57話 祖母に会う悪女
もの凄い速さで目に映る草原の田舎の景色が変わるのを、興奮状態で汽車の窓から風を受け見ている美しい令嬢とメイド
「凄いわね。どんどん景色が変わって行く、面白いわ」
「本当ですね。最初はあまりの速さにただただ怖いと思って見てましたが、慣れると面白いです」
記憶を無くして初めて乗るヴィクトリアと汽車に乗る事など無いアメニは嬉しそうにはしゃぎ、その様子を見て一人溜め息を吐くルシフェル
三人は貴族専用の豪華な一室の汽車の中に居る
本来ならヴィクトリアと二人きりで甘い一時をこの部屋で過ごせる筈だったのだが、ヴィクトリアが女性のアメニが男性達の部屋と同じでは可哀想だとこの部屋に呼んだのだが、一泊する訳ではなく四時間程度の乗車だ
(・・・まあ、別に良いけど)
汽車の乗車賃は手頃な値段なので、一般人も普段から利用している有り難い交通機関
ただしオルテヴァール王国では一般人用と貴族専用としっかりと別けられていて、サビドと傭兵の男性二人は一般車両の個室が宛がわれた
一般の個室でも高額なので豪商か富裕層が使用する位で、使用人に個室を用意するのはかなりの高待遇
アメニは二人にお茶を用意すると「それでは、私は一般車両に戻ります」頭を下げて出て行こうとする
「あら、アメニもここに居て良いのよ?一緒にお茶を飲みましょう」
ヴィクトリアが止めるので、アメニは笑って
「ありがとうございます。ですが他にもする事がありますので、何か御用の時はお呼び下さい」
本当はする事など何も無いが、二人に気を遣ったのだ
「・・・男の人と同室にするなんて、ドルフェスは気が利かないわね」
「アメニが構わないと言ったんだろう?ドルフェスだってそういう所は気を遣うさ」
ルシフェルの言う通り、アメニは自分だけ特別に部屋を用意して貰うのは申し訳ないとサビド達と同じ部屋にして貰った
貴族では未婚の男女が同じ部屋なのは問題だが、庶民(特に貧困層)はそんな事どうでも良い
「折角だから、二人きりの時間を楽しもう」
ルシフェルは嬉しそうにヴィクトリアを抱きしめて、優しくキスをする
アメニが出て行ってから三時間程でアルスラードに着き、駅から出ると嬉しそうにヴィクトリアは周りの景色を眺める
「ここが、アルスラード避暑地なのね」
遠くに山が見える清閑な品のある街並に感激し「本当に綺麗な所ですね」アメニも共感する
「いや、ここはまだ避暑地じゃないよ。ここから馬車で一時間以上掛かるらしい」
ルシフェルは先に昼食を済ましてから馬車に乗る事にする
歩きの移動だが、ルシフェル達の荷物は先にホルグヴィッツの別荘に送っているので身軽で行動出来る
ヴィクトリアは観光地でもあるアルスラードの街の店に目を輝かせる
「すごい・・色んなお店があるわ」
雑貨や装飾店、地元の名産品に名物料理・・・様々な店が連なっていて、ヴィクトリアは嬉しそうにキョロキョロとお店を見回すので「ヴィクトリア、お店を見て回る?」ルシフェルが聞くと
「そうしたいけど・・・そんな事をしたら遅くなってしまうから」
残念そうにヴィクトリアはお店の散策を諦め、高級レストランで昼食を済ませる
田舎と言っても流石、公爵のみが利用出来る避暑地だけあって最高級な店ばかりだった
ヴィクトリアがレストランに入って来ると、公爵や侯爵達が一斉に彼女を見て驚く
「あれはまさか、ヴィクトリア?」「嘘、ヴィクトリアがこの避暑地に来ているの?」「それじゃあ、隣に寄り添っているのが婚約者?」「相変わらず仲良いアピールか」
ざわざわしだしたレストラン内に、ヴィクトリアは視線を感じながらルシフェルに寄り添われそそくさと個室に入る
「私は何処へ行っても、噂されるのね」
深い溜め息を吐く美しく妖艶な魅力を漂わせる婚約者にルシフェルは苦笑するしかなく、アメニとサビド達はそんな主人を間近に見れて使用人冥利に尽きると誇らしく思う
昼食を済ませると馬車二台でホルグヴィッツの別荘へと向うのだが、漸く祖母に会える嬉しさと緊張でドキドキして来たヴィクトリアをルシフェルは優しく抱きしめる
「緊張してきたわ・・・もし、お祖母様に嫌われたりしたら、どうしよう」
ヴィクトリアはそれが不安で堪らないのが「それは大丈夫だろう」ルシフェルとしては
(問題は向こうが、好意的かどうかだな)
なにせ相手は気位が高い公爵夫人だ・・・ヴィクトリアは孫に当たるが傷つけないとも限らないのでそれが心配でならない
一時間もせずに馬車に揺られると、途轍もなく広い湖が見えて来た
その湖を見た瞬間、ヴィクトリアはドクンっと心臓が跳ねる
「・・・私・・・この湖を知ってる。見た事があるわ」
幼い頃ヴィクトリアは林を抜けて、この湖を見ながら母親に手を繋がれ散歩をしていた
「なつか・・・しい・・・」
過去の記憶が無いヴィクトリアが思わず漏らした言葉に、ルシフェルは複雑な気持ちで彼女を抱きしめる
(幼い頃の悲しい記憶が無い事は、ヴィクトリアにとって良い事なのか?それとも思い出した方が良いのか?)
