4話 女騎士と悪女
ヴィクトリアは困っていた
婚約者であるルシフェルに夜会に誘われたのだが、肝心の着ていくドレスが無い
正確にはクローゼットに仕舞われてあるドレスはどれも露出度が高過ぎて大胆なので、今のヴィクトリアが好むドレスでは無い
「今から仕立てるのでは間に合いませんから、既製のドレスを購入するしかないかと・・・」
「それしかないわよね・・・」
アメニの助言にヴィクトリアも頷き、朝食の時におずおずと父に頼んでみる
「あの、夜会に着て行く新しいドレスが欲しいのですが」
「ああ、構わない。お前の気の済む様に、好きなだけ購入すればいい」
ランドルはあっさりと許可し「すぐに服飾店に屋敷に来るよう手配しろ」ドルフェスにそう命じ王城へと出掛けて行った
馬車が転倒する事故に遭い生死を彷徨っていたヴィクトリアが目覚めても、ランドルは屋敷で執務をこなしていたが、昨日から登城している
ヴィクトリアはドルフェスに
「店って、どれくらい手配してくれるの?」
(御用達って言うのかしら?3軒か4軒位かな・・・)なんて思っていると
「王都内でのブランド店は10軒程ありますのでその店と、以前のヴィクトリア様が贔屓になさっている店もとなると、20軒程ですね」
とんでもない数字を提示してくるドルフェスに「・・・・そんなに来られても困るでしょう?」呆れる
「その店の最高の品を数点だけ持参し、呼ぶ時間帯も間隔を空けますので問題ないかと」
「・・・それよりは、ゆっくりと買い物に出掛けたいわ」
ヴィクトリアがそう言うと、ドルフェスは少し考えてから
「申し訳ありませんが、外出は旦那様の許可をお願いします。私の一存では」
と頭を下げられる
「えっ、そうなの?ただ買い物に出掛けるだけなのに?」
「令嬢という立場を弁えて下さい。ヴィクトリア様がメイドの家について行った事で、旦那様は大変ご立腹でした。私もまさか同行しているとは思わず、ヴィクトリア様の姿が無かった時は肝を冷やしました」
ドルフェスは少し鋭い眼を向け、ヴィクトリアに
「無事だったから良かったものを、少しお転婆が過ぎます」
アメニの家から帰って来てすぐに小言を言われたが、今また説教を受けてしまった
「すみません・・」
心配を掛けたのだから、頭を下げて素直に謝るしかない
「・・・お嬢様の行動で、アメニの立場が悪くなる事もあります。お気を付け下さい」
以前のヴィクトリアと違って素直に謝ってくる今のヴィクトリアに、ドルフェスはそう注意すると
「明日、お出掛けになられるのでしたら、護衛の騎士に来て貰わなければなりません。一応、手配だけはしておきましょう」
そう言うと足早に行ってしまう
「アメニの立場を悪く・・・」
ハッと心配そうにアメニを見ると、アメニは首を横に振って
「大丈夫です、特に旦那様にお叱りを受けておりませんので。きっとドルフェス様に、旦那様が小言を言われたのだと思います」
それを聞いて安心し、買い物は明日許可が貰えたら行く事になる
部屋に戻ったヴィクトリアは机に向かい、昨日の事を思い出しながらルシフェルに手紙を書く事にした
なるべく自分から積極的に行動を起こし、少しでも好意を持って貰う為だ
『昨日はわざわざお見舞いに来て下さり、ありがとうございました。とても嬉しかったです』
なるべく本音で話そうと丁寧に手紙を綴る
(それが相手に対しての誠実な対応だし、近い将来、彼が私の夫になるのだから)
翌日、ヴィクトリアはアメニに支度を手伝って貰い、準備を終えると馬車に乗り込む
昨日、ランドルが帰って来た時に買い物に出掛ける許可を貰い、ドルフェスが三人の騎士を手配してくれた
「えっ、三人?護衛に三人も就けるんですか?」
驚くヴィクトリアにドルフェスは
「・・・旦那様は六人でも七人でも足りないと仰ったので、選りすぐりの三人を就ける事で渋々承知下さいました」
「・・・ありがとうございます」
(がっしりと鍛え上げられた男の人を三人も連れての買い物、楽しそう・・・・)
たかが夜会のドレスを買いに行くだけなのに・・・と、一瞬遠い目になりなり溜め息を吐く
馬車は二台用意され、一台目にヴィクトリアとアメニ、そして女性の騎士カレンが乗り込む
「カレン様は女性の騎士なのですね」
ヴィクトリアは親しそうにカレンに話し掛ける
『女騎士に護衛が務まるか!!』と嫌がる貴族が多い中「同じ女性としてとても誇らしいわ、それに嬉しい」ヴィクトリアは喜ぶ
「嬉しいですか?」
意外な事を言われ、カレンが聞き返す
「だって屈強な男の人に傍に居られるより、女性のカレン様が居てくれた方が落ち着くもの。ねえ?」
アメニに同意を求めると
「カ、カレン様はその、凛とした立ち振る舞いで、その、流石騎士様だなと、思います」
滅多に見る事のない騎士を前に、緊張しながらアメニも頷く
カレン・オウガスト。赤い髪に茶色の瞳の女性
二十一歳の若さで侯爵令嬢のヴィクトリアの護衛を任されたのは、実力もだが女性騎士が居た方が良いだろうとドルフェルの配慮だった
