45話 父親に頼み事をする悪女
ティアノーズ邸へ向う馬車の中でヴィクトリアはルシフェルの腕の中で眠っていたのだが、暫くして目を覚ます
「私・・・眠ってたのね」
ルシフェルに抱きしめられたまま、彼の胸辺りに顔を埋める
「もうすぐ王都だ。疲れただろう?あと、数時間で屋敷に着くよ」
「ルシフェルはずっと起きてたの?ごめんなさい、私眠ってしまって・・・」
折角の二人きりの時間なのに気持ちよく眠ってしまったヴィクトリアに「構わないよ」そう優しく笑う
ルシフェルとしては、またヴィクトリアが泣き出すんじゃないかと気が気でなかったのだから
王都に入り、見慣れた景色にヴィクトリアは「この景色を見ると帰って来たって感じがするわね」そう言い窓を閉める
王都では悪女として顔が知られているので、窓を開けていると皆にジロジロと見られて恥ずかしいのだ・・・けれど実際は皆、美しいヴィクトリアに目を奪われ凝視しているだけなのだけれど・・・
(最近はもう悪女としてではなく、普通に見てくれているのかしら?記憶を無くして性格が変わったって事は認知されてるみたいだし・・・)
それでも自分に向けられる視線の中に、悪女だった頃の恨みを持って睨んでいる人が居ると思うと申し訳なさで心が痛む
漸くティアノーズの屋敷に帰って来たヴィクトリアとルシフェルを執事のドルフェスとアメニ達使用人が大喜びで出迎えてくれる
「ただいま、やっと帰って来れたわ」
長時間馬車に揺られ疲れているヴィクトリアだが、出迎えてくれた使用人達に笑顔を向け、そんな彼女が帰って来て屋敷全体がまた明るくなった・・・ランドルだけの屋敷は、はっきり言って使用人達も辛かったのだ
「お父様は部屋に居るの?」
ドルフェスに尋ねると「ランドル様は、執務室に居られます」そう答えるので、ヴィクトリアはどうしようか?と考える
執務室に居るという事はランドルは仕事をしているという事だ
(仕事の邪魔をしては駄目よね・・・でも)
遠慮していたらきっといつまでも話せ無いと決心し、ヴィクトリアは執務室に向いルシフェルも一緒について行く
執務室の前でヴィクトリアはドキドキしながらも、勇気を出してノックをすると「・・・なんだ?」機嫌の悪そうなランドルの声がし、ヴィクトリアは深呼吸をするとドアを開ける
「お父様、ただいま帰りました」
ニッコリと笑って父親に無事帰った事の報告をすると「ああ、お帰り」ランドルも娘が無事に帰って来て嬉しそうに笑顔を向けてくれる
そんな父親にヴィクトリアは少しホッとしながら「お父様、お父様に聞きたい事があるんですが」単刀直入にそう言うと、怪訝そうにランドルは娘を見てから後ろのルシフェルに目を向ける
「私、お母様の事で少し思い出した事があるんです。お母様と私は幼い頃、どこか田舎で過ごしてましたよね?その場所を教えて欲しいんです」
ヴィクトリアの直球の質問にランドルは「・・・お前達が田舎で過ごしていた事など、無い」そう答える
「え?いえ・・・幼い時に、確か木が沢山あった田舎なんですが、そんな場所で過ごしていた事があったでしょう?」
ヴィクトリアがそんな筈はと再度尋ねると、ランドルは考え込む様にして「なぜ急にそんな事を?」不振そうに問う
「お母様と過ごした時の夢を見たからです。それで、幼い頃そんな場所に居た事を思い出したんです」
ヴィクトリアの言葉にランドルは「夢だと・・・?」と驚き
「随分と昔、お前がまだ五歳にも満たない時か?確かにお前とエメルトリア、お前の母親だが・・・二人で田舎ではなく、都外の別荘で過ごしていた時があった。だが、場所は・・・向こうの親族が所有していた別荘だったからな」
