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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
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 47話 二つの心を持つ?悪女

カメル心療内科医院の院長であるテレジー・カメルは、午前中の診察前に日課である子供部屋を訪れる

部屋には五人の子供がおもちゃで遊んでいたり、大人しく本を読んでいる

「あっ、先生()()()()!!」

元気に挨拶する男の子二人と女の子の三人がテレジーの傍に駆けて来るので、彼女は周りを見回し、子供達が全員居る事を確認すると「はい、こんにちは」挨拶して来た子供達にニコッと笑顔で挨拶を返すと、本を読んでいる女の子に近づき「スージー、おはよう」と笑い掛ける

スージーは緊張しながら「・・・おはよう」小さな声でテレジーに挨拶を返すと、再び本に目を向ける


そんな彼女の頭を優しく撫でテレジーは一人、隅っこでくまのぬいぐるみを抱きしめジッとしている女の子に目を向ける

(三日前に来たばかりでは、無理も無いけど)

テレジーがその女の子に近づくとビクッと緊張するので、彼女はしゃがんで少女の目線に合わせると「ヘルナ、おはよう。どこか・・・辛い所は無い?」そう尋ねるが、ヘルナはギュッとくまのぬいぐるみを抱きしめて返事をしない


オルテヴァールの王都で四日前の夜に、残虐な強盗殺人事件が起こった

比較的治安の良い、中流階級の住宅街の一軒に侵入したその犯人は、その家の主人とその妻を殺害すると金品を盗んで逃走し、二階の自分の部屋で寝ていた一人娘のヘルナだけが助かった

翌朝、何も知らずにいつもの様に目覚めたヘルナは一階に下りながら、いつもは両親の話し声が聞えるのに静かだったので不思議に思いリビングに入り・・・両親の変わり果てた無残な姿を目撃し、ショックで気を失ってしまう


その後は、平日なのにいつもと違い静か過ぎると不審に思った近所の住人が家を訪ね事件が発覚し、駆けつけた憲兵達は近所の人達に不審な人物を見なかったかと聞き込みを始め、事件を聞いた住民達はもしかしたら自分が被害者だったかもしれないと恐怖を抱き、ヘルナを憐れんだ

憲兵は目を覚ましたヘルナにも犯人を見なかったか尋ねるが、彼女はショックのあまりに声が出なくなってしまう


震えながらギュッとぬいぐるみを抱きしめ、この心療内科に連れて来られた時のヘルナの姿は痛ましく、テレジーは心を痛めたが、憲兵はなるべく早く話しが聞きたいから、出来るだけ早くに話せる様にしてくれと頼んで来る

(こんな子供に、両親が殺された時の事を聞こうとするなんて・・・)

ヘルナを連れて来た憲兵の言葉に腹立たしく思うが、彼等は犯人を捕まえる事しか考えていないのだから仕方が無いと自分に言い聞かせ

「声を失うほどのショックを受けたんです・・・そう、簡単にはいきません」

これ以上追い込んで傷つけないでという気持ちで憲兵から引き離し、震えている少女を優しく抱きしめ落ち着かせる


現在このカメル心療内科医院にはヘルナを含め、様々な理由で十歳以下の五人の子供を預かっている



ランドルによって午前中の診察に予約を入れられたヴィクトリアは、ドルフェスに付き添って貰いカメル心療内科医院の個室で不安な気持ちで渡された問診表に記入していく

(心療の診察って、どんな事をするのかしら?悩み事の話しをして、何かアドバイスを貰って、それで終わりなのかしら?)

そんな簡単な診察で済んだら良いのにと思うが(でももし、心に問題があるなんて言われたらどうしよう・・・)そんな不安を抱きながら待っていると、女性スタッフが来てヴィクトリアだけ診察室に案内される


