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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
30/69

 23話 初めてのお泊まり会に行く悪女

朝、いつもの様に目覚ましが鳴る前にルシフェルが眼を覚ますと、いつもなら横で眠っているヴィクトリアが居ない

(・・・ちゃんと起きれたんだな。いつもは俺の方が早く起きるのに)

愛する婚約者はお泊まり会が決まってから嬉しそうにその話しばかりしていた

ベッドから起き上がり、軽く溜息を吐くと着替えを始める。今日は屋敷に帰ってもヴィクトリアは居ない


寝室を出て食堂に入ると、ランドルはすでに座っていて新聞を読んでいる

(ヴィクトリアはまだ支度をしているのか)

「おはようございます」

ランドルに挨拶し席に着くルシフェル

「ああ、おはよう。なんだ、ヴィクトリアはまだか?」

「今日は、先に食堂に行っていてくれと言われたので」

いつもは先に目を覚ますルシフェルに起こされ、急いで自分の部屋に戻って着替えを済ませるとルシフェルが待ってくれている寝室に戻り、仲良く食堂に向うのが日課だ


けれど昨日はお泊り会の事で頭がいっぱいで、何を持っていこうか、どの服を着て行こうか、まるで小さな子供の様にはしゃぎながら「明日は早く起きると思うから、先に食堂に行ってて」寝る前にヴィクトリアはそう言いながら目覚ましを掛けていて、その姿に

(・・・珍しい。いつもは起こされてからしか起きないのに)

ヴィクトリアはルシフェルより先に起きようとしない。彼に起こされるのが好きだからだ

ルシフェルもそれを判っているので、自分より先に起きろとは言わない


少ししてヴィクトリアが薄い黄緑色のワンピースに、金色のベルトをアクセントにした服を着て現れる

「ごめんなさい、遅くなってしまって。おはようございます」

二人に挨拶しながら急いで席に座ると「ヴィクトリア、今日お前は留守にするんだったな?」いつもは黙って食事をするランドルが娘に確認する

「ええ、そうよ。お友達の屋敷にお呼ばれされたので」

嬉しそうに答えるヴィクトリアにランドルは頷くと「ルシフェル、今日は娘がいない。お前も急いで帰る必要は無いだろう?」唐突にルシフェルにもそう尋ねてくる


ルシフェルはランドルが何を言いたいのか考えるが「それはどう言う・・・?」全く判らず聞き返すと、ヴィクトリアも首を傾げる

「折角の機会だ、紳士クラブに参加するか?」

紳士クラブとは、侯爵以上の男性貴族だけが入会出来る特別な会員制クラブ

侯爵も公爵でさえ入会に審査があり認められないと会員になれず、その為に紳士貴族の憧れでもあり、会員になれれば人数制限はあるが同伴者を許されている


「俺を連れて行って貰えるのですか?」

ルシフェルが驚いたように尋ねると「構わない」どうする?という様にランドルが見て来る

「是非、参加したいです」

嬉しそうなルシフェルに、ヴィクトリアは「その紳士クラブってなんですか?」と尋ねるが「お前は知らなくて良い事だよ」紳士クラブは緘口令が敷かれている為に、ランドルは教えてくれなかっただけなのだが、意味深な事を言われヴィクトリアは驚いてルシフェルを見るが、ルシフェルだって初めてなので知らない


朝食を終え、ルシフェルが自室に鞄を取りに行くのをヴィクトリアもついて行く

「ねえ、その紳士クラブって何なの?」

不安そうに尋ねる彼女に、ルシフェルは苦笑しながら「俺も初めて参加するんだから」そう答えるので

「・・・男の人だけのクラブでしょう?何だか怪しい・・・・」

「ヴィクトリアが心配するような、そんな如何わしいクラブじゃないよ。侯爵以上の会員制のクラブで、俺達下位の貴族の憧れなんだ」


クラブの会員である侯爵に親しい友人がまだ居ないルシフェルは、自分が侯爵を受け継いだら紳士クラブに入会出来るのだろうか?と期待し、もし会員になれたら(絶対にトーマス達が連れて行けって、せがんで来るな)と考え笑う

若いルシフェルにとっては、そういった未知の誰もが入れる訳ではない大人の世界に参加出来る事で自分も大人の紳士の仲間入りになれると、トーマス達友人に対し少し優越感を抱く


