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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
32/69

 25話 買い物を楽しむ悪女

ホルグヴィッツ公爵家の夜会の前に、少しでも憂鬱な気分を変えようとヴィクトリアは買い物に出掛ける事にする

それというのもシルメラ達もその夜会に参加出来るかもと期待したが、残念だが知り合いの伝手が無かったと手紙を受け取りがっかりし、次の日からますます元気の無い彼女に、ルシフェルとランドルも無言で朝食を済ませる

ヴィクトリアの機嫌次第で、このティアノーズ家の雰囲気は変わる


「買い物でもして、気分を変えてみたら?ティナを誘って」

あまりにも元気の無い婚約者を心配するルシフェルに「ええ、そうね」と浮かない返事をする

(出掛けるにしても、皆忙しいだろうし・・・急だものね)

まだ電話と言う便利な電化製品が存在しないこの世界では、友人との遣り取りは手紙しかないので、『明日会える?』と都合を尋ねるのも容易では無い


取り敢えず屋敷でうじうじ悩んでも仕方が無いので、ルシフェルの言う通り買い物には出掛け様と思いドルフェスにまた騎士の護衛を頼む

気乗りしないが気分を変える為にアメニを連れて明日出掛ける事にすると、昼過ぎにドルフェスがヴィクトリアの部屋を訪れ

「先程、紅の騎士団から手紙が届きまして二日後、つまりは夜会の前日になりますが・・・その日ならオウガスト団長様が護衛の任務に就けるとの事です。如何致しましょう?」

ドルフェスがそう聞いて来て、ぱっと眼を輝かすヴィクトリアは「本当!?カレンに会えるの?」大喜びで、その日で構わないと伝える様ドルフェスにお願いし、ずっと沈んでいた主人の喜び様に安堵するアメニ



いつもの様に遅く帰って来るルシフェルを嬉しそうに「お帰りなさい」と出迎えるヴィクトリアを見て、朝と違って随分機嫌が良い婚約者に「ただいま」と額にキスをする

「どうしたの?随分嬉しそうだけど」

自室に向かいながらルシフェルは(何か良い事があったな)と嬉しそうに尋ねると「明後日、買い物に行くんです」そう答えるヴィクトリア・・・けれど、それだけでこんなに嬉しそうにはしないだろう

「誰と?」

当然尋ねるルシフェルに、嬉しそうにフフッと笑うヴィクトリアは「私の騎士様です」と答え、その答えに心がザワッつくルシフェル


「カレンです。以前ティアノーズで雇うとした、女性騎士の団長です」

慌ててそう教えるヴィクトリアに「ああ、彼女か」ルシフェルはアルフレドを想像してしまい、胸がズキッと痛んだのだ

「王城に呼ばれて以来なので、会うのが楽しみなんです」

嬉しそうにはしゃぐ彼女を見て、ルシフェルは目の前の婚約者がその日、アルフレドに告白された日でもある事を知っている

「そうか・・・良かったな」

ルシフェルは鞄を置くとすぐに部屋を出ていつもの様に食堂へと向かい、ヴィクトリアも嬉しそうに彼の後について行く



翌朝、ルシフェルが目を覚ますと自分の隣で眠っている愛しい婚約者が目に映る

起き上がり、彼女の髪に触れ

(アルフレドに告白された時、ヴィクトリアはどう思った?あいつの事をどう想っているんだ?)

以前、堪らずに『俺以外の男を好きにならなでくれ』訴えるように叫んだ事を思い出す

(あれはアルフレドの事を言ったんだ。あいつを好きにならなでくれと)

ルシフェルは首振る

(いや、ヴィクトリアはあいつの事など何とも想っていない・・・ヴィクトリアは俺を好きなんだ)

そう自分に言い聞かせ、愛しい婚約者を起こす



ホルグヴィッツ公爵家の夜会の前日、漸くカレンに会える日が来た

いつもの様にルシフェルに起こされると、珍しくヴィクトリアは嬉しそうにすぐに起きあがりベットから出ようとするので、彼に腕を掴まれ引き寄せられキスをされる

「ヴィクトリアは本当に一つの事しか見えていないな」

苦笑するルシフェルに、ヴィクトリアは顔を赤らめ

「ごめんなさい、おはようルシフェル」

「おはよう」

ルシフェルはもう一度ヴィクトリアにキスをしてから「いいよ、行って」腕を放す

「あ、あの・・カレンとはなかなか会えないから・・・本当に久しぶりだし」

申し訳なさそうにするヴィクトリアに、ルシフェルは愛する婚約者の頬に触れ「大事な友達なんだろう?」優しく笑い、早く着替えておいでと着替えに行かせる


三人での朝食を終え、ルシフェルとヴィクトリアが先に席を立つと

「ヴィクトリア、明日の夜会だがな。お前が所有している、大地の煌きを身につける様に」

ランドルがそう告げると、ヴィクトリアは首を傾げ「大地の煌きって何ですか?」そう尋ねる

すると、ランドルと使用人達は顔を強張らせ

「・・・何を言っている!?お前が持っているダイヤだ!!世界第三位の大きさを持つ、ダイヤモンドだ!!」

ランドルのその言葉に、ヴィクトリアは驚愕する

「えっ・・・・?」

(そんなダイヤを、私が持っているの!?なぜ!?)

