捻くれ者、少女に説教をする。
それから一時間。最中を家へと送り届けた僕は、町外れの廃墟で、黒羽四葉を待っていた。既に日は落ちかけ、空は薄らと、橙色に染まっている。
そう。僕が二時間後を指定したのは、このためである。
逢魔が刻。それが、この空が示す時間である。怪異が、つまりは僕たちが、活発になり始める時間帯である。つまりそれは逆説的に、日中は怪異達はさして動けないことを意味し、彼女の鬼を討ち倒すためには、夜でなければならないということだ。
まあ、昼に活動する怪異もまたいるんだけれど、それは今は置いておこう。
僕がただ立っている間にも、日は落ちていく。どうやら彼は、これから起こるだろう事態に大しての、僕の憂鬱など、構わないようだった。不死者の王だろうが、彼にとっては赤子も同然のようである。
日は沈む。
まるでメイド・イン・ヘブンでも使ったように、早々と過ぎていく
いや、流石にメイド。イン・ヘブンは言い過ぎだったけれど、やはりいつもより太陽の足は速いように感じる。。
人は待ち遠しくない時間程、早く感じるものである。僕は人じゃないけれど、鬼だろうが、何だろうが、やはりそれは同じらしく、やはり日は足早に沈んでいく。
日があと数ミリ程度しか見えないといったところで、僕は未だに重い腰を上げる。日がもうすぐ沈むからなのか、僕の両目は少しずつ血のような色に濁っていった。
日が沈んだ。
僕が膝を伸ばした。
僕は頬と背中に、内側から爆発するような痛みを受けた。
「ッガ!?ハッ!?」
実際、僕の下顎は、どこかに飛んでいき、背中はまるで本当に内側から爆発したような有様になっていた。
僕の半径三mには、血の溜りが出来ていた。
この有様と、背中に感じる痺れから察するに、僕は何かによって、具体的に言うなら、爆弾並みの、いや、それ以上のエネルギーを持った何かによって、頬を殴られ、後方に建っていた、廃墟の壁に、背中から叩きつけられたらしかった。ていうか、よく今ので壊れなかったな、この壁。エコとか謳うんなら、リサイクルして、ほかの建材に使えよ。
ていうか、制服って撥水性だろ?何で血が通り抜けちゃってんだよ。あ、そうか。僕が作った奴だった。これ。
僕は目の前の鬼を見据えた、そう。皆様も、予想は付いていると思うが、というか何か最初からずっとこのパターンだから、もうわかっているとは思う。
「毎回毎回、いきなりどこぞから現れて、いきなり殴るとは、随分なご挨拶だなクソ。」
僕は、不気味なことに、いつの間にやら元に戻っていた下顎と舌もつかって、語りかけた。
「なあ!黒葉四葉ぁ!」
鬼に、黒葉四葉に、語りかけた。
「Hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!」
と、笑い声と取れる騒音を発しながら、黒羽四葉は、僕に向かって疾駆する。
まるで高揚を、その姿を、僕に見せつけんばかりに。
が、
ズドンという音と共に、黒羽四葉の体が、まるでバトミントンのロケットのように、空中に飛び出した。
黒羽四葉は、まるで何が起こったか分からない。といった顔をしている。
まあ、皆さんは察しが付くかもしれないが、何をあったかと言えば、
僕が黒羽四葉の顎を、思い切り蹴り上げたのだ。
人間の重心は頭にあるから、そこを蹴り上げれば、必然的にバトミントンのロケットのよう放物線を描くというわけだ。
「・gg・・な・・p・ぜ!?」
黒羽四葉は驚愕をその醜く歪んでしまったツラに浮かべていた。
まあ、それは当然だろう。僕は今まで、彼女になされるまま、彼女にボコボコにされてきたのだから。
でもそれは、それが僕の果たさねばならなかった責務であるからだ。しかし、それは現状、僕のすべきことでは無くなった。そして、新たにすべきことが出来上がった。つまりは、
