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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
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 49話 悪女の決意と迷い

カメル心療内科に一晩入院していたヴィクトリアが、ルシフェルと共にティアノーズ邸に帰って来た

医院のスタッフが屋敷を訪れ、執事のドルフェスがが出て行った時は(何事か!?)と不安を抱いた使用人達だが、主人二人が寄り添って屋敷に入って来たので安堵し笑顔で出迎える

「疲れただろう?寝室でゆっくり休もうか?」

ルシフェルがヴィクトリアのこめかみにキスをするが「・・・自分の部屋で休みたいわ」元気の無いヴィクトリアはそのまま自室に向おうとするので、ルシフェルも笑って頷き寄り添う様にエスコートする


ルシフェルに優しく寄り添われるのは、今のヴィクトリアには胸が苦しい

(ルシフェルに、どう別れを切り出そう・・・)

自分の病気を理由に愛する婚約者との別れを決心するが、ルシフェルが納得してくれるだろうか?それが不安だ


自室に入ると、ヴィクトリアは自分の薬指にはめている指輪に目を遣る

「ヴィクトリア」

寄り添ってくれていたルシフェルが自分を抱きしめ、キスをしようとするので思わず彼から離れる

ヴィクトリアにキスを拒まれ離れられたので驚くルシフェルに「・・・ルシフェルも、私の病気の事聞いたでしょう?」辛そうに尋ねる


「病気って・・・あの悪女と、ヴィクトリアが全く違う人格だったって事だろう?それを聞いて納得したよ。あの女とヴィクトリアは別人だったんだから」

「二重人格だと言われたの。心の病気なのよ」

泣きそうになるのをグッと堪え、ヴィクトリアは声を震わせながら「だから・・・私、貴方とは・・・結婚出来ない」決心した事を伝える

「お父様にお願いして、貴方を養子にして貰って、このティアノーズを継いで貰うわ」

震える手で指輪を外そうとするので、それをルシフェルが止める


「その事だけど。俺も、ランドルにヴィクトリアが別れたがっても、絶対に婚約は解消しないと言ってある」

その言葉に驚くヴィクトリアに、馬鹿な事をとルシフェルは笑って

「あの女が、二度と出て来なければ良いだけだ。寧ろ、ヴィクトリアとあの女が別人格で良かった。もし記憶を取り戻しても、ヴィクトリアはヴィクトリアのままだという事だろう?俺はずっと記憶を取り戻したら、以前のヴィクトリアに戻るんじゃないかと不安だった・・・でももうそんな心配しなくて良いなら、その方が嬉しい。だから、そんなに思い詰める必要はないよ。俺にはヴィクトリアが必要なんだ。だから俺の傍に居て」

両手で彼女の両頬を逃げられないよう挟み、キスをする


「んっ・・」

嫌がる彼女に執拗なまでにキスをして、漸くルシフェルはヴィクトリアを離すと、ヴィクトリアは涙目で俯きながら震えている

ルシフェルはそんな婚約者に

「俺は別れないよ。大体、ヴィクトリアは病気じゃないんだ、別れる理由が無い」

きっぱりとそう断言するが、ヴィクトリアは頑なに「心の病気よ・・・」そう訴える

(二重人格は、間違いなく心の病気よ。ルシフェルは優しいからそう言ってくれるけど、誰に聞いても病気だと答えるわ)