「こんにちは、初めまして。テレジー・カメルです。よろしくお願いしますね」

ニッコリと優しく笑い掛け緊張をほぐそうとしてくれるので、ヴィクトリアも笑顔で「よろしくお願いします。ヴィクトリア・ティアノーズです」そう挨拶を返す

診察する医者が女性だったのでヴィクトリアは安心し、椅子に座って最初に問診を受ける


「ヴィクトリア様は時々朝起きた時に泣いた痕があり、その事が心配で診察を受けに来たのですね?」

テレジーがそう尋ねると、ヴィクトリアは恥ずかしそうに

「そんな事で診察を受けるなんて、嫌だったのですが・・・」

婚約者がどうしてもと言うので仕方なく診察を受けに来たのだと話すと、テレジーは首を振り

「いいえ、理由も無く涙を流すのは、心が体を通して何らかの警告のサインを送ってるからかも知れないんです。なので、軽く見ては駄目なのですよ・・・ですが、なかなか心療となると、診察に行くのに抵抗があるでしょう?脅かすつもりは無いのですが、時には手遅れと言う事もあるので、よく来てくれました」

テレジーのその言葉にヴィクトリアは、そんな事で診察を?と思っていたが、少し受けて良かったのかもしれないと考え直す


テレジーはヴィクトリアの問診表に目を通し

「現在、悩み事があるのですね?差し障りが無いのであれば、話してみてくれますか?どんな些細な事でも構いません。涙の理由を知るきっかけになるので、二人で探ってみましょう」

テレジーの言葉にヴィクトリアは考えながら、正直に公爵の令嬢による虐めの事、父親ともう少し距離を縮めたいとか、親族との交友が無いとか、心の中でずっと抱え渦巻いている不安を素直に話す


話しを聞いて、テレジーは頷きながらヴィクトリアの表情を観察する

テレジーは予め、予約を入れたランドルから今回の診察の本当の目的について、つまりヴィクトリアの人格の事で相談を受けている

ランドルの話しを聞いた時は、それは心療ではなく精神科だと思ったのだが、ヴィクトリア本人と実際に話しをして判断しようと考えた


(記憶を無くして人が変わるなんて、小説の物語なら兎も角、そんな事が実際にあるのかしら?)

人の性格、癖というのは記憶に関係なく、そう変わるものではない・・・多少、生まれ育った環境が影響するだろうが、本人が持って生まれた性質みたいなものはそう変わらない

なぜなら短気な性格、怒りっぽい性格、おっとりとのんびりした性格の人が、記憶を無くしたら逆の人格になるという事だから

(勿論、一概に絶対に有り得ない訳じゃないけど・・・)

一時的に記憶が混乱して人が変わった様にるかもしれないが、徐々にその人物の持つ本性が現れるものだ

テレジーは今のヴィクトリアと話しをしながら、とても感じの良い綺麗な女性だという印象を持つ


「それでは、今度は付き添いの方とも話しを聞きたいので、少し待っていて貰えますか?そのリクライニングチェアに横になっていて下さい」

診察の為に用意されているゆったりとしたリクライニングチェアにヴィクトリアを寝かせると、テレジーは出て行く

ヴィクトリアは言われた通りに横になりながら(こんな風に横になってると、眠たくなるのだけど・・・)目を閉じる



テレジーは先程の個室で待たせていたドルフェスにもう一人の、記憶を無くす前の悪女ヴィクトリアについて詳しく聞く

我が侭で傲慢。意地が悪く、使用人に手を上げていて、思い通りにならないと癇癪を起こしていたと話すドルフェス

勿論彼の立場上、本来ならこんな話しはしないのだが、これは治療の為に必要な情報だからと判断し正直に伝える

「それが、全くの真逆に・・・子供の時は大人しく、母親が亡くなってから変わった・・・」

メモを取りながら、先程話したヴィクトリアとは確かに掛け離れていると考え込むテレジーは、ドルフェスに深刻そうにある思い当たる事を伝える


「その症例に似た・・・事例があります」

テレジーはまだ確信は無いですがと告げるので、ドルフェスは不安そうに女医を見る

「ただ、きちんと専門家を呼んで実際に診察を行う・・・受けて貰う必要があります。それと、ヴィクトリア様には暫く入院して貰う事になります」

それを聞いてドルフェスは「えっ!?」と驚き「待って下さい、診察するのに入院が必要なのですか?」ドルフェスは、侯爵令嬢こんな所に入院させられない、また改めて伺うと訴えるがテレジーは深刻な表情で

