裏切りの応援
「えっ… あ、うん」
彼女は少し驚いたように、そしてすぐに戸惑ったように目を伏せた。
私は指先に、ほんのわずかに彼女の体温が残っているのを感じていた。
その熱が胸の中でじんわり広がり、息が詰まりそうなほどの高揚感を生んだ。
「期間限定の、イチゴのタルトがあるみたいだよ。一緒に頼まない?」慌てて指を離し、何事もなかったかのように平静を装いながら言った。
「あ、タルト!いいね。じゃあそれにしようかな」
彼女はすぐに笑顔になって、その明るさに私の心も少しだけ落ち着いた。
内心では、こんな簡単なやり取りでも、自分の感情がジェットコースターのように乱高下していることに呆れていた。
彼女にとってはただのメニュー選びに過ぎないと思う。
私にとっては、彼女と同じものを共有することが、特別な意味を持つ瞬間のように感じられた。
店員さんが注文を取りに来るまでの間、私たちはたわいもない話をした。
最近観た映画のこと、彼女の大学の課題のこと。
私は彼女が話すたびに、いつも相槌を打ちながら、言葉の端々から彼女の考えや気持ちを読み取ろうとしてしまう。まるで、彼女という謎めいたパズルのピースを少しずつ集めているように感じていた。
飲み物とタルトが運ばれてきた。真っ赤なイチゴが、白く泡立てられたクリームの上に美しく並んでいた。
「わあ、すごく綺麗」
彼女は目を輝かせ、すぐにフォークを手に取った。
彼女が美味しそうにタルトを口に運ぶ様子を見ているだけで、私はもう十分に幸せを味わっていた。
「綾も、早く食べて」
勧められて私も一口食べてみる。
甘酸っぱいイチゴの風味と、優しいカスタードクリームの味が口いっぱいに広がった。
「美味しいね」私がそう言うと、彼女は嬉しそうにうなずいた。
「ねえ、聞いてよ、綾」
そして、彼女は突然、私を真剣な目で見つめてきた。少し戸惑う私に構わず、彼女は言葉を続ける。
「この前、サークルの先輩に告白されたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、タルトの味が一気に消え去った。
頭の中が真っ白になり、唯一聞こえるのは、自分の心臓が激しく打ち付ける音だけだった。
「そう、なんだ……」
絞り出すように、私はそれだけを言った。
笑顔を保てているだろうか?声は震えていないだろうか?
私はドキドキしながら聞いてみた。
彼女は、少し困ったような顔をして、俯きながら話を続けた。
「うん。すごくいい人なんだ。優しくて、頼りになるし、何より私のことをすごく大切にしてくれて。私、どうしたらいいか分からなくて」
彼女の言葉は、まるで鋭い刃物のように、私の胸を突き刺す。
大切にしてくれるか。私が、どんなに彼女を大切に思っていても、それを伝える言葉を持たない限り、ただの「友達」でしかない。
私は、彼女が誰か別の人に愛されること、そしてその愛を受け入れることに、心の底から怯えていた。
「...美羽は、どうしたいの?」
彼女の名前を呼ぶとき、想像以上にかすれた声が出ていた。
「私…正直、よく分からないんだ。先輩のことは素敵だと思うし、惹かれる気持ちもある。でも、何かが違う気がして」
彼女はフォークをカタンと皿に置き、まっすぐ私を見つめてきた。その瞳には迷いと、ほんの少しの期待のようなものが揺れているように見えた。
「ねえ、綾。もし…もし私が先輩と付き合ったら、綾は…嫌かな?」
その問いは、私には重すぎた。私以外の誰かを選んでもいいか、と聞かれているみたいで、すごくつらかった。
私は一瞬でいくつもの言葉を頭の中で並べて、全部打ち消した。「嫌だ」なんて言えるはずがない。
そんなわがままをぶつけたら、彼女を困らせてしまう。私は、彼女の幸せを願う「親友」でいなきゃいけない。
唇をきつく噛みしめて、精一杯の「友達」の笑みを顔に貼り付けて、言った。
「そんなこと、ないよ。美羽が選んだ人なら、きっと素敵な人だよ。私、応援する…から」
その言葉を絞り出すたびに、胸が締め付けられた。
私にとって、これが世界で一番残酷な嘘だった。
心の中で、何度も「嫌だ」と叫んでいたけれど、それでもその言葉を彼女に届けなければならない。
美羽は、私の返答を聞いて、安堵したような、しかし少し寂しそうな表情を浮かべた。
彼女の瞳が、どこか遠くを見つめるように見えたその瞬間、私の心は完全に凍りついた。
「そっか... ありがとう、綾」
その言葉を聞いて、私の胸はさらに重くなった。
彼女が微笑んだその瞬間、私の心も一緒に壊れてしまうような気がした。
彼女の安堵と寂しさが混じった表情。その奥には、私の心に刻み込まれた痛みがあった。
それは、私の選択が正しかったのか、間違っていたのか、最後まで教えてくれなかった。
ただ一つ分かったのは、私の心臓が、応援という名の裏切りによって、深く、深く凍りついてしまったということだけだった。
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