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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
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 32話 悪女デパートに行く

ルシフェルがいつもの様に先に目を覚ますと、ヴィクトリアが自分の寝衣を掴んで眠っていて、目には薄っすらと涙の痕が残っていた

昨日、ヴィクトリアはとても怖い思いをし、それなのに少し感情的になって傷付ける事を言って泣かせてしまったと後悔するルシフェルは、そっと優しく愛する婚約者の頬の涙の痕を指でなぞる

「う・・ん」

頬を優しくなぞられ、ヴィクトリアはくすぐったそうに寝返りを打つ

「おはよう」

起き上がり優しく声を掛けるルシフェルに、ヴィクトリアも起き上がると彼に抱きつく

ヴィクトリアは不安な事があると、こうしてルシフェルに抱きつき彼の温もりを感じて安心を貰う

「大丈夫?」

ルシフェルが優しく抱きしめ返してくれるので「こうしてルシフェルに抱きしめらるてると、安心する」嬉しそうに愛する婚約者に「おはよう」とキスをして着替える為に寝室を出て行く


二人で食堂に入ると、珍しく不機嫌な顔をしてランドルが新聞を読んでいる

お互いに挨拶を交わすとランドルはヴィクトリアに、アシド・ホルグヴィッツの件はこっちで対処するから心配しなくて良いと言うので

「対処ってどういう?セイン様には迷惑を掛けないで欲しいのですが」

「お前は何も心配しなくて良い。今日は買い物に行くんだろう?楽しんで来なさい」

それだけ言うと後は黙って食事をし、出て行ってしまう


そんな父に、ヴィクトリアは寂しそうに

(いつもそうね・・・お父様は私を甘やかすだけで、大事な事は何も話してくれない。自分の考えている事や悩み、親戚の事や、その日の出来事の話しですらしない・・・)

ルシフェルも同じ様に忙しいが、まだ帰宅後に会話が出来るが父とは朝食の時間のみ会うだけだ

(休みの日だって、自室や執務室に籠もって顔を合わせる事もなく過ごすだけ・・・)

父は本当に自分を大事にしてくれているのだろうか?ただ、甘やかすだけで放って置かれているのでは?そう疑問を抱く


「それじゃあ、行ってくる」

玄関ホールでヴィクトリアに安心させる様、頬にキスをするルシフェルに「行ってらっしゃい・・・気を付けてね」心配そうに見送るヴィクトリア

そんな彼女に笑って頷き、ルシフェルはランドルと共にアシドも勤務する王城へと登城する



アシドの所為で憂鬱な気持ちを抱きながら、ヴィクトリアはドルフェスとアメニを連れてデパートへと出掛けるが、ドルフェスが居るので今回は護衛の騎士は就けていない

(まずは、ブランデーを購入しましょう)

折角買い物に来たのだから気が滅入ってばかりでは駄目だと、ヴィクトリアは張り切ってまず酒店へと向う


「ここは一級品のブランデーばかり揃えており、品数も多くありますのでその中からお好みの物をお選びしましょう。深みとコクのある熟成したモノや、まろやかで芳醇な香りが自慢のモノ、味わい深く、濃厚な舌触りのモノ等色々ありますが、どれがお好みでしょうか?」

ドルフェスに尋ねられ、ヴィクトリアは

(そんなに詳しく好みを聞いてないわ・・・きっとルシフェルだって知らないんじゃない?)

「わ・・・判らないわ。どうしましょう?」

ブランデー処かお酒自体あまり飲まないヴィクトリアは、助けを求める様な目をドルフェスに向ける


「ティアノーズが贈る品ですからね。最高級の一品、オルメイガに致しましょう。実はランドル様からそう申し付かっております」

営業スマイルでドルフェスは店員にその品を注文するので

「ドルフェス、もしかして困らせる為に尋ねたの?」

「いえ、好みのブランデーがあるのなら、それも購入するようにと言われましたので。その確認です」

ヴィクトリアが今度は酷いと訴える様な目をドルフェスに向けるので、彼は心外ですと言わんばかりに澄ました顔で答える


「それなら、ドルフェスはどのブランデーが好みなの?」

「そうですね。私は年季の入った、芳醇な香りにコクのある切れ味のウィルド・モルトでしょうか。特別な時に飲むのですが、何とも言葉では表わせない満ち足りた一時を過ごせます」

