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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
35/69

 28話 侯爵令嬢と悪女

イヴェラノーズの屋敷、一人の令嬢が憂鬱な気持ちで招待状の内容を確認している

それはイヴェラノーズ侯爵が主催する夜会への招待状なのだが、彼女はどうしてもその招待状を送りたくないのだ

けれど夜会の開催日が迫っている為、今日の午前中までに絶対に招待状を送らなければならず、その令嬢は深い溜息を吐きながら

(イヴェラノーズ侯爵家が招待する夜会に、あの侯爵令嬢が来るかもしれない・・・)

そう思うと恐ろしくて堪らない

(お父様は、あの人の婚約者の方に直に招待状を手渡して・・・良い返事を貰ったと、すごく喜んでいた)


父親が嬉しそうに朝食の時に誇らしげに兄にその事を伝えているのを聞き、この令嬢は凍りつく・・・だから今、招待状を出すのを渋っても意味がないのだが

(婚約者が来るという事は、当然そのお相手の・・・あの人も来るの?・・・・どうしよう)

彼女の名は、クローディア・イヴェラノーズ

茶色い髪に黒い瞳の綺麗な顔立ちの彼女は、自身の侯爵家が主催する夜会から逃げ出したくて仕方が無い・・・


~その一日前の夜~


ルシフェルは帰宅するとヴィクトリアに「イヴェラノーズの当主から、五日後の夜会に招待されたから」そう告げる

「五日後ですか?随分急ですね」

普通夜会の招待は一週間以上の余裕があるものだが

「まあ、いろいろ事情があるんだろうが・・・当主が言うには、何でもなかなか招待状が送れずにいるらしい」

ルシフェルは愛する婚約者に言い難そうに

「その・・・以前のヴィクトリアに、イヴェラノーズ侯爵の娘が苛めの被害に遭ったみたいなんだ」

その言葉にヴィクトリアは「えっ?・・・私に、ですか?」ズキンッと衝撃を受ける


悪女ヴィクリアが嫌われていたのは知っているが、今まで苛めていた令嬢に直接会う事は無かった

もちろん記憶を無くしているヴィクトリアが気づいてないだけで、会っているのかもしれないが(※実は会っている)記憶を無くした噂のお陰か、怖がられるよりは好奇の目に晒されて来た


「まあ、ヴィクトリアが記憶を無くして性格が変わったのは、貴族の間では有名で皆知ってるから・・・ただ、その令嬢はあまり夜会やお茶会に参加する様な人じゃないらしくって・・・もし、娘が必要以上に怯えて失礼な態度を取ったら、申し訳ないと言われた・・・」

ルシフェルは気を遣い過ぎだと思うが、悪女ヴィクトリアの最悪な性分を知っている為、その侯爵令嬢に同情する気持ちもある

ヴィクトリアもまた、その令嬢が自分をそこまで怖がる理由が判る気がする

何故なら悪女ヴィクトリアは、使用人達に折檻をする様な人物だったから

「そう・・・判ったわ。彼女を怖がらせないよう、なるべく気を付けるわ」

ヴィクトリアは、自分がその令嬢をどんな風に虐めたのか・・・?それを思うと恐ろしくて顔を曇らせる


翌日、すぐに友人達にクローディア・イヴェラノーズ侯爵令嬢について何か知っていたら教えて欲しいと手紙を送る

相手は侯爵令嬢なので、伯爵以下のティナ達もそう詳しくはないかも知れないが、ヴィクトリアとしては藁にも縋る思いだった

(私は一体、彼女にどんな意地悪をしていたのかしら?・・・怖いわ)

ヴィクトリアにとって、以前の自分の遣らかした事でその相手から嫌われている事ほど辛い事はない

(謝って許して貰えるのであれば幾らでも謝るけど・・・もし怪我などさせていたら・・・どうしよう)


友人達からの手紙が翌日には続々と届き、ヴィクトリアはその手紙を心から有り難いと思い読んでいく

手紙には思った通り、クローディアの事は知らないという内容が殆どだが、シルメラとキャロルは知人だと書かれていた

ただ、それはクローディアが他の侯爵令嬢達と馴染めず、幼馴染の伯爵令嬢二人について伯爵の夜会に現れるからで、それを知ってヴィクトリアは何となくこのクローディアは自分みたいだと親近感を抱いた

ヴィクトリアも今だ公爵や侯爵令嬢に親しい友人が居ない

(もしかしてこの人となら、友人になれるのかしら?)