「私は、ヴィクトリア様の中にもう一人、悪女の人格が存在していると思っています」

「はっ?なんですか、それは?・・・失礼、それはどういう事でしょうか?」

理解出来ず、一瞬動揺するドルフェスに、テレジーは「彼女は二つの心を持つ、二重人格者ではないかと疑っています」そう伝え、ドルフェスは衝撃を受ける


「二重人格?何言って・・まさか、そんな馬鹿な事・・・でも、もし二重人格だとして、その・・それは、直るのですか?」

思い掛けない衝撃な事を聞かされ、動揺を隠せないドルフェスにテレジーは難しい顔をして「私はその方面にはそこまで詳しくないのですが、治療法はある筈です。ただ・・・」彼女は言い及び

「こういった人格障害が起こるには、彼女が何らかの・・・精神的苦痛を受けたのが原因なのは、間違いありません。それ以外での人格逃避など聞きませんから」

「人格・・・逃避?」

簡単に言えば、ヴィクトリアがあまりにも辛い、苦痛の状況に堪えられずに別人格を生み出し、その人物に耐え難い苦痛を代わって貰う・・・それが多重人格者の特徴なのだと説明する


この世界にも多重の人格を持つ、異質な人物が存在する事は知られているが、それは某小説家が自身の多重人格故の苦悩や、公表するに当たっての葛藤を赤裸々に綴った自伝を発表し、その衝撃的な内容に読者を驚愕させ、瞬く間に世界中でベストセラーとなり、それがきっかけで多くの人に多重人格者の存在が知れ渡ったからだ


「ですから、率直にお聞きします。心当たりは・・・有りますか?」

テレジーがヴィクトリアに苦痛を与えた者について尋ねると、ドルフェスは首を振る

「まさか!!ヴィクトリア様に精神的な苦痛を与えるなど、その様な事をする者など居りません!!」

馬鹿な事をと、ドルフェスがきっぱりと否定すると

「そうですか?それなら、やはり申し訳ありませんが、ヴィクトリア様はこのまま入院させます。彼女の苦痛が何か、原因が判るまではお屋敷に帰す訳にはいかないので」

テレジーはヴィクトリアに苦痛を与えている者が屋敷に居ると思い、その者から護る為に入院させるときっぱりと告げる


テレジーの言葉に青褪めるドルフェス

(この女は何を言っているんだ?ヴィクトリア様が二重人格だという事でも衝撃なのに・・・それなのに、その理由が耐え難い精神的な苦痛を与えられたから!?そんな馬鹿な事・・・)

「本当に、ヴィクトリア様は二重人格者なのでしょうか?ただ、記憶を無くして大人しくなっただけでは!?」

有り得ないと言いたいが、あの悪女と今のヴィクトリアでは、人格が代わったと言われた方が納得してしまうドルフェス


「まだ、決まった訳ではありませんが・・・けれど、疑わしい以上、申し訳ありませんが、彼女の人格逃避の原因が判るまで、何方も彼女に会わせる訳にはいきません」

テレジーは医者として患者を護る立場であるのだとドルフェスに告げると、貴方も容疑の対象だからヴィクトリアに会わせられないと、挨拶させずに帰って貰う

そしてすぐに知り合いの専門家に急ぎ来てくれる様に手紙をスタッフに直接渡しに行かせると、ヴィクトリアの待つ部屋のドアをノックするが返事が無く、ドアをそっと開けるとリクライニングチェアで気持ち良さそうに眠っていた

穏やかに眠っている患者の様子を見て(・・・一体、人格逃避をしたくなる様な、どんな辛い目に遭ったの?)テレジーは可哀想にと、そのまま寝かせておく



ヴィクトリアが目を覚ましたのはそれから少し経ってからで、目が覚めると誰も居ないので部屋を出て受付に行き「あの、すみません」声を掛けると「はい」とスタッフの女性が現れ「起きられましたね。先生がお待ちですよ」営業スマイルを向け、ヴィクトリアを案内してくれる

案内されたのは最初に通された個室で、ヴィクトリアは(ここで診察?)てっきりさっきのリクライニングチェアが置かれている部屋に向うのだと思っていたのだが、大人しく部屋で待っているとテレジーが現れ