フフフと嬉しそうに笑みを零しながら答えるドルフェスに、ヴィクトリアは少し引きながらも

「そうなのね。それじゃあ、それも購入するわ」

「ヴィクトリア様、オルメイガとウィルド・モルトでは格が違いますよ。二つ贈られるのなら、同格の品物を購入しませんと」

ドルフェルがオルメイガと同格のブランデーを選ぼうとするので

「いいの、それはドルフェスにプレゼントするのだから。いつもお世話になっているお礼」

そのウィルド・モルトをサージス達用の分も購入する


次に、本売り場に向かい「いろんなお菓子作りの本がありますね」アメニも美味しそうなお菓子の写真に目を輝かせる

(※この世界の写真は一応カラーで存在するのだが、鮮明ではなく一昔前のカラー写真)

「本当ね、どれも美味しそう」

少し気が滅入っていたヴィクトリアも、美味しそうなお菓子の写真に心が晴れる

「王都で人気のレシピ本も良いけど、それだと材料が手に入らなかったりするし他の方が良いかしら?」

ヴィクトリアどうしよう・・・と考えると、アメニは見た事のないお菓子に興奮しながら

「でも、知らないお菓子を見るのも楽しいですよ?こんなお菓子もあるんだと、食べてみたい気持ちになります」

そう言いながら「あ、でも・・・虚しいでしょうか?」美味しそうなお菓子の写真を見ても、食べられないのだから


「うーん、そんな事は無いでしょうけど・・・他に良い贈り物があるかしら?」

折角デパートに来ているのだからと、ゆっくりと店舗を見て選ぶ事にする

(お父様のお土産が最高級のブランデーで、お母様のお土産が料理本って・・・幾らなんでも差が有り過ぎるわ。それじゃあ、お母様に嫌われてしまう)

ヴィクトリアは急遽、他の物にしようと考えるが

(でも、高価な物って何が良いかしら?)

デパートには宝石店もあるのだが、それはお土産としてどうだろうか?と考え、香水や化粧品等も見てみる


「化粧水は良いかもしれないわね。私が使っているのは結構肌に馴染んで良いから、同じのをプレゼントしようかしら?」

ヴィクトリアが使っている化粧品は、以前の悪女ヴィクトリアが気に入って使用していた最高級品の物ばかりだ

「化粧水は良いですね」

アメニも同意するのでヴィクトリアはお土産用と自分用とアメニにもプレゼントとして購入する

「ヴィクトリア様、私には必要ないです!!こんな高価な物!!」

「メイドの皆と使って。気に入ったら、定期的に購入するわ」

アメニは困りますと断るが、ヴィクトリアは自分がそうしたいからと購入する


今後、高級な化粧水を普段から使えるメイド達に、ティアノーズ邸に研修に来た他所のメイド達は衝撃を受ける事になる

こういったメイドや使用人に対する過度な特別な待遇も、悪女ヴィクトリアがして来た悪行に対するヴィクトリアなりのせめてもの償い


次の階の雑貨売り場で、ヴィクトリアは綺麗な音色を耳にする

どこか懐かしいその曲に聞き惚れるヴィクトリアは「これは何て言う曲かしら?」店員に尋ねると、店員の男性は美しいヴィクトリアにドキッとしながらも

「この曲は『我が心の安らぎ』です。聞いていると、心穏やかになるでしょう?」

「ええ、とても良い曲ね」

ヴィクトリアはその曲を気に入り、手頃な値段のオルゴールでもあり購入しようとすると

「もし良ければ、気に入ったオルゴールに曲を入れる事も出来ますよ?お嬢様ならもっと高価なオルゴールの方が宜しいのでは?」

「そう?それなら・・・どれが良いかしら?」


ヴィクトリアは店員が出してくるアンティークの品物や、綺麗な宝石が散りばめられたオルゴールを見せられながら

(お母様にも、これをプレゼントしようかしら)

そう考え、上品な細工がされてあるアンティークのオルゴールと、綺麗な細工のオルゴールを購入する

「曲を付ける作業に三日程かかりますので、仕上がりましたらティアノーズ邸へお送り致します」

そう店員が伝えると「楽しみにしているわ」ヴィクトリアは嬉しそうに次の階へと向う


洋服売り場に、鞄売り場に、靴売り場、何でも揃っているデパートにヴィクトリアは

「こんなにいろんなお店を見て回ると、時間なんてあっという間ね。今度、ティナ達と来ようかしら?」

そう考え、ふとティナの事を思い出す

(ティナは今どうしてるのかしら?)