それは悪女ヴィクトリアがダイヤモンドに眼が無かったからで、ランドルに頼み込んで手に入れた超一級品の宝石だ


「いいな!?明日それをつけるんだ」

そう命じ、ランドルは食堂を出て行き「すごいな、大地の煌きか・・・どんなの?」ルシフェルも興味を持ちヴィクトリアに尋ねるが、ヴィクトリアは真っ青になりながら食堂を出て

(どうしよう・・・そんなダイヤ有るかしら?どこに置いてあるか判らないわ。どうして今日にそんな事を言い出すの!?)

急ぎ自室に駆け込む


クローゼットの中に仕舞っていた宝石箱を全て机の上に出していると、アメニも駆けつけて来て

「ヴィクトリア様、落ち着いて下さい。大地の煌きはちゃんと有りますよ!!」

泣きそうなヴィクトリアにそう伝えながら、アメニは一つの宝石箱を取り出す

以前、宝石の粉を見せて貰った箱で「この大きなダイヤが、大地の煌きです」悪女ヴィクトリアが、宝石を粉にする為に使っていたダイヤモンド

「これ・・・本当に本物だったの?信じられない・・・」

450カラット以上ある、卵位の大きさの巨大なダイヤを目にして、ヴィクトリアは震え「どうしてこんな凄いものを、私が持ってるのよ・・・」驚愕する


「以前のヴィクトリア様はダイヤに目の無い方でして。本当は世界で一番大きいダイヤを欲しがったようですが、流石に無理でして・・・」

アメニは溜息を吐く

『何が第三位よ!?私は一番大きいダイヤが欲しいの!!』

父、ランドルに怒っている悪女ヴィクトリアの姿を思い出したのだ


「だからって、こんなの・・・有り得ないわ・・・なんて我が侭なの?」

目の前のヴィクトリアは第三位のダイヤに驚愕し、一体幾ら掛かったのだろう?と震えている

「ありがとう、アメニ。取り敢えず、探す事はしなくて済んだわ 」

自分の手の中にある、最高級品のダイヤを大事そうに両手で持っているヴィクトリア

そんな今の主人を見て、悪女ヴィクトリアはそのダイヤを使って他の宝石を叩かせていたのにと思うアメニ


自分が世界第三位の大きさを誇るダイヤモンド『大地の煌き』の所有者だという衝撃の事実を知ったヴィクトリア

「こんな凄いダイヤをしての夜会・・・駄目だわ。これじゃあまた悪女に逆戻りじゃない・・・」

頭を抱える彼女に、アメニは

「・・・ダイヤをしているから悪女だなんて、聞いた事ありませんよ。ヴィクトリア様がこのダイヤを身につけらた皆様、羨望の眼差しでヴィクトリア様を見つめてきますよ。夜会の注目の的になる事間違いないです!!」