相手は自分の事を凄く怖がっている、嫌っているかもしれないが、ヴィクトリアはそうなれたら良いのにと思う



イヴェラノーズの屋敷では、クローディアが明日の夜会に着るドレスを試着している

淡い水色に、薄い黄緑の色のレースを施した綺麗なドレスだが彼女の顔を沈んでいた

「・・・お気に召さなかったでしょうか?」

仕立てた職人が心配そうに尋ねると、クローディアな首を横に振り「いえ・・・とても素敵です。ありがとう・・・」小さな声でお礼を言うと、そのままドレスを脱いでしまう

(ドレス・・・)

クローディアはある公爵の夜会で、悪女ヴィクトリアのドレスに果実酒をかけてしまった事を思い出す

ただ、それは余所見をしていたヴィクトリアが彼女にぶつかった所為なのだが、ヴィクトリアは激怒してクローディアの頬を叩いた


クローディアは両親と兄にとても大事にされて育ち、それこそ誰かに叩かれる様な事など生まれてから一度もなく、そもそも大人しいクローディアに対し、そこまで激昂する者は居なかった

なので、ヴィクトリアの怒りはあまりにも恐ろしく、強いショックを受け、そして何故か周りの貴族達が自分を笑っている様に感じたクローディアは、可哀想にそれから夜会に顔を出すのが恐ろしくなってしまった

それでも幼馴染の伯爵令嬢に連れられて伯爵の夜会には頑張って参加していたのだが、そこには侯爵令嬢達が、あのヴィクトリアが居ないから・・・けれど、今回はイヴェラノーズ侯爵が催す夜会

(あの人が来る・・・どうしよう・・・こわい、怖い)

クローディアは自室で明日の夜会を思い、怯え、震えながら蹲る



ヴィクトリアは、朝から軽く巻いていた髪を解く

青色の生地に綺麗な柄が刺繍されたドレスに、ダイヤの髪飾りとブルーサファイアのネックレスに「今日もお綺麗です、ヴィクトリア様・・・」アメニ達メイドがウットリする中、ヴィクトリアはクローディアの事を思う

(きっと、私が来る事に怯えているんでしょうね・・・)

こういう時、悪女ヴィクトリアは一体どれだけの人達を傷付けて来たんだろうか?それを思うと胸が痛む

ルシフェルも早くに帰宅し、支度を済ませると急ぎ夜会へと向かう


夜会の場所は、以前アルバノーズ主催の夜会の時に使われた施設で、主催者であるフェイン・イヴェラノーズ侯爵は、上機嫌で夜会の準備の仕上がりに満足そうに貴賓客を家族と待つ

愛妻は数年前に他界し彼の隣には嫡男のセイン、そして青い顔をしながら長女のクローディアが並んでいる

茶色い髪に黒い瞳のキリッとした顔立ちのセインが「クローディア、俺が傍についている。だからそんなに怯えるな」そう妹を安心させる

(もしあの女が妹にまた何かしようものなら、俺が容赦しない!!)

彼は、ヴィクトリアが妹にした事を怨んでいる


イヴェラノーズの夜会は以前のアルバノーズの夜会と違って華やかで賑やかな感じではなく、ヴィクトリアもあまり気負う事無く珍しく居心地が良かった

「イヴェラノーズ侯爵に挨拶に行こうか」

ルシフェルはヴィクトリアをエスコートして主催者のフェイン・イヴェラノーズ侯爵に挨拶に向う

彼は少しデプッとした体格の中年男性だった

「イヴェラノーズ候、この度はお招き戴きありがとうございます」

ルシフェルが挨拶をすると、フェインは嬉しそうに「良く来てくれました」と挨拶を返す


「・・・婚約者の、ヴィクトリア・ティアノーズです」

ルシフェルがヴィクトリアを紹介し、ヴィクトリアは頭を下げ「ヴィクトリアです、よろしくお願いします」と笑顔で挨拶をして顔を上げ、チラッとフェインの隣に居る若い二人の男女を見ると、男性の方は驚いているが女性の方は青褪めている

(・・・彼女がクローディア?)

