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300年ボタン

作者: 如月瑞希
掲載日:2025/11/15

 今日も朝から会社に行き、昼ごはんを食べ、株価を確認し、夜には家に帰る。

 今までも、そしてこれからもそんな人生だと思っていた。

 あの男と出会うまでは。


 会社からの帰り道、見るからに怪しそうな男が話しかけてきた。


「やぁおじさん?」

「……なんだ」


 俺は確かに45歳だ、世間から見ればおじさんだろう、それでも堂々と遠慮もなく若い男にそう言われて傷つくくらいは俺にもプライドがある。


「おじさんは今欲しいものとかあるの?」

「いや、特に」

「そっか、じゃあ今からおじさんの欲しくなるものを教えてあげる」


 それは一体、と答える間もなく俺の手のひらには一つのボタンが置かれていた。


「これは……」

「300年ボタン」


 どこかで聞き馴染みのある響き、確か押すとその年数分どこかに閉じ込められるとかいう今流行りの架空のアイテムだったか。


「あっ、ちょっと前に流行ったのとは違うよ。これはね、おじさんの寿命があと300年に、後お金が300億円振り込まれるものさ」

「一体どうやって?」

「さぁね、ボクは知らない」

「知らないって、お前が作ったんじゃないのか」

「そんなわけないでしょ、そんなお金持ちじゃないもんボクは」


 訳がわからなかった。

 ボタンを押すと寿命と金が手に入る?

 何を言ってるんだこいつは、あまりにも支離滅裂で根拠もない、現実性もない。


「どう? もしホントじゃなかったとしておじさんには何の損もないでしょう?」

「んん〜……」


 まさかボタンを押せば爆発などしないだろうか、そんな突拍子もない考えがよぎる。

 ……いやまさか、その時はこいつまで死ぬだろう。

 狂人ならやりかねないがそんなことをいちいち考えるのも馬鹿らしい。


「そんなに言うなら押してみよう」

「……そっか、ありがとうね」

「ありがとう?」

「いいやなんでも、さぁさっさと押しちゃえ」


 ポチッ


「何も変わった気はしないな」


 そう思った束の間、男が消えていた。

 まるで最初からいなかったように。


「おーい」


 呼びかけに応じるものはいなかった。


 ひとまず家に帰った。

 家に帰ってからもどこか浮ついていたようで、妻にもどこか変と勘ぐられてしまった。

 心のどこかであのボタンを信じているのかもしれない。

 これはいけないと思い、その日は早めに寝たのだった。


 翌朝、普段より少し早く家を出た。

 理由は銀行に行くため、あのボタンに本当に男の言った効果があるのなら300億円が振り込まれているはず。

 まさかそんなことはないだろう、そうたかを括っていた。


 そのまさかだった。

 なけなしの小遣いを貯めていた口座にきっかり300億円が支払われているのを見て思わず頬をつねった、勿論痛かった。

 ひとまず会社に行ったが当然仕事など手につくはずもなかった。


 仕事帰りに市役所へ、離婚届を貰いに行った。

 綺麗で胸のでかい女とも好き放題遊べるんだ。

 そう思うといてもたってもいられなくなったのだ。

 当然妻には最初は嫌がられたものの、金をちらつかせればすぐに従順になった。


 こうして俺は独り身になった、全てが自由、全て好き放題に出来る。

 いや焦るな、まだたんまり時間はあるんだ、好きなことはたんまりと貯まった金で豪快に!


 そうして俺は元嫁に渡して余った三〇〇億円の余り全てを株式投資、不動産投資に注ぎ込んだ。

 十年ほどかけただろうか、気づけば利益額は二〇〇億を超えていた。


 その後の俺は湯水のように金を使った。

 女に家に車にギャンブル、娯楽という娯楽に手を染めた。

 その間二九〇年。


 そうして俺は自由気ままに生きてきた。

 しかしそんな俺にも死期が近づいてきた。

 人生の最後の十年と分かって生きるのは辛いものだ、俺は発狂しそうな思いを堪えて平気なふりをした。


 金も今まで以上に豪勢に使った。

 今までかろうじて耐えていた貯金があっという間に空となった。

 女は離れていった、生きるために家も車も売り払った、ギャンブルなどやる余裕はなかった。


 そうして憔悴しきった俺は自殺を図った。

 しかし死ねなかった。

 何度もビルから飛び降りた、何度も何度も何度も何度も何度も。

 しかしわずかにも痛みを感じることは出来なかった。

 一度たりとも苦しむことはなかった。


 そうして困り果てたある日、例のボタンを久々に見た。

 三〇〇年弱も昔の代物なのに俺と同様、古びてはいなかった。

 ふと底面を見る、そこには説明書きがあった。

 書かれていたのはかつて会ったあの男の言っていた内容、そして他にも書かれていたことがあった。


 ─ボタンを押した人物を甲、次にボタンを押す人物を乙とする。

 甲が乙に当該ボタンの報酬を説明、理解させたのちに当該ボタンを使用させた場合、甲は直ちに消滅する─


「これだ! これだこれだこれだこれだこれだこれだァー!」


 早速街に出てボタンの犠牲者を探し始めた。

 だが皆が一向に首を縦に振らない。

 無理やり押させても無駄だった。


 そもそもなぜ皆こんなにボタンを押したがらないのか、それは時代のせいであった。

 今は24世紀、俺がボタンを押した時よりも遥かに時は進み、医療技術も発展した。

 それにより理論上無限に人々が生きられるようになったのだ、三〇〇年など瞬きより短く感じるほどに。


 男は悲しみに暮れ、ボタンを再度眺めてみる。

 周りは無限の命を手に入れているというのに、俺だけはあと数年。

 何と悲劇的なのだろう、女どもにも他の金持ち仲間にも見捨てられ、何もかも失った。

「リア王」にも負けないほどの悲劇として描けるだろう。


 そんなことを思いつつふと底面の説明書きを読み直していた。

 すると気づいた、気づいてしまった。

 このボタンの呪いの抜け穴に。


 今まで俺は馬鹿正直に人々へ三〇〇年しか生きられないと伝えてきた。

 だが実際に伝えないといけないのは報酬のみ、デメリットなど伝えなくてもよかったのだ。

 自分の馬鹿らしさに泣けてくる、だが今はその抜け穴に感謝するのみだった。


 そうしてすぐに手頃な青年を捕まえた。


「なぁお兄ちゃん」


 あぁ。


「……なんの用ですか」

「このボタン、何だと思う?」


 今になって分かった。


「さぁ? おもちゃのボタンですか?」

「いいや違う、これを押すだけで三〇〇億円もらえる代物さ」


 あいつも。


「そんなのあるわけ──」

「いいからいいから、もし嘘だとしても何の損もしないさ」


 あいつも同じだったのかもしれない。


「まぁ……確かに?」

「ほら、ポチッと押しちゃいな」


 これでやっと終われる。


 ポチッ


 ありがとう──

もしよろしければ次回作のためのテーマ案を頂けると幸いです(必ず投稿できるかは分かりませんが)

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 金と異性との刹那的な享楽のために愛を捨てて得た、200年超えの空虚な日々と、後々の滑稽さ混じり恐怖混じりの奔走ぶり……。  科学の発展で300年すら短く感じるほど長寿になる人々の住まう世界も、抜け穴…
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