さかな
うたた寝の間に見た、夢の話をしよう。
その子どもは、ある魚の目を描くよう言いつけられていた。
魚は、なんという種類のものか知らないが、どうやら「聖なるもの」という扱いらしい。
その街には昔から、その「聖なる魚」の目を描く、お役目というものがあるらしかった。
なぜその子どもがそのお役目を任されたのか、何か子どもが特別な力や血筋を持っているのか、それはよくわからない。
子どもは、ただの子どもで、身分があるようでも貧しいようでもなく、普通のありふれた暮らしで育ったように思えた。
ただ、その子以外に子どもはいなかったように思う。そのあたりが、その子がお役目を引き受けるようになった理由なのかもしれなかった。
子どもは言いつけに従い、魚を見に行く。
魚は大きな水路に住んでいるらしい。
実は水路ではなく大河、あるいは海なのかもしれないが、そこは街からは少し離れていて、水ぎわには草が茂り、あまり人気はないようだ。
魚はとても大きかった。
黒っぽい体はよく見ると深い深い青色で、くじらに似ているような気がした。
水中の魚の目はなぜかよく見えた。
大きな青い瞳だった。やわらかで深い水色。白目があり、睫毛もある。その睫毛は長く太く、しかし淡い色でやわらかそうで、水の中では邪魔なのではないかと思える。眼球の表面に、小さな短いトゲのようなものがいくつもある。あれでは瞬きがしづらいのではないだろうか。そもそも、魚は瞬きなどしないから、問題ないのだろうか。
不思議な魚は、目も不思議なのだ。
子どもはその目をとても美しいと思ったが、特別絵心があるでもなく、誰かが描き方を教えてくれるでもなく、途方にくれてしまう。
目を描くのはその子どものお役目と決まっているようだったが、いつまでにとの決まりはないようで、急かされることはなかった。
子どもは水辺へ通い続けた。
魚には知能があるようだが、意志の疎通ができるわけではない。
ただ毎日通い、毎日魚をながめて、一日を過ごした。
そして日は流れ、子どもはほんの少し成長し、魚はさらに大きくなった。
水辺には堤防なのか、人の背丈の倍もある土手がある。
その上に立つと、魚の大きさがよくわかった。大人を何人並べても届かぬ体長、人など簡単に弾き飛ばしてしまいそうな優美な尾びれ。
しかし魚は人に何の危害も加えない。
ただ毎日そこにいる。
いつの間にか魚は一匹ではなくなっていた。
同じ種類と思われる、ずっと小さな個体が二、三匹。それから、数えきれないほどたくさんの、色とりどりな普通の魚たち。
それらが慕うように、大きな魚を取り巻いて泳いでいる。
子どもは悟った。魚の目を描かなければならない時になった、と。
たくさんの魚たちは、水からの恵みだ。
どういったカラクリなのかはわからない。だが、魚の目を描くことで、その豊かな水の恵みを、人間たちは手に入れることができるのだ。
しかし、一方で他のこともわかっていた。
目を描けば、聖なる魚は消えてしまうのだ。
子どもは土手の上からながめていた。
澄んだ水の中で光を吸い込むような深い深い青い大きな体を。
美しい優しいまなざしを。
その周りできらめく、小さな魚たちの姿を。
そこで目を覚ましてしまったので、子どもがその後目を描いたのかどうかは、もうわからない。