だから自分はルシフェルの妻に相応しくない、何を言われても別れる決心をしたのだ


ルシフェルはヴィクトリアのベッドに座ると「おいで」と手を差し出すので、ヴィクトリアは一瞬心が揺るぎそうになるが、首を振って拒む

「・・・ヴィクトリアは俺が嫌いになったのか?病気はその口実?」

自分を真っ直ぐに見つめてくる愛する人の目に、ズキンッと胸を痛めながら「そうじゃないわ」震える声で

「私は自分の病気を、受け入れるしかないと思っているだけよ。受け入れたからには、一人で生きて行くしかないと思っているからよ」

自分の病気をルシフェルにまで背負わしたくない、だから別れる決心をしたのだから


それを聞いて深い溜息を吐くと、ルシフェルは立ち上がり拒むんで嫌がるヴィクトリアを抱きしめ

「俺はランドルの養子にはならない。そんな事をしたら、ヴィクトリアと結婚出来なくなる」

そう耳元で囁かれ、身体をビクッとさせて顔を赤くする涙目のヴィクトリアに「俺は絶対にヴィクトリアを妻にする。例えヴィクトリアが嫌がっても」そう誓言すると「ヴィクトリアは俺の全てだから」力強く抱きしめる

ヴィクトリアはルシフェルにギュッと抱きしめられ、折角自分なりのけじめとして彼と別れる事を決心したのに、その決心が揺らぎそうになる



夕方近くにヴィクトリアはフッと目を覚ます

自分のベッドの上で、ルシフェルに抱きしめられて横になっている

あれからルシフェルに少し横になりたいからと部屋から出て行って貰おうとしたが、ルシフェルは離れてくれず、抱きしめられたまま二人でベッドに横になり、何時の間にか眠ってしまったのだ

(結局私は、ルシフェルと別れられないの・・・・?)


あれだけ覚悟をして、暫く置いてくれるようテレジーに頼み込んだのにと悩み

(ルシフェルは優しいから、こんな私でも別れずにいてくれる。だから私から離れなくてはいけないのに・・・)そう考えズキンッと胸が痛む

(嘘だわ。本当は怖かっただけよ。ルシフェルから別れを告げられるのが・・・それなら自分から言おうと思っただけ)ヴィクトリアはギュッと目を瞑る


(また一人になる覚悟は出来てたわ。だから屋敷を出る決心だってした・・・)ヴィクトリアはこれからの事を考える

(私は、ルシフェルの負担にしかならないのよ・・・それが嫌だから別れようとしてるのに、それなのに揺らいでしまっている・・・情けない)

出て行く決心をしたクセに、ルシフェルに引き止められて気持ちが揺らいでいる自分が心底嫌になる

けれどこのまま頑なに出て行くのか、それとも留まるのか?ヴィクトリアは運命の岐路に立たされている


「う・・・ん」

ルシフェルが目を覚まし、伸びをするようにヴィクトリアを抱きしめている腕に力を入れる

ヴィクトリアはルシフェルにギュッと強く抱きしめられ、キュンッとなりながらも、彼に背を向け寝ている振りをする

ルシフェルはヴィクトリアを抱きしめていた手を離し起き上がると、まだ眠っていると思っている彼女の髪に触れ

「俺が傍に居るから。ずっと、ヴィクトリアの傍から離れないから」

そう眠っている愛する婚約者に伝えると、ヴィクトリアの目からポロリと涙が零れる


眠っていると思っているルシフェルは「・・・また泣いているのか」涙を指で拭うと、堪らずヴィクトリアは起き上がりルシフェルにしがみ付いて泣き出す

ルシフェルは急に起き出して自分にしがみ付いて来たヴィクトリアに驚いたが、彼女が泣き止むまでそのまま優しく抱きしめて慰める



夕食はヴィクトリアとルシフェルの二人だけで取り、ずっと二人がヴィクトリアの部屋から出て来なかったので、てっきり仲良くしているのだろうと思っていた使用人達は、ヴィクトリアの目が赤いので(何で?)と戸惑う

ヴィクトリアが何か良くない病気なのでは?と使用人達は心配していたが、ドルフェスが何でも無かったと伝えた

けれど使用人達はドルフェスのその言葉を(本当に?)と疑い、不安を抱いている

アメニに確かめると、彼女も詳しくは知らされていないので返答に困りながらも、ドルフェスに言われた『ヴィクトリア様には、旦那様が傍に居るので大丈夫です』そう答えた


夕食を終えると先にヴィクトリアが入浴を済ませに行き、ルシフェルは自室で自分宛の手紙を確認している

(最近は公爵からの夜会や誘いが頻繁に届いているな・・・夜会の誘いは蔑ろには出来ないが、ヴィクトリアが嫌がるしな)