どちらがヴィクトリアにとって良いのかは判らないが「・・・思い出したのか?」優しくヴィクトリアに問い掛ける
「この湖の事だけね」
ヴィクトリアはルシフェルに寄り添い、大きな湖ストラロ湖を眺めながらホルグヴィッツの別荘へと向って行く
ホルグヴィッツの別荘はティアノーズの屋敷と変わらない、とても大きく立派で別荘?お邸では?という感じだ
「・・・公爵様はお城に住んでるんですもの。これ程の邸でも別荘扱いなのね」
近くまで来たヴィクトリアがそう言うと「何もかもが規格外なんだな」自分の親が住んでいる、田舎の屋敷を思うと権力の差を見せつけられた気がするルシフェル
(まあ、こっちはしがない伯爵だからな)
馬車はホルグヴィッツの別荘の門の前で止まると、待機していた門番が門を開けてくれ馬車はそのまま敷地へと入って行く
邸の前で馬車が止まると御者が馬車のドアを開け、ルシフェルが先に降りヴィクトリアに手を貸し辺りを見回すと、このお邸以外の建物が見えない
(一体何処までが、ホルグヴィッツの所有地だ?)
だだっ広い草原と林以外何も無い壮大な景色に、ルシフェルは感嘆する
サビドが呼び鈴を鳴らすと、少しして執事らしき白髪の男性が現れる
「私はルシフェル・アルガスターで、彼女はヴィクトリア・ティアノーズ。お会いする約束をしている、アーシュトリア・ホルグヴィッツ公爵夫人にお目通り願います」
ルシフェルがそう告げると、執事の男性は彼の横に立っているヴィクトリアに目を向け
「遠路はるばるようこそお出で下さいました。奥様も首を長くしてお待ちで御座います」
二人に頭を下げ、中へと案内してくれる
執事は近くに居たメイドに玄関前に居るサビド達の対応を任せると、主人の居る応接間へと向うのでヴィクトリアはドキドキしながら後について行く
(いよいよ、お祖母様に会えるのね)
ルシフェルに寄り添いながら廊下を少し歩いて、案内された応接間のドアの前で執事がノックをしてドアを開ける
ヴィクトリア緊張しながらルシフェルと共に部屋の中に入る
広い応接間には品のある白髪交じりの金髪に、紫の瞳の初老の女性が立って自分達を見ている
(この人が・・・お祖母様?)