フムと、渋い顔をして答えるのでルシフェルは(何かあるのか?)と思い口を挟む
「事情を話し、その別荘に行く許可は貰えないのですか?」
「エメルトリアの旧姓はな、ホルグヴィッツなのだ」
その名前に、ヴィクトリアとルシフェルは凍りつくほど驚愕する
アシド・ホルグヴィッツとヴィクトリアの母親エメルトリアは親戚関係だという衝撃の事実を知る
確かにランドルとアシドは、エメルトリアを介して過去は親戚関係にあったが、けれど今は違う
ショックを受けるヴィクトリアに「気持ちは判る」とランドルは
「どうしてもその別荘に行きたいというのなら・・・エメルトリアの家族に頼んでみるが、どうする?」
気が乗らない様子でランドルが尋ねる
ヴィクトリアはこれは母の事を知る機会だと思い「お願いします」と頼むと、ランドルは仕方が無いという感じで頷く
「・・・お母様はどんな女性だったのですか?」
今までずっと聞けなかった事を尋ねるヴィクトリアに、ランドルは考えながら「・・・金の髪に、紫の瞳の容姿をしていた・・・お前は母親に似ている」そう答える
残念な事にランドルとエメルトリアの夫婦は、ルシフェルとヴィクトリア程仲睦まじくは無かった・・・お互いに政略結婚だと割り切っての関係だったのだ
それでもランドルなりに、エメルトリアとヴィクトリアを大事にはして来たと本人は思っている
「・・・それだけですか?」
ヴィクトリアはショックを受けるが、ランドルは首を傾げ「それだけだが?」たったそれだけ
父の母に対しての気持ちを思いを知らされ、ヴィクトリアは悲しくなったが「そうですか・・・それでは別荘の件、よろしくお願いします」執務室から出て行く
(お父様にとってお母様との思い出って、容姿だけなの?)
それを知り、悲しくなったヴィクトリア
「ヴィクトリア・・・大丈夫か?」
泣きそうな顔で自分の部屋へ向っている婚約者を心配するルシフェルに
「もしもよ?もしも私達の子供が、ルシフェルに私がどんな人だったか?と聞いたら、貴方ならどう答える?」
不安そうに自分を見つめる婚約者に、ルシフェルは「そうだな」と考えながら
「誰にでも優しくて、困っている人が居たらほっとけないと世話を焼いて、何にでも首を突っ込むお節介な性格で、あと、物凄く鈍感だったと答えるよ」
そう答えるので、ヴィクトリアは抗議する様に
「ちょっと待って。もうちょっと褒められるような、良い所は無いのかしら?別に子供達に尊敬されたいって訳じゃないけど、でもそれじゃあ何だか、好奇心旺盛なお転婆みたい・・・」
そう訴えるとルシフェルは「でも、本当の事だろう?」と笑う
ヴィクトリアは「ひどい・・」と呟きながらも、ルシフェルは容姿ではなく、自分自身の事を話してくれ嬉しく思う
(あら?でも、それって・・・ルシフェルが前に教えてくれた、好きな女性のタイプだった様な気がするんだけど・・・?)
鈍感過ぎるヴィクトリアでもルシフェルの事は別の様で、すぐに自分の事だと気付きルシフェルに抱きつく
(さっきまでお父様とお母様との関係の事で泣きそうだったけど、ルシフェルのお陰で少しだけ救われたわ)
ヴィクトリアは最愛の婚約者に、心から感謝し自室へと向う
夕食には久しぶりにランドルとルシフェル、三人での食事を楽しみヴィクトリアはコッコス村での事を嬉しそうに話す
「それでね、ルシフェルのお父様がとてもオルメイガを喜んでくれたのよ」
そのオルメイガを持たせてくれた父親にマイルからのお礼を伝えると「そうか」ランドルも笑みを浮かべ満足げに頷く
(ご主人様が笑っている!!)