カレンは騎士の隊服を着ていて、隊服は防御仕様になっているので上下合わせて大体十kgの重さだ
街中を貴族の馬車が二台連なって走って行き、暫く走っていると貴族御用達で有名な店の前で馬車は止まる
ヴィクトリア達三人が高級服飾店に入っている間、男性騎士二人は外で待機している
店の中でヴィクトリアはドレスを選びながら悩む
「ヴィクトリア様はどのドレスもお似合いになりますから、迷ってしまいますね」
アメニは試着するヴィクトリアを嬉しそうに褒める
「あまり派手過ぎず、落ち着いたドレスが良いんだけど。でも、華やかな感じのドレスも素敵だし・・」
二人が迷いながら候補のドレスを選んでいる姿を見て、カレンは首を傾げ「ヴィクトリア様は、迷いながらドレスを買われるのですか?」と尋ねた
カレンの言葉に「えっ?そうだけど、どうして?」聞き返すヴィクトリア
「いえ、侯爵様でしたら普通は気に入った物は全て購入するのでは?と思いまして」
高位貴族の買い物とはそんなものなので、カレンは不思議に思ったのだ
「そうね。だけど・・・・今回はその、夜会の為のドレスを購入するだけだから、何着も買う必要が無いの」
そう説明しながら、持っているドレスを見て
「それに何でもすぐ買って終わりって、つまらないでしょ?あれこれ悩んで買った方が、よりその品物に愛着が湧くもの」
ヴィクトリアのその言葉に驚くカレンだが、実は彼女もヴィクトリアの悪評を知っている
正直、カレン達はヴィクトリアの護衛は気が進まなかった
我が侭な悪女の護衛など嫌だが、ティアノーズ侯爵令嬢の護衛に任命されたら断るなど出来る筈も無く、運が悪かったと振り回される事を覚悟するしかない
だから悪い印象しかない彼女の口から思いも寄らない答えが返ってきて、カレンはヴィクトリアに対する印象に驚いたのだ
「・・・愛着ですか」
カレンは物に対する執着が無い・・・無くしたら、壊れたら新しいのを買うだけ
(今まで、そんなに悩んで買うって事をしなかった。欲しいから買う。ずっとそれが当たり前だったから)
「うーん、やっぱりこの若草色の可愛らしいドレスが良いんだけど・・・私には可愛過ぎるかしら?」
十九歳とはいえ、ヴィクトリアは大人びた容姿をしているので、彼女が選んだドレスは少し子供っぽいのでは?と悩んでいるのだ
アメニは首を傾げ
「そうですね・・・子供っぽくはないです。若草の色はヴィクトリア様の黒髪に映えますし、可愛らしいとは思いますが」
ヴィクトリアは鏡の自分を見て「可愛らしいのは悪くないんだけど・・・・・」悩む彼女を見て
「可愛らしいと駄目なんですか?」
クスッと笑うカレンだが、悪女と名高い侯爵令嬢が悩む姿が可愛らしかったからだ
カレンに笑われ、ヴィクトリアは顔を赤らめ「いえ、可愛いのは良いのだけど・・・・その・・・」恥ずかしそうに
「婚約者であるルシフェル様の隣に立つにあたって、彼に似合う自分で居たいので・・・」
大人の彼の隣に立つのだ、やっぱり大人びたドレスが良いだろうが、けれどこの若草色のドレスも気に入ってしまった
「・・・・やっぱり、夜会にはこの青い色のドレスにしようかな」
(ルシフェル様の瞳と同じ色だもの)
「・・・・それなら、髪をアップにして、化粧を少し濃いめにして、大人を演出したらどうでしょう?」
カレンの助言に二人は彼女を見る
「そのドレスも可愛いデザインですが大人用ですし、可笑しくはないと思います」
その言葉にヴィクトリアは嬉しそうに
「そうね、カレン様の言う通りよね。夜会にはこのドレスにするわ!!あ、でもこの青いドレスも頂くわ」
こうしてヴィクトリアは無事目当てのドレスを購入して店を出て「カレン様の助言のおかげね、ありがとう」嬉しそうにカレンにお礼を言う
カレンは自分にお礼を言ってくるヴィクトリアに対して、好意を感じる
そして、同時に婚約者に相応しい自分でありたいと言う彼女の言葉が胸に刺さった
何故ならカレンが騎士になったきっかけは、その婚約が原因だったからだ
オウガスト子爵令嬢であった彼女もまた、政略結婚をさせられる運命だったのだが、しかし、望まない、好きでもない相手との結婚をどうしても受け入れられない性格の彼女は、それから逃げる様に騎士の道を選んだ
当然男社会の騎士団の中、大変ではあったがそれでも好きでもない相手と結婚するよりはずっとましだと彼女は思っていた
だから政略結婚に大人しく従う令嬢達に対し、少し嫌悪感を抱いていた
(ヴィクトリアも同じだろう・・・)
彼女だって政略結婚だし、相手は自分より身分が下の伯爵子息
以前の彼女は好きに浮気をしていたし、それは貴族の間では有名だった
そしてその噂を知っているカレンは、だからヴィクトリアは相手に不満があるから好き勝手に振る舞っているのだと思っていた
なのに今の彼女は、その相手に相応しくあろうとしている・・・顔を赤らめ、恥ずかしそうに、相手に似合う自分で居たいと言う
(それだけ相手を想っているから?)