記憶を無くしているヴィクトリアは、初めて会う祖母に対し感極まる
「初めまして。私はヴィクトリアと婚約しております、ルシフェル・アルガスターです。お会い出来て光栄です、ホルグヴィッツ公爵夫人。以後お見知りおきを」
ルシフェルが頭を下げ挨拶すると「どうもご丁寧に。ですが私は分家ですので、どうかアーシュトリア夫人と呼んで下さい」そう告げ、ヴィクトリアに微笑み掛ける
「あ、あの。ヴィクトリア・ティアノーズです・・初めまして、お祖母様」
ヴィクトリは緊張しながら、ドキドキと祖母にそう挨拶をすると、一瞬アーシュトリアは悲しそうな表情をして
「貴方は記憶を無くしているのだものね・・・」
ヴィクトリアに近づき、震える手で孫の頬に触れ「私達はね、何度も会ってはいるのよ。ここで過ごしていた時にね」その言葉に、ヴィクトリアは申し訳なさそうに祖母を見る
「本当に、娘のエメルトリアによく似ている。よく来てくれたわね、ヴィクトリア・・・どんなに会いたかったか」
「わたしも・・・会いたかった・・・ずっとずっと、凄く会いたかったんです」
優しく微笑む祖母に「お祖母様・・・」ヴィクトリアは思わず抱きつくと祖母はそのまま抱き返し、孫と祖母は漸く会えた嬉しさをかみ締める
記憶を無くしてから初めて会った身内、それも既に他界している母方の祖母を前にして、ヴィクトリアは思わず感情が高まり抱きついてしまい
「ごめんなさい。その、私、親戚の・・・身内の人に会うのが初めてだったので。嬉しくて・・・」
アーシュトリアは顔を赤らめ、子供みたいな行動をと恥ずかしそうに謝るヴィクトリアに
「それは構いませんが、身内に会うのが初めてと言いましたが、ティアノーズの親族は?」
「記憶を失ってから、誰とも会っていません。父に尋ねたくても・・・なかなか聞く勇気がなくて」
悪女だった自分と親戚の間に何か問題、確執があるのだろうか?それが怖くてなかなか聞けないでいる
それを聞いてアーシュトリアは(何て冷たい親族だろうか)と、ティアノーズ侯爵家一族に対し内心腹を立て
「・・・貴方が大怪我をしたというのにですか?誰も見舞いに来なかったの!?」
自分はどれだけ見舞いに行きたかったか知れないが、絶縁している為に容態を知る事しか出来なかったというのにと、アーシュトリアが尋ねると頷く孫に溜め息を吐き
「ティアノーズの事は、私には判らりませんが・・・あの男・・・貴方の父親が何を考えて、敢えて貴方と親族を引き離しているのでしょうね。貴方としても、親族との付き合いが無ければ不安でしょうにね?可哀想に・・・」
「はい。ですから何れ、私の方から、お父様に聞いてみないととは思っています」
当主の娘を、分家が蔑ろにするなど許される筈が無い・・・それなのに大事故に遭ったというのに見舞いや心配する手紙すら未だに寄越さない親族・・・夜会でも身内に会う事がないのでヴィクトリアは益々不安になる
ただこれには理由があり、ヴィクトリアが参加する上位貴族の夜会は殆どが当主のみの夜会で、当主であるランドルか何れ娘婿になるルシフェルとヴィクトリアが同行を許さない限り、親族は参加出来ない事をヴィクトリアは知らない
(※ランドルはわざわざ分家に声を掛ける様な性格ではなく、ルシフェルもまだティアノーズ一族に声を掛けるまでの立場ではない為)
先に二人に部屋を案内し、ヴィクトリアとルシフェルは隣同士の部屋を宛がわれる
「お互い、部屋が隣の方が安心でしょう?」
アーシュトリアそう言うと「別に同室でも構わないんですが」とルシフェル
「ルシフェル!!」
顔を赤らめ「余計な事言わないで!!」という目で彼を見る
「いくら貴方達が婚約していても、大事な孫を預かるのですから、それぞれ別の部屋で寝て貰いますよ」
そう厳しく告げると二人に屋敷を案内するので、ルシフェルは夜の嗜みの事に釘を差された感じがし(余計なお世話だ)と思いながら屋敷を見て回る
一通り屋敷の中の案内すると応接間で三人でゆっくりとお茶を飲む事になり、ヴィクトリアは祖母に母親について尋ねる
「そうね。あの娘は比較的大人しい、穏やかな性格だったわね。毎年夏に、この別荘に来ていたわ。貴方を連れてね」
「毎年ですか・・・」
それは父ランドルが休みを取らず、二人で出掛けられるのが、ここしかなかったからだと考えるヴィクトリアは、益々母が可哀相に思えてくる
「お母様はずっと、私と二人で居た様に思うのですが・・・誰かお友達は居たのでしょうか?」
「・・・あの娘はね、公爵から格下の侯爵へと嫁いだ事で自分を恥じたみたいなの」
それを聞いて驚くヴィクトリア
「それで社交界に顔を出す事を止めて、貴婦人の会や、お茶会にすらも出ずに、ずっとティアノーズの屋敷に籠もってしまったようでね」