ヴィクトリが高位貴族が催す夜会を嫌がっているので避けていたが、これからは無視など出来ない

(今はまだ、ホルグヴィッツの夜会だけだからな・・・)

ランドルに連れられてホルグヴィッツの夜会に出向いたが、円卓の賢者の一人であるアシドが嫌な人物なのは間違いない

しかも公爵と言え分家なのに彼の権力は絶大だと感じ、ルシフェルは紳士クラブの幹部の彼等の権力を恐ろしく思う


他にも侯爵と伯爵からの手紙も来ているので(さて、どうしたものか?)と考える

(どの夜会に行くか、誰の誘いを受けて懇意にするか・・・ランドルに相談するか)

そう考えているとヴィクトリアが浴室から出て来たと知らせがあり、シャワーを浴びに行く



浴室から出てアメニに髪を乾かして貰いながら、自室で友人達から届いた手紙を読んでいるヴィクトリアだが、ルシフェルにしがみ付いて思い切り泣いた事で少し気持ちが吹っ切れた・・・けれど、それでもまだ彼に対する罪悪感は残っている

(皆、婚約者と旅行に行ったり、友達と出掛けたりして楽しい休暇を過ごしたのね)

ヴィクトリアも長期の休暇はルシフェルの両親に会いに行って、幸せな、楽しい一時を過ごした

(皆、私が二重人格だと知ったら、どんな態度を取るのだろう・・・?)それを考えるとズキンッと胸が痛む

(隠し事をするのは、友達を騙す事になるのかしら・・・?)それでもどうしても言いたくないヴィクトリアは、二重人格の事を友人達には黙っている事にする


お茶会の選別をしていると、ノックと共に心配そうにルシフェルが入って来る

「・・・ヴィクトリア、そろそろ寝室に来ないか?」

寝室に入るとヴィクトリアが居なかったので、ルシフェルはもしかして一緒に寝るのを拒否されているのでは?と心配して迎えに来たのだ

ヴィクトリアは戸惑いながらもコクンと頷き手紙を机に置くので、ホッとしたルシフェルは嬉しそうに彼女を抱き寄せ、寝室に向う


寝室に入りるとルシフェルがベッドに座り、ヴィクトリアを膝に乗せ「公爵の夜会からの誘いが来てるんだけど、ヴィクトリアはどうしても行くのは嫌?」窺う様に尋ねるので、ヴィクトリアは(そんな話し?)と驚く

これからの自分達の事の話しをするのかと思っていたのに、ルシフェルは公爵の夜会の事を聞いた来たのだから

(もう、別れ話しはルシフェルの中では終わってるの?)


それなら、これ以上彼の負担になる事は避けないければと思うヴィクトリアは「嫌じゃないわ。これからは公爵様の夜会にも、出ないといけないもの」そう答える

内心では物凄く不安だがこれ以上ルシフェルに迷惑は掛けられないのでそう答えると、ルシフェルは「そうか・・・ありがとう」と愛する婚約者を抱きしめる

(これ以上、ルシフェルの負担にならない様にしないと・・・)

