第八話 レオンの剣を盗んだのは誰だ?
「……っ!? 俺の剣が……ない……」
その瞬間、空気が凍った。
焚き火の明かりの中、レオンが立ち上がり、腰に手をやる。
鞘だけがぶら下がり、肝心の剣が消えていた。
「は? ない……ない! どういうことだ!?」
「落ち着いて、レオン!」
私は彼の腕を掴みながら辺りを見渡す。
このキャンプ地には、私とレオン、そして——今夜だけ合流していた一人の旅人がいた。
名前はガラン。
行きずりの戦士で、「一晩だけ宿を貸してほしい」と言ってきた男。
今、彼の姿が——消えている。
「まさか……」
「アイツ……!」
レオンが焚き火から飛び出した。
行方を追え——勇者の剣を巡る夜の追跡劇
私たちは、すぐにガランの足跡を追い始めた。
草を踏み分け、薄暗い森を進む。
空は曇り、月も隠れ、風が不気味に木々を揺らしている。
(ガランはレオンの剣を狙っていた……?)
普通の盗難ではない。
なぜなら——
レオンの剣は「勇者しか抜けない剣」。
魔力が込められており、下手に扱えば弾かれる危険な武器。
それを、誰かが“わかった上で”持ち去ったのだ。
「こっちだ!」
レオンが森の中を駆け抜ける。
やがて、開けた場所に出た。
その中心に——いた。
「……来たか。」
月明かりの中、黒いマントをまとったガランが立っていた。
彼の手には、レオンの剣。
だが——その剣は、赤黒く歪んだ光を放っていた。
「やっぱり……ただの盗人じゃない……!」
私の背筋に、ゾクッと冷たいものが走る。
剣に仕込まれた「呪印」——盗んだ者はどうなる?
「その剣……普通の人間には持てないはず。何をしたの?」
私の問いに、ガランは不敵に笑う。
「この剣に宿る“勇者の力”……それを俺のものにするため、俺は【写魂の印】を使った。」
「写魂……?」
「簡単に言えば、勇者の“気質”をなぞる禁術だ。勇者の性質を一時的に模倣し、剣を使えるようにする。」
「そんな……」
(まさか、そんな危険な魔術を使ってまで……!?)
レオンが前に出ようとするのを、私は制止した。
「レオン、待って。今の彼は剣の力を“借りて”いる。焦って戦えば、逆に飲まれるわ。」
ガランは、剣を片手にゆっくりと歩み寄る。
「なぜ盗んだのか、教えてやろうか。」
「……!」
「俺は昔、王国の騎士だった。だが、“勇者の器ではない”と見なされ、捨てられた。」
「だから奪った。選ばれなかった俺が、“選ばれし者の力”を手に入れるために。」
(……その怒りと執着が、彼をここまで追い込んだのね。)
精神の崩壊——剣がもたらす“副作用”
だがその時——
「ぐ、ああああああっ!!」
ガランが突然頭を抱えて叫び出した。
剣が赤黒く脈動し、彼の体を蝕み始めていた。
「こいつ……! 脳に直接、何かが……ッ!」
(まずい!)
「レオン、剣を! このままじゃ彼の意識が乗っ取られる!」
「陽菜さん、どうすれば……!?」
「脳の防衛本能が壊れかけてる! でもまだ間に合う!」
私は急いで【脳科学コーチング:潜在意識安定化】を発動した。
「ガラン! 聞いて! あなたは“選ばれなかった”んじゃない! “選ばれることしか考えてなかった”の!」
「う、るさい……!!」
「力を手に入れようとする前に、“自分の人生を取り戻すこと”の方が先よ!」
「黙れえええええ!!」
私は一歩踏み出し、彼の額に手を当てた。
(潜在意識にアクセス……! 強制的に“恐れ”の記憶を遮断する!)
「“捨てられた”っていう記憶は、あなたの人生のすべてじゃない……!」
——スッ。
突然、剣の光が収まった。
ガランが崩れるように膝をつく。
彼の手から剣が落ち、レオンの足元に転がった。
そして、選ばれし剣は戻った
「……レオン、取り戻して。」
レオンはゆっくりと剣を拾い上げた。
その瞬間、剣が青白く光り、再び“勇者の主”として彼を認めた。
「……戻ってきたな。」
レオンが静かに呟く。
私は、倒れたガランのそばにしゃがみ込んだ。
「あなたは、“捨てられた”んじゃない。そこで止まってしまっただけ。」
彼は、苦しそうに目を閉じたまま、かすかに頷いた。