第三話 『巣』
第三話 『巣』
学校に近付けば近付くほど、ゾンビが増えていく。
「おかしいな。メスガツの生成スピードが速くなったか? それとも10体くらい放り込まれた?」
メスガツのゾンビ生成スピードはだいたい、5分で10体だ。しかも5分置きだから、4分59秒とかで倒してしまえば雑魚ゾンビは発生しない。そういうものなのだ。
でも、いくらなんでもこれはおかしい。
SNSを確認すると、駅周辺や奈良庁舎、学校など、大きな建物周辺のゾンビポップ率がえげつないことになっている。
家にいるママはともかく、電気工事士として現場仕事をしているパパが気掛かりだ。いまのところ、lioneは入っていない。
「クソ、いくらなんでも多すぎる。全然近づけないじゃん!」
ひとまず高い建物に入ろう。こっちにはスナイパーライフル――ミーティアがあるのだ。これで周辺を確認して、どこから攻めるのがいいかを決めよう。
「ここら辺で一番高い場所はここだな」
絶えず悲鳴が聞こえるイオン。常にショットガン――アトラスを撃たなければならないほどゾンビが溢れてきている状況で、屋上駐車場までいける気がしない。
そして何より――、
「あれ、メスガツじゃなくて『巣』なんだけど」
それなら納得だ。
巣はゾンビの生成スピードがメスガツとは比較にならないほど速い。分間5体も生み出すのだから、圧倒的速度だ。
ひとまず写真を撮り、ディコードのゾン狩るのサーバーに貼っておく。
だけど、巣は一つだけらしい。見える範囲で、というよりも、複数あればこんなもんじゃないからだ。
何より、巣が一つだけしかない確証がある。
「巣が二つ以上なら確実にヘッド級がポップする。でも、いないってことは」
そういうことだ。
そして、『巣』が一つだけのときのみに適用される特別な設定。
「『巣』さえ仕留めりゃ勝ち確だな」
巣を仕留めれば、その『巣』から発生したゾンビは消滅する。もちろん、増えたゾンビはそのまま残るだろうけれど、それでもしないよりはマシだ。新しく増えるスピードが段違いに減るのだから。
だから、私の最初の仕事は、アレを仕留めること。
「ここは危ない。どこか、安全な場所に行かないと――」
「ねぇ、君。もしかしてプレイヤー?」
「!?」
後ろから聞こえてきた声に、慌てて振り返ってアトラスを構える。
「おっとぉ、撃たないでよ? 俺もプレイヤーなんだ。この状況をどうにかしたい。でも、俺には“装備”がない」
「……装備を貸せって?」
「まぁ、端的に言うとね」
「じゃ、それは?」
30代ほどの男が右手に持っているのは刀だ。刀には血が付いている。そして、ときどき近付いてくるゾンビを刀の錆にしている。
この男、相当なやり手だ。
「これは家宝の刀だよ。家から持ち出したんだ」
「じゃあそれでいいんじゃない?」
「ダメだ。知ってるだろ? ヘッド級には貫通力がいる」
「……本当にプレイヤーなんだ。わかった。名前は?」
雑魚ゾンビのグールなら、銃弾の貫通力なんて必要ない。
だからどんな武器でも、それこそ野球のバットでも倒せる。
だけど、ヘッド級となると話は別だ。
ヘッド級に通用するのは、貫通力が400以上ある武器に限られる。とはいえ、ゲームに出てくる銃器ならほとんど問題ない。よほどの初心者でなければ。
「俺は『通りすがりの呪い魔』だ」
「ああ……通り魔さんか。じゃあ武器は盾とグレランだな」
「おお、俺のこと知ってんのか!」
「そりゃね。私はカエデ、よろしく」
「んだよ芋砂かよ。芋砂は芋砂らしく家でママのおっぱいでも吸ってな」
「は??? 殺す」
ショットガンの銃口を向けると、慌てて謝罪を口にした。
「はwwww雑魚すぎwwwww」
「クソッ! なんで俺は最後の瞬間に仕事してたんだ……!」
嘆く通り魔さんを横目に、インベントリを開いて盾(盾と銃がセットになった武器)とグレラン(グレネードランチャー)を取り出した。
「ほら、この防具はおまけ。使ってねーし」
「おお、助かった! で、まずはアレか?」
「まぁな。スキル使える?」
「使えねーよ。爆発弾頭使えたら一撃なんだがなぁ」
グレネードランチャー、通称グレランに付与されているスキルの一つ、爆発弾頭。
これは一発の威力3290ダメージを450%引き上げ、延焼効果――与ダメージの5%×10秒間――をもたらす凶悪なスキルだ。雑魚ゾンビ殲滅用としても名高いスキルである。
「お前は?」
「レベル上げてないからゴミ。それなら一擲闘魂使ったほうがマシ」
「さすが芋砂。それで行こうぜ」
一擲闘魂はスナイパーライフル専用スキルで、一発の威力を500%引き上げる効果を持つ。これにより、ミーティアの威力4781ダメージから23905ダメージにまで引き上げられるのだ。ゲーム中最大単発攻撃力である。ただ、これはたったの三発だけしか撃てない。クールタイムは30秒。つまりただの雑魚である。
