43話 夕暮れの散歩と悪女の涙
無事に屋敷に戻りヴィクトリアが憲兵達にお礼を言うと、彼等は美しいヴィクトリアにお礼を言われたと嬉しそうに帰って行く
屋敷の中に入ると、マイルとソフィーは応接間でお茶を飲んで寛いでいた
「あ、あのすみません、勝手に居なくなってしまって」
「良いんだよ、ルシフェルが連れて行ったんだろう?それより楽しかったかい?」
ヴィクトリアが二人に謝ると、マイルが尋ねるので嬉しそうに「はい、とても」と笑顔で答え一緒にお茶を楽しむ
談笑してからウサギのぬいぐるみを置きに部屋に戻り、テーブルに置くと頭を撫でながら
(またルシフェルに買って貰った宝物が増えた・・・ルシフェルは昨日、またデートしようと言ってくれたけど、それは何時になるの?)
ブランデーを買いに行かずに取り寄せると言ったルシフェルに、一緒に買いに行けるかもと期待したヴィクトリアはがっかりしてしまった
(判ってる、我が侭を言って困らせない。大丈夫、お母様との約束・・・)
ズキンッと胸に痛みを感じるヴィクトリアは、気持ちを変えようと外の景色を見るためバルコニーに出る
丁度夕暮れ時で、綺麗な夕日を見れば少し気分も変わるだろうと思って・・・だが
『おおっー!!』『こっち向いてくれっー!!』『綺麗だあっー!!』
ヴィクトリアがバルコニーに姿を見せると、屋敷を窺っていた若者達が興奮した様に歓声を上げ叫ぶので、驚いたヴィクトリアは彼等を確認すると恥ずかしそうに部屋へと戻る
(ビックリした・・・まだ屋敷を見ていたのね)
折角バルコニーから綺麗な夕日を見て心を和ませようと思ったのにと、がっかりして溜息を吐く
そこへ階段を駆け上がって、ルシフェルが慌てて部屋に入って来て「さっき、外の男達が騒いでいたけど大丈夫か!?」何か遭ったのか?と心配するので、ヴィクトリアは
「外の景色を見ようと、バルコニーに出たの。そしたらまだ男の人達が居たの・・・」
そう説明しながら(またルシフェルに怒られる)そう思うとズキンッとまた胸が痛む
「それなら、今から散歩に行こうか?俺と一緒なら声は掛けられないだろう?」
思ってもいなかったルシフェルの誘いに、ヴィクトリアは「・・・良いの?」と尋ねる
ルシフェルは自分が男性に注目されるのが嫌いなのに?と驚くと「外の景色が見たいんだろう?明日には帰るんだ、今日で見納めだから」ルシフェルは笑ってヴィクトリアの手を引く
ルシフェルに手を繋がれたその瞬間、ズキンッと痛んでいた胸の痛みがスッと消える
ヴィクトリアがルシフェルと手を繋ぎながら現れたので、男達はがっかりして
「またあの男が一緒か」「良いよなあ、あんな美人を傍に置けて」「あいつ、マジで邪魔」
二人に聞こえない様に暴言を吐く
ルシフェルは嫉妬と恨みがましい視線を一身に浴びながら、愛するヴィクトリアを抱き寄せ散歩を楽しむ
「休暇中、ずっとルシフェルが傍に居てくれて凄く嬉しかったわ」
ヴィクトリアはルシフェルにそう告げるが(でも、また一人になってしまうけど・・・)ふとヴィクトリアは母の事を思う
(お母様もきっと寂しかったのね・・・私に言っていた小言は、もしかしてお母様自身に言い聞かせていたのかも知れない)
そう考えると、早くに亡くなってしまった母親がとても不憫だと思うヴィクトリア
「俺も、ヴィクトリアと一緒に居られて嬉しかった」
ルシフェルがギュッと抱きしめて来るので(大丈夫、ルシフェルはお父様とは違う。お父様みたいに、私を・・・・)それ以上は辛くて、考えるのを止める
「明日は、昼食を食べてからここを発とうと思ってる。それから行きに泊ったホテルにまた泊って、屋敷に戻る」
ルシフェルがそう説明すると、ヴィクトリアは頷く
