本屋の幽霊
「あらぁ、熱心ね。でももう帰り支度していいわよ。お客さんもいないし」
「あ、じゃあ、最後ここだけやったらそうさせてもらいますねっ」
この本屋でアルバイトを始めて二週間が経ち、仕事にも慣れてきた。
前までちょっと引き籠り気味だったから対人関係が不安だったけど
店長はちょっとしたことでもすぐ褒めてくれたり『そろそろポップ書いてみる?』
なんていつも笑顔で優しい。
まあ、一人しかいないアルバイト。逃したくはないのかもしれない。
居心地は良い。……でもこの夜、エプロンも何もかも捨てて逃げたくなった。
だってこんなに、はっきりと幽霊を目にしたのだから。
通路に立って本棚を見つめている。半透明。女の人。長い黒髪。
白いロングスカートにあの顔、やっぱり間違いない……。
やばい、心臓が止まりそう……怖い……。私に……気づいている? 違う?
大丈夫なはず……でも……じゃあ、ただ立って何をしているの?
目的は……ここにいるってことはやっぱり未練が……。
あ、それとも単純に本が好きなだけ……かな? なんて……。
だとしたら何か読みたいのかな? でも何を? 幽霊の本? 成仏の方法?
宗教? 天国や地獄はどんなところか? ガイド本なんてないと思うけど……。
いや、あのコーナーは……。
あ! 平坂太陽くんの写真集ね!?
大人気アイドルにして、俳優、バラエティにマルチに活躍!
「今月発売の写真集は重版すでに決定済み!
それもそのはず、シャワーシーンやベッドシーン。
半裸のカットが少なくとも三十ページ以上! 引き締まったお尻は最高の高!」
あれ……? 違った? 移動し始めたわ……。
どこへ、やっぱり成仏の方法を探しているの?
それとも……警察関係やミステリー小説?
あああ、自分が死んだ原因を究明し、犯人を……いや、違う! あれはBL漫画!
「絡み盛りの大鉞! 昔話の登場人物たちが織り成す熱い青春ラブストーリー!
桃、浦島、金、太郎たちが絡み合う恋愛シーンは群を抜いているけど
それだけじゃない、使命の重さからくるそれぞれの苦悩。
バトルシーンだって少年漫画に負けてな……」
あれ? やば、こっち見てる? まさか気づいた?
あ、いや、私、さっきから声出てた?
やばやばやばやば気づかれた。マズい。待って、どうしよ……え? 笑った?
なんで、あ、消えた。成仏……したの? でもどうして……?
「あら? どうしたの? もう店閉めるわよ」
「え、いや、あの、その店長……」
「あらあら、貧血? 大丈夫?」
「いや、その幽霊が……あ、いえ、なんでもない……です」
「……幽霊? いたの?」
「いや、そ、そんなのいるわけないじゃないですか、あはは……」
「そう……いたのね。あの子」
「え?」
「あなたの前に働いていた子。
……多分、事故でね、坂の上からガードレールを越えて落ちて亡くなっちゃったの。
大学生の子でねぇ。学業の関係で元々ここは辞めるつもりだったんだけど
新人の子が入らない入らないってずっーと心配してくれてね。
ほら、今、大手もそうだけど書店ってネットや電子書籍に押されてるじゃない?
だからきっと心配で来ちゃったのね……」
「あ、あ、で、でもなんか成仏した感じでした」
「ふふふ、あなたのお陰ね。きっと安心したのよ」
「そ、そうですねっ、良かったです。
でもまさかここでバイトしていた人とは思いませんでしたよ、あははは……」
……本当に良かった。気づかれていなかったみたいで。
うん。やっぱり、本は紙がいいわ。
だって、あたしがスマホで漫画を読みながら自転車を走らせていたせいで
ぶつかりそうになり、避けようとしたあの人は……。