ヴィクトリはルシフェルに抱きしめられながら、そう自分を戒める



翌朝、いつもの様にルシフェルに起こされて目を覚ますヴィクトリアは、着替える為に急いで自室へと向う

二人で食堂に行くとランドルがいつもの様に新聞を読んでいるので挨拶をすると、ランドルは新聞を折り畳みながら「ああ、おはよう」と、珍しくヴィクトリアに笑い掛けた

その瞬間(ランドルが笑った!?)ルシフェルとドルフェスと使用人達は衝撃で固まり、ヴィクトリアも驚くがすぐに嬉しそうに笑い返す

「お父様、今日は機嫌が良いみたい」

ヴィクトリアは嬉しそうにそう言うと「いつもヴィクトリアに寂しい思いをさせて来たからな、反省したんだ」ランドルの言葉に「えっ?」と驚くヴィクトリア


催眠に掛かったヴィクトリアと、掛けたベインの遣り取りを録音したカセットテープは当人であるヴィクトリアに聞かせていない

ヴィクトリアに聞かせる前にテレジーが先にルシフェルとランドルに聞かせ、ランドルが娘を不憫に思い聞かせない様に命じたから

その為ヴィクトリアはテープの内容を知らないので、突然『寂しい思いをさせた』と反省しだした父に戸惑う


「これからは寂しいとか、欲しい物など、何でも我が侭を言っても良いんだ。お前は私の大事な娘なんだから」

ランドルはそう伝えると「それから、ルシフェルとの婚約も解消させるつもりもない」きっぱり言われヴィクトリアは

(私は、お父様にまで気を遣わせてしまったのね・・・)

ルシフェルがランドルに婚約を解消し無いと訴えた事を言っているのだと判り、父にも心配を掛けているのだと申し訳なく思う


朝食を終え、ルシフェルと一緒に彼の自室に向いながら

「お父様、急に突然寂しいと我が侭を言って良いだなんて・・・どうしてあんな事を言い出したのかしら?」

不思議がるヴィクトリアに、ルシフェルは「ずっと寂しい思いをさせて来たって、今頃になって気付いたんじゃないか?」そう言うと愛おしい婚約者にキスをして

「俺にも我が侭を言って良いから。ヴィクトリアは、つまらない事で我慢するからな」

その言葉にヴィクトリアは「つまらない?」聞き返す


「迷惑を掛けるからとか、忙しいのに申し訳ないとか、そういう事」

ルシフェルはそう答えるとヴィクトリアの耳元で「ヴィクトリアの我が侭なら、どんな事でも叶えるよ」そう囁く

「んん!!」

ヴィクトリアは耳に息を吹きかけられ、真っ赤になりながらこそばゆい耳を触り「耳元で囁くの止めて」とお願いすると「それは無理」あっさり却下される


顔を赤くして耳を擦るヴィクトリアを見て

「俺の我が侭・・と言うか望みは、ヴィクトリアを誰の目にも触れさせず、出来れば閉じ込めて置いて、独り占めしたい。結婚したら実行しようか?」

そう笑うルシフェルに、ズキンと胸が痛むヴィクトリア

愛する婚約者の顔が強張ったのを見てルシフェルは「いや、冗談だ。まあ、少し本気だけど。閉じ込めたりはしないから」怖がられたと思い慌てて訂正する

ヴィクトリアがいつ自分からまた離れようとするか判らない為に、ルシフェルも不安なのだ


(私がルシフェルと結婚・・・)

それはヴィクトリアにとっても、凄く楽しみにしていた事だが、今となっては申し訳ないと思う気持ちの方が強い

(悪女ヴィクトリア・・・どうして私は貴方みたいな人を生み出したの?どうして・・・・)

幼い時の悲痛なほどの孤独を感じていたが、記憶を無くして忘れているヴィクトリアは

『お母様を亡くしてからもずっと寂しい思いをしながらも、言い付けを守って我慢して来たのでしょう。けれど侭を言わずに居る事に耐え切れずに、自分がしたくとも出来ない我が侭を振る舞える存在として、悪女ヴィクトリアを生み出してしまったのでしょう』そうテレジーの推測を聞かされた


その推測を聞かせれ、ただ我が侭に振る舞いたい為に悪女ヴィクトリアを生み出したのか、そんな事の為にどれだけの人を傷つけたのだろう?それを考えると、自分が許せないでいる