自信満々にそう断言するので、ヴィクトリアは首を振る

「私がこんな嫌味なダイヤをしてのこのこ夜会に現れたら、より反感を買って悪女扱いされるのよ・・・お父様ったら、どうしてこんな物をつけろだなんて・・・」

折角今日はカレンに会ってどんよりした気持ちを一掃しようと思っていたのに、とんでもない事を命じられ余計明日の夜会が憂鬱になる



ヴィクトリアの護衛に現れたカレンは少し疲れた感じに見えたが、本人はとても元気にしていると言い張った

「本当?何だか少し・・・痩せたんじゃない?」

心配そうに何度も尋ねるヴィクトリアに、カレンはそんな事は無いと笑う・・・しかない

もう一人の護衛はサリア・コウシュナー、身分は男爵で四人は馬車に乗り街に向かいながらの道中、久しぶりの再会に話しが弾む


馬車は以前カレンと共に訪れた貴族御用達の装飾店の前で止まり、四人はその店へと入る

ドレスを見ながらヴィクトリアは懐かしそうに

「カレンとここに来るの、凄く久しぶりね。あの時は、ルシフェルに誘われた夜会に着るドレスを買いに訪れたのよね」

嬉しそうにドレスを見て回ると、カレンもあの縁が有ったから今の自分が居るのだと思いながら

「今日もドレスを買われるのですか?」

「そうね、気に入ったのがあればね」

ヴィクトリアは楽しそうにドレスを物色する


すると店の前を通った貴族令嬢達が目敏く騎士を連れたヴィクトリアを窓越しに見つけ、慌てて店に入って来るので店内はそんな貴族令嬢達で溢れて来た

「なんだか・・人が増えてきたわね」

令嬢達がドレスではなく自分を見ている気がし、ヴィクトリアはそんな彼女達と目が合いながら困惑する

ヴィクトリアと目が合った令嬢達は嬉しそうに大喜びするので、カレンは以前と違い随分ヴィクトリアが令嬢達に慕われていると感じ嬉しく思う


「ヴィクトリア様、折角ですし一着でも購入されて、出た方が良いのではないでしょうか?」

混んで来たのでアメニがそう伝えると、ヴィクトリアも頷き「そうね、このドレスを買って出ましょうか」深緑の色に綺麗な花の刺繍を施したドレスを購入し、それを見ていた令嬢達は自分も同じのが欲しいっ!!とそのドレスに群がり、ヴィクトリアが購入したと聞いた、その場に居なかった令嬢達からもドレスの注文が殺到する騒ぎになり、深緑の生地に花柄が刺繍がされたドレスが暫く流行したのは言うまでも無い


後日談として、そのドレスを来て友人のお茶会に参加したヴィクトリアは、自分と同じドレス、または似たドレスを着ている令嬢達の多さに驚く事になる


女性騎士二人とメイドを連れて街中を歩くヴィクトリアはとても目立つので、周りの視線を恥ずかしく思いながらもそれでも久しぶりに会うカレンとの買い物は楽しく、雑貨店を除いたりして散策を堪能する

「ヴィクトリア様、馬車に乗らなくて良いのですか?」

いつもなら移動は常に馬車だったので、アメニが尋ねると「ええ、こうして街中を歩くのも楽しいのよ」ヴィクトリアはそう答える

街の散策の楽しさを教えてくれたのは、ティナ達友人だ


箱入り侯爵令嬢だったヴィクトリアはどこへ移動するにも馬車だったが、今は街の中を楽しそうに見て回る主人にアメニも嬉しそうに付き従い、そんな二人を微笑ましそうにカレンは見守っている

「あの方がヴィクトリア様なのですね。本当にお美しい方ですね」

「綺麗なだけでなく、とても優しい人です」

サニアは噂だけ耳にしていて、実際に目の当たりにしたヴィクトリアの美しさに感嘆すると、カレンは主人と共に嬉しそうに笑っているメイド見てそう伝える

そんな中、自分達にも興味を持つ民衆の視線を感じるカレン

(まあ、騎士が珍しいのもあるし・・・それに加えて私達が女だから)

好奇の目を気にせず、カレンとサリアはヴィクトリアの護衛に集中する



街中の散策を堪能し、そろそろお茶にしようかと話していると十二歳位の男の子がアメニに近づいて来る

「ア・・アメニお姉ちゃん」

恐る恐るヴィクトリアを窺いながら、その男の子はアメニに話し掛ける

「アト・・」

その男の子はアメニと同じ貧困街に住んでいる知り合いで、アメニが貴族に仕えている事は近所に知られている

「これ・・・いつも沢山お菓子をくれるから、そのお礼」

アトと呼ばれた男の子は紙袋をアメニに渡す


アメニが母の見舞いに実家に帰る度、いつも沢山の焼き菓子等をヴィクトリアがサージスに頼んで持たしてくれていた

それを近所にも配っていたのだが、アトはそのお礼にと自分の店で売っている揚げパンを渡し「いつも美味しいお菓子をありがとう」そうお礼と言うと、さっさと行ってしまう

遠くからたまたまヴィクトリアと一緒に居るアメニを見つけて、慌ててパンを袋に入れて追い駆けて来たのだ


「それは何?」

ヴィクトリアが尋ねると、アメニは「あ、これは揚げパンです。この近くであの子の親が店を出してるんでしょう」そう説明し袋の中のパンを見ると、中には砂糖の掛かった四つ揚げた丸いパンが入っていた

この国での揚げパンとは、マラサダに似た揚げ菓子である

(わざわざ追い駆けて来たのね・・・ありがとう)