アーシュトリは溜め息を吐き
「これでは駄目だとあの娘を心配したのだけど、それでもヴィクトリア、貴方が生まれて心から安心したのよ」
その言葉にヴィクトリアも嬉しく思うが、けれどアーシュトリアは顔を曇らせ「でもね、貴方が生まれて、心無い噂が立ってしまったのよ」そしてルシフェルを見て
「申し訳無いのだけれど、ここからはヴィクトリアと二人だけで話がしたいの」
アーシュトリアがそう言うと、ルシフェルはヴィクトリアを見てから頷き立ち上がる
「あの・・・ルシフェルは私の夫になる人です。それでも、一緒に聞いては駄目ですか?」
ヴィクトリアがそう尋ね、ルシフェルはその言葉に驚くと同時に嬉しく思ったが
「・・・あの娘の名誉の為に、席を外して貰いたいわ」
彼には聞かせたくないのだと言うので、ルシフェルは愛する婚約者に「部屋に戻っているよ」軽く頭にキスをし、アーシュトリアに一礼して出て行く
「本当に仲が良いのね」
嬉しそうに微笑む祖母に、ヴィクトリアも顔を赤らめ頷く
「あの娘も、彼の様に愛されていれば、幸せだったのかもしれなかったのに・・・」
祖母のその言葉にズキンッと胸を痛めるヴィクトリアに「話しを続けましょう」アーシュトリアは辛い思い出を手繰る気持ちで話し出す
「あの娘に対する心無い噂とは、夫であるランドルに・・・無理やり、妊娠させられたとか、父親がランドルではないのでは?という残酷なものでね」
口にするのが辛いと溜め息を吐く祖母を見ながら、ヴィクトリアは酷くショックを受ける
「そんな・・・でも、それは嘘なのでしょう?お父様がそんな・・・」
母を無理矢理になど信じられないが、二人が政略結婚で愛の無い夫婦である事は知っているので衝撃を受ける
「あの娘は何も言わないの・・・肯定も否定もせず、ただ静かに貴方と過ごしていただけ」
祖母のその言葉にヴィクトリアはズキンッと強く胸が痛む
(私が泣いていても、抱きしめてくれなかったお母様・・・それはどうしてだろうと思っていたけど・・・そんな・・・)
自分がどういう経緯で生まれたのだろうか?本当に父に無理やりだったのか?母は浮気をしていたのか?・・・どちらにしても、自分が母にとっては望まれて出来た子供ではない事は判った
「・・・私の存在が・・・お母様を苦しめていたのね」
青褪める孫を、アーシュトリアは彼女の隣に座り抱きしめ
「それはどうか判らないわ。もし、貴方の存在が辛いなら、きっと傍には置かなかったと思うのよ?少なくとも私には、あの娘は貴方を大事にしていた様に思えたわ・・・真実はあの娘にしか判らないけれどね、毎年貴方を必ず別荘に連れて来てはずっと傍で、見守っていたのだから」
(そう、私の傍にはいつもお母様が居た。それは確かだわ・・・・)
そしていつもあの『我が侭を言わない様に』そう言い聞かされて来た
「ヴィクトリア。もし貴方が望んでくれるなら、貴方をホルグヴィッツに迎え入れたいのだけど」
アーシュトリがそう提案するので驚くヴィクトリア
「貴方は私の娘の忘れ形見でもあります。ランドルにとって貴方はたった一人の娘だけれど、私にとっても大事な孫の一人だわ。それに貴方にとってもホルグヴィッツ公爵令嬢としての身分は、申し分ないでしょう?」
そう祖母に言われ、ヴィクトリアは戸惑う
「以前、貴方を引き取ろうとした時はランドルに拒まれてしまったけれど、今の貴方はもう立派な大人ですもの。貴方の意思で決められる。もちろん、今の婚約者と愛し合っているのでしょうから、彼との婚約も持続で構わないのよ」
アーシュトリアの申し出は破格であり、ルシフェルも喜ぶかもしれないと考えるヴィクトリア
(もし私が承諾したら、ルシフェルは公爵の身分になるの?そうしたら、あのエレノアラ様の事も、不安では無くなる・・・)
ヴィクトリアは真っ直ぐに祖母を見て「お祖母様にそう言って、貰えて凄く嬉しいです」その言葉に祖母も満足げに頷く
「でも、お祖母様も言った様に、父の家族は娘の私しか居ません。私がホルグヴィッツに行ってしまったら、父は一人になってしまいます。それでは父があまりにも不憫でなりません。なので、申し訳ないのですが、私は、ヴィクトリア・ティアノーズとして生きて行きます」
ヴィクトリアはそう断ると
(ルシフェルが聞いたら、がっかりするかもしれない・・・でも、ごめんなさい。私は、お父様を一人には出来ないの)
孤独の寂しさ、辛さを誰よりも知っているヴィクトリアは、父親を捨てる事など出来ない
喜んで了承すると思っていたアーシュトリアとしては、ヴィクトリアに断られた事に納得が出来ない・・・しかも、公爵の身分を断る理由が、父を一人に出来ないから
(何を言ってるの?この子は・・・公爵の身分がどれ程のものか、判っていないの?)