ルシフェルはランドルが紳士クラブの会員だと知って流石と思いながら、目の前の心配している婚約者を宥める様に

「ランドルに連れて行かれるんだから、変な事にはならない」

「本当?もしそうじゃなかったら、すぐ帰って来てね」

そう訴えるヴィクトリアにルシフェルは、如何わしいクラブならあのランドルが連れて行く訳が無いと判っているので

「大丈夫だって言ってるだろう?ヴィクトリアは今日のお泊り会を楽しんでおいで」

不安な顔をする愛する婚約者を安心させる為、キスをする

二人の遣り取りは最早、新婚夫婦だ・・・使用人達は生暖かい気持ちで、その遣り取りを見ない様に下を向く



ルシフェル達を見送った後ヴィクトリアはいそいそと出掛ける支度をし、髪を編みこみにしてブルーサファイアの髪留めをすると

「ヴィクトリア様、凄くお似合いです。とても綺麗ですよ」

アメニが嬉しそうに主人を褒めるので「ありがとう」と笑うヴィクトリアの首には、相変わらず虹色の木彫りのネックレスが輝いている

「今日は私達が居ないので、皆もゆっくりしてね」

見送ってくれる使用人達にそう気遣うと、ヴィクトリアは嬉しそうに出掛けて行く


馬車に揺られながら、ドキドキと胸を高まらせシルメラの屋敷へと向かう

初めて友人達と一晩を過ごすこの日を、ヴィクトリアはどれだけ楽しみにしていたか

(ちょっと朝に気になる事があったけど・・・それは明日、帰ってから聞けばいいわ)

ルシフェルが嬉しそうにしていたのが気になるヴィクトリア


馬車がキュアリスターの屋敷に着くと、御者のドルトンが車の扉を開けヴィクトリアに手を差し伸べ降ろしてくれ、キュアリスター家の執事自らが案内してくれ、皆が居る筈の広い応接間に入る

応接間にはすでにベッドが平行に四台ずつ、八台並べられていた

「ようこそ、いらっしゃいませ。ヴィクトリア様」

嬉しそうにシルメラが歓迎してくれ「シルメラ、今日はよろしくお願いしますね」そう、挨拶を返す

ヴィクトリアはシルメラ達に様を付けなくなったが、真面目なシルメラは礼儀として敬称で呼ぶ

「おはようございます、ヴィクトリア」

人懐っこいキャロルに「おはよう、キャロル」笑って挨拶を返し「まだ、皆来ていないのね」自分達三人だけしか居ない部屋を見渡す


「ヴィクトリア様の荷物は、隣の部屋に置いて貰ってありますから」

「ねえ、それより公爵令嬢様のお茶会に行ったのでしょう?どうだったの!?」

キャロルはその話しが聞きたくて仕方が無く、興味津々に聞いて来るので

「そうね、とても広大な領地で・・・住まいもお邸ではなく、お城そのものだったので驚いたわ」

ヴィクトリアの話しをシルメラが「その話しは、皆が集まった時に聞きましょうよ」折角だものと話しを中断させ、三人はお茶を飲みながら皆が来るのを待つ事にし、続々と友人達が集まって来るのをヴィクトリアは嬉しい気持ちで迎える


「お芝居は午後の部だから、昼食を取ってから出掛けましょう」

シルメラは皆を食堂に案内し、そこで友人達はヴィクトリアに公爵のお茶会はどうだったかを尋ねる

「とても立派なお城だったわ。公爵様はやっぱり、規格外な暮らし振りだって言うのが判ったわ」

ヴィクトリアはだだっ広い領地と、美しい庭園を皆に話して聞かせる

歴史の古い公爵家は王都周辺の領地を所有しているので、ラードヴィッツ公爵家も歴史のある一族にあたる


「メリルシアナ様に挨拶しようと思ってたら、向こうから声を掛けて下さったの」

ヴィクトリアは嬉しそうに、メリルシアナは話し易く気さくな感じの、とても穏やかな綺麗な方だったと話し

「・・・それで、一緒にお話しでもって誘ってくれて」

「やっぱり、噂どおり優しい人なのね」

「良かったわね、楽しいお茶会だったのでしょう?」

ヴィクトリアの説明にキャロルはいいなぁと羨ましがり、ティナが安心するとヴィクトリアは頷く


ティナはヴィクトリアが嫌な目に遭っていないか心配だったが、お茶会が楽しかったみたいで心からホッとする

「ただ、メリルシアナ様はとても綺麗で、よく笑う方で、凄く楽しいんだけど・・・その為に凄く羨望と言うか、好奇の視線が私達に集まってきて、その、凄く恥ずかしかったわ」