帰ったら仲間のメイド達と一緒に食べようか?それともいつもお菓子を用意してくれているサージス達に渡そうか?そう考えるアメニ


「折角だから、皆で食べましょう」

ヴィクトリアの言葉に『えっ?』と驚く三人に「えっ?だって四つ入っているから、ちょうど一つずつ有るでしょう?」どうして?と首を傾げる

「え・・でもヴィクトリア様が食べるような物では・・これは庶民の食べ物ですので、流石に高貴な方が口にするのは・・・」

揚げパンははっきり言って庶民の味方、みたいな気軽に食べられる物で貴族が食す物ではなくアメニが戸惑うと

「だって折角くれたのに?」

「・・・ヴィクトリア様が良いと言うのであれば」

仕方なく、おずおずと袋をヴィクトリアに差し出すと彼女は嬉しそうに揚げパンを一つ取りカレンに渡し、カレンも黙って一つパンと取りサリアに渡す

えっ?自分もですか?見たいな顔をしたサリアだが、やっぱり黙ってパンを一つ取り出しアメニに紙袋を返す

最後にアメニが揚げパンを取り出すと、ヴィクトリアは嬉しそうに「私、この揚げパンって言うの?食べるの初めて」パクッと嬉しそうに口に入れる


美しい侯爵令嬢が、街中で揚げパンを食べる・・・その姿に、ヴィクトリアに注目していた庶民だけでなく、貴族達も驚きの眼を向ける

ヴィクトリアが嬉しそうに揚げパンを食べるので、三人もそれに続く

庶民の味、揚げパンにヴィクトリアは口に砂糖を付けながら「おいしい」と嬉しそうに褒める

確かに揚げパンは美味しかった。素朴な味で安い砂糖を使っているが、下品なその甘みがまた庶民らしくて良い

三人も頷きながら「おいしいですね」と賛同する


「こうして皆で食べるから、より美味しいのよね」

嬉しそうに揚げパンを食べるヴィクトリアに「良いんですか?周りの注目の的ですよ」クスリと笑いながらカレンがそう聞くと、ヴィクトリアは少し恥ずかしがりながらも「もう良いんです、どうせ私は悪女ですから」開き直った様に自虐的に答える

そんな主人にアメニは笑って「今のヴィクトリア様は、誰が見ても悪女には見えませんよ」そう断言すると、サリアまで

「揚げパンを街中で食べる悪女なんて、居ませんね」

「そう?それなら私も漸く、悪女から解放されるかしら?」

ヴィクトリアは嬉しそうに揚げパンを口にし、そんな四人の女性が美味しそうに揚げパンを食べる光景・・・それだけで周りの庶民や貴族を釘付けにしてしまう不思議


ヴィクトリアはポーチからハンカチを取り出しアメニの口を拭いてやり、それから自分の口を拭き、カレンとサリアもそれぞれポケットに入れてあるハンカチで口を拭く

(この人が本当にあの噂に名高い、悪女ヴィクトリアなの?幾ら記憶を無くしたからって、悪女から聖女に人格が変わるもの?)

噂好きのサリアは悪女ヴィクトリアの数々の酷い噂を耳にしていたので、不思議に思いながら悪女だった事事態が酷い嘘だったのでは?と思う程だ


「この揚げパン、折角だから皆のお土産に買って帰りましょうか?」

ヴィクトリがそう言いだすと、アトのお店は何処?とアメニに尋ね「お、お土産ですか?」驚くアメニ

「ええ、貰ったままなのも申し訳ないし」

ヴィクトリアは、男の子が去って行った道を歩きながらきょろきょろと見回す

「ヴィクトリア様、お気遣いなく。貴族の方が買われる様な物ではありませんから。アトはいつもお菓子をあげているお礼でくれたのですし」

「そうね。でも美味しかったし、お土産として買うんだからアメニが気にする必要は無いのよ」


ヴィクトリアが揚げパンの店を探しているので、カレンは屋台の店を出している男に「失礼、この辺りで揚げパンを売っている店をご存知ありませんか?」と尋ねると、男は騎士のカレンを見てギョッとし

「あ、揚げパン?・・・そういう物を売っている店、この近くには見かけねぇ・・・見ないんで、向うの裏路地で商売してる店かも知れやせん・・・です」

ドキドキしながらカレンにそう答えると、カレンは男に姿勢正しく頭を下げ「ありがとうございます」そうお礼を言いヴィクトリアの所へと戻るので、頭を下げられた男は驚愕する

騎士が一般人に声を掛けるのは珍しいが、横柄な騎士がお礼を言うのはもっと珍しいので、カレンのその凛とした立ち居振る舞いに、その場に居た庶民達はその女性騎士を不思議そうな目で見つめる