「ヴィクトリア様には診察の為に、入院をして貰う事になりました」

突然そう言われ、ヴィクトリアは驚き「えっ?入院・・・ですか?診察の為に?」聞き返す


テレジーは「そうです。それではもう少し、掘り下げてお話しを聞かせて貰える?」優しい声でヴィクトリアをソファーにに座らせ、自分も長テーブルを挟んで向かいのソファーに座り「正直に答えてね、とても大事な質問だから」そう切り出し

「過去に、貴方にとても嫌な事を強いてきた人が居る?辛い事を無理に強いてきた人が」

テレジーが何故そんな事を聞いてくるのか判らないが、ヴィクトリアは「いいえ」と答える

「本当?過去にとても辛い、耐えられない出来事が遭ったのじゃない?」

そう聞き返され、ヴィクトリアは母の事を思い出す


(お母様の小言は辛かった。泣いていても、抱きしめてくれなかった・・・)

ヴィクトリアはそれが辛かったと話し「そもそも、私には過去の記憶が無いので」そう伝えると

(そう、記憶を無くして今の人格になった・・・でも、お母様との事は思い出したのよね?・・・人格障害の引き金はお母様が亡くなった後だと思うけど、もしその前から起していたなら、お母様が虐待していた可能性だってある。でも、人格が変わったのは十歳からだと言っていたから、既に亡くなっているお母様が原因な筈は無い・・・)

テレジーは頭の中で、ヴィクトリアとドルフェスに聞いた話しから色々と考えを巡らせていく


「十歳の時か、それより少し前位からか・・・貴方に辛く当たって来た人は居ない?暴力を振るわれたとか、凄く辛い目に遭わされた人・・・思い出せないかしら?」

そう尋ねるテレジーに、ヴィクトリアは首を傾げ

「それが、涙の原因なんでしょうか?以前の、悪女だった時は、私の方が酷い目に遭わせていました・・・あの、入院って必要なのでしょうか?また、明日診察を受けに来るだけでは駄目なのでしょうか?」

入院と言われ動揺し、少し大事にされていると不信感を抱くヴィクトリアだが、もし自分に何か問題があったらルシフェルはどう思うか?その事が物凄く不安で胸が締め付けられる


「勘違いしないでね。貴方を入院させるのは、貴方に原因があるからではなく、貴方を護る為なの」

テレジーは正直に、もしかして過去に貴方に酷い事をしていた人が、屋敷に居るのではと疑い、その人と離す為に入院して貰うのだと伝えると、それを聞いて驚くヴィクトリアは「使用人の中に、私を傷つける人なんていません」そう否定する

テレジーは「お父様も?」と一番肝心な事を聞くので、ヴィクトリアは「当然です」と答える


(今の屋敷に居る人達の中には、彼女に危害を加える人は居ないの?・・・それなら、心配は無いのかしら?)

だとしたら、彼女を虐待した元凶は辞めて行った使用人だと考え

「貴方に危害を加える者が居ないと判れば、安心して屋敷に帰せますが・・・」

ヴィクトリアの手を握り「申し訳ありませんが、本当に誰も貴方を傷つけて居ないと判るまで、ここに居て下さい」テレジーが心から自分を心配してくれているのが判るので、ヴィクトリアは困惑する

(私を傷つけている人なんて居ないのに・・・ルシフェル)

ヴィクトリアは不安で心細くなり、愛する婚約者に今すぐにでも縋り付きたい気持ちになる



ドルフェスは馬車に乗り、急ぎ王城へと向かう

城壁の中まではティアノーズの家紋のお陰で問題無く入れたが、城の内部には流石に部外者は入れない為に、エントランスに立っている警備に配置されている騎士の一人に自分はティアノーズ家に使えている執事で、主人であるティアノーズ侯爵にこのメモを届けてくれる様にと頼み、馬車の中で手帳に書き込んだヴィクトリアの入院に至る経緯を書いたメモのページを破って渡す

こんな事態になるとは思っていなかったドルフェスは、これは急ぎランドル達に知らせるべきだとここまで来たのだが

(暫く待ってもご主人様達からの返事が無ければ、帰った方が良いのだろうか?)