俯きながらヴィクトリアは申し訳ない気持ちでルシフェルの後について行く

「それじゃあ、今日も早く帰って来るから」

玄関ホールでキスをしてくるルシフェルに「無理しないでね、私は大丈夫だから」そう笑って見送る


ルシフェル達が出掛けて行くのを見送りると「ドルフェス、心療内科に行くから馬車をお願い」そう頼み部屋へ戻って出掛ける用意をする

「ヴィクトリア様、心療内科にはもう行く必要は無いのでは?」

モニカは準備を手伝いながら、ヴィクトリアに尋ね

「先生に会いに行くだけだから、付き添いは要らないわ」

玄関の扉を開けようとするヴィクトリアに「それは駄目です。ヴィクトリア様を一人で外出などさせられません」ドルフェスが止め、アメニが「私がお供致します」とついて行く



催眠療法後に、ヴィクトリアはベインに二重人格だと言われショックを受ける

しかも生み出された人格を確実に消す治療法がまだ曖昧で、自然と生み出した人格が消えるのを待ち、その間に身体を明け渡さない様に心を強く持つ様にと言われ

『幸い、本体と言いますか、本当のヴィクトリア・ティアノーズは貴方なのでしょう。あの悪女の方が生み出された人格だと思います。ですから、貴方がしっかりと人格の主導権を握り、明け渡さない意思を持っていれば入れ替わる事は無いと思います。今まで人格交代はなかったでしょう?』

そう尋ねられ、悪女になったとは誰からも聞いていないので『多分・・・』と答えるヴィクトリア


『人格障害は被験者が極端に少なく、とても貴重な逸材なんです。本当なら、人格交替の瞬間の記録も取りたいのですが・・・ヴィクトリア様の場合は危険なので、止めておきます』

ベインはヴィクトリアが催眠状態の時に人格交替を起こし、悪女ヴィクトリアに代わった瞬間に立会い、残酷で性悪な人格である彼女と話しをして、二度とあれを出してはいけないと理解し

『ただ、絶対に人格交替が起きないという保障は有りません・・・もし自分自身に何か違和感や、周りの人の態度に不信な事があればいつでも相談に来て下さい。待っていますので』

そう、最後の言葉を力強く印象付けベインはヴィクトリアに伝える

二重人格を告げられたヴィクトリアは絶望感を抱きながらも覚悟を決め、退院した後もテレジーにこの病院に暫く置いて貰えないか相談した



カメル心療内科医院を訪れ、院長のテレジーと二人で話しをする為にヴィクトリアだけが応接間に通される

覚悟して屋敷を出るつもりだったが、結局婚約者と別れる事が出来ず、無理を言って置い欲しいとお願いしたのに申し訳ないと謝るヴィクトリアに

「謝る必要なんてありません。ヴィクトリア様にとって、きっとその方が良かったんです・・・貴方にとっては、その婚約者の方が傍に居る方が幸せなのでしょう?」

テレジーは寧ろ安心したと微笑み掛けてくれ

「貴方が二重人格になったのは、お母様が亡くなって、それでもずっと我が侭を言わず、我慢して来た所為なの。だから我が侭を言える人物に憧れただけ。決して誰かを傷つける為に、生み出した訳じゃない」


ヴィクトリアにもう一度言い聞かせる様に

「貴方が幸せで、もう一人の存在に救いを求めなければ、二度と彼女の人格は現れないでしょう。何故なら二重人格になる傾向としては、生み出された者が生み出した当人の苦痛を身代わり、護る為に現れるそうですから」

例外があるかも知れないが、少なくとも悪女ヴィクトリアは『弱虫』と呼んだヴィクトリアの身体に傷をつけたりはしなかったのだから


「ヴィクトリア様は、婚約者の方には我が侭を言えるんじゃないですか?ずっと言えずに我慢していた我が侭を、その方にだけには言えるのでは?」

その問い掛けに、ヴィクトリアはその通りだと頷く

(いつもルシフェルには我が侭を言って来たわ・・・ルシフェルがその我が侭を聞いてくれるから)

