろっての。
そうは思いながらも僕は、男子にしては長い襟足を、右に除ける。すると、必然的に、僕の首筋は、彼女の視線に晒された。
すると彼女は、僕の意図を、きちんと理解してくれたのか、僕の首筋に、僕のものよりかは丸みを帯びた、犬歯と門歯を突き立ててくれた。
そして僕の、血を、化け物を吸ってくれた。すると僕の顔色は、次第に青みを帯び、心地よかった、瞳の熱は、直様引いてくれた。そして引いていく熱と比例するように、僕の意識は、暗転していった。