ドルフェスはこの不測の事態に侯爵家の執事としてこの後どうするかを考え、取り敢えずはアメニにヴィクトリアの着替えを持たせるので、その時に彼女だけでも置いて貰うつもりでいる


主人からの返事を待っている間の時間はとても長く感じたが、ルシフェルが走ってこちらに向かって来るのが見え、彼の姿に自分でも驚くほど安堵するドルフェス

「どう言う事だ!?ヴィクトリアが二重人格者の疑いで入院って!!」

ルシフェルが騎士に聞えない様小声で尋ねると、ドルフェスは経緯を詳しく説明し

「どうもあの医者は、屋敷内にヴィクトリア様をその・・・虐待している者が居ると思っているようで。我々から引き離す目的での入院だそうです」

「馬鹿な!!」

ルシフェルも屋敷にヴィクトリアにそんな事をする者が居ないのは判っているので、そう吐き捨てるとドルフェスも同じ気持ちで頷く


「・・・もしかして、今まで辞めて行った使用人の中に、幼いヴィクトリアを苛めていた者が居たかも知れないのか?」

「まさかそんな事。第一、幼い時は常に奥様が傍に居られました・・・七歳までですが。それ以降だって、そんな者は居ない筈です」

「そのヴィクトリアの母親は?彼女は大丈夫なのか?」

ヴィクトリアの涙の原因でも有る気がして、あまりルシフェルはヴィクトリアの母親に対して良い印象はない

「奥様は、そんな事をする様な方ではありません」

ムッとしてきっぱりと否定するドルフェスに「そうか」とルシフェルは考え


「とにかく、帰りに病院に寄る。ヴィクトリアが心配だ」

「それが、原因が判るまでは誰にも会わせられないと」

「ふざけるな、たかが医者にそんな権限は無い!!」

苛立ちながらそう叫ぶルシフェルに、警備員や周りに居た者達が驚いて二人を見る

「とにかく、俺は一度病院に行く」

(二重人格の疑い・・・嫌な予感はしていたが・・・)

頭を抱えたくなる現状にルシフェルは、ヴィクトリアが不安がっていないかを心配する



ヴィクトリアは用意された部屋の中、椅子に座って沈んだ気持ちで窓から見える景色を眺めている

(先生は私を護る為の一時的な隔離だと言っていたけど、もしそうじゃなかったら?本当は私が病気だと判って、それで隔離されているのだとしたら?)

不安で、悪い方へと考えてしまうヴィクトリア

(もしそうならどうしよう・・・ルシフェルはそれでも、私と結婚してくれる?)

ヴィクトリアは優しく笑い掛けてくれるルシフェルを思い浮かべ

(ルシフェルは優しいから、それでも私との婚約を解消しないかもしれない)

ポロッと涙が零れ(私から、別れなきゃいけないんだわ・・・)

自分がもし、本当に心に病気を抱えているのなら、それを理由にルシフェルと別れないといけないと考えるヴィクトリア

女性スタッフが昼食を運んで来てくれるが、ヴィクトリアはお礼だけ言って食べようとしない・・・ヴィクトリアにとっては、病気の事よりルシフェルと別れる事の方がずっと辛い


昼食に手を付けなかった事を心配し、テレジーはヴィクトリアの様子を見に部屋に来ると「食欲がありませんか?・・・泣いたみたいですが」赤い目をしているヴィクトリアの傍に来て尋ねる

「先生、本当の事を言って下さい。私は・・・病気なんですか?」

ヴィクトリアが尋ねると、テレジーは寄り添う様にして

「まだ判りません。今、専門家の方に来て貰っているので、その先生に判断して貰います」

そう説明すると、ヴィクトリアは暗い顔をして「そうですか・・・」と、そのまま、憂鬱そうに俯く

ヴィクトリアにとっては、ルシフェルと別れる事になるかもしれない運命の診断なのだ



昼過ぎにアメニがドルフェスに命じられ着替え等の荷物を届けに来ると、そのままヴィクトリアの専属メイドとして留まる

「ヴィクトリア様、他に必要な物が何かありますか?あれば持って来て貰いますから」

入院する事になった主人にアメニはいつもの様に接するが、ヴィクトリアは首を振り「要らないわ」そのままずっと窓から外を見ている

「ヴィクトリア様・・・」

いつも笑っている、優しい主人の落ち込んでいる姿がとても痛ましく(こんな時、ルシフェル様が居てくれたら)アメニはそう思い

「ヴィクトリア様、旦那様が帰りに病院に寄ってくれるそうですよ。良かったですね」

励ますつもりで嬉しそうにそう伝えると、ヴィクトリアは驚いて

「え・・ルシフェルがここに来るの?」

ヴィクトリアにとってルシフェルは今、一番会いたくて、それでも一番会いたくない存在になっている


(・・・会わずに済む口実を、何か考えないと・・・)