顔を赤らめその状況の事を話すので、それを聞いて友人達は同情する様に「それは・・仕方が無い事だけど、大変だったわね」ヴィクトリアが注目を浴びる事を嫌うのは友人達は知っている


「そう、とても恥ずかしかったわ。でも、沢山の方にわざわざ声を掛けて貰えて。それに答えていたら、いつの間にか周りに大勢の令嬢達が集まってね、皆と話しが出来てとても楽しかったわ」

嬉しそうに話しながら、ふとヴィクトリアは、カトリナーヴァの事を思い出し少し顔を曇らせたのを、ティナとシルメラは気付く

「良かったじゃない、楽しくて」

「本当。少し、また問題が起こるんじゃないかと心配してたから・・・本当、良かった」

キャロル達が嬉しそうにしているので、ヴィクトリアも頷く

(カトリナーヴァ様が言った事、メリルシアナ様には気を付けてって・・・あの言葉をずっと考えているんだけど)

彼女の言った言葉が引っ掛かり、ずっとヴィクトリアを悩ましている


「それじゃあ、そろそろ出掛けましょうか?」

昼食を取りながらおしゃべりに夢中になっているが、これからお芝居を見に行く事になっているので急いで支度をする



二台の馬車で出掛ける事になり、馬車の中、友人達とおしゃべりを楽しむヴィクトリアをジッと見つめながら、ティナは何か考え事をしていた

お芝居が催されている劇場に着き八人は指定の観客席に座り、護衛は一人が近くに待機し後の二人は外に出る

前列にアリメラとティナとマリーナ、真ん中がシルメラとユアナとキャシー、後列にキャロルとヴィクトリアが座るがこれは身長の低い順の結果だ

「言っとくけど私達、背は低くないからね!!キャルとヴィクトリア様が高身長なだけだから!!」

ムッとしながらマリーナは自分は低くないと言い張り「やめなさい、余計悲しくなるわ」ティナが周りの他の観客を気にしながら止める

ティナは身長を気にしてはいないが、背が高くプロポーションの良いヴィクトリアを羨ましく思っている


お芝居はコミカルな物語で、出し物に工夫がされていて高尚なオペラとは違った楽しさがある

手品仕掛けの場面ではそこに居る筈の役者が消えて、違う場所から現れた時は皆「あの人、人間よね??」と、瞬間移動のマジックを始めて目の当たりにした観客達から不思議などよめきが起こり、少し怖いと思いながらヴィクトリア達は驚きながらも夢中で、このお芝居の世界に浸る


この世界では、大掛かりの仕掛けマジックなどのトリックはあまり知られて居らず、慣れていない為に斬新過ぎるトリックには恐怖しかない

そもそも『トリック』とか『タネあかし』などと言う専門用語すら一般人は知らない

『これは全て現実に起こっている事で、貴方は自身の目でその魔法を目の当たりにしているのだ!!』

あたかも本当に魔法によって行われている・・・そう思い込ませて周囲に知らしめ驚かせて来た為、彼らマジシャンを異次元、特殊人間、魔法使いだと本気で信じている者も結構居て、恐ろしいのは彼等を神と崇めてしまう事だ

その為に国によっては『人心を惑わし、恐怖に陥れた悪魔の御使い』と、断罪された哀れなマジシャンも居る


「魔法と言うけど、あの人達は本当にそんな力があるのかしら?」

不思議でならないヴィクトリア達に周りの観客も同様驚きの声を発し、我が目を疑う

初めて見る大掛かりなトリック、マジックを見ながら彼女達は少しショックを味わう事になる

因みにティナ達だって子供の頃にも手品を見た事はあったのだが、トリックは常に進化していて大掛かりなマジックへと発展して来たのだ

これも偏に、歴代の魔術師と呼ばれて来た者達の、知恵と人々を驚かせたいと言う欲望が生み出した傑作と言える

お芝居を楽しんで、軽くショックも受けた令嬢達は買い物へと気持ちを切り替える


買い物はお泊り会の時に遊ぶ玩具を買ったり、自分達が気になっている化粧品や香水、洋服等の店を見て回るのだけれど、令嬢達が八人も揃えば騒がしくて当然で、しかも一人とても目立つ美女が居る為に、何処へ行っても常に彼女達に視線が向けられてしまう