ドルフェスと使用人、ルシフェルは驚くが、顔にはなるべく出さない(様にする)
「それでね、あの、とても大事そうに飲むので、次に来る時にもまた持ってきますって約束したのよ。良いかしら?」
「構わない。好きなだけ購入すれば良い」
ランドルは娘の頼み事は大抵好きにすれば良いと、恐ろしく甘い事をルシフェルは知っている・・・だから、もし自分が彼女を心療内科に診せたいと言ったらどんな反応をするか、それが心配だった
それでもヴィクトリアの話しを聞きながら、三人は久しぶりに楽しい夕食の時間を過ごす
使用人達もヴィクトリアの居ない屋敷は静か過ぎて寂しさを感じていたので、またこうして屋敷が明るくなり活気いた事を喜ぶ
食事を終えるとヴィクトリアが浴室へと向かったのを確認し、ルシフェルは部屋に戻るランドルに相談があると声を掛ける
「相談とは何だ?」
自室に戻りソファーに座り尋ねるが、ルシフェルの様子であまり良い事ではないと察するランドル
「・・・ヴィクトリアの、性格の事です」
ルシフェルは回りくどい説明より、率直に話した方が良いと思い
「貴方も、うすうす可笑しいと気付いているのではないですか?ヴィクトリアが以前のヴィクトリアとは、あまりにも掛け離れている事に」
どうなんです?と窺うルシフェルに、ランドルは難しい顔をして「それは記憶を無くしたからだろう」と答えると
「記憶を無くしただけで、あの傲慢で我が侭な・・・自分勝手な性格が変わると?」
「・・・まさかと思うが、悪女と呼ばれていた時と、今のヴィクトリアが別人だとお前は言いたいのか?」
そんな愚かな事を言い出すとはと呆れるが、内心は穏やかではない
「自分でもあり得ないと思いますが、ヴィクトリアの、母親との夢の話しを聞いて違和感を感じたんです」
ルシフェルは深刻な面持ちで、ヴィクトリアから聞いた夢の事を話し
「ヴィクトリアは幼い頃からずっと、母親に我が侭を言うなとそう言い聞かされて来たそうです・・・だからその母親の言葉に素直に従い、ずっと我が侭を言わずに我慢して来たのだとそう言ったんです」
ルシフェルの話しを聞き驚愕するランドル・・・エメルトリアがそんな事を娘に言い聞かせていた事に驚いたのだ
「それは・・・」
ランドルは思い出す・・・まだエメルトリアが居た頃のヴィクトリアがどんな子供だったのかを
しかし、残念な事にランドルは二人とあまり関わって来なかったので良く覚えていない・・・というか、判らない
(確かに、あまり我が侭を言う娘ではなかったような・・・)
幼い我が子はたまに会った時、不安そうに自分を見上げていた様な気がすると、そんな記憶しかない
(我が侭に振舞う様になったのは、いつ頃だったか?)