ルシフェルが会いに来るというのにヴィクトリアが嬉しそうにしないので、アメニは不思議に思う

(入浴中で断る?それともすでにもう眠っているとか・・どういう理由で会うのを断ろう)

一生懸命に会わずに済む口実を考えながら(直接会うのは嫌だけど、せめて一目、ルシフェルの姿を見たい・・・)そんな身勝手な気持ちもある

どうしようと考えながらヴィクトリアはアメニに

「ルシフェルが来たら、アメニも一緒に帰って良いわよ。私は一人でも大丈夫だから」

自分の世話の為にアメニまで付き合わせるのは申し訳無いと思い、そう告げると

「いいえ、私はヴィクトリア様の専属メイドですからここに居ます」

アメニはそうきっぱりと言うと

(ヴィクトリア様、とても辛そう・・・)

アメニは優しい主人がどうしてこんな事になっているのだろう?と心を痛めるが、ドルフェスは二重人格の疑いが有る事を彼女には伝えていない



夕方頃、出来るだけ早くに病院に向いたい為に仕事を早く切り上げるルシフェル

(ヴィクトリア、今どうしているんだ?)

不安がっていないだろうか?泣いていたりしたら、無理にでも連れて帰ろうか?と考える

(ヴィクトリアが二重人格かもしれないと言われた時はショックだったが、あの悪女とは別人だったと言うなら、却って良かった)

ヴィクトリアは悪女だった時の悪行にずっと心を痛めていた・・・けれどそれが、もう一人の人格の仕業であったのなら、ヴィクトリアが罪悪感を感じる必要は無いとルシフェルは考えている


医院に着くと受付の女性にヴィクトリアに会いに来た事を伝えるルシフェルに、彼女はかっこいいルシフェルに顔を赤らめながら、貴族相手なのですぐに応接間に通し急ぎテレジーに知らせに行く

テレジーはルシフェルに挨拶し、ヴィクトリアが二重人格者である可能性を説明すると、ルシフェルがその事を受け入れる様子なので、正直テレジーは驚いた

普通、貴族であるなら、婚約者が二重人格者かも知れないと言われたら、スキャンダルを恐れ否定し、怒るだろう・・・けれど目の前の男性はその事をしっかりと受け入れる覚悟があり、婚約者を心から心配しているのだ

(ヴィクトリア様にとっては、この婚約者が一番の理解者なのかも知れない)

そんな存在が居る事に心から嬉しく思うテレジーは、彼を信用してヴィクトリアの部屋へと案内する


ドアをノックをすると、ガチャッと鍵が開いた音がしてドアが開きアメニが出て来ると、テレジーの後ろにいるルシフェルの姿を見てホッとし「ヴィクトリア様、旦那・・・ルシフェル様が来られましたよ」部屋の中に居る主人に伝える

結局ヴィクトリアは会わないで済む言い訳を考えながら思いつかず、ルシフェルに会う選択を選んだのだ

アメニは気を利かせて二人きりにする為に部屋を出て行くので(別に部屋を出なくても良いのに・・・)ヴィクトリアはルシフェルと二人きりになるのがとても気まずい


困った様に立ち竦んでいるヴィクトリアに、ルシフェルが近づき「ヴィクトリア、大丈夫か?」心配しながら抱きしめて来るので、ヴィクトリアは抱きしめられて嬉しい反面、ルシフェルのこの優しさが、自分の心の病気の所為で失うかも知れないと思うと泣きそうになり、彼から離れる