ヴィクトリアは、二人にも笑顔で「よろしくお願いしますね」と挨拶する


「こ・・・こちらこそ」

若い男性の方は顔を赤らめ緊張したように答え、女性の方は強張ったまま頭を下げるのが精一杯の様だった

そんな彼女を見てヴィクトリアは(私は余程、酷い事をしたのね・・・)そう確信し、申し訳ない気持ちでその場を離れる

クローディアの態度に沈んでるヴィクトリアに「物凄く怯えていたな、あの令嬢」ルシフェルもクローディアの怯え方に余程の事があったのだろうと察する

「ええ、可哀想なくらい」

ヴィクトリアも、自分の仕出かした事を知るのが恐ろしい


ヴィクトリアとルシフェルはダンスホールへと向かうと、相変わらず二人のダンスを見よう貴族達が注目するのでヴィクトリアはルシフェルだけを見つめる事に集中する

凛とした美しさと優雅に踊るヴィクトリア、凛とした佇まいで上手にリードするルシフェル・・・そんな二人を羨望の眼差しで見つめる貴族達

ダンスが終わり、ホールを出ても視線が突き刺さるので

「相変わらず、人が踊ってるのを見るのが好きなのね。何が楽しいのかしら?」

注目されるのが嫌いなので、悪態を吐く様になってきたヴィクトリに苦笑するルシフェル


「言ってるだろう?ヴィクトリアが綺麗だからだ」

ルシフェルは小声で「それに、あのクローディアもヴィクトリアを見ていたよ」そう教えてあげる

ヴィクトリアはルシフェルしか見ていなかったから気付いていなかったが、二人のダンスをクローディアは(綺麗・・・)そう思いながら見惚れていたのだ

それを聞いて、少しは彼女に良い印象を与えられたかも?とヴィクトリアは嬉しかった


その後は公爵や侯爵達に挨拶して回り、ヴィクトリアは周りの令嬢達に目を配る

公爵、侯爵令嬢や伯爵の令嬢達がチラチラと自分を見ているのだが、親しい令嬢が居ない

(困ったわ・・・見知ってる令嬢はいるけど、声を掛けるほど親しい訳じゃないし・・・)

ヴィクトリアはまだ公爵令嬢達に、自分から声を掛ける勇気は持てない


「ヴィクトリア、大丈夫か?」

黙り込んで周りを見ている彼女を心配するルシフェルに「ええ、知り合いが居ないか探してたんだけど・・・」なかなか見つからないとがっかりすると「ヴィクトリア様」と聞き慣れた声が自分を呼び、振り向くとシルメラとキャロルが笑って立っていた

「シルメラ、キャロル!!」

ヴィクトリアは嬉しそうに二人の傍へと向う


「ヴィクトリアがこの夜会に参加するって言うから、私達も伝手を使って参加しようって」

キャロル達のその気持ちが、ヴィクトリアは嬉しかった

「嬉しい。私、知っている令嬢達が居ないからどうしようかと」

侯爵の夜会にわざわざ伝手を使って伯爵の友達が来てくれた事に、ヴィクトリアは心から有り難かった

「ルシフェル!!あの、私達サロンに行くから」

嬉しそうにそう伝えると、ルシフェルは笑って頷く


「やっぱり、ヴィクトリアの婚約者かっこいい・・・」

いいなあと憧れの目でルシフェルを見るキャロルに、ヴィクトリアは(ルシフェルはモテるのに・・・あまり声を掛けられないのよね?)と不思議に思う

ヴィクトリアはダンスの後、以前ほどではないがそれでもダンスに誘われている

女性からはあまり声を掛けないが、それでもファーストダンスが終われば自由だし、ヴィクトリアがこうして傍に居ない時等、声を掛け易いと思うのだが(もしかして声を掛けられているのかしら?)そう思いながらシルメラ達とサロンに入る


サロンの中は相変わらず派閥によって分かれていて、ヴィクトリアが入って来たので皆が一斉に視線を向ける

(相変わらず私は嫌われてるの?それとも記憶を無くして別人になったと、好奇の目で見ている?)

