気弱な王子と婚約破棄
学園の授業が終わり、帰り支度をしていたわたくしの前に、青褪めた表情のエリック様がやって来ました。
顔色が悪い。どうしたのかしらと思っていたら、開口一番にエリック様が叫んだ。
「マリアンヌ・レイスター! 君に婚約破棄を言い渡す! 君とは結婚出来ない!」
突然の言葉に、わたくしの心臓はどくどくと音を立てました。ショックでその場に倒れそうになりましたが、公爵家の一人娘がそんなひ弱ではいけません。わたくしはきゅっと唇を噛むと、冷静な眼差しでエリック様を見つめました。
「エリック様。理由をお伺いしてもよろしいですか?」
エリック様はクシャッと顔を歪めました。それからポロポロ涙を流し、悲しそうに理由をお話になりました。
「君に僕は相応しくない!」
「どのようなところが相応しくないのでしょう?」
改善できるところがあるなら直したい。だってわたくし、エリック様が大好きなんですもの。
エリック様はこの国の第五王子だ。
でも、わたくしはエリック様の家柄などどうでも良い。エリック様が平民だったとしても、わたくしの心は変わらないでしょう。
もしかして、他に好きな方でもできたのでしょうか? それともわたくしのことが嫌いになった?
わたくしはエリック様になにを言われても動じないよう、心を強く持ちながらじっとエリック様の言葉を待ちました。
エリック様はしばらくためらったあと、ボソボソと話し始めました。
「……マリアンヌは才色兼備だ。それに比べて僕は家柄しか取り柄のない冴えない男だ。顔もぼんやりしているし頭も悪い。性格も引っ込み思案で暗い。そんな男はマリアンヌの隣に相応しくない! だから婚約破棄する」
「……へ?」
正直、わたくしは拍子抜けしてしまいました。
そんな理由で婚約破棄をするとおっしゃったの?
本当にエリック様は、王族とは思えないほど謙虚なお方なのだから……。
わたくしは呆れつつも、少しだけ笑ってしまった。
「エリック様。それでもわたくしは貴方のことが大好きなのですが」
「え!?」
大好きと言われたのが嬉しかったのか、エリック様の目が輝いた。ふふ……。失礼なこととは思いますが、エリック様のこういうところが、わたくしは可愛くてたまらないのですよ。
「貴方は暗いのではなく、おとなしいだけです。わたくしはよく喋る男性より、貴方のような静かな男性の方が好きです。それにお顔も目がくりくりしてキュートですよ? なにより、貴方には素晴らしい才能があるではないですか」
「僕に?」
思い当たるふしが無いのか、エリック様は不思議そうな顔をした。
そう言う謙虚なところも素晴らしい。
わたくしはニコリと微笑むと、力強くうなずいた。
「そう。貴方の描く絵は素晴らしいですわ。見るものの心を奪います」
そうなのだ。エリック様の絵は本当に素晴らしい。色彩豊かで、見ているだけで引き込まれる。
まるで絵の世界に入り込むようなのだ。
「そんな素敵な方の婚約者になれて、これ以上の幸せはないと思っていたのに、貴方はわたくしとの婚約を破棄するなどと言う。わたくし、とてもショックです……」
「ご、ごめん……。でも、僕は頭が悪いので君に満足のいく生活をさせてあげられないかもしれない」
「そんなのは心配無用です。そのためにわたくしは今まで勉学に励んできました。お家のことはわたくしに任せてください。貴方は好きな絵を好きなだけ描いていれば良いのですよ?」
「マリアンヌ……」
エリック様の瞳がじわっと潤んだ。
あぁ、また泣いてしまう。泣かせたいわけではないのに……。でも、こういう情緒豊かなところも、エリック様の魅力ですね。
「さぁ、これでエリック様のご不安も解消できましたね。それでもエリック様はわたくしと婚約破棄をなさいますか?」
エリック様はグスグスと鼻を啜ったあと、わたくしに向かって叫んだ。
「しない……。したくない! 本当は、君のことが大好きだ!」
大好きと言われて胸が躍る。
ふふ……。嬉しいですわ、エリック様。
今すぐ抱き締めて頭を撫でてあげたいけど、そんなこと淑女がしてはいけませんね。
わたくしはニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。それでエリック様、なぜ突然婚約破棄なさるなどとおっしゃったのですか? もしかして、誰かになにか言われたのではないですか?」
今までも自信なさげだったが、そんなことは言わなかったのだ。誰かにそそのかされたとしか思えない。
無垢なエリック様はなにも考えずに正直に答えてくださった。
「あ、あぁ……。そこにいるリンダが助言してくれたのだ。何の取り柄もない僕に、優秀なマリアンヌは相応しくない。婚約を破棄してあげるのが、マリアンヌのためだ……と」
リンダ様……ね。
わたくしは遠巻きにこちらを眺めていたリンダ様を睨んだ。睨まれたリンダ様はヒィッと小さく叫び、怯えているようだった。
成程。リンダ男爵令嬢ね……。確かこの方は休み時間、よく友人と絶対王族と婚約してみせると息巻いていた。地位と権力に興味があるのでしょうね。醜い方……。
きっと、エリック様を狙っていたのね。
わたくしと破談したあと、慰めるふりをしてエリック様に取り入ろうとしていたのではないかしら?
でも残念。わたくしはエリック様が大好きなの。絶対に手放さないわ。
わたくしは怒りを表情に出さないよう、ニッコリ微笑んだ。
「リンダ様。エリック様に変なことを吹き込まないでくださる?」
なるべく冷静に見えるように微笑んだのだが、リンダ様はそれが余計に怖かったらしい。
ガタガタ震えながら、目に涙を溜めて囁いた。
「も、申し訳ございません。マリアンヌ様……」
わたくしがコクリとうなずくと、リンダ様は逃げるように教室から出て行った。
リンダ様……このままでは済まなくてよ? 今日のことはお父様にしっかりお話しさせてもらうわ。
男爵家ごときが王族のエリック様を貶すなど言語道断。
ペナルティはしっかり受けていただきましょう。
それより今はエリック様よ。
エリック様はリンダ様に言われたことを気にしているのか、意気消沈していた。
わたくしが、心のケアをしてあげなければ。
わたくしはエリック様にニッコリ微笑んだ。
「エリック様の気持ちが知れて嬉しいですわ。そうだ! これからエリック様のお家にお邪魔してもよろしいですか? またエリック様の描いた絵が見たいのです」
しょんぼりしていたエリック様はパッと顔を上げた。
絵のことになると、エリック様は少しだけ自信を取り戻すのです。
「あぁ、いいぞ! 僕の描いた下手くそな絵でいいのなら、好きなだけ見てくれ!」
「ふふ……。下手くそなどではございません。素晴らしい作品ですよ?」
わたくしの言葉に、エリック様は照れ臭そうに微笑んだ。本当、可愛いらしいですわ。
エリック様にはこのままでいて欲しい。
これから王族の仕事など、大変なことも多いでしょう。でも、わたくしがなんとかしてみせますわ。
そのためにわたくしは努力してきたのですから。
そんなことを思いながら、わたくし達はニコニコと教室をあとにしたのだった。
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