ティナはこの前のお茶会の席で、婚約者のトーマスと半年後に入籍すると発表した

手紙では貴婦人のお茶会や、絵画などを見て回る芸術鑑賞等、貴婦人会に参加して旅行に行ったりとか、()()()()()が忙しいとの事だった


そんなティナの手紙を受け取ったヴィクトリア達は『何だか楽しそうね・・・芸術鑑賞とか、旅行とか、私達も真似てみようか?』友人達とそんな話していたが、未だに実現出来ていない・・・貴族令嬢がおいそれと、貴婦人の真似事など出来ないからだ

芸術鑑賞はともかく、令嬢達だけで旅行など簡単に親に許して貰える訳もなく、友人の屋敷に泊る位が精一杯なのだから


ヴィクトリア達は少し早めの昼食を取る事にし、デパートは十二階まで有り屋上と十二階に飲食店が入っていて食事の出来る場所になっている

「折角だから屋上に行ってみましょう」

ヴィクトリアとアメニはわくわくしながら、初めての屋上へと向う

因みにこの世界ではエレベーターは無いが、エスカレーターの様な物は存在している(※ただし珍しい)


自動で動く床に、ヴィクトリアとアメニは恐々と乗る

最初乗る時は誰もが戸惑い、年輩の女性が手を突いて転んでしまい、そのまま上がって行くのを配そうに見ていると、降りる手前で店員の男性二人掛りで起され無事だった

手摺はエスカレーターの右にだけ設置されていてるが、動くエスカレーターに対して手摺は動かないので掴むのではなく乗せるだけという、まだまだ改良の余地が有るが、階段を十二階まで自力で登り降りしなくて済むので有り難い

(※因みにエスカレーターの早さは、安全の為とてもゆっくり)


時間を掛けて十二階まで来ると、階段を登って屋上に出る

平日なのに結構人が居て、ヴィクトリアは記憶が無い為初めて体験する十三階の高さの景色に「すごいわ・・・景色が遠くまで見渡せる」ドキドキしながら感動していると、アメニも「これがデパートの屋上なんですね」目を輝かせる

「結構な高さで驚かれているでしょう。大丈夫ですか?」

ドルフェスが怖くないか尋ねると、ヴィクトリアは嬉しそうに「ええ、大丈夫よ」アメニと二人、皆が見ている十三階からの下の景色を見ようとフェンスの所へ向かう


ワクワクしながら十三階の柵から勢いよく下を見た二人は「!???!!」言葉を失い、その場にしゃがみ込む

十三階から見た下の景色に、心臓がドキドキと激しく打ち付けている二人

「こ・・・こわっ!!」

初めてデパートの十三階の高さから見下ろし、そのあまりの高さに衝撃を受けたヴィクトリアとアメニは震える

「ひ・・人が・・小さい・・・?」

二人は今までデパートの十三階程の高さから下の景色を見た事が無く、その衝撃は凄まじかった


周りの人達も身体を引きながら恐る恐る下を見ていて、誰も楽しそうには見ておらず、怖いもの見たさで下を見ていたのだ

折角の楽しい気分が屋上から見た下の景色でショックを受け、ヴィクトリアは自分が今とんでもなく高い場所にいる事を実感し恐怖を感じてしまう

「十二階って高いのね・・・とても高いのね・・・」

震えながらヴィクトリアとアメニにそう感想を述べる

「下を見るからです、景色を御覧なさい。遥か遠くまで見渡せて圧巻でしょう?」

ドルフェスがヴィクトリアに遠くの景色を見るよう促し、確かに周りの景色はとても素晴らしく、遠くまで見通せヴィクトリアは素直に感動する

「因みにここは十三階です。十二階は下の食堂なので」

冷静に十二階と連呼する二人に訂正するドルフェス



屋上でかなり恐怖と衝撃を受けたヴィクトリアは、気持ちを落ち着かせながら十二階で食事をする事にし、このデパートには様々な外国の料理店が多く入っていてヴィクトリアとアメニは興味を示す

「このデパートの十二階の食堂の自慢は、各国の料理が本格的に味わえる事だそうです。各国の伝統料理や、名物料理等、その国が各々力を入れて提供されているそうですね」

「他所の国の料理が味わえるなんて凄いわ・・・どんな料理があるのかしら?」

ドルフェスの説明に、ヴィクトリアは目を輝かせながら一軒一軒見て回る


王都にあるこのデパートの食堂は、オルテヴァール国が国民に異国の文化に触れさせる目的もあり、他国から選りすぐりの店を選んで提供させている

店側もオルテヴァールに選ばれた事は名誉だと、国の誇りに懸けて最高の料理を提供するよう心掛けている

それというのも、人気の無い店は容赦無く他の国と据え換えられてしまうからで、この場所で自国の料理を提供し続ける為の熾烈な生き残り争い、客の奪いが苛烈している

だからこそ昼時になるとどの店も人気で人だかりが出来ている


「どうしましょう?今一番人気の隣国、ジャンネルド国は食材を美しく細工を施す調理技術が自慢だそうですが、カサンドラ国は上品な味付けで・・・ダイエット効果が売りだと書いてあります」