どっちだろう?と思いながら、シルメラ達とソファーが空いていたので座って談笑する

「今日は本当にありがとう。二人が来てくれなかったら、またルシフェルの隣にずっと居る事になってたわ」

二人にお礼を言うと、シルメラが珍しく笑いながらからかう

「あら、それなら余計な事をしましたか?ルシフェル様の傍の方が良かったのでは?」

「そうね、あんな素敵な人の隣に居られて『彼は私のよ!!』何て自慢出来たら、それだけで幸せですよ」


ウットリしながら想像するよキャロルに、ヴィクトリアは苦笑しながら

「それだと・・・ルシフェルにも迷惑を掛けてしまうから・・・出来ればもっと交友関係を広めたいのだけど、なかなか勇気が持てなくて」

情けないのだけどと溜息を吐くヴィクトリアに、シルメラ達も

「私達だって、仲の良い侯爵様の友人はヴィクトリア様だけですから。クローディア様が招待した友人に、私の友人が居たから参加出来ただけですもの」

二人はイヴェラノーズの夜会に友人の伝手での参加なので、クローディアに招待された訳ではない


「そのクローディア様だけど、私の事をとても怖がっていたわ。以前の私が・・・彼女を苛めていたのよ」

可哀想な事をと、ヴィクトリアが顔を曇らせると二人は驚き

「今のヴィクトリアでは想像出来ないけど・・・確かに以前のヴィクトリア様は・・・怖い感じがしてたわ。近づくなオーラが凄かった」

キャロルは侯爵の夜会で見た悪女ヴィクトリアを思い出しながら頷くので、シルメラに小突かれる

「でも、今のヴィクトリア様ならきっとクローディア様だって怖がらず、安心してくれる筈ですよ」

シルメラは優しく慰めてくれる


三人がそうやって他愛もない話しをしていると「こんばんは、ヴィクトリア」令嬢達がヴィクトリアに声を掛けて来る

侯爵令嬢のヴィクトリアを呼び捨てにするという事は、上位派閥の侯爵か公爵令嬢が声を掛けて来たとシルメラ達は緊張する

「こんばんは」

令嬢が名乗らなかったので、ヴィクトリアは笑顔で挨拶を返す

「・・・フェリスアーラ・ヴァースヴィッツよ。嫌だ、私の事まで忘れた?」

彼女もヴィクトリアに笑い掛け「以前、とても貴方に目を掛けてあげていたのよ。大切な友人として」チラッと獲物かどうか見定める様にシルメラとキャロルに目を向ける


シルメラとキャロルはフェリスアーラと聞いて、彼女の悪い噂を聞いていたので警戒しヴィクトリアの後ろにそっと隠れる

「それにしても、貴方がこのイヴェラノーズの夜会に来るなんてね」

フェリスアーラは愉快そうに「あのクローディアの見っとも無く怯えた表情・・・可笑しかったわね?」クスリと笑いながらとんでもない事を言うので、ヴィクトリアも警戒する様フェリスアーラを見つめると、彼女の取り巻きも一緒になって笑っている


「よっぽど貴方が怖いのよね?折角だから、ここに連れて来てあげましょうか?」

『貴方の為に、呼んで来てあげる』そんな意味ありげににっこりとフェリスアーラはヴィクトリアに微笑み掛ける

だがその目はまるで獲物を嬲るような目で、ヴィクトリアはゾクッと背筋が凍る感覚に襲われる

(この人は・・・何を言ってるの?)