「路地裏でお店を出しているの?」

こんな所へ買いに来るお客が本当に居るの?ヴィクトリアが不思議そうに首を傾げるとアメニが

「こういう大きな街で商売をするには、土地代と言ってその場所にお金が掛かる・・・必要になるんです」

アメニはそういう事情を知っている

土地代の値上げで、今まで借りていた場所で商売が出来なくなったと嘆く近所の人の話をよく聞くからで、路地の裏に行くと小さな屋台が何軒か並んでいた・・・庶民しか来ない場所で、庶民しか買わない食べ物や品物を売っているのだ


「こんなところにも店があるのね」

驚くヴィクトリアに

「ここでなら土地代も取られなくて済むので、皆細々と商売をしているんです」

アメニが説明すると、カレンは興味有り気に寂れた屋台を見回し路地に入って行こうとするので

「ヴィクトリア様、この場所に令嬢は足を踏み入れ無い方が良いでしょう。彼等を刺激する恐れも有りますので、私が買いに行きます。ここでお待ち下さい」

どれ位揚げパンは必要ですか?と尋ねるが「あら、カレンが居るんだもの大丈夫でしょう?」ヴィクトリアは気にせず路地裏に入って行く


驚いたのは路地裏に居る商売人達だった

こんな寂れた所に貴族が、しかも騎士を連れた美しい貴族令嬢が現れたので(何事か?)と皆がヴィクトリアに驚愕の目を向ける

ヴィクトリアはいろんな店に興味を示すが、目的の揚げパンの店は路地に入ってすぐの所に有り「こんにちは」ニッコリと笑って、ヴィクトリアはさっきの男の子、アトに挨拶をする

挨拶されたアトはビックリし、ヴィクトリアの隣に居るアメニの方を見る

「アト・・・揚げパンありがとう」

アメニは取り合えずお礼を言いながら、顔を引きつらせている

(こんな所にヴィクトリア様が来て良いのかしら?ランドル様に知られたら・・・)

ルシフェルに知られたら当然心配するだろが、ランドルに知れれたら間違いなく大激怒だろう


カレン達もヴィクトリアの周辺に気を遣う

「さっきの揚げパン、とても美味しかったわ。ありがとう」

ヴィクトリアが嬉しそうにお礼を言うと、男の子は安心した様で嬉しそうに頷くが、その男の子の両親は貴族のヴィクトリアを前にして固まっている

「それでね、お土産に買って帰ろうと思うのよ」

そう伝え、考えながら「今、使用人達は何人居るのかしら?」顔と名前は知っているが、人数までは把握出来ていないので、使用人達の名前を数えながら尋ねるヴィクトリア


「・・・屋敷に今居るのは、十七名です」

ティアノーズ領の本邸ではなく、今住んでいる別邸でそれだけの使用人が居るのは流石侯爵といった所だろう

「カレンの団員は何名なの?」

「・・・自分を含め八人です」

「八人ね」とヴィクトリアは頷きながら「揚げパンを、二十個のと十個に分けて下さる?」ニッコリ笑ってアトの父親にそう注文すると、店主である父親が慌てて

「え・・ええっ!?揚げパン・・・三十個も、買われるんですでしょうか?」

変な言葉でヴィクトリアに確認すると「ええ、幾らですか?」ヴィクトリアがそう尋ね、父親は慌てて


「あ、あの・・でも三十個はその・・すぐ揚げますんですが、その時間が掛かりやす、掛かります、です」

しどろもどろの口調で父親なりに丁寧に話そうとしているのだが、ヴィクトリアは気にせず

「構わないわ、出来るまでここら辺を見ているから」

とんでもない事を言い出す彼女に、周りの他の店の者達は『カモが来た!!』という風に目の色を変える


それを見て(まずい)と感じたカレンは「ヴィクトリア様、ここは路地裏ですので街の方で散策を続けましょう」危険だと街に戻ろうとするが

「でも、ここにもいろんな店があるじゃない。折角だから見てみましょう」

ヴィクトリアは興味深そうに屋台を見て歩くので

「お、お嬢様、この鳥から、うまいよ!!買ってくれたらおまけを付けやすよ!!」

相手は騎士を連れているので貴族の令嬢だろうが、店主は幾ら何でも声を掛けただけで処罰はされないだろうと商売根性で、鳥のから揚げをドキドキしながらヴィクトリアに薦める


「そうなの?それなら買うわ」

嬉しそうに笑う美しいヴィクトリアに、男はドキッと顔を赤くしながら

「お・・お嬢様は綺麗なんで、特別にこの軟骨もオマケしておきやすよ」

それを聞き慌ててカレンが「ヴィクトリア様、鳥からなんか買ってどうするんですか!?」止めに入るが、ヴィクトリアは笑って「だってオマケしてくれるって言うから」嬉しそうにお金を払って鳥からを受け取る