買い物を終え、キュアリスター邸に戻ると誰がどのベッドで寝るか決めると、いよいよお泊り会へと突入する

「何だか、ドキドキしてきたわ」

初めて友達の屋敷に泊るヴィクトリアに「本当はすでに、ルシフェル様が恋しくなってるんじゃないですか?」からかうキャロル


その言葉に朝の事を思い出すヴィクトリア

「ルシフェルは私の事なんか忘れて、楽しむ予定だから」

ムウッとヴィクトリアが答えるので、ティナが「・・・なに?何か遭ったの?」まさかこのお泊り会の事で喧嘩したんじゃないでしょうね?と心配し、友人達も顔を強張らせる

「・・・紳士クラブって知ってる?」

そう尋ねるヴィクトリアに、令嬢達は首を傾げるので「今日、お父様がルシフェルを連れて、そのクラブに行くのよ」ムスッとしながら、信じられる?とヴィクトリアが訴えると「えっー!?」と驚く友人達


「でも、ルシフェル様一人で行く訳じゃないし。お父様が連れて行くのでしょう?」

首を傾げるマリーナに「嬉しそうに出掛けて行ったわ。私に楽しんでおいでって言って」自分が楽しむからじゃない?そんなヴィクトリアに友人達は

「まあ、明日、問い詰めるしかないわね・・・まあ、誤魔化すかも知れないけど」

「紳士クラブ?そんなのがあるのね。名前が怪しい・・・」

「確かに、怪しいわね。それに、男性しか居ないって事は・・・」

友人達もあの嫉妬深いルシフェルが浮気をするとは思っていないが、婚約者に焼餅を焼いているヴィクトリアを見ているとついからかいたくなってしまう


夕食を終え、入浴後にパジャマに着替えると皆がそれぞれのベッドに座る

ヴィクトリアとシルメラはシンプルなシルクのネグリジェで、アリメラとユアナとキャシーはそれぞれリボンやレースが付いた可愛らしいネグリジェだが、後の三人はパジャマだった

