3000倍になる病院<問題編>
「頼む、すぐに助けて干し芋は今日のおやつだ!」
謎の怪電波飛び交う携帯からの声を聞き、Tはすばやく電話を切る。
数分後、Tの着信音が鳴り響く。先ほどの声の主からだ。
「……すまん、ふざけすぎた」
第一声はしょんぼりした声での謝罪。大学時代の友人Kの声のようだ。
「まったく、どうしたんだい?わざわざ電話をかけてきて」
「この前友達からの依頼を解決してやっただろ?だから、今回はお前が俺を助けてくれ」
「前解決したのはほとんどR君じゃないか?」
RはKの長男である。パズルや推理物といったものが得意で、たびたび父親Kが悩む問題を解いている。
「まあ、いいけどさ。今日は暇だし」
ファミレスで一人、趣味の小説のネタを練っていたTは、浮かんだアイデアをメモする手を止め、Kの話を聞くことにした。
「あれだ。今回も謎解きだ。お前、好きだろ?ちょっとやってみろよ」
「謎解きが好きなのはUだ。俺はあまり得意じゃない」
「いや、Uの連絡先を知らなくてな……」
なんだそれ、と思いながら、Tは淹れたばかりのコーヒーに口をつける。午後三時のファミレスはガラガラで、何時間滞在しても追い出される気配は無い。もっとも、長時間滞在して追い出される、という客を見たことはこれまで一度もないのだが。
「まあいいか。で、どんな謎なんだ?」
「今からメールを送る」
「最初からそうすればいいものを」
「いいじゃないか。これもコミュニケーションカーネーションってな」
「……」
Tは無言で電話を切ろうとする。が、
「す、すまん」
という声を聞き、思いとどまった。
「まあ、とりあえず内容を見てみないと分からないな」
わかった、と返すと、電話が切れた。二分ほどすると、メール着信メロディが流れた。
「ふむふむ、どれどれ?」
Kからのメール。中身をみると、以下のような文章が書いていた。
★もんだい
びょういんがさんぜんばいいじょうになったところ、べつのたてものになりました。そのたてものはなにでしょう?
~マチコせんせいより
文章をメモ帳にメモすると、すかさずKに電話しなおす。
「Kよ、これはS君の宿題ではないか?」
「土器っ!何故わかった!?」
「いや、マチコせんせいより、って書いてるし」
SはKの次男である。マチコ先生はSの担任の先生で、時々大人でも戸惑うような問題を宿題として出してくることがある。
「俺に聞く前に、R君に聞いたらどうなのだ?」
「Rがそんな素直に教えてくれると思うのか?」
一応、聞いては見たらしい。そして、R君は答えがわかったということか。
「なるほど。そういえば、マチコ先生はこういう宿題を出してくるけど、この問題は一体何の教科の宿題なのだ?」
例えばマチコ先生はマッチ棒パズルなどの問題を出すこともあるのだが、その場合、算数の授業の宿題な場合が多い。
「えっと、たしか社会だったかな。地図記号の授業をやったそうだ」
「地図記号……か」
頭で様々な地図記号を思い浮かべるT。問題は、地図記号に関連するのだろうか。
「俺も地図記号に関係すると思ったんだけど、Rは『多分地図記号の授業をしていて、偶然できたんだろうね』って言ってたから、あまり関係ないんじゃないかな」
「ふむ、そうか……」
「地図記号の勉強って言ってたよな。ということは、その建物が○○ビル、みたいな名称じゃないってことか」
「恐らくそうだろう。市役所、とか図書館、とか、そういうのだな」
「図書館って、地図記号あったのか?」
「数年前に出来たらしいよ」
ちなみに図書館の地図記号は、本を開いたような形をしている。
もう一度、問題文を見直す。
「さんぜんばいいじょう、っていうのは、3000倍ではない、ということか?」
「それも聞いたのだが、『3000倍以上だよ。でも3000倍じゃないね』だってさ」
なるほど、とTは小さく呟く。というかこの父親、一体どれだけ質問したのだろうか。
「しかし、3000倍といっても、一体何が3000倍になったのかよくわからんな。建物の大きさかもしれないし、敷地面積かも知れない。患者数とか、売り上げとか、職員だって考えられるよな」
「そうだな。まあしかし、これは小学生の問題だから、そういう実際の大きさが分からないものを基準にしているんじゃないんじゃないのか?」
「それもそうだな」
たしかに病院といっても、規模はいろいろある。実際の数字が3000倍、というのはちょっと考えにくい。
「まあしかし、3000倍『以上』というと際限なく大きな数字でもよさそうだな。3000という数字に何か意味がある気がするが……」
「Rは『範囲としたら、3000から4000の間だね。ここまで言ってわからない?』だってよ。わからねーよ!」
「こらこら、息子に切れるものではないぞ」
若干切れ気味な声が、電話から聞こえてくる。まるで漫才コンビのように、そのKをTがなだめる。「3000から4000の間……ん、これはひょっとして……」
突如、何らかの数字を思い浮かべたT。
「ああ、こういうことか。多分これだな。しかし小学生で分かるものかな」
「え、何だよ、教えろよ」
「単なる駄洒落さ。お前得意だろ?」
「いや、駄洒落といってもだな……」
「教えてもいいんだがな……どうするかな……」
もったいぶるT。ニヤニヤしながら、冷めかかったコーヒーに口をつける。
さて、ここで問題である。いわゆる、読者への挑戦状である。
といっても、問題は本文に示されている通りである。マチコ先生の上記の問題を解いてほしい。
答えは60以上ある地図記号の中の建物にある。地図記号一覧をぼうっと見ていると、もしかしたら答えが思い浮かぶかもしれない。
ちなみに今回はここには解答を示さない。感想やメッセージを送っていただければ、解答の書かれた物語の続きを送ろう。解答が分かった方も、感想やメッセージを送っていただきたい。
「おいKよ、そんなことをして感想やメッセージを貰おうとしても無駄だぞ。そういう場合、大抵はスルーされるのだ」
「……Tよ、お前ってナニモノ?」
「ん、俺か?俺はただのファミレスで午後のひと時を楽しむサラリーマンだが……」
「もっとRみたいにかっこつけようぜ……」