「ただの雑用係」とクビにされた僕、実は三十冊の記録で学園を支えていた ~僕を追放した生徒会長が一人で祝賀会を仕切った結果、すべてが破綻しました~
学園の生徒会室。生徒会長のアレジが、僕が机に積んでいた三十冊の革張りノートを床に叩き落とした。
僕――カイは、学園では「無口な雑用係」として扱われていた。魔法の才能もなければ、剣の腕もない。だからアレジたちは、僕を「書記」という名目で便利に使ってきた。
「明日の創立記念祝賀会、お前は出禁だ。裏で書類でも整理してろ。……いや、今日でクビにする」
隣で副会長のフィオナがくすくす笑う。
「そうよ、アレジ様。カイの清書、遅くて見てるだけでイライラしてたの。全部アレジ様が仕切ったほうが早いわ」
「だろう? 僕くらいの才があれば、こんな地味なノートはいらない。行くぞ、フィオナ」
アレジは床のノートを踏みつけ、フィオナと腕を組んで出ていった。
僕は落ちたノートを黙って拾い集めた。
言い返す気にはならなかった。彼らが「ただの議事録」だと思っているそのノートの中身を、僕は誰よりも知っていたからだ。
ノートを鞄に詰め、生徒会室の鍵を机に置いて、僕は自分から生徒会を去った。
◇
翌日、創立記念祝賀会が始まった。
講堂には国中の要人や高位貴族、近隣諸国の大使まで集まっていた。生徒会長として腕前を見せつけたいアレジは、壇上で得意げに笑っていた。
だが、宴が始まって一時間もしないうちに、会場は騒然となった。
「おい、頼んでおいたヴィンテージワインが届いていないぞ!」
「大使の席はどこだ! 座席表の番号が被っているじゃないか!」
「この料理の順番はなんだ! 貴族が口にできない食材が出ているぞ!」
怒鳴るゲストたちに向かって、アレジは顔を青くしながら声を張り上げた。
「お静かに! すぐ手配し直します! 進行表通りにやれば問題ないはずだ!」
アレジは慌てて引き出しから自分の作った「進行表」を取り出す。だが何度見返しても、なぜトラブルが起きているのか分からない。
そこへ学園長が怒りの形相で駆け込んできた。
「アレジ! 貴賓の接待はどうなっている! 例年通り完璧にやると言っていたはずだぞ!」
「が、学園長! 前年の手順書通りに手配したんです! ワインの注文も座席の割り振りも、すべて過去の記録通りで……なぜこんなことに」
アレジは取り乱し、フィオナに当たった。
「フィオナ! カイの残した書類にミスがあったんじゃないのか!?」
フィオナも震え声で答える。
「そんなはずないわ……あのノートには、会議の雑談と日時くらいしか書いてなかったもの!」
そこへ、講堂の入り口から老紳士が入ってきた。国内の物流と宴席を取り仕切る大商会の会長だ。学園長がすがるように駆け寄る。
「商会長! なぜワインが届かないのですか!」
商会長は呆れた様子で首を振った。
「今年は春の大雨で南部の醸造所が全滅しましてね。代替品を三ヶ月前に押さえる必要があった。私は一年前からその件を『生徒会』に伝えていましたよ」
「な……!」
商会長は周りを見回し、怪訝な顔をした。
「ところで、いつも私とやり取りしていたカイ君はどこですか。彼は雑談の中から今年の南部の天候不順を聞き出して、一年前から大使の宗教上の禁忌や座席の調整まで書き込んだノートを、毎年作っていたはずですが」
講堂が静まり返る。
アレジの足元には、昨日踏みつけたノートが転がっていた。
「遅くて無駄だ」とバカにされていたそのノートは、ただの議事録ではなかった。
カイは会議の合間の雑談や業者の世間話、貴族一人一人の好みやアレルギー、天候による物資への影響まで、すべてを記録していた。三十冊のノートは、行事が滞りなく進むための下準備そのものだった。
カイがいたから「何も起きなかった」のではない。カイが裏で調整し続けていたから、アレジは「自分だけで完璧に仕切れている」と思い込めていただけだった。
「まさか……あの地味な書き写しが……」
アレジの手から進行表が滑り落ちた。
「アレジ! カイはどうした! すぐ呼べ!」
学園長が怒鳴る。
「彼なら……昨日、僕がクビに……」
その瞬間、学園の生徒だけでなく、集まった貴族や大使たちの視線までもがアレジとフィオナに突き刺さった。自分たちの傲慢さで、国中の要人が集まる場を台無しにしたのだ。役員解任どころか、家の跡継ぎの座すら危うい状況だった。
◇
騒ぎの最中、僕は学園の裏庭にある図書室で、一人紅茶を飲んでいた。
そこへ顔を青くしたアレジとフィオナが息を切らして駆け込んできた。床に膝をつき、なりふり構わず頭を下げる。
「カイ、頼む、戻ってくれ! ノートの中身を教えてくれ! このままじゃ僕は終わりだ!」
「お願いカイ、あなたが裏で支えてくれてたなんて知らなかったの! 今度こそ副会長として迎えるわ!」
泣きつく二人を、僕は静かに見下ろした。
「断ります」
「な、なぜだ! 謝っているだろう!」
僕は本を閉じ、鞄を持ち上げた。
「僕はただの無能な雑用ですから。完璧な生徒会長のアレジ様なら、一人で解決できるでしょう」
「待ってくれ、カイ! 頼む、助けてくれ――」
すがろうとするアレジの手をかわし、僕は振り返らずに部屋を出た。
その後、創立記念祝賀会は大失敗に終わり、アレジは生徒会を解任された上に家を追われ、フィオナも社交界から孤立した。
一方の僕は、記録と調整の腕を買われて大商会の会長に引き抜かれ、国の物流を支える立場で、新しい日々を静かに始めている。
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