そんなヴィクトリアに他の店の者達もおまけを付けるよ、そう言いながらどんどん彼女に商品を売り付けていき、その度に嬉しそうに大散財するヴィクトリアを他所に、青褪めるアメニとカレン達

「ヴィ・・ヴィクトリア様、本当にこんなに買っては」

アメニは泣きそうになりながら買い物を楽しむヴィクトリアを止めると、店主達も幾ら儲けようと思って必死になって薦めたが、流石に遣り過ぎたか?と後ろめたさから逃げる様に店仕舞いを始める


「あらっ?こんな買い物、あのダイヤに比べればなんて事ないでしょう?」

そう笑うとヴィクトリアはアトの所に戻り揚げパンを受け取ると、さっき屋台から買った食べ物や品物を渡して

「これ、揚げパンのお礼。皆で食べて」

周りの店仕舞いをしている彼等にも「おまけ、どうもありがとう」そうお礼を言うと、アメニ達を連れて街へと戻って行く

渡された大量の食べ物と品物を受け取ったアトと彼の両親は、周りの屋台仲間というべき彼等と一緒に食べる事にする

「あのお嬢様は、なんだったんだ?買い物自体を楽しんだって事か?」

「あれだけの金を使って、あっさりあげるとさ。金だけ使っただけかあ?」

「お貴族様のする事は、解からんな」

彼等は自分達は存分に儲けさせて貰ったが、ヴィクトリアの取った行動が理解出来ないでいた


「ヴィクトリア様、あんなお金の使い方をしたら駄目です・・・・幾ら何でも、あんな無駄遣いされては・・・」

アメニが困りながら、主人を窘める様に訴えると

「どうして?あの人達は私がお金を使えば儲かるのでしょう?それなら良いじゃない。あんなダイヤを買う為にお金を使うより、彼等の為に使ったあのお金の方がずっと役に立つわ。そうでしょう?」

ヴィクトリアの言葉に三人は驚き「楽しかったわあ、また行きましょう」ニッコリと笑う主人に、アメニは自分が言ったからだと思った

あの路地裏で商売している人達は土地代が払えない程の貧しい商売人達で、僅かな儲けで細々と暮らしている

だからヴィクトリアは彼等の為に、必要の無い買い物にお金を使って儲けさせてくれたのだ



四人は休憩の為に、近くのカフェでお茶をする

以前は最高級のレストランでお茶をしていたヴィクトリアだが、今はこうして普通にカフェの貴族専用の席でお茶を楽しんでいる

店内ではお茶を楽しんでいた貴族令嬢達が、ヴィクトリアが騎士二人とメイドを連れて現れたのでどよめく

ヴィクトリア達がお茶を飲んで楽しく談笑をしていると、三人の令嬢達がヴィクトリアに声を掛けて来る

「あ、あの、ヴィクトリア様。この前、メリルシアナ様のお茶会で会いました、レイジュアナと申します・・・覚えて下さっていますでしょうか?」

不安そうに尋ねる彼女に、ヴィクトリアは「ええ、覚えてます。こんにちはレイジュアナ様」ニッコリと優しく笑い掛ける


彼女はメリルシアナのお茶会でヴィクトリアに挨拶してから、ずっとヴィクトリアの話しの輪の中に入っていた侯爵令嬢で、彼女は公爵令嬢の派閥に入っていない中立の立場に居る

ヴィクトリアに微笑まれ顔を赤くしながら「こ・・こんにちは。その、お姿をお見掛けしましたので、あ、挨拶だけでもと思いまして」そう言いながら、チラッと騎士のカレンとサリアを見る

「まあ、それはわざわざ・・・」

(どうして私を見つけたからって挨拶に来たのかしら?)

それ程に親しい訳ではないのだけれど?と不思議に思うヴィクトリア


ヴィクトリアは社交界で自分がどれ程注目を浴びているのか自覚が無い為に、少しでも自分の名前と顔をヴィクトリアに覚えて貰おうと躍起になっている令嬢達の事を知らずにいる

一緒に居る令嬢達も自分達の名前も覚えて貰おうと、ヴィクトリアに名乗り挨拶する

「こんにちは。以後、よろしくお願いしますね」

そんな二人にも笑顔で挨拶をするヴィクトリアに、その様子を他の令嬢達も機会を窺いながら見つめている

嬉しそうに彼女達が去って行くと、ヴィクトリアは「驚いたわ・・こんな事初めてよ」まさか自分なんかに挨拶をしてくれる令嬢が居ようとはと、ドキドキする


「あのう、ヴィクトリア様・・・メリルシアナ様のお茶会で会いました、クレイナーデと申します。こんにちは」

すかさず今度は別の令嬢が二人挨拶に現れ、戸惑いながらも「ええ、覚えてます。一緒に話しをしましたわね。こんにちはクレイナーデ様」そう笑うヴィクトリアに、クレイナーデは大袈裟に感激し「私、ヴィクトリア様と仲良くなれたらなあと思ってましたの」そう告げると「もし良ければ、ご一緒しても良いですか?」と尋ねる