ヴィクトリアはそれを申し訳無いと思っていたのに、ルシフェルからどんな我が侭でも叶えると言われた



昨日ベインの診察を受けた時に聞いた結果、二重人格だと言われた時は、言葉が出ない程物凄くショックを受け、ルシフェルとの事もこれで終わったと、目の前が真っ暗になる

けれどテレジーに優しい口調で二重人格になった理由と、人格交代が起きなければ問題無く普通に生活出来るから大丈夫だろうと説明される

それでも心の病気である事には違いないので、ヴィクトリアはルシフェルと別れ屋敷を出る覚悟を決めた


ただ行く宛が無いので、テレジーにこの医院に暫く置いて貰えないか?と無理な頼み事をする

流石に侯爵令嬢を置くなど、しかもタダでは無理なので、今、医院に居る子供達の面倒を見てくれるならと条件を出す

(流石にそれは無理だろう)

テレジーにとっては断る口実だったが、ヴィクトリアは「やってみるわ」と子供部屋へ向う


最初、子供達は突然部屋に現れた綺麗な女性に戸惑いながらも釘付けになる

はしゃいでいた子供達三人は(誰?)という顔をし、本を読んでいるスージーもチラッとヴィクトリアに目を向ける

ヴィクトリアは笑顔で子供達を見回し、一人ひとりの様子を伺い、最後に一人だけジッと熊のぬいぐるみを抱きしめている女の子に目を留める

その様子を窺う様に見るテレジーと、ウットリしながら見つめるベインと、心配そうにアメニが見守る


ヴィクトリアは小さな本箱から、面白そうな本を選びながらスージーに話し掛ける

「どの本が面白いか、貴方は知ってる?」

訪ねれれたスージーは、ドキッとしながらも頷くと「本当?貴方名前は何て言うの?」嬉しそうに尋ねるヴィクトリアに、スージーは顔を赤くしながら「スージー。その・・エイマーの不思議な冒険・・・」と答えてくれたので、ヴィクトリアは頷き「エイマーの不思議な冒険ね?確かに面白そう。ありがとう、スージー」ニッコリ笑いお礼と言うと、スージーは嬉しそうに本に目を戻す


ヴィクトリアはその本を持って、ヘルナの所へ行く

(まさか、ヘルナに話し掛けるつもり?)

それは流石に無謀だとテレジーは失敗すると思うが、ヴィクトリアはヘルナに声を掛ける

「こんにちは。その熊のぬいぐるみ、可愛いわね」

ヘルナはヴィクトリアが声を掛けて来たので、ギュッとぬいぐるみを抱きしめ固まってジッとしている


テレジーはヘルナがパニックを起こさないか心配していると、そんなヘルナにヴィクトリアは横に座って

「今からこの、面白いって教えてくれた本を読むんだけど、聞いてくれる?」

そう尋ねると、男の子の一人が「そいつ、しゃべんないよ」とヴィクトリアに教え、そう言われてヘルナはビクッとする

「そう、貴方は?」

ヴィクトリアが尋ねると、男の子は得意げに「カーシス。こいつはサム」と、もう一人の男の子の名前も教えると「あたし、リーア」もう一人の女の子が答えてくる


ここに居る子供達は皆十歳以下の子供ばかりで、ヴィクトリアは優しく笑い掛け

「それじゃあ、今からこの本を読むから聞いてくれる?スージーも」

さっきからチラチラ見ていたスージーにも声を掛け、皆が集まるとヴィクトリアは本を読み始める


男の子達は最初、つまらなそうにすぐに二人で遊び始めたが、段々とヴィクトリアの読み聞かせにジッと聞く様になる

スージーは大好きな本なので嬉しそうに聞いている

そこへ、ランドル達を呼びにやっていたスタッフが二人を連れて戻って来たと知らせを受け、テレジーとベインが離れ、アメニだけが残って、子供達の視界に入らない様に気を遣い様子を見守る


ヴィクトリアが本を読んでいくと、主人公の少年エイマーが人が入ったきり帰って来ないと言う恐ろしい人食い洞窟と呼ばれている洞窟の話しを聞いて、真相を確かめる為に勇気を出して洞窟へと探検に入って行く