(最初の、一番大事な目的。お父様達に良い印象を与え、気に入って貰うのは流石に三日では無理だと思ったけど、幸運な事に叶ったわ。二人ともとても良い人だったし、本当に良かった)
このコッコス村も、田舎で何も無いが長閑でゆっくりと遊びに来るには良い所だった
(男の人達が屋敷を窺うのは嫌だけど)
夕日を見ながら二人はゆっくりと田舎の風景を堪能し、散歩を楽しむ
(・・・この畦道を、こんな田舎の道を、私は歩いた事がある様な・・・もっと林が、木が鬱蒼としていた木陰の中を、手を引かれて歩いていた・・・)
思い出そうとする様に、ヴィクトリアは田舎の風景を眺め
「私、やっぱりこんな感じの・・・風景の場所に来た事があるんだわ・・・場所が何処かお父様に聞いてみよう」
ヴィクトリアが突然そんな事を言い出したので、ルシフェルは驚き「ヴィクトリア、記憶を思い出そうとしているのか!?」
不安で思わず声を荒げ、心配そうに聞いてくるルシフェルに
「違うわ・・・ただ、思い出の場所が何処か知りたいだけよ。記憶を取り戻そうとかじゃないから、心配しないで」
ルシフェルの不安を知っているのに軽率過ぎたと思うが、もし記憶が戻ったら?それはヴィクトリアにとっても不安だ
(記憶が甦ったら、私はまた悪女に戻るの?そんなの嫌だわ・・・もしそうなったら、いっそ・・・)
ヴィクトリアは、悪女ヴィクトリアが許せない・・・沢山の人を苦しめて来た、自分勝手で我が侭な性格の彼女を
そう、あの悪女ヴィクトリアになり、また誰かを、ルシフェルを傷付けるのなら・・・いっそ死んだ方が良いと思う位に
夕暮れの散歩から戻り、夕食を楽しむ四人
ルシフェルとマイルが楽しそうにワインをグイグイ飲むのを見て「ルシフェル、飲み過ぎじゃない?」心配するヴィクトリアに「これ位では飲み過ぎにならないよ」笑いながら久しぶりの父と息子での晩酌を楽しむ二人
普段もルシフェルはワインを飲むが、、ヴィクトリアは夜会の時にグラス一杯飲む程度だ
ルシフェルを心配しながらも、久しぶりの親子でのお酒を楽しんでいるのだからと先に入浴を済ませる
浴室から出て、自分の部屋で髪を乾かしながら
(屋敷の外には、もしかしてまだ人が居るのかしら?外の景色・・・夜景が見たいのだけど)
バルコニーから見る夜景が綺麗でヴィクトリアは気に入り見たいのだが、このネグリジェの格好を見られるのは嫌だしと、葛藤する
(・・・夜だし、外は暗いし、大丈夫よね?ちょっと夜景と星空を見るだけだから)
ストールを羽織り窓を開けそっとバルコニーに出て周りを見ると、流石に人の姿は無かったのでホッとして遠くの村の明かりの景色を眺める
真っ暗な夜に、ポツポツと光る家の明かりはとても綺麗だった
「綺麗・・・」
最初の夜に、このバルコニーから見た夜景を気に入ったヴィクトリアは、嬉しそうにその夜景と綺麗な星空を堪能する
(ずっと見ていられるわ)
そう思い、ふと屋敷の門に目を向けると一人の青年が嬉しそうに自分を見ていた
(うそ!?まだ人が居たの?)
門の外灯の明かりでその男性と目が合い、慌ててヴィクトリアは部屋の中へ入る
ストールを羽織っていたとはいえ、ネグリジェ姿をルシフェルや屋敷の者以外に見られるのは恥ずかしく、物凄く嫌だ
ドキドキしながらベッドに座り(嫌だ・・・今、何時だと思っているの?一体何時まで居るつもりなのかしら?)流石に気持ち悪いと思う
折角の楽しかったこの三日間が、あの男性の所為で台無しになってしまったと、夜景など見なければ良かったと後悔するヴィクトリアは泣きたくなる
すると、下が騒がしくなったと思ったらルシフェルが慌てて入って来るので驚くヴィクトリア
「ここの領主の息子が、挨拶に来たんだ。ヴィクトリア、すぐ着替えて下に降りて来てくれる?」
ルシフェルはそう伝えると、すぐ下に降りて行く
(まさか・・・さっきの男の人は領主の息子だったんじゃ?)