ヴィクトリアは驚くが今は友人と一緒ではなく、護衛の騎士とメイドを一人付けているだけなので「ええ、それは構わないのだけど・・・」(私とお茶がしたいの?どうして?)軽くパニックを起こしそいうになる


ヴィクトリアの許可を貰い、嬉しそうに二人が席に座ろうとするのでアメニは慌てて席を立ち

「ヴィクトリア様、私は向こうの席に移りますので」

メイドの自分が貴族令嬢達と同席すれば、主人であるヴィクトリアが陰で何を言われるかと配慮し、自分のお茶を持って移動する

そんなアメニを他所に、二人は嬉しそうにヴィクトリアに話し掛けて来るので、ヴィクトリアはニッコリ笑うしかなかった

すると次から次へと店内に居た令嬢達がヴィクトリアの元に挨拶に来たかと思うと、自分も一緒にお茶を飲みたいと言い始めた

流石にこれはどうしよう?と困ったヴィクトリアに、カレンが「失礼します。ヴィクトリア様、そろそろ時間ですので」と助け舟を出し彼女を店から連れ出してくれる


「な・・・なんだったのでしょう?一体・・」

馬車の中、驚きで心臓がドキドキしているヴィクトリアに「ヴィクトリア様は、凄い人気ですね」カレンは笑う

「まさか、そんな事。あの人達はメリルシアナ様のお茶会で会った人達ばかりよ。凄い人気なのは、メリルシアナ様です」

ヴィクトリアはフウッと溜息を吐く

(あの人の人気で、声を掛けられたのかしら・・・?凄いわ)

本当はお茶会の時に、ヴィクトリアは声を掛けてくれた令嬢達に気さくに笑顔を向け、嬉しそうに挨拶を返していたからだ

伯爵以下の令嬢であっても無視する事無く優しく接し、嬉しそうに話しをする彼女に、令嬢達が好感を持って集まって来たに過ぎない・・・それと、公爵令嬢達が狙っているヴィクトリア・ティアノーズと親しくなれるチャンスだと思って