「ねえ、クローディアをここに呼んできて頂戴」

フェリスアーラがそう頼むと、取り巻きが三人サロンから出て行くので

「やめて下さい!!そんな事、しなくても良いです!!」

ヴィクトリアが思わず叫ぶがフェリスアーラは笑って「大丈夫よ?ここなら誰も来ないから」それがどういう事か判らないヴィクトリアと(大変な事になった)と恐怖を感じるシルメラ達



普通サロンは女性達が男性の視線を避け、ゆっくりと寛ぐ為に用意された憩いの場として利用されているが、時々公爵令嬢によって悪用もされて来た

公爵令嬢による虐めで『公爵令嬢による戯れ(タワムレ)』と呼ばれている

これまでヴィクトリアは目にして来なかったが、公爵令嬢が目を付けた令嬢を囲ってたまに虐めが行われて来て、そしてその筆頭の一人がこのフェリスアーラ・ヴァースヴィッツ公爵令嬢だった

彼女は、悪女ヴィクトリアとジュリアンヌ、他の侯爵令嬢と一緒にその戯れを楽しんでいたのだ

その事を忘れているヴィクトリアと、戯れの事は知っていても実際噂でしか知らないシルメラ達は、これから何が始まるのか判らず恐怖を抱く


周りに居た令嬢達は異変に気付き、自分達は関わりたくないとばかりにサロンから出て行ってしまう

ただ、他の公爵令嬢達は興味本意なのかサロンに留まりどうなるか様子を窺っていて、その取り巻き達の表情は楽しそうにしている者も居るが、殆どが暗い表情をして俯いている

サロンにはヴィクトリアとシルメラとキャロル、フェリスアーラとその取り巻き五人

後は公爵令嬢が五名程と、その取り巻きが数十名程


「貴方とよくしていた遊びよ?忘れているなら、思い出さしてあげるわ。とても楽しい遊びだもの」

クスクスと笑うフェリスアーラに、ヴィクトリアは嫌な予感しかしない

(どうしよう・・・大変な事になるんじゃ・・・)

ヴィクトリアは目の前で笑っている公爵令嬢と、好奇心で様子を見ている公爵令嬢達を見て、誰か助けてくれないだろうか?と見回すが、貴婦人達ですら助けてくれる気は無い様だ


するとガヤガヤと騒がしくなり、クローディアとその友達二人がフェリスアーラの取り巻き三人に無理矢理連れて来られ、フェリスアーラの前に差し出される

クローディアの青褪めた表情に、ズキンと胸が痛むヴィクトリア

彼女の友人二人も怖がって涙目でお互い震えながら寄り添っているが、そんな三人を見て何が楽しいのかフェリスアーラはニッコリと笑い嬉しそうに

「ねえ、ヴィクトリア?こんなにも怯えている惨めな()には、どんな遊びを教えてあげたら良いかしらね?」

そうヴィクトリアに尋ねる


その言葉にビクッと身体を震わせるクローディアは、怯えながら涙目でヴィクトリアを恐ろしい者を見る様な目を向ける

クローディアの友人二人も恐怖に震えながら「たすけて・・・」とヴィクトリアとフェリスアーラを見ている

(どうしよう・・・)

最悪な状況だと焦りながら、ヴィクトリアはどうやってこの危機を打破するかを必死で考える

(このままじゃ、とんでもない事になってしまう・・・外に助けを求めるしかない・・・ルシフェルなら助けてくれる)