これがもしPVE最強のアサルトライフルなら、加速連弾というスキルを使えば、秒間12発のところ秒間18発になる。一発の威力は理論値最高2477ダメージで、秒間44856ダメージ出せる。ちなみにワンマガジン240発なので、ワンマガで60万ダメージ近く出る計算だ。
この理論値を達成しているのがプギャーだったりする。
プギャーはPVE最強格の一人なのである。
「巣って確か7万HPだよな?」
「そうだな。3発当てればワンチャン、もう一発当てれば確実に倒せる」
「おけ。守りは任せた」
「おう」
その場でアトラスからミーティアに持ち替え、一擲闘魂を発動する。
ミーティアに星の煌めきが宿った。
外せない。
外せばその分、直樹の救出が遅れる。
スコープを覗き、照準を合わせた。
「ふぅ……」
ズギュン! と轟音が響き渡る。
見事命中し、赤い飛沫が飛び散った。
三発とも命中させ、まだ生きている『巣』にスキルなしの通常ショットをお見舞いすると、無事弾け飛んだ。
「よっしゃ」
「ナイス~! じゃあ突入するか」
「私はしない。これだけゾンビが溢れてる理由もわかったし、巣が相手なら“攻め方”もある。何より直樹……弟が心配だから」
「お前弟いんの? てことはいまから助けに行くってことね。近いん?」
「すぐそこの奈良高校」
「あーなるほど、おっけ。じゃあここ制圧したらこいつで援護射撃してやるよ」
そう言って通り魔さんはグレランをこつんと叩く。
「それは心強いな。じゃ、急ぐんで」
「おう。やられんなよ」
「雑魚グールにやられるとかねーよ」
通り魔さんに背を向け、私は走り出す。
「あ、連絡先交換するの忘れた。私のグレランと盾……」
直樹視点
「おい! そっちのバリケード増強しろ! 抜かれるぞ!」
「もう机ねぇっす! ほかになんかねーの!?」
異変に気付いたのは、野球部の顧問こと斉藤英雄だった。英雄先生というあだ名で親しまれている先生だ。
英雄先生は野球部の担任で、グラウンド全体を俯瞰してみていた。そのとき、何やら空から降ってきていることに気付いたらしいのだ。
たまにはぐれゾンビが突然現れることから、これはゾンビだ! と考え練習を一時中断。スマホで連絡を取り、放送室から学校全体へ避難指示が出された。こういう場合の避難場所は特に決まっていない。
過去に体育館に全校生徒が避難し、一人がゾンビに殺されてゾンビになり、芋づる式に増えていったことがあった。このときの生存者は、体育館倉庫で隠れてえっちしていた生徒と教師らしい。
教師は普通に未成年淫行で逮捕され、生徒は手厚く保護された。
ちなみにどっちも男だ。
そんなことがあってから、芋づる式にゾンビが増えることがないようにバラバラに逃げなければならないとなったのだ。
「掃除ロッカー持ってきました! 置きます!!」
「おお! いいじゃねーか! 設置しろ!」
だから俺たちは、広くて守りづらい本校舎ではなく、家庭科室や実験室などの教室がある東館の一階を固めている。
野球部とたまたま逃げ込んできた女子水泳部が合同でバリケードを設置することになった。女子は全員水着で、バスタオル一枚だけしか持っていなかった。靴も履いておらず、足はどろだらけで、怪我をしている女子も多い。
四階建ての東館の一階に、すべての教室から机や椅子を引っ張ってきた。
だけど、本当にそこまでする必要があるのか、と誰もが疑問だった。
最初はゾンビ一体なんて、警察がすぐに倒してくれるって。
「また増えてねーか!?」
「弱音を吐くな! プロテクターとヘルメットはつけておけよ! いざとなればバットとボールで返り討ちだ!」
「「「はい!!」」」
勢いよく返事する。
けれど、みんなの声は若干震えていた。
女子の前だから、死にたくないから。
そんな思いで、各々が声を上げる。
警察の応援は来ない。
一向に来る気配がない。
当然だ。考えなくてもわかる。
だって、俺たちの前にはどこから湧いてきたのかと思うほど、軽く見積もって100体以上のゾンビがいるのだから。
「英雄先生! 本校舎のバリケードが突破されました!」
「クソッ。あとはここと部室棟だけか!」
「それが……部室棟も、端から順に突破されていってます」
四階から監視していた野球部員、佐藤春が言う。
部室棟は特に防御が弱いということで、本当に逃げる時間がないときだけ使え、と言われている場所だ。たぶん、じきに部室棟も飲み込まれるだろう。
「……そうか。教師がこんなことを言うのは教師失格かもしれんが、全員、覚悟を決めておいてくれ」
「何言ってんですか。俺たちの英雄が指揮取って無理なら、誰にもできねーっすよ」
「そうそう! 俺たちを甲子園に連れて行ってくれるって約束したじゃないっすか!」
「先生となら行けるって、みんなで必死に練習してるんすよ? 英雄先生が諦めないでください!」
野球部員が次々に英雄先生をフォローする。
「ああ、そうだな。お前たちを甲子園に連れて行ってやるよ。俺は嘘を吐かない男だ!」
英雄先生がそう言った瞬間、目の前のゾンビたちが突然弾け飛んだ。まるで、爆弾でも投げ込まれたかのように。