捻くれ者の霧散。
目を覚ますと、橙に染まった見慣れない天井が、僕の現実への生還を待ち受けていた。
小説とかでよく見るよな、ベッドから天井見上げるシーン。
状況の確認の為、あたりを見回す。
保健室だった。
そして次に、申し訳なさそうな顔をした少女が、目に付いた。われらがクラスを代表する蜜源、黒羽四葉だった。
「―――よう。悪女。」
と、嫌味ったらしく言ってやると、更にその表情は沈んだ。ここでごめんと言わないあたり、中々好感がもてるが、謝ろうが謝らなかろうが、こいつが悪女であることに変わりはない。そもそもこの顔が、彼女の本性を映していないとも限らない。
まあ、状況から察するに、僕はあの愚かな蜜蜂共にボコボコにされ、気絶する寸前に聞いた声はコイツのものだったのだろう。随分とまぁ殊勝なことですね。あそこで僕を助けておけば、お前は、「自分をこっ酷くフッた男にも手を差し伸べることができる、とんでもいい人」になれるという算段だろう。まさに虫を味方に惹きつける蜜を持った花だ。その優しさという蜜で以て、愚かな虫共を惹きつけ、花粉を運ばせる。そうして彼女は労せずして、その花粉から生まれたモノの根を以て大地をえぐるのだ。大した処世術だ。是非ともご教授願いたい。
そしてそれに従えば、どうやら女王蜂様は、こいつではなかったらしい。蜜蜂どもに指令飛ばしたのは、黒羽四葉ではなく、あのビッチ共であることも分かった。見事に自分の手は汚さずに、僕を叩きのめす事ができる状況ができ上がっている。伊達にクラス内ヒエラルキーのトップにはいないということか。
体はきちんと動いたので、僕はクラスにカバンを取りに戻ろうとした。すると僕の視界の端から、カバンが差し出された。黒羽四葉の手によって。僕は、「どうも。」と言いつつ、鞄を奪還すると、無言で帰路に付いた。しかし、廊下をわたり、靴を履き替え、各々に昇降口を出ると、さっきの十人が、怒りの形相で立ちはだかった。
「―――はあ・・・」
と、ため息を一つ。
まあ、こいつらの言いたいことは、言わずとも分かる。お前ら暇なのか?5月に夕日が見えるっということは、現在時刻は5~6時くらいだろうに。2~3時間にもかけて待ち伏せしてやがったのか?と、俺が無表情で驚愕していると、奴らは言った。
「ここだとなんだ。ちょっとツラぁ貸せや。」
捻くれ者な僕としては、この誘いも「NO」と断ってしまいたかったが、別の方法で奴らの傲慢をへし折ってやろうと決め、僕は苛立ちと共に、頭を掻いたあと、だまって彼らの後に続いた。
付いていく内に、もう日は暮れ果て、銀色に輝く月が、学校からは大分離れた公園と僕と奴らをを照らす。
奴らはそこで立ち止まり、こっちを振り向く。すると彼らは驚いたような顔をした。
おそらく狐火でも見ているのだろう。紅い紅い、血の様に紅い。晩夏に咲く、狐の剃刀のように紅い、僕の双眸に。
まあ、こいつらに説明してやる義理もないし、今回もボコられてやる理由も見つからない。というか、今回のついてきた目的は、こいつらの傲慢をへし折ってやるためだしな。というわけで、僕は彼らが狼狽えている間に、奴らのウチの一人の元に飛んでいき、踏み込み、加減をしつつ、正拳を一突き、奴の土手っ腹に叩き込む。奴は2m程度を地面に対して平行に飛行し、地面に叩きつけられた。すると周りから狼狽えた声が聞こえた。腰を抜かすものもいた。化物を見るような目と共に。
「さあ、蹂躙の時間だ。」
そして5分後、僕は独り、立っていた。
・・・いや、独りではないか。
「―――そろそろ出てこいよ。クソ悪女。」
と、僕は後ろを振り向きつつ、出てくるように促す。すると、彼女はオドオドしながら、顔を出した。僕たちを学校から尾行ていたらしかった。
「―――あ、あなたは、なんなの?」
随分と今更な質問である。まあ、こんな化物を観たあとじゃあ、仕方がないか。
僕は言う。
「何を今更。僕は君の知るとおり狐野剃刀。クラス内ヒエラルキー最底辺の、君のことが大嫌いで、捻くれ者な」
そう言いながら僕は、皮肉を込めた笑みで顔を歪めながら、体を冷たい水蒸気に分解していく。
「―――鬼、化物だよ。」
そうして僕の体は、僕の体は、―――霧散した。