捻くれ者の家庭訪問2
家主たる黒羽四葉の勧めに従い、僕たちは、黒羽邸の門扉を潜り、黒羽四葉によって開け放たれた戸を、通過する。
彼女が自身の鍵を使って、家の錠を外したので、彼女の両親は現在、留守なのかと思ったが、そうではないらしかった。
彼女の部屋へと上がる際に、彼女の母親の姿を確認した。
少しそっけないんじゃないかとも思うが、一般的な家庭は、全てそうなのかと決め付けることしか、親のいない僕にはできなかった。僕の祖父ちゃんが異常だったと、決め付けることしか出来なかった。
しかし今は木通最中がいた。
彼女の様子から、これは一般的な親の対応ではないのかもしれなかった。誰よりも女子高生らしい彼女だからこそ、僕は彼女の反応を、至高の材料にすることができたのだ。
しかし黒羽四葉にとってはこれが平常通りなのか、彼女は特に表情を変えもせず、階段を上っていく。
とりあえずわかったことは、黒羽四葉とその母のコミュニケーションは密接とは言えないと言うことだった。
みなさんにとってはどうでもいいのかも知れないが、これは木通最中にも被害が及びかねない問題だ。従って、僕にとって黒羽四葉の観察は、現状に於いて優先事項の一つなのである。
ちなみに、なぜここに、こんな危険区域に、護衛対象たる木通最中が来ているのかと言えば、本人たっての希望である。彼女たっての希望となっては、僕は断れないし、断らない。彼女もついてくることになったのだった。
黒羽四葉は、自身の部屋の鍵を開け、僕らを招き入れた。
思えば、女の子の部屋に入るなんて、最中の家以外では初めてだった。
その部屋は、なんというか、とても女の子らしかった。友達と撮ったらしき、遊園地での写真。適度に可愛い、熊のぬいぐるみ。そう。漫画とかライトノベルとかでよく見る、女の子らしい部屋。女の子らしすぎる部屋。
―――そう。それらしすぎる。
いくら何でも、彼女の学校における人格に沿いすぎている。つまりは、
「―――嘘くさいな。」
そう、僕は沈黙を破った。
その言葉に対する反応は、各々だった。最中は訝しげに僕を観、黒羽四葉は、僕を凝視していた。
・・・図星だったか。
恐らく、いや、明らかに彼女は、自身のつくった、皆の自身に対するイメージの通りに生きている。そのイメージを体現しようとしている。というかしている。証拠は、この部屋である。前述のとおり、この部屋は彼女の学校での人格に沿いすぎている。普通、部屋というものは、自身の趣味や生活感などが滲み出るはずなのに、僕たちには掴みきれていない、彼女の個性がにじみ出る筈なのに、―――それがない。僕の彼女に対する意外とでも言う感情が出てこない。
だから彼女の学校でのキャラは、彼女の嘘なのだ。それだけならいい。しかし彼女は、自身のプライベートにまでそれを持ち込んでしまっているということなのだ。ここが友達を招き入れる用の部屋で、他にも自身が生活するための部屋があるとも推測できないこともないが、流石に現実的ではないし、それにしては生活集が強すぎるので、その確率は低いだろう。
黒羽四葉は、その重々しい口を開いた。
「―――そうか。やっぱり狐野君には、全部わかっちゃうんだね・・・。」
―――全部?全部ってなんだ?でもここは、同意しておいた方が、色々と問いただしやすいだろう。まるで詐欺師の手口だが、そんなことを気にしている場合でもない。
「・・・まあな。」
すると僕の思い描いた通り、黒羽四葉は、彼女の心情を、長々と喋ってくれた。
「―――私は、あなたのように、なりたかったの。」
・・・は?
「私本当は、全然優しくなんかないの。唯唯一人になるのが怖いだけの、弱い人間なの。一人にならない為なら、自分の意見だって曲げるし、イジメだって見過ごしちゃう。
そんな弱い人間なの・・・」
「・・・」
僕は黙って続きを促す。
「だからあなたに憧れた!あなたのようになろうとした!鬼になろうとした!孤高になろうとした!そのために、鬼になる方法だって調べたんだよ?図書館に行って、お化けのこと、一杯調べたんだよ?やってみたらすごいよね?本当に鬼になれちゃうんだもん!本当に嬉しかった・・・。これから私は、あの子達も殺しに行くよ。多分狐野君は、名前すら覚えてないんだろうけど、私は、私の友達も殺すよ?あはは!これであたしも、狐野君と同じになれるの!気高くて!かっこよくて!孤高の!そんな「鬼」に!あたしは━━━━!!」
「―――黙れ。」
そう、僕は言った。ほんのちょっぴりだけ、殺気が混ざってしまったことを忌々しく思うが、今はそんなことより、すっかり顔を青くしてしまった、最中のケアが最重要だ。
やはり、彼女は連れてくるべきではなかったと後悔しつつ、僕は最中を連れて。部屋を後にする。
「2時間後、離れの廃墟で待ってる。」とだけ残して。