エメルトリアが亡くなってからだろうが・・・それがいつだったかはランドルでも思い出せない
「・・・ヴィクトリアがいつ我が侭を言い出したか。それが、それ程に大事な事か?それともお前が大袈裟に考えているだけか?」
「そんな事、貴方なら判るでしょう!?」
自分の娘の事なのに判らないのか!?と、ランドルを責める様に睨むルシフェルに、ランドルはスクッと立ち上がると呼び鈴を鳴らし現れたメイドにドルフェスを呼ぶよう命じる
ドルフェスが急ぎランドルの部屋を訪れると、深刻な面持ちの主人二人に(何事だ?)と緊張が走る
「お前に聞きたい事があるのだが、エメルトリアが居た頃のヴィクトリアはどんな子供だった?」
何か一大事な事でも起こったのか?と驚いたが、ヴィクトリアの幼い頃の事を聞かれ拍子抜けするドルフェス
(・・・旦那様に聞かせてあげるとは、意外と人間味があったのですね)
ドルフェスは暢気にそう解釈し
「エメルトリア様・・・奥様が居られた時のヴィクトリア様はとても大人しく、奥様の言う事を良く聞いて、貴族令嬢の作法も一生懸命に取り組んで居られました」
彼の言葉にランドルもルシフェルも(幼少期のヴィクトリアはそんな子だったのか)今のヴィクトリアならばと納得する
(それはつまり、今のヴィクトリアと幼少期のヴィクトリアは同じという事か?・・・大人しくは、無いけど)ルシフェルは考える
「では、亡くなってからはどうだ?いつから・・・・変わった?」
ランドルのその質問に、ドルフェスは驚いて二人の主人を見る・・・有能な彼は自分が何を聞かれているのか何となく判り、ゴクンと唾を飲むと
「・・・ヴィクトリア様が変わられたのは、奥様が亡くなって三年位経ってからでしょうか。丁度学園に通われてからだと・・・それまではずっと大人しく、きちんと令嬢の教育を受けておられました。けれど学園に入ると急に我が侭を言い出して、先生方を困らせる様になりました」
そう伝えると「あの大人しかったヴィクトリア様が、まるで・・・人が変わった様でした」ドルフェスのその言葉にゾッとするルシフェル
(そこから悪女ヴィクトリアになったのか?しかし、ヴィクトリアに何が遭って人格が変わる?第一、人格が変わるなんてそんな恐ろしい事、聞いた事が無いぞ!?)
これは手に負えない事を聞いてしまったのでは?と不安になり、ドルフェエスの言葉にランドルは
「確かに、急に我が侭になったのは覚えている。母親が亡くなって寂しいのだろうと好きにさせたのだが」
主人のその言葉に、ドルフェスは(そうですとも、お陰でどれだけ我々が苦労した事か!!)恨めしく心の中で呟く・・・それからドルフェス達、使用人の地獄も始まったのだから
「やはり、専門家に相談すべきでしょう」
ルシフェルが深刻な面持ちでランドルに同意を求めると、ランドルは考えるように目を閉じ、それから決心すると「判った、優秀な精神科医を探す」そう告げるとルシフェルは
「それより心療内科の方が良いですね。ヴィクトリアは精神ではなく、心の問題だと思います」
「だが、人格の異常なら精神科の方が良いだろう?」
「勿論、精神科に診て貰う事も考えています。でも先に、心療の方で見て貰ってからにしませんか?」
ルシフェルの提案に、ランドルは深く溜め息を吐き
「お前の意見に従おう。直ちに優秀な心療内科医を探す」
ルシフェルの聡明さと、自分より上の権力者に動じず歯向かう生意気さを買っているランドルは彼の意見に従う
ルシフェルはランドルの部屋を出ると不安を抱えたまま浴室に入り、シャワーを浴びながらヴィクトリアにどう話すかを考える
(心療内科に診て貰う事は、ヴィクトリアを傷つける事になるだろうな)
それでも、いつも朝に涙の痕を付ける時がある彼女が心配なルシフェルは、ドルフェルの話しを聞いて放って置くべきでは無いと決心したのだ
寝室に入るとヴィクトリアはすでに眠っていて、ルシフェルはベッドに座り眠っている愛しい婚約者の頬に触れる
(今日は泣いていないな。それとも夢を見て泣き出すのか?)
ヴィクトリアの頬を触りながら、ルシフェルが愛しげに見つめていると
「んっ・・・」
頬を触られ、眠っていたヴィクトリアが眠たそうに目を開ける
「ごめん、起こしてしまったな」
ルシフェルもそのままベッドに入る
「ルシフェルが遅いから・・・先に寝てたわ」
長旅で疲れてしまっていたヴィクトリアがルシフェルに甘える様に抱きついてくるので、ルシフェルもまた愛する婚約者を護るように抱きしめて眠る