子供達がドキドキしながら聞いていると、ヘルナが怖がってヴィクトリアにしがみ付く


ヴィクトリアは怖がる少女を膝に乗せると、話しの続きを読み聞かせる

その洞窟はトンネルになっていて、洞窟を出るとなんとそこはまるで楽園の様にいろいろな果実が季節毎に実り、水が綺麗な川が流れていて、居なくなった人達で集落を作り、皆が幸せに暮らしていたという内容に、それを聞いて子供達はホッとしながら次の冒険の物語りを聞いている


リーアはジッとしている事が出来ない子で、ヴィクトリアの髪で遊び始め、ヴィクトリアは好きに遊ばせ、そこへランドル達が迎えに来たので読み聞かせはそこで終わる

ヴィクトリアは子供達と打ち解ける事が出来たので、医院に暫く置いて貰える事になったのだが、けれど結局は屋敷を出る事にはならなかった


テレジーは、落雷の事故のお陰で悪女だった人格から、本来のヴィクトリアが身体を取り戻せたのだろうと「だから、記憶が戻っても悪女に戻る事は無いと思う」憶測だけどと話し

「ただ、十歳の時から悪女と入れ替わり、それからずっと悪女のままだったのか、それとも時々入れ替わっていたのか、それは判らないのよね?」

テレジーに尋ねられ記憶が無いヴィクトリアは頷くと、テレジーはある推測を話す


「十歳で人格が代わったとしてね、ずっとそのまま事故で記憶を失くすまで、つまり今の貴方に戻るまで、もう一人の悪女さんの人格だったとしたらね、それなら、それまで貴方はずっと眠った状態になっている事になるの・・・ただ、悪女だった人格が眠った時に、貴方が目を覚ましていた可能性も考えられる。人格の交替は、身体を支配している者が眠っている時に起きるらしいから」

テレジーはベインから聞いた事を説明すると

「貴方は記憶を無くしているのに、とてもしっかりと大人の様な受け答えをしている・・・十歳で悪女と代わったにしてわね」

そう言われ、ヴィクトリアはそうなのか?指摘されるまで気付かなかった


「もしかしたら、ずっと悪女に乗っ取られていた訳じゃなく、人格交替をしていた可能性もあるかも知れない。ただ、ドルフェスさんの話しの内容からは、そういった人格障害特有の情緒不安定な感じはなく、悪女だったとしか聞いてないのだけどね」

うーん、と考えながらテレジーは頭を悩ませ

「貴方が十歳の時からずっと悪女に身体を支配されていたのなら、本当なら貴方の精神は十歳のままの筈だからよ。これは、とても重要な事でしょう?」

テレジーに説明され、ヴィクトリアは確かにと感心して頷く


「貴方は、もしかして悪女に抵抗してたのかもしれないわね・・・」

テレジーは憶測だからあまりはっきりとは言わなかったが、もしかしたら悪女から自分を取り戻そうとヴィクトリアは頑張っていたのかもしれない・・・悪女が眠っている間に人格交替を起こして

けれどヴィクトリアの心が弱く、悪女の意志の方が強かった為に取り戻せずにいたのかもと

けれどそれは正しい・・・そして今は、悪女の方が身体を乗っ取れないでいるのは、ルシフェルが傍に居てくれ、ヴィクトリア自身が主導権を渡さないで居られるほどに心が強くなったからだ



ヴィクトリアは、気がかりな子供達の事をテレジーに尋ねる

「あの子達は、心に傷を負ってここに居るの」

子供といえど患者の事、守秘義務と言うものがあるので理由は教えられない

「・・・出来る事なら、力になって助けてあげたい」

ヴィクトリアのその言葉に、テレジーは首を振り

「貴方が気にする事じゃないのよ。貴方は医者ではなく、患者だったの。あの子達も今はここで治療を受けているけれど、いずれは己の傷を克服して、自身の力でこの医院を出て行くの。あの子達自身の、未来の為にね。だから貴方も負けないで」

その言葉に、ヴィクトリアはテレジーを見る

(あの子達の未来の為・・・)その言葉に、ヴィクトリアは思う(私の未来は・・これからの未来はどんなの?)