記憶が無いのだから仕方が無いのかもしれないと
「ヴィクトリア。貴方は公爵の身分がどれ程のものか知らないみたいだから仕方が無いのだけど、ホルグヴィッツは、公爵の中でも絶大な権力を有しているの。例え分家でも、それなりの地位は有るのですよ」
そう説明すると「私は娘の変わりに、貴方を公爵夫人にして幸せにしてあげたいのよ」そう説得する
本来なら、普通は大喜びで公爵令嬢になるのだろう
それこそ不憫な物語の主人公だったなら、最後は最高位の公爵令嬢になってハッピーエンドを迎え終わる所だ(最もその場合、父ランドルは娘を虐げる悪役になるのは間違いないが)
ヴィクトリアは祖母の手を握り「お祖母様の申し出はとても有り難いの。でも私は、愚かだと思われるでしょうけど、今のままで十分幸せなの」そう告げ笑う
(それに、公爵になればきっとティナ達は私から距離を置いてしまう。皆を失う位なら、私は侯爵のままが良いわ)
その言葉にアーシュトリアは、ヴィクトリアをホルグヴィッツに招き入れるのを諦める
(この子は普通の令嬢とは感覚が違うのね。ランドルの子供だからかしら?エメルトリア・・・)
亡き娘の変わりに孫のヴィクトリアを傍に置き、幸せにしたいと願っていた自分の思いは絶たれたと、アーシュトリアはがっくりと項垂れる
そんな祖母を見て、ヴィクトリアは
「もし、お祖母様さえ良ければ、こうしてここへ会いに来ても良いでしょうか?」
ドキドキしながら尋ねると、祖母は優しく微笑み
「それはもちろん。これからは遠慮なく会いたいわ。でもね、私はカサドラに住んでいるのよ」
手紙の遣り取りで、宛先の住所がカサドラだったからヴィクトリアもそれは知っている
カサドラは王都の隣にある都市でホルグヴィッツの領地だ
「だから今度会う時は、私の邸に来て頂戴。ここよりはずっと会い易いでしょ?いつでも遊びにいらっしゃい」
確かにヴィクトリアの住んでいる首都エルファレルの隣の都市カサドラは、馬車で二時間も掛からない
(馬車の移動なら、ルシフェルも怒らないわよね?一人で遊びに行っても大丈夫よね?)
ヴィクトリアは嬉しそうに頷き、その後は祖母は孫に自分の娘の話をいろいろと聞かせてあげた・・・そして、どうして亡くなったのかも
「私は心労が祟ったと、思っているわ・・・ヴィクトリアには申し訳ないけれど、親の目からも、娘夫婦が上手くいってないのだろうとは判っていたのよ」
辛そうにそう話す祖母に、ヴィクトリアも黙って頷く
「心無い噂の所為で、より夫婦間に溝が出来た様に思えてね。あの娘は夫から離れる様に貴方と二人、別荘に籠もる様になってしまったから」
ヴィクトリアは黙って聞きながら、母の孤独、寂しさが痛い程判る気がする
「心が弱っている時に追い討ちを掛ける様に、あの娘は夏風邪を拗らせてしまってね。ここで療養する事になったの」
辛そうに話す祖母は、病気が悪化してしまい病院に入院する事になった娘の姿を思い出し「精神的にも不安定なあの娘は、呆気無く逝ってしまった・・・幼い貴方を置いて」そうして涙を拭き
「ここに来るまでに、とても広い湖があったでしょう?あれはストラロ湖と言ってね、夕日に照らされたらとても綺麗な湖になるのよ。気晴らしに、今から散歩がてらに婚約者の方と、見に行って来たらどうかしら?」
祖母がそう言うのでヴィクトリアは「それじゃあ、お祖母様も」と誘うが、祖母は首を振って
「私はいいわ。二人で見にお行きなさい」
ヴィクトリアは少し残念そうに思うが、言われるまま部屋を出て行く