ヴィクトリアは出口に目を向けると、ご丁寧に部屋の出入り口は誰も入れないよう当然取り巻きが見張っている


「跪きなさい!!」

フェリスアーラがそう叫ぶと、嫌がるクローディアを無理矢理跪かせる取り巻き

「やめて下さい、お願いですっ離して下さい!!」

取り巻きに押さえられ跪かされ、泣きながらクローディアはフェリスアーラに必死に懇願するが

「馬鹿な貴方がどうやって私達を楽しませられるか、それを今から教えてあげるのよ?感謝して」

ニッコリそう言う彼女にクローディアは化け物を見るような目を向け恐怖に涙が零れ、ヴィクトリアは堪らず彼女の傍に駆け寄り

「フェリスアーラ様、こんな事は公爵令嬢のする事ではありません!!」

震えて泣きじゃくるクローディアを抱きしめ、フェリスアーラにそう訴える


ヴィクトリアの行動に他の公爵令嬢は「ふうん」とつまんなさそうに興が反れたという感じでフェリスアーラに目を遣る

フェリスアーラはムッとしながら「あら、以前の貴方も一緒になって楽しんでいたのに?」邪魔をされ不満を露にし

「まあ良いわ、貴方は見ていれば。だからそれを離して退いて頂戴」

フェリスアーラは命令口調でヴィクトリアに邪魔だから退いてと促し、クローディアは恐ろしさの余り思わずヴィクトリアにしがみ付く


ヴィクトリアはフェリスアーラの言葉を無視し、自分に震えてしがみ付いて来るクローディアを立たせると

「フェリスアーラ様はこんな事、本当に楽しいのですか?こんなに怯えているのに、可哀想だとは思わないんですか!?」

ヴィクトリアが責めるので、フェリスアーラは笑う

「何を言うのよ?貴方だって楽しんでたくせに!!自分は違うだなんて今更よ?」

その言葉にズキッと胸を痛めるヴィクトリア


「・・・本当に、その通りです。以前の・・・私のした事は最低です」

ヴィクトリアは申し訳なさそうにクローディアを見て「貴方にも酷い事をしてしまったのよね、本当にごめんなさい」そう謝ると、クローディアは驚きながらヴィクトリアを見る

ヴィクトリアはフェリスアーラに向かってはっきりと「でも今の私を、貴方と一緒にしないで下さい。不愉快です!!」そう訴えると、敵対心を露にフェリスアーラを睨みつける


その言葉に、他の公爵令嬢達がクスクスと笑う

「公爵に向かって不愉快ですって、流石ね」

「あのヴィクトリアに、不愉快と言われてる」

彼女達のクスクスと笑う嘲りは、フェリスアーラに向けられたものだ

「ヴィクトリアを怒らせたわね?」

「知ってる?今回の事。フェリスアーラは、ヴィクトリアを取り巻きしようと目論んだのよ?」

「じゃあ、失敗ね?」

公爵令嬢達は噂話をしながら、嘲りの目をフェリスアーラに向ける

実はこの場所に留まっている公爵令嬢達は、ただ虐めを面白がって見ていただけではなく、もしかしてフェリスアーラがヴィクトリアを取り入れるのでは?と警戒していたのだ


「よくも私にそんな口の聞き方をっ!!」

怒りの目でヴィクトリアを睨むフェリスアーラに、クローディアがビクッと怯える

ヴィクトリアはそんな彼女を後ろに庇い、フェリスアーラに負けないよう睨み返しながら公爵令嬢達の噂を耳にし(この人は私を派閥に入れる為、彼女を利用しようとしたの?)公爵令嬢による、ヴィクトリア争奪戦

もしそれが事実ならと、酷くショックを受けこのフェリスアーラのした事を本気で怖いと思うヴィクトリア

自分だけでなく、もしかして今後伯爵以下の友人達に迷惑がかかるのでは?と不安を抱く


「無礼は承知です。ですが()()()にクローディア様を連れて来ただけなのなら、申し訳ありませんが彼女をサロンから出してあげて下さい。それが私の望みですので」

そう頼むと、急いで入り口までクローディアとその友人達を連れて行きそのまま外に出してあげ、彼女の行動にフェリスアーラの取り巻きはどうする?とお互い目で確かめ合いフェリスアーラへ伺う様に目を向ける

フェリスアーラ自身『不愉快』とヴィクトリアに言われ、他の公爵達に嘲られ屈辱を受け悔しさに震えながらも、下手にヴィクトリアの行動を止め、これ以上怒らせる訳にもいかなかった

何故ならヴィクトリアは、貴族の誰もが恐れ一目置くアルフレド・ウェンヴィッツと親しい間柄で、彼女に何かすれば彼の逆鱗に触れると言う噂があるから


ヴィクトリアがクローディア達をサロンから出すと、サロンから逃げ出した令嬢達が心配そうに中の様子を気にしていた

ヴィクトリアは泣いているクローディアの涙を拭ってあげ「私の所為で、怖い思いをさせてごめんなさいね」と謝る

ヴィクトリアが悪い訳ではないが、フェリスアーラがクローディアを使ってヴィクトリアを手に入れようとしたのは事実だ

クローディアと友人二人を無事サロンから出すと、ヴィクトリアはまたサロンの中に入って行くがもうフェリスアーラと関わりたくないので、シルメラ達に「ここから出ましょう」二人と共にサロンから出て行こうとする