病気など無かったら気にせずにルシフェルと一緒に生きて行く、幸せな明るい未来だった

きっと自分が病気の負い目さえ感じなかったら、これからもその未来だろうと判っているが

(無理よ。負い目を感じない訳無いじゃない。派閥の問題で私はルシフェルに迷惑を掛けているだけでなく、公爵とも懇意に出来ず、足を引っ張るばかりでいる。それなのに挙句に二重人格なんて、心の病まで抱え込んでしまった)

自分はルシフェルの妻として相応しくないと、ヴィクトリアは思い詰める


「貴方はまだ自分の病気で悩んでいるでしょう?それは当然だわ。だからもし辛くなったら、一人で悩まずにいつでも相談に来てね。ここはそういう場所だから」

優しく笑い掛けてくれるテレジーに、ヴィクトリアはその言葉に救われ「・・・ありがとうございます」と頭を下げる

子供部屋で楽しそうに笑っているカーシス達を見て(早く、あの子達もここから退院して欲しい・・)そう心から願い、そして自分ももっと強くならないとと自分に言い聞かせ、テレジーに改めてお礼を言い医院を後にする



屋敷に戻ったヴィクトリアは自室で友人達への手紙の返事、お茶会の招待状の選別と忙しくしているといつの間にか夕方になっていた

ルシフェルが帰って来たとアメニが知らせてくれ、急いで出迎える

(本当に早く帰って来たのね・・・)

また彼に無理をさせたのだと申し訳ない気持ちで迎えると、ルシフェルは嬉しそうにヴィクトリアの頬にキスをして、彼女を抱きしめながら自室へ向う

そんな二人の光景を微笑ましく見送ると、使用人達も自分達の仕事へと戻る


部屋に入り、いつもの様に机に鞄を置くルシフェルを申し訳なさそうに見ているヴィクトリア

ルシフェルはそんな婚約者の腰に手を回し、抱きしめながら「今日は何をしていたの?」と尋ねてくるので、ヴィクトリアはそんな彼の胸に顔を埋めない様にして

「・・・テレジー先生に会いに行ってから・・・ずっと、部屋で友達に手紙を書いたり、お茶会の招待状を見ていたわ」

正直にそう答えると「そうか」ルシフェルは頷き、ベッドに座るとヴィクトリアを膝に乗せる


「漸く秘書が決まってね、毎日という訳にはいかないけど、これからは早く帰って来れるよ」

嬉しそうにそう伝えてくるので、ヴィクトリアも出来るだけ笑顔を向けて

「そう、良かった・・・」

(ルシフェルはいつも私の為に、無理して頑張ってくれているのに・・・)

胸が締め付けられる様に苦しくなりルシフェルの膝から降りようとすると、ルシフェルが逃がさないとばかりに抱き締め「秘書には、トーマスになって貰った」それを聞いてヴィクトリアは驚く


「トーマス様?」

「気心が知れてる奴の方が良いからな。あいつだったら、遠慮なくこき使える」

ルシフェルはそう笑うので(そう、ルシフェルの秘書にトーマス様が・・・)それを聞いて嬉しく思うヴィクトリア

嬉しそうなヴィクトリアにキスをすると「愛してるよ、ヴィクトリア」愛しい婚約者の眼を真っ直ぐに見つめそう告げるルシフェルに、ヴィクトリアは躊躇するが真っ直ぐ自分を見つめてくる彼に堪らず抱き付き

「私も・・・愛してる」

二重人格だと診断されてから、ずっと我慢していた言葉を伝える

ルシフェルにとってはヴィクトリアが全てだが、ヴィクトリアにとってもルシフェルは掛け替えの無いない存在なのだから

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