物凄く恥ずかしく、嫌悪感を抱いたが、村の男の人がずっと窺っていた訳じゃなかったのか?そう考え、明日着るワンピースに急いで着替え、素顔のまま応接間へと向う
応接間にはさっき屋敷の門に立っていた男性が座っていて、ヴィクトリアが入って来ると立ち上がり笑い掛けて来る
(・・・やっぱり、さっきの男性だ)
恥ずかしそうに頭を下げるヴィクトリアに「この村の領主、ゼルギスター伯爵の子息、マリウスだ」マイルが彼を紹介する
「初めまして、ヴィクトリア・ティアノーズです」
マリウスも嬉しそうに笑顔を向け「初めまして、ヴィクトリア嬢。お会い出来て光栄です」そう挨拶をして座る
ヴィクトリアは気まずさを隠せず、顔を赤くしてルシフェルの隣に座る
マリウスは貴族には珍しい日に焼けた褐色の肌に茶色の髪、キリッとした黒い瞳に体格の良い男らしい男性
顔を赤らめ恥ずかしそうにしているヴィクトリアを、ルシフェルは不審に思いながら
「彼女は私の婚約者で、今回は両親との顔合わせの為にこの村に来ているんですよ」
ルシフェルが笑顔でマリウスにそう説明する
「そうですか。村ではとても綺麗な令嬢が現れたと、その噂で持ちきりでしたよ。村長から侯爵令嬢だと聞いたので、挨拶にと伺った次第です。急な来訪で申し訳ありません」
マリウスは自分が来た理由を説明し、ヴィクトリアに笑い掛けるとヴィクトリアは気まずい思いで顔を赤くしている
「いや、わざわざ気を遣わせてしまって申し訳ない。息子達はもう明日にはここを発つのでね。堅苦しいしい挨拶は不要と思い、ゼルギスター伯爵には知らせなかったんですよ」
格上の爵位の者への挨拶は基本だが、相手は侯爵と言え令嬢。しかもたったの四日の滞在
わざわざゼルギスター伯爵に知らせるまでも無いと、マイルは余り大袈裟にしたくなかったので黙っていたのだ
「勿論です。こうして伺ったのは私の一存ですので」
マリウスはヴィクトリアに爽やかな笑顔を向け「それにしても本当にお美しい。アルガスター殿が羨ましいですね」ずっとヴィクトリアを見ているマリウスに、ルシフェルはにっこりと笑い
「ええ、本当に幸せですね」
ヴィクトリアを自分の胸に押し付ける程、ギュッと抱きしめる
強く抱きしめられたヴィクトリアは彼の胸に顔を埋め、益々顔を赤くして(ルシフェル・・・)より恥ずかしい思いをする
そんな息子をマイルは(こいつは・・・)ソフィーは(この子は・・・)と呆れる
(成る程。噂で、彼女には邪魔な男が常に寄り添っていると聞いていたが・・・まあこれ程の美しさだ、さぞ心配が尽きないだろうな)
その気持ちは判ると、マリウスは「長居しては迷惑でしょう。これで失礼します」席を立つので、マイルとルシフェルが玄関ホールまで見送る
玄関のドアをアルバーが開けると、マリウスは心から羨ましそうに
「彼女は侯爵令嬢にしては偉ぶらずに好感の持てる、とても可愛らしい女性ですね」
ルシフェルに笑顔を向け、その言葉に警戒心を露にするルシフェルに「また、ここに来られた時は、是非お知らせ下さい」二人に頭を下げ帰って行く
ルシフェルが応接間に戻るとソフィーしか居なくて、ヴィクトリアは部屋に戻っていた
急いでヴィクトリアの部屋に向かい、ドアをノックし開けようとすると鍵が掛かっていたので「?ヴィクトリア、開けて」ドアを叩くと、ヴィクトリアから「ちょっと待って、今着替えてるの」と返事があり、ルシフェルは溜息を吐く
ヴィクトリアは、着替える所を見せない。ルシフェルとしては正直、今更だと思うが彼女が嫌がるのだ
ガチャッとドアが開きネグリジェ姿のヴィクトリアが出て来ると、ルシフェルは部屋に入り嫉妬心を抱きながら尋ねる
「・・・ヴィクトリアは、ああいう男が好みなのか?」
騎士ではないのに貴族には似つかわしくない日焼けした褐色の肌に、筋肉質のがっしりした体系のマリウス
ルシフェルは一応鍛えてはいるので華奢ではないが、がっしりした体系ではない・・・ヴィクトリアがずっと顔を赤らめ、マリウスに対し恥ずかしそうにしているのが気になっていた
(鍛えれば、俺だってあれ位にはなる)
そう思いながら確認すると、ヴィクトリアは困惑しながら「いいえ」と答える
だから彼女の返答に、正直拍子抜けしたが
「じゃあ、どうしてあんな顔を赤らめるんだ?あれじゃあ、誤解されても仕方がないんだぞ!?」
(俺だって誤解した)と、ルシフェル
「誤解・・・?」
意味が判らず、ルシフェルが嫉妬しているのも理解出来ていないヴィクトリアにルシフェルが、常に顔を赤らめて恥ずかしそうにしていただろう!?それは好意を持っている様な仕草だと説明すると、ヴィクトリアはさっきバルコニーで彼と目が合った事を話す
「あれは本当に怖かったのよ。この屋敷を訪れたマリウス様で良かったわ」
ヴィクトリアの話しに、ルシフェルは(この屋敷に、思いきり高い塀を立ててやろうか)と本気で考える
「・・・ヴィクトリアは男の好み、あるの?」
今まで気にした事が無かったが、これを機に聞いてみる
「好みですか?」
ヴィクトリアは考えた事も無く首を傾げ「よく判らないけど・・・やっぱり、ルシフェルかしら?」恥ずかしそうに答えるヴィクリアにとっては、ルシフェルが一番なのだから
「そうか・・・」
ルシフェルは嬉しそうにヴィクトリアを抱きしめるので「・・・ルシフェルは?」今度はヴィクトリアが尋ねると
「そうだな・・・誰にでも優しくて、困ってる人が居たら放って置けないとすぐ世話を焼いて、何でも首を突っ込むお節介な性格・・・かな」
ルシフェルが答えると、ヴィクトリアはそれを聞いて
「そう、そういう人が良いの・・・」
まるで自分とは違う、そんな人になれるかしら?という感じで落ち込む彼女に「あと、物凄く鈍感」と付け加えるルシフェルに「何ですか?その最後のは!?」『人が真剣に聞いてるのに』っとルシフェルを見るヴィクトリアに「シャワー浴びてくる」ルシフェルはさっさと出て行く
(ルシフェルの言った条件の女性に、せめて一つでも当てはまりたい・・・)
ヴィクトリアは大好きなルシフェルの理想の女性に、少しでも近づきたいと真剣に努力しようを決意する
入浴を終え、急いでヴィクトリアの部屋をノックするルシフェル
けれど返事がないので嫌な予感がしながらもドアを開けると、鍵は開いていてすでにヴィクトリアは寝ている
「嘘だろう?また寝てるのか!?」
ベッドに座り溜息を吐き(ワザとじゃないだろうな?)と思いながら愛する婚約者の顔を見つめると、ぐっすりと眠っている彼女の頬が薄っすらと涙の痕が付いている
(!?)
最近、ヴィクトリアが眠る前なのか、眠っている時なのか、朝起きると目に泣いている跡が付いている時ある
その理由がヴィクトリア自身にも判らないらしく、何か悩みがあるのか?とルシフェルが心配して聞いても首を傾げるだけだった
(寂しい思いをさせているからか?それとも他に理由があるのか?)
「ヴィクトリア、どうして泣いているんだ?」
優しく彼女の涙の痕を撫でて尋ねるが、眠っている彼女は答えずに寝息だけが聞こえる
ルシフェルが秘書を雇い、早く帰る決断をした理由はこれにあった
もしかしたら他の理由で泣いているのかもしれないが、ヴィクトリアが寂しがっているのは知っていたし、ルシフェルとしても心配で堪らない
眠っている愛する婚約者のベッドに入り、護るように後ろから抱きしめる