「どうします?このまま帰宅しますか?それとも他に行く所があれば」

カレンが尋ねると、ヴィクトリアは考えて「そうね、屋敷に戻りましょう」ティアノーズ邸へと戻る

カレンは頷き、僅かでもヴィクトリアに会えて良かったと思う

彼女は変わらず美しく、優しく、自分が大好きなヴィクトリア・ティアノーズのままだ・・・カレンにとってその安心と喜びが、どんなに疲弊していても彼女の心に潤いをくれる



屋敷に戻ると、ヴィクトリアは出迎えてくれたドルフェルに客人にお茶をと頼み、カレン達を応接間に招き入れる

「折角会えたのだもの、もう少しゆっくりお話ししましょう」

ヴィクトリアはカレン達二人にソファーに座って貰うと、アメニはメイド仲間が急いで運んで来たお茶と焼き菓子を三人の前に用意するのを手伝う

「アメニも疲れてでしょう?揚げパンを皆に配ったら、休憩してね」

ヴィクトリアの言葉に、アメニはカレン達に頭を下げメイドと共に部屋から出て行く


応接間には三人だけになり、ヴィクトリアは嬉しそうに改めてカレンとサリアに今日の護衛のお礼を伝え、おしゃべりを楽しむ

「それじゃあ、ずっとカレンは書類に埋もれたままなの?大変なのね・・・」

団長ともなると事務処理が忙しく、護衛はなかなか出来ないと言うのだ

「でも、ヴィクトリア様の護衛は、出来るだけ優先させて貰います」

カレンがそう安心させると、ヴィクトリアは笑って「それは嬉しいんだけど、私の我が侭で無理はさせられないわ」サリアに目を向け

「他の騎士の方も、とても親切にしてくれるもの。それはカレンが慕われているからよね?私はそれが嬉しい」

カレンを誇らしく感じるヴィクトリアに

「部下は皆、優秀ですので。ヴィクトリア様にそう言って貰えれば、自分も鼻が高いです」

嬉しそうに笑うカレンに、上司からその言葉を聞いたサリアもまた心から嬉しく思う


以前所属していた騎士団では、女性騎士達はお荷物、役立たずと評価されて来た・・・それがカレンが率いる紅の騎士団に入団し、彼女達の身上は一変した

今の団員達がカレンに対し敬意を抱いているのは事実だが・・・けれど、最初は皆この団長に対して不振を抱いていた

今、副団長を務めているナディアも最初、カレンに食って掛かったが、そんなナディアも今ではカレンの右腕として、尊敬する彼女を助けている

以前自分達が所属していた男の団長達と比べて、確かにカレンは頼りなく見えるかもしれないが、カレンは偉そうに団員達を見下したりしない

常に団員達の事を考え、信念を、誇りを、矜持を持たせてくれるカレンを部下である彼女達は、尊敬する団長として支える決意をしている

楽しい一時を過ごしカレン達は帰って行く。ヴィクトリアが持たせてくれた揚げパンを持って



王城に戻り、カレンとサリアはアルフレドに報告書を提出する為に執務室を訪ね

「そう、ヴィクトリアは喜んでいたか・・・」

カレンを心配するヴィクトリアの為、仕方なくカレンをヴィクトリアの警護に就けさせたが、彼女の報告の内容にアルフレドは笑う

(本当に面白いな、ヴィクトリアは・・・明日、漸く彼女に会える)

こんなにも自分が誰かに恋焦がれるなど想像もしていなかったアルフレドは、自身の胸の高鳴りに自嘲する


「それは?」

カレンが持っている紙袋を見て、アルフレドが尋ねると「あ、これは報告書にも書きましたが、ヴィクトリア様が団員にとくれた揚げパンです」カレンのその言葉に、ピクッと反応するアルフレド

ジッとその紙袋を見つめる上司に、カレンは何となく彼の気持ちを察していたので

「あの、ヴィクトリア様からの差し入れなので、折角ですし・・・ウェンヴィッツ様も如何でしょうか?」

その為に持って来たので、彼の前に紙袋を差し出すと「そうか」アルフレドは一つだけ揚げパンが入っている紙袋を受け取ると、行って良いと彼女達を下がらせる


「あの、ヴィクトリア様がアルフレド様に、私を護衛に遣わしてくれた事ありがとうございますと、お礼を伝えて欲しいと」

部屋を出る前に、思い出したようにカレンがそう告げるとアルフレドはフワッと笑い、そのあまりの嬉しそうな笑顔にカレンとサリアはドキッとしながら部屋を出る

(なんだ?今の笑顔は・・・)

どんな時も表情を変える事無く、無表情のままで部下に接する彼は鉄仮面や冷徹と言われている

そんな彼の見せた嬉しそうな笑顔に、ドキドキしながらうろたえるカレンとサリア

「い・・今の見ました?あの鉄の男が笑ってました」

ドキドキしながら、サリアが訴えると「・・・ヴィクトリア様効果・・・凄まじ過ぎる」カレンは、アルフレドもヴィクトリアに特別な感情を持っている事に気付いている



夜、寝室でヴィクトリアはルシフェルが大地の煌きを見たいと言うのでそのダイヤを渡す

「これは・・・流石に大きいな。こんなの首につけて重たくないの?」

結構な重さだぞ?と呆れるルシフェルに「重たいし、恥ずかしいし、嫌味だし・・・こんなのしたくない」ヴィクトリアは溜息混じりに「馬鹿みたいよね?こんな物を手に入れる為に、一体どれだけのお金を使ったのかしら?」溜息が出る

「これは言わば、権力の象徴だからな。王族ですら、これ以上のダイヤは持って無いだろう」

「これ以上のダイヤは、世界第一位と第二位なので」

ルシフェルはよく手に入れたなと、まじまじとダイヤを見つめ、ヴィクトリアは無駄遣いだと呆れベッドに横になる


「ああ、夜会に行くのだけでも憂鬱なのに・・・どうしてこんな物までして行かないといけないの!?」

泣きそうになっている婚約者にルシフェルは「いや・・普通女性はこういうダイヤに憧れるんだろう?それこそ喜んでつけるものじゃないのか?」ヴィクトリアは変わってるな、と笑う


「・・・私はそんなダイヤより、ルシフェルがくれた虹のネックレスの方が大事なので」

そして自分の左手をあげると、キラキラと光っている婚約指輪をウットリと眺め

「それとこの指輪」

世界第三位のダイヤより、その二つの方が彼女にとっては大事な宝物なのだ

ルシフェルはダイヤをテーブルに置き

「俺の宝はこの指輪と、ヴィクトリアが以前くれたハンカチ・・・それと、ヴィクトリアだ」

そう告げると彼女に覆い被さりキスをする

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