「ヴィクトリア!!」

怒りに満ちた形相で震えるフェリスアーラに「何でしょうか?」まだ何か?と冷たい目で彼女を見据えるヴィクトリアに、フェリスアーラの方が凍りつく

そう、ヴィクトリアはとても怒っていた。あんなに大人しい令嬢を、下らない事の為に傷付けたフェリスアーラに・・・そしてその表情はかつて、公爵令嬢にも媚びない悪女ヴィクトリアが向ける、冷たい目そのものだったから


(ヴィクトリアが怒っている)

その場に居た令嬢は皆、ヴィクトリアのその目を見てそう認識し、フェリスアーラはヴィクトリアを取り入れる事に大失敗した上に、彼女をとても怒らせてしまい、これからの社交界での立場が危ういのでは?と楽しそうに噂し始める

そんな噂など無視して、ヴィクトリアはそのまま青褪めているフェリスアーラにそっぽを向いて出て行く


ヴィクトリアとシルメラ達がサロンから出て来ると、少し離れた所で果実酒を飲みながら何事も無く話す姿に逃げ出した令嬢達は大丈夫だったのか?と驚く

(一体中で何が遭ったのかしら?)

その話しでこの夜会は持ち切りになり、そして『フェリスアーラ公爵様が戯れを実行して、物凄くヴィクトリア侯爵令嬢を怒らせた』その噂は瞬く間に広がり、この夜会に出席しなかった他の公爵令嬢達の耳にも当然入る事になる

そしてその噂の所為でフェリスアーラは、社交界で嘲りの的となってしまう



「それにしても・・・さっきはものすっごく怖かったです」

キャロルが涙目になっていると、シルメラも青い顔をして

「ええ、あんな怖い思いは初めてです・・・噂ではそういう事があるから、気を付ける様にとは言われてましたが」

サロンでの公爵令嬢の戯れを実際に、しかも当事者として目の当たりし、二人はドキドキしながらさっきの恐怖を話す

「あんな事を・・・私は楽しんでいたのね。つくづく前の自分が嫌になる」

「ちょっと、ショックです」

キャロルは素直に思った事を口にする。そんな彼女に、ヴィクトリアも「私も・・・」と呟く


(大人しいクローディアが震え怯えながら目に涙まで流し、助けを請う。そんな姿を見て、一体何が楽しいの?)

今回の不愉快な出来事で、クローディアがまた深く傷付いた事に心を痛めるヴィクトリア

(他の令嬢にも、あんな酷い事をしていたの?悪女ヴィクトリア・・・一体貴方は何なの?)

どうしても同じ人物なのに、彼女がそこまで残酷になれるのかが今のヴィクトリアには判らない

(何が彼女をそこまでの悪女にしたのだろう?)

彼女の心の闇が恐ろしいと思うヴィクトリア


「ヴィクトリア!!」

ルシフェルが青い顔をして心配そうに駆け寄って来るので「ルシフェル?」自分の傍に駆け寄って来た婚約者が

「さっき、サロンで何か問題が合ったんじゃないか?」

心配そうに尋ねるルシフェルに、ヴィクトリアは頷き「ええ、少し」顔を曇らせる

「やっぱり・・・例の、あのクローディア嬢が泣きながら帰って行ったから、もしかしてヴィクトリアにも何か遭ったんじゃないかと心配したんだが、何が遭った!?」

ヴィクトリアの頬に手を遣り、大丈夫か?と心配そうに尋ねる


(うあわ・・・王子様登場?すごい・・・絵になる)

そんな二人にシルメラ達はキュンとしながら見守る

「クローディア様・・・泣きながら帰って行ったの?」

(可哀想に・・・)