彼女を正しい道に、現代の正義の道に戻すことだ。つまりは、彼女の狂乱を、錯乱を、過ちを正す。
それが、最中での最低限の被害で済む方法だった。別に彼女の為にやるわけではない。
僕は彼女の目の前に直様移動し、その顔面を殴りつける。
まあ要するに何をするかと言えば、『説教』である。
「お前は、イジメという行為を黙認してしまう自分が嫌で、こうなったんだよな?」
僕は問いかけという形で、黒羽四葉に問いかけるが、答えを待たずに言葉を並び立てる。
「だからお前は、さいっこうに善人だったわけだ。だけどそれが、友人を殺すという選択肢にまで至った。」
僕は黒羽四葉に痛みを与えつつ、言葉を紡ぐ。
「何故だ?」
まるで彼女の体に、その言葉を刻み付けんばかりに、僕は彼女を虐待する。
「それはお前が、この社会自体を嫌っていたからだ。共同体に生きるということを嫌ったからだ。つまり、クラスで無理をしていた。」
暴力を振るう度に、彼女から小さな悲鳴が漏れるが、僕はそれを無視しつつ語る。
「で、そこに現れたのが俺だ。つまりはお前のパラダイム・シフトは先月だったわけだ。」
黒羽四葉は、悲鳴をあげる。
「つまり何が言いたいのかと言えば、お前は僕に憧れた。」
「孤高になろうとした。だがそれは、勘違いもいいところだ。」
僕は黒羽四葉を責め立てる。
「僕は、孤高なんかじゃない。孤独で、卑しい存在なんだよ。」
黒羽四葉は、目を見開いた。
「僕は、君が憧れるべき相手ではないし、共同体から抜けることがいいことだとは言えない。」
その言葉を発し始めると共に、彼女への暴力を止める。
「そもそもイジメなんてなくなるわけがないんだよ。人は皆、ナチスの暴虐を知っているはずなのに、一方的に人を淘汰する。」
僕は彼女に、目線を合わせて話し出す。
「だから人はどこまでもヒトで人なんだ。つまり君は、何も悪くない。その誰かを慮れるだけで、君は善なんだよ。」
僕は彼女を抱きしめる。まるで子供に言い聞かすように。
「だから君は、変わらなくていい。」
途端に、黒羽四葉は涙を流した。
「でも、ズビッ・・・それじゃあ”ぜがいは、ぎたないまま・・・・」
「ああ。そうだ。」
「じゃあ”!」
「でもそれは、一介の高校生に、一人の人間に、なんとか出来るはなしじゃあない。」
「わがっでる!わがっでるよ!でもだがらこそあだじは!おにに!あなたのように!」
僕は一拍置き、彼女を叱りつける。
「ダメなんだよ。鬼によって、鬼なんかによって、世界が変えられちゃあダメなんだ。それは人間が変えなくちゃならないことなんだ。」
「・・・・!?」
「だからもし、お前が人のまま、世界を変えたいというのなら、僕はそれを止めない。協力は、僕は鬼だから出来ないけれど、僕は君を応援する。無責任だけど、応援する。」
「だから今は、社会に身を浸して置くんだ。今の君なら、虐められてる子を救うことくらいできるさ。」
「むりだよ・・・・むりだよぉ・・・・。」
彼女はまるで泣きじゃくる子供のように、僕に縋る。
「出来る。僕が保証する。」
「なんで・・・でぎるの?」
彼女は、怒りを微かに、しかし確かに、その口から漏らした。
「僕が君をフッた時に、何人が僕に殴りかかってきたと思う?君にはそれだけの人望が、皆を引っ張る力があるんだよ。僕はずっと教室にいたけれど、君に関しては、陰口なんて一切聞かなかった。寧ろいい噂しか、聞かなかった。―――だから、君が虐められてる子を助けたところで、君に起こった反発は、君を慕う人々によって、抑えられてしまうのさ。よくも悪くも、大衆社会なんだよ。」
「本当?」
黒羽四葉は、未だに不安が残ったように、しかし僕にすがるように聞いてくる。
「本当だ。確かに僕は嘘つきだけれど、これは本当だ。」
「そう。」
黒羽四葉は、眠りに落ちた。その寝顔は、まるで憑き物が落ちたようだった。