捻くれ者の受刑。
黒羽四葉は、高く高く咆え立てたあと、ひとっ飛びで一直線に僕に向かってくる。
拳を強く強く握り締めながら。
おそらく彼女は、僕に振られたことに、怒りを感じているのだろう。仮に本当に僕に惚れていたのだとしたら、悲しませてしまったのだろう。
ムカついただろう。傷ついだだろう。自身を失っただろう。
それこそ、鬼に魅せられるほどに。
―――ごめんなさい。
僕には、君に謝罪の言葉を投げつけることしか出来ないけれど。君の怒りを、受け止めることしかできないけれど。
それだけで、おさめてくれ・・・・ッ!人を殺すことだけは、しないでくれッ!
そんな悲痛の叫びと共に、僕は思わず、両手を目の前で交差させてしまった。しまった。
ダメなのに。――全て受けてやらなければならないのに。
黒羽四葉の拳が、大きく振りかぶられ、ちょうど僕の腕と腕の交差点に飛んできた。
今更防御を解くような時間もない。
僕は腰を落し、襲撃と受容の衝突に備える。
しかし、黒羽四葉の拳は、僕の胸部を貫いた。易易と、それこそ豆腐に包丁を入れるように簡単に、僕の胸部からは心臓まるまると、と肺の大半が吹き飛んだ。
血は噴き出出され、吐き出され、空で踴る。僕を化物たらしめる最たるものが、僕の体内から流れ出す。
「がはっ・・・・!!」
激しい痛みに、足がガクガクと震え、腰が浮きそうになる。―――ダメだ。ここでたおれてはダメなんだ。
僕が、僕が彼女を悲しませてしまったのだから、怒らせてしまったのだから。―――鬼にしてしまったのだから。
例えそれが僕をからかおうとしたこと故であっても、それは僕が彼女の告白を切り捨てたせいであるだろうから。
―――報いは、報いだけは、受けなくてはならない。
―――人を地獄に引きずりこんでしまった報いだけは。
彼女だったものは、彼女の憤怒と悲嘆そのものは、莫大なエネルギーを秘めた腕を、またしても振り上げる。まだ自分の怒りは収まっていないと、誇示するように。
―――いいぜ。もっと来いよ。その方が、償った気になれる。
そうして、振り上げた莫大な、それこそ一町程度なら軽く吹き飛ばせそうなエネルギーは、必然的に振り下ろされた。僕に、振り下ろされた。僕の右肩に、深く深く食い込んだ。
そして、そんな莫大なエネルギーをぶつけられた俺の右肩は、弾けた。
僕の肉片が、僕の顔につく。
気色が悪い。
気色が悪い。気色が悪い。―――この肉片が、弾け飛び、宙を舞う右肩より先が、直様蒸発し、跡形もなくなり、ほんとうに何事もなかったかのように、僕に右肩より先があるのが、気色が悪い。今開けられた腹の大穴が、無かったことになっているのが、気色悪い。膝より先を吹き飛ばされても、浮遊もせずに立っていられるのが、二本の足で、大地を踏みしめられるのが気色悪い。眼前に拳が見えた直後に、世界が、視界が暗転したはずなのに、世界が見えているのが、首から先があるのが気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
何故僕の右肩より先はある?何故胸と腹に風穴が空いていない?何故僕は日本足で立っている?なぜ僕の視界はある?なぜ僕の首から先はある?―――何故僕は、生きている?
僕は発狂しそうに、というか既に発狂している精神を抑え、抑えに抑え、弾圧すると、僕はこみ上げる吐き気を、こみ上げる吐き気がすぐになくなることに対する吐き気を抑え、僕の掘削作業中の一本角に、こう言い放つ。
「どうしたどうした!?お前の感情の丈はそんなもんなのか!?ほら!もっとぶつけてこいよ!そんなんじゃあ、僕をドMに、変態に目覚めさせることもできねぇぜ!お前の全部をぶつけてきやがれよ!黒羽四葉!僕だけに、ぶつけてこいよォ!」
それを聞いてか聞かずか、その言葉を堺に、黒羽四葉の蹂躙は、暴力は、罰は加速し、とどまることは無くなった。腕がふっとんでは生え、腹はくり抜かれては埋め立てられ、足を切り落とされては、地面の感触を、足の裏で知覚し、首を吹き飛ばされては、頭が首と接合する。僕は死にに死んで、それでも死んだ。いや、僕はもともと死んでいるのか。死んだまま生きているのか。どっちにしろ、僕は生物ではなかった。―――化物だった。
それでも黒羽四葉の執念は止まない。鬼の怨念は終わらない。僕の制服は、一ヶ月着てようやく馴染んできていた学ランは、いつの間にやら、なくなっていた。穴を開けられ、腕を飛ばされ、切り裂かれ、引き裂かれた、僕と痛みの一部を共有してきた盟友は、もう消えていた。パンツすらない。―――シリアス場面で、裸になって、メタネタを吐く人間って斬新だよなぁ。僕だけど。
いつしか、僕の精神はそうして、僕自身への嫌悪感を払拭しようとしていた。
こうでもしてないと、僕は狂いに狂って、黒羽四葉を殺してしまっていたかもしれなかった。
それだけはダメだ。今の僕はいわば、黒羽四葉が泣いている時に、黒羽四葉の涙の原因であるにも関わらず胸を貸しているのとなんら変わりはない。
その胸を貸しているはずの僕が、泣いている彼女を殺してしまうなんて、滑稽すぎる。
そうしてしばらく痛みに身を任せていると、黒羽四葉は、途端に攻撃をやめた。
―――気が済んだのだろうか。済ませてくれたのだろうか。
僕は彼女の様子を伺うために、上に、月に向けていた視線を彼女のいたはずだった場所に向けた。そう。はずだった。そこに彼女は、いなかった。―――黒羽四葉が、どこかへ消えた。