捻くれ者は、母の日からは逃げられない。
時は昼前。具体的に言えば10時半。
僕はなるたけ迅速に買い物を終え、帰路につき。ようやく自身への嫌悪感から開放されることに安堵にも似た、開放感を覚えていた。
春にもかかわらずに、僕の肌にジリジリと焼き付く日が、行く道は憎たらしかったが、今は僕への嫌悪感を焼き消す神の火に思えた。あぁ神よ。感謝します。
と、神に大して嘘を付いていると、前方から歩いてくる人影が目に付いた。
黒葉四葉だった。
僕はここで声をかける様な人間でもないので無視を決め込む。つまりはあくびをするフリをして、彼女が僕の目についていないことを主張する。こうすれば、彼女も僕のことを放っておいてくれるだろうと思っての算段だ。が、やはり僕はどこまでも甘かった。
「―――こんにちは狐野君。」
彼女はニコニコと話しかけて来やがった。そう言えばこいつは、こんなやつだったと、誰よりもクラスのはぐれ者をほっとかない奴だったと、僕は今更ながらに思い出す。
「・・・よぉ。」
彼女は視線を僕の手元に移してから言う。
「狐野君は、今買い出しの帰りってとこ?」
「まあな。」
彼女は、僕が一人暮らしであることを、既に知っている。先日、学校に弁当を作ってきた際に、彼女に、「それは狐野君が作ったの?」という話題から派生されて、聞き出されたのである。おそらく彼女を尋問官として雇えたところは、かなりの量の情報を得ることになるのだろう。
「で、お前は何してんだ?」
「・・・あぁ。うん。散歩・・・かな?」
彼女にしては珍しく、口を濁した。僕が訝しげな視線を向けると、彼女はしまったといった顔をした。本当に珍しい。自分で自分を演じてきた彼女なのに、クラスの、いや、学校中の人間全員を黙せるほどに、自身の本心を他人に悟らせない術に長けた彼女が、ここまで自身の本心を露呈してしまうとは。
やはり一番に思い浮かぶ原因は、―――母の日だ。
思えば、彼女も母親との関係は、良好でなかったように思う。
おそらく彼女も、母の日に、僕と似たような感情を抱いてしまっているのだろう。
僕はそういう時に、自身の異常性を認識してしまう時には、一人で過ごすことを望むのだけれど、彼女の場合はやはり、多人数で和気あいあいと過ごすことを望むのかも知れない。だからこそ、和気あいあいとした空気を、僕では提供することはできないけれど、僕は柄にもなくこう言う。まあ、僕も何も考えず言ったとは言え、悪意がなかったとは言え、流石に不躾だったように思うし、その侘びとして、僕はこう言う。
「―――よかったら、僕の家で、飯でも食っていくか?」
すると彼女は、至極驚いたような顔をした。まあ、確かに柄にもないことをしてしまった感はあるのだが、そこまで驚くこともないだろう?
「不服か?」
「い、いや・・・珍しいなぁと思って。まさか狐野君から、何かに誘われるだなんて。」
まあ確かに、僕が誰かを誘うなんて、滅多にないのだが。ほんの一ヶ月で、よくも僕の傾向を推察できたものだと、中々人を観察しているのだなと、少し感心した。伊達に学年の人気者をしていないということか。
「まあ、僕も一人で寂しいんだと、思ってくれればいいよ。ちょうど食材も、数日分を確保してある。」
そう言って、僕は丸々と太ったレジ袋を、目の高さに掲げる。
すると彼女は、少し思案するような顔する。まあ、僕以外は誰もいない部屋にあがろうと言うのだ。年頃の女の子としては、警戒せずにはいれるまい。
そうして僕はおおよそ5分待った。流石に長いかとも思ったが、もし僕らが逆の立場であったのなら。恐らく僕もそうしただろうと、黙って待った。
そして彼女は顔を上げ、言う。。
「―――そうだね。お言葉に甘えて、お邪魔させてもらうとするよ。」
「・・・そうか。」
「突撃!狐野君の昼ごはん!ってね!」
あの一件以来、彼女から少しは、黒葉四葉らしくないところも、見れるようになった。人はいつも誰かを演じているとは言うが、それでも個性というものは、少なからず出るのだから、その演ずる中にも、その人間の本質はあるのだ。そしてここ最近は、彼女にもそれが、彼女の本質のようなモノが、見えるような気が、僕はしている。
「・・・何年前の番組だよそれ。今の小学生、分かんねぇぞ?」
中学生なら、ギリギリわかってくれると信じている。
僕は改めて我が家へと、歩を向けた。黒葉四葉もそれに合わせてついてくる。恐らく彼女は、僕が歩を早めても遅らせても、それに合わせて付いてくるのだろう。彼女はそういう人間だ。
「奥さん、今晩のメニューはなんですか?」
と、彼女は軽口を叩いてくる。よくもそう話題を吐き出し続けられるものだと、少し感心する。
「誰が奥さんだ。僕は男だ。」
鬼だって、男女で区別できた筈だ。
「え?でも、「狐野君は嫁にしたい」って聞いたよ?」
「誰だ。んなこと言ってる奴は。僕が直々に説教してやる。」
んなアニメの萌えキャラみたいな扱いにされても困る。別に僕の見た目は、中性的とも女性的とも言えないしな。
「木通さん。」
「・・・。」
あんの野郎・・・。
ていうか、いつの間に仲良くなったんだよ。お前ら。まあ、僕と違って、彼女は社交性が高いから、それこそ生まれた時から年を得る事に得られるスキルポイントを、全て自身の社交性につぎ込んでいるとでも思える程高いから、誰とでも、それこそ、僕も含めた学年全員と、仲良くなってしまっているのかも知れなかった。リアル友達100人状態である。
「で、結局何つくるの?」
「・・・パエリア。」
「え!?」
彼女は心底驚愕したような顔をする。さっきよりも驚いてるんじゃなかろうか。
「・・・嫌いだったか?」
っだとしたらマズったな。またスーパーに行って、食料を買い直してくるという選択肢もあるが、それだと食事にするのは、三時以降になってしまう可能性がある。そこまで他人を家で、それも一人暮らしの男の家にとどまらせるのは、それも自身が誘ったことで待たせるのは、忍びない。
「いや、ちょっと意外だったっていうか、狐野君って、パエリア作れるの?」
「そりゃあパエリアと呼べる程度のものならば作れるけれど・・・?」
「ああ。お嫁にしたいって言う木通さんの気持ちが分かってきたよ。」
「だから、僕は男だと何度言えば・・・」
そんな風に、彼女と談笑しつつ、帰路についている時だった。もっと詳しく言うならば、この前最中に運び込まれたらしい公園に、差し掛かった時だった。
彼女を見かけたのは、そんな時だった。
―――遠坂顧に出遭ったのは。