「ネグリジェって、捲れてしまうからそれが嫌なのよ」

大体の女性貴族はネグリジェなのだが、パジャマ愛用している者も居る


ヴィクトリア達は自分のベッドにそれぞれ座りながら、途切れる事なくおしゃべりで盛り上がる

そして楽しく話しをしている時に、ティナとシルメラがお互いの顔を見ながら頷き

「ヴィクトリア、本当はお茶会で何が遭ったの?」

ティナが聞いて来たので「えっ?」ドキッとして驚くヴィクトリアに、他の友人達も(どういう事?)という様にティナを見る

「貴方は判り易いのよ。何か遭ったらすぐ顔を曇らせるもの」

彼女の言葉にシルメラも頷き、ティナは「何か嫌な事でも言われたの?また派閥に入れとか?」ヴィクトリアが言い及んでいるので、シルメラも心配し

「ヴィクトリア様が言い辛いのであれば、その、無理にとは言いませんが、でももし、私達で力になれるのであれば・・・力になりたいです」

ヴィクトリアに真剣に力になりたいと、思いを伝える


「・・・お茶会が楽しかったのは本当なの」

けれどそのお茶の席で疑問を抱いたメリルシアナの言動。そして帰りにカトリナーヴァに言われた事を話す

「・・・どう言う意味だと思う?メリルシアナ様は良い人だと思うし、私に利用価値なんて無いでしょう?なのにどうしてあんな事を言うのか・・・」

それで悩んでいると友人達に伝えると、友人達も首を傾げて考える


「そのメリルシアナ様って、本当に良い人なのかしらね?」

ティナは胡散臭そうに

「だって、ずっとヴィクトリアを傍に置いていたのでしょう?それって周りに貴方は私の派閥に居るのよって、アピールしてたんじゃない?」

その言葉に凍りつくヴィクトリア

「言動も可笑しいですよね?初めて会った気がしないとか、貴方が気に入ったとか、相手を喜ばす言葉を使って取り入れようとしてるみたいです」

シルメラも不快感を表し「もちろん、意図的では無いのかも知れませんが、私は少し嫌な感じがします」そうヴィクトリアに告げる

ヴィクトリアは(やっぱりそうか・・・)と残念に思う


「やっぱり、公爵様のお茶会には参加しない方が良かったのかしら・・・少しでも歩み寄れたらと思ったのに」

「貴方はただ、頑張って仲良くしようと努力しただけでしょう?」

ティナが慰めるとシルメラも怒り

「そうです。そのヴィクトリア様の気持ちを利用しようとするなんて、許せません」

「それが本当だったら許せないわ」

マリーナ達も頷き怒りだすと「でも、利用ってどんな?ヴィクトリアにはどんな利用法があるの?」とんちんかんなキャロルに皆は可笑しくて笑い出し、ヴィクトリアも笑いながら「そうよね、私にどんな利用法があるか、私が知りたいわ」皆に話した事で、もやもやした気持ちが晴れ


「ありがとう。皆に話して少し気持ちが楽になったわ。言われた事は気になるけど、なるべく公爵様達には気を付ける」

「私達も居るんだから、頼ってよね」

「そうですよ、一人で悩んでも解決しないですから」

そう言うと、また楽しくおしゃべりを始める

ヴィクトリアは今こうして悩みを相談出来る、とても頼りになる友人達を心から有り難い存在だと改めて思った



夜、仕事を終えルシフェルはランドルと共に「紳士クラブ」が開かれている秘密の場所へと馬車に乗って向かっている

人気の無い暗闇の路地で馬車は止まり、ランドルが先に降りる

降りた先に階段があり、その階段を下りて地下を進むが、薄暗い階段や地下の路には風で消えない様ガラスケースに入った蝋燭が転々と置かれていて、その明かりだけを頼りに進むと、帽子を目深に被り顔が見えないスーツ姿の男が一人立っていた

(めちゃくちゃ怪しいな、これは)

黙ってついて来ていたシフェルも、苦笑いしかない


ランドルが男に合言葉を呟くと、そのスーツの男はチラッとルシフェルを見て「申し訳ありませんが、今回は同伴者はお断りさせて貰っておりますので、お連れの方はご遠慮下さい」前に立ち塞がる

するとランドルは財布から黒いカードを見せ、そのカードを見た男はビクッと一瞬身体を強張せ

「失礼致しました。何分新参者ですのでお許しを」

そう頭を下げ扉を開けると、ランドルは黙ったまま中に入って行きルシフェルもそれに続く

(これは・・・如何わしいを通り越して、不気味だな)

『紳士クラブ』は貴族の間では謎のクラブだったので、ルシフェルも興味心からどんなものかと楽しみだったのだが怪しさ満載だった


中に入ると驚いた事に、少し暗めにしてあるだけで大勢の紳士達がお酒を飲んだり賭け事をしたりとすでに賑わっていた

カウンターのバーがあり、一流の楽師による演奏で音楽が流れ(ピアニストやバイオにスト等日替わり)ビリヤードやダーツ、カジノ等の娯楽も殆ど設置されていた

他にも幾つかの個室も用意されていて、まさに一流を揃えた最高級の娯楽施設だった

バーに置かれているお酒も当然最高級品ばかりで、ウェイターは白いシャツに黒のベストに蝶ネクタイに黒のズボンで、ウェイトレスも白のブラウスに黒のベスト、スカートは黒のタイトスカートを膝より少し上げ、きちっとした服装をしていてルシフェルは安心した

あまりのクラブの贅沢さに、ルシフェルは場違いだと驚愕するが「こっちだ」とランドルはその娯楽施設には目もくれずに奥へと入って行く


奥の廊下には大きな扉があり、黒のスーツに黒のサングラスをした二人の男性が立っていたて、男達はランドルの顔を確認し頭を下げ扉を開ける

「この男の顔を覚えておいてくれ。もし、この部屋にこれが一人で来た時も開けてやってくれ」

ランドルがそう言うと男達二人はルシフェルを見て、了解したという風に頭を下げるのでその部屋へと入って行き、その後をルシフェルも続く(一体何なんだ?)どうも嫌な感じしかしない


ルシフェルが中に入ると部屋の真ん中に円卓があり、その円卓にすでに五人の男達が座っている

部屋はうす暗くて異様な雰囲気が漂い、その五人は皆一斉にルシフェルを見ているのが判る

「これは私の後を継