それぞれに店の料理へのこだわり、特徴が説明してあり、料理の写真が載せてあるメニューも入り口に置いてある気配りが嬉しい

「困ったわ、迷ってしまうわね」

十数軒もの国の料理店がズラッと並んでいて、どれも美味しそうで選ぶのに困るヴィクトリア

「これ・・・ちょっと通いたくなるわね。それこそ全部、食べたいわ」

ヴィクトリアが悩むのでアメニも「そうですね・・ちょっとした贅沢に」同意する


アメニの身体を壊した母親もすっかり良くなり、今は元気に働いているので給料の仕送りに余裕が出来た

(侯爵令嬢の主人と使用人が同じ席で料理を食すとは、考えられない事なのに)

目を輝かせながら迷っている二人を見ながらドルフェスは苦笑する

普通貴族が使用人と同席し同じ料理を口にするなど有り得ないのだが、ヴィクトリアは一緒に食事を取る事に抵抗が無い


結局、迷いに迷ってオルテヴァールから遠く離れた国、スーラン帝国の皇帝料理にしてみた

「・・・皇帝料理って何?」

「書かれている通り、皇帝様が召し上がる料理ではないのでしょうか?」

ヴィクトリアに尋ねられ、アメニもそんな凄いものを自分が食べても良いのか?畏れ多いと緊張し「皇帝に提供されている食事を味わえるなど、恐悦至極で御座います」ドルフェスも楽しみだと珍しく喜んでいる


店内はスーランの伝統のだろうか?綺麗な刺繍が施された壁飾りが幾つも掛けら、民族衣装や装飾品までもが展示されていて、歴代の皇帝の名前が記された目録も丁寧に置かれてあり、少しでもスーラン帝国に興味を持って貰おうとの工夫がされている

「面白いわね。スーランはあんな服を着るのね?」

民族衣装を見ながら、ヴィクトリアは店員に席へと案内される

スーラン帝国の店も繁盛していて一般人の方は列が出来ていたのだが、貴族の専用個室に通された為ヴィクトリア達は待たずに済んだ


皇帝料理は味は勿論の事、見た目も申し分なくとても美味しかった

「このスープ、とても濃厚だけど嫌味が無くて凄く美味しい・・・」

最初に出された魚介類で出汁を取ったブイヤベースの様なスープを、ヴィクトリアは気に入る

本来なら魚介類の具材も一緒に食べるのだが、この皇帝料理では濾してスープだけを楽しむ贅沢な一品


サラダも生ハムに色とりどりの野菜を巻き、それに金箔を混ぜたソースをかけ贅沢さを出している

「・・・金って、食べても大丈夫なのでしょうか?」

アメニが初めて見る金箔に、この薄いのは金ですよね?と驚くので、ヴィクトリアは

「まさか。これは・・・金の様な食べ物よ」

金の様な食べ物とは何ぞや?と思うが、きっとスーランにはそう言う食べ物があるんじゃないの?と二人が戸惑っていると

「これは金箔と言いまして、金を恐ろしく薄く延ばして作るそうです。見目にこだわっての職人技、感服致します」

ドルフェスはメニューの説明をしてくれる店員に、時折質問しながら料理を楽しんでいる

こうして皇帝料理に衝撃を受けながらも、三人は大満足しながらスーラン帝国料理の店を出る


(今度、ルシフェルとお父様とも一緒に来たいわ・・・お父様だって、ここなら一緒に来てくれるわよね?)

外出を嫌うランドルとも、たまには一緒に外で食事をするのも良いだろうと思うがなかなかその機会が無い

その所為でヴィクトリアは父に愛されてはいるだろうが、父娘としての関係は薄いと感じている

(お父様は、寂しくないのかしら・・・?)

ヴィクトリアは寂しい・・・けれど父はいつも忙しく、その事を伝えたくても困らせるだけなのでは?と気を遣ってしまう


今はルシフェルが傍に居てくれるからヴィクトリアは一人ではないが、それまではずっと孤独に感じていた

(悪女ヴィクトリア・・・貴方もずっと一人ぼっちだったから・・・寂し過ぎて、心が壊れたの?)

だからと言って彼女の仕出かした事が許される訳ではないが、彼女の闇が深過ぎる様にヴィクトリアは感じる

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