「・・・まだ検査を受けていないのよ。専門家のお医者様が来てからになるから」

ヴィクトリアには二重人格の疑いが有る事は伝えていないと、テレジーはルシフェルに伝え

『とても繊細な事なので、告知にはとても気を遣うのです』

だからその事は触れないようにと注意を受け、ルシフェルも黙っている事に承諾し

「そうだな、その為の入院だものな」

不安にさせない様に優しく笑い掛けるが、彼のその優しい笑顔も今のヴィクトリアには胸が締め付けられ苦しい


(どうしよう・・・もし、心の病気を煩っていたら・・・その所為で勝手に涙が出ているのだとしたら・・・)

涙は口実だと知らないヴィクトリアは、その原因が心の病に有ると思っている

「・・・忙しいのに、わざわざ来てくれてありがとう」

自分は大丈夫だからもう帰ってと言う様に、ドアに近づこうとするヴィクトリアを抱きしめ

「ヴィクトリア、検査結果がどうであっても、俺はヴィクトリアを愛してるよ」

そう伝えるルシフェルに、ヴィクトリアは泣きそうになりながらドアを開けて彼に出て行って貰う


「でも、もし病気だと判ったら・・・私からお父様にお願いして、婚約を解消して貰うわ」

部屋から出たルシフェルにヴィクトリアはそう告げると、すぐにドアを閉めて鍵を掛ける

「ヴィクトリア!?何を言って!!」

ルシフェルが慌ててドアを開けようとするが、鍵を掛けられているので開かない

ドアを叩いて開ける様に頼むルシフェルの声を聞かない様に、ヴィクトリアはその場に泣き崩れながら両耳を押さえて蹲る


彼女の名前を呼びながら何度も開けてくれる様ドアを叩くルシフェルに、テレジーとアメニが慌てて止めに入り

「ヴィクトリア様も、きっと混乱されているんです」

アメニも不安な気持ちは同じなのだとルシフェルにそう言うと、明日になれば落ち着いてるかも知れませんからと諭す

「・・・ヴィクトリアに伝えて。例え病気だったとしても、俺は別れないと」

ルシフェルも今はそっとしておくべきなのだろうと考え、そう伝言を頼むと悲痛な思いで帰って行く


ヴィクトリアは結局そのまま鍵を閉めたまま誰も部屋に入れなかったので、アメニはルシフェルの伝言をドア越しに伝える

ルシフェルの伝言を聞いて、ヴィクトリアは

(やっぱり、私から別れないと駄目なんだわ・・・私があの屋敷を出ないと・・・)

ティアノーズを継ぐのはルシフェルでないと駄目だと判っているヴィクトリアは、病気だった場合は自分が屋敷を出て行くしかないと決心する

泣きながらベッドに横になり、ヴィクトリアはルシフェルに貰った指輪に触る

(検査の結果次第では、この指輪も返さなければいけないのね・・・)

指輪だけではない、ネックレスも、ルシフェルに貰った物は全て

(昨日までは、あんなに幸せだったのに・・・)

ヴィクトリアは胸を締め付けれる思いで泣きじゃくり、泣き疲れて眠りに就く



深夜にカメル心療内科医院に、テレジーが手紙を送った精神科医のベイン・ワッサンが到着する

「本当なのか?二重人格者が居るって言うのは?」

不謹慎にもわくわくしながらベインが尋ねると、テレジーは

「疑わしいという事だけど、恐らく間違いないと思うわ。記憶を無くし、性格が真逆になったそうなの・・・きっと、その時に人格交代が起こったと考えているわ」

心配そうにベインに伝えると、それを聞いてベインは

「それは楽しみだ。数少ない貴重な研究対象者になってくれると嬉しい」

嬉しそう笑みを浮かべるので「人格障害は治せるんでしょう?どうやって治療を行うの?」テレジーは、深刻な面持ちで彼に尋ねる


「難しいね。いつ人格交代が起こるか判らないし、症例が少ないんだ」

だからヴィクトリアはベインにとって、貴重な研究対象になり得るのだ

「下手をしたら、人格障害が起こる可能性だって有る。でも、何が何でも研究対象者になって貰うよ。それにはまず催眠療法で・・・」

ウキウキしながら「その為には絶対に、催眠療法の同意書にサインして貰わないと」ニヤリと笑うベイン



泣き疲れて眠っているヴィクトリアに、語り掛ける声がする

『辛いでしょう?代わってあげるわ』

そんな囁く声が聞こえ、ヴィクトリアはピクッと身体を振わせ目を覚ます

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