カレンはヴィクトリアを見て疑問に思う
(何が彼女を変えたのだろう?落雷に遭って大怪我をし、記憶を無くしているとは聞いている。でも、それだけで性格が変わって、裏切り続けた婚約者を想うようになる?)
ヴィクトリアの変わり様にカレンは不思議に思うが、カレンは誤解している
ヴィクトリアは別にルシフェルを想っている訳ではなく、ただ、婚約を破棄出来ず彼が夫になるのだから、それなら少しでもお互いに好意を持ち歩み寄れたらと思っているだけ
「ねえ、せっかくだからお茶をして帰りましょう?構わないかしら?」
馬車に乗る前にヴィクトリアは三人の騎士にそう提案し、護衛対象者の命に従うのも騎士の勤めなのでと頷く三人
そして、高級な格式高いレストランの前まで来ると馬車は止まる
「ヴィ・・・・ヴィクトリア様、ここでお茶をするのですか?」
あまりにも立派な佇まいの店に、自分は場違いだと萎縮するアメニだが「そうね、馬車がここに止まったって事は、そうなのでしょうね」とヴィクトリア
先にカレンが店内に入り店の男性と話をし、すると男性は慌しくウェイトレスやウェイターに指示を出し、急いでこちらにやって来る
「これはこれは、ヴィクトリア・ティアノーズ侯爵令嬢様。ようこそ御出で下さいました」
にこやかに営業スマイルで、ヴィクトリアに頭を下げ「ビップ席をご用意致しましたので、ご案内させて戴きます」支配人であろう彼が自ら彼女を席に案内する
五人は個室に案内され、ヴィクトリアが席に座わる時は支配人が自ら彼女の椅子を引く
「ありがとう」
笑顔で礼を言うヴィクトリアの美しさに、支配人はドキリとし
「で、では特別メニューをご用意さえて頂きますが、えーっと、その、人数分で宜しいのでしょうか?」
と確認すると、年輩の騎士が断ろうと
「いや、我々は護衛の為に居るので数には・・・・・」
「五人数分、お願いしますね」
彼女はにっこり笑って支配人に伝えると「かしこまりました」一礼し、部屋を出て行く
ヴィクトリアは護衛の騎士三人に
「今日は私の為に忙しい中、護衛をして下さってありがとうございます」
にこやかに改めてお礼を言うと、まさか悪女ヴィクトリアにお礼を言われると思っていなかったので驚く男性騎士二人
「気にしないで下さい、それが私達の任務なので」
カレンが笑いそう返答するので男性騎士達も戸惑いながらも頷き、一人居心地の悪いアメニは黙って小さくなっていようと決めた
「これもご縁ですもの、お二人の名前も教えて下さい」
ヴィクトリアはにっこり笑い掛け、その笑顔に騎士二人はドキッとするので、その様子を見ながらカレンは
(こういうところが、悪女だと言われるのか?無意識に人を虜にしてしまうから・・・)
ヴィクトリアが記憶を無くした為に人格が変わっている事までは知らないので、そうとんでもない勘違いをする
「私はソリュウ・ギュスター。翼竜騎士団の副団長を務めております」
自慢げに自己紹介をする彼は、がっしりした体型に日焼けした肌、黒髪に茶色い瞳が少し東洋系に感じさせる
端正とはいえなくないが短髪で男っぽい顔立ちをしていて、中性的なルシフェルとはまた別のかっこよさだ
「自分はレイモンド・ディゼンスター。同じく翼竜騎士団に所属しております」
銀髪に黒い瞳で細身の身体だが、鍛えられた美男子だ
「お二人とも翼竜騎士団に所属なのですね。カレン様もそうなの?」
「いえ、私は黒耀騎士団に所属しております。今回ヴィクトリア様の護衛に女性の騎士を望まれたので、私が選ばれました」
それを聞いて(ドルフェスの気遣いね、流石だわ)と感謝するヴィクトリア
特別メニューの豪華なティータイムに、五人は満足しながら話が弾む(正確には四人だ。アメニは静かにお茶を楽しんでいた)
「・・・騎士団にはそれぞれの特徴がありますが、翼竜は王家直属の騎士団なのです」
得意そうな感じで、ソリュウが自慢げに説明する
「王家直属・・・ソリュウ様はその副団長なのでしょ?すごいですね。そんな方に護衛して貰って申し訳ないです・・きっとお父様が無理に命じたのね」
いつの間にか名前で呼ぶようになり、申し訳なさそうなヴィクトリアに
「いえいえ、侯爵家の護衛ともなれば自分が任務に就くのは至極当然。お気になさらず」
と笑うソリュウに(最初、物凄く嫌がっていたのになあ)と、気分良く笑っている上官を冷ややかに見るレイモンド
(しかし、このヴィクトリアはあの悪女ヴィクトリアなのか?)
レイモンドも当然、悪女ヴィクトリアの事、ルシフェルとの仲の悪さを噂話しを耳にして知っている
(記憶を無くしているとはいえ、あの悪女とは似ても似つかない・・・・)
副団長と親しく、楽しそうに話している彼女を見ながら
(・・・まさかギュスター様狙いか?と思ったが、歳が離れ過ぎているし、カレンとも楽しく話している。裏があるようには思えないしな)
さっきはデザートスプーンと間違えて、小さなスプーンをプティングに使おうとしたアメニに、粉砂糖に使うものだと教えていた(※粉砂糖は貴重で、それ用のスプーンをアメニが知らなくても仕方が無い。さすが高級店の特別メニュー)
(・・・記憶は無くとも礼儀作法は忘れていないのか。それにしても・・・何故メイドが同席しているのかが判らない。どうして当たり前の様に、一緒にティータイムを楽しんでいる!?)
実際はアメニも居た堪れない状況だが、ヴィクトリアの好意なのでなるべく静かにと心掛け同席しているに過ぎない
「正直、カレン様が護衛についてくれて嬉しかったわ。やっぱり、女性だと安心するんです。男の人ばかりだと緊張する令嬢も居るでしょう?」
ヴィクトリアはカレンに尊敬の眼差しを向け
「女性が騎士になるのはとても大変だと思います。でも、必要だとも思うんです。実際彼女が居てくれたのでとても安心しましたから」
そう褒めてくれ、カレンは嬉しかった
「まあ、そうですが・・・・そうは言っても、やはり体力や体格差、腕力ではどうしても女では劣りますからなぁ」
苦笑いするソリュウに、カレンは顔を曇らせる
彼の言う事は正しい・・・どうしたって女の自分では腕力・体格で男に劣るのは事実だとカレンはグッと唇を噛む
「騎士道精神は、男性だけでなく女性にだって有ります。志が同じなら、男も女も無いでしょ?それに気配りは女性の方が上ですよ?護衛に当たって、それだって大事な事です。女性騎士は必要な、とても価値の高い存在だと思います」
ヴィクトリアのその言葉に、カレンは胸を打たれる
男社会の中、女の騎士はどうしても評価が低く、それは仕方が無いと思っていた
なのに侯爵令嬢に過ぎないヴィクトリアが、女性騎士を高く評価してくれているのだ
(女の騎士は価値が高い?笑わせる。それは女だから、同性に対し甘く評価しているだけの事だろう。実際は邪魔でしかない)
ソリュウはやれやれという感じで
「価値が高いとは、恐れ入りますなぁ。まあ、本当に価値があれば重宝されますよ、価値があればですが」
と笑うと、ヴィクトリアも頷き「ええ、その通りです」その笑顔がまるで不敵な笑みの様に見えたレイモンド
(この女性は何か企んでいるのか?)と邪推してしまう
買い物が済んで、無事屋敷に戻り、三人の護衛に改めて礼を言うヴィクトリア
「今度、護衛を頼む時。また貴方を指名しても良いかしら?」
カレンに尋ねる「もちろん、構いません」笑って頷くカレンは「どうかこれからは、カレンと呼んで下さい」そう伝える
今後、この二人はとても長い付き合いになっていく
お互いにとても大切な存在として