ますますフェリスアーラのした事に、怒りが込み上げて来るヴィクトリアは

「シルメラ、キャロル。折角私の為に来てくれて申し訳ないんだけど、私・・・これで帰るわ」

もう、ここに居るのが辛くなったヴィクトリアは、自分達をキュンっとした目で見ている二人にそう告げると二人も笑顔を消して頷いた

シルメラ達も今回の出来事は相当ショックだったので、ヴィクトリアと共にイヴェラノーズの夜会を後にする



ティアノーズ邸へと帰る馬車の中、ヴィクトリアはルシフェルに抱きしめられながら、クローディアの事、悪女ヴィクトリアの事を考えていた・・・そして、サロンで起こる虐めの事を

「ヴィクトリア、サロンで何が遭った?」

心配そうに聞いてくるルシフェルに、ヴィクトリアは縋るように彼に抱きつき「私は・・・本当に、悪女だった自分が嫌になる」涙が零れる


(フェリスアーラがした事は、以前自分もしていた事。彼女が言った『貴方だって楽しんでたくせに!!自分は違うだなんて今更よ』あの言葉は本当にその通りだと思う。記憶を無くしたから何だというの?それで?された側も忘れろと?そんな勝手な都合の良い話しは無い・・・)

クローディアが自分を怨むのは当然の事なのだと、ヴィクトリアは判っている

「・・・ヴィクトリア」

ルシフェルは自分に縋りつきながら泣いている愛する婚約者を、黙って抱きしめるしかなかった



クローディアは自室で一人泣きじゃくっていた・・・夜会でのサロンの出来事は本当に恐ろしかった

フェリスアーラの取り巻きに連れて行かれる前、クローディアは夜会に招待した来客への挨拶もそこそこに幼馴染の友人二人と楽しく話しをしていた

そこへ侯爵令嬢が三人現れ、公爵令嬢様が自分に挨拶したいから連れて来てと頼まれた・・・そう言われる

当然嫌な予感がした。幾ら主催側とは言え、公爵様が自分に等挨拶をしたいと思う訳がないから

クローディアが戸惑っていたら無理やり連れて行かされ、傍に居た友人達も一緒に攫われる形で連れて行かれた


「グスッ・・ウウッ・・ごめんな・・・さい・・」

(怖くて仕方が無かったの・・・)

本当なら『友人達は関係無いのだから、連れて行くのは私だけに!!』そう、言えれば良かった

でもあまりにも怖くて、恐怖で頭が一杯で、友人を助けてあげる余裕がなく、その所為で彼女達にまで怖い思いをさせてしまった

「ごめ・・・な・・さい・・」

サロンに連れて行かれ、跪かされた時は恐怖しかなく、殺されるのでは?と思う程だった

(でも・・・私の危機をあのヴィクトリア様が助けてくれた)

公爵様が怖くて思わず彼女にしがみ付いてしまい、突き飛ばされると思ったが彼女は震える自分を抱きしめてくれ、サロンの外へと逃がしてくれた


(怖かった・・・でも、何もされずに済んだ)

安全な場所まで逃がして貰い、怖くて泣きながらお父様の所へと戻った

お父様もお兄様も驚いて急ぎサロンへと向って行ったけれど、女性専用の為にどうしたかは知らない

サロンの事なので本当は女性の私が対応しなければ為らないのに、私は泣きながら屋敷に戻る為に厩にさっさと友人と向ってしまった・・・ヴィクトリア様が私達を助けてくれた後、どうなったのか確認もせずにお父様達に任せて・・・

友人二人も、とても怖い思いをさせてしまい「ごめんなさい」申し訳なく謝まると、二人はお互いの顔を見合わせて「もう、侯爵様の夜会には行きません」そう断言して帰って行ってしまった


「ごめ・・・・ん・・・なさ・・うううっ」

(大事な友達にも見放された・・・当然だわ・・・こんな・・・じぶんなんか・・・)

いつも気に掛けてくれていた伯爵令嬢の二人にもあんな事を言われ、見捨てられたクローディアは自分に絶望していた

(・・・す・・けて・・・たす・・けて・・)

こんな自分など、誰も助けてくれない・・・そんな事は判っていると泣き崩れる

絶望の中、クローディアはこのまま部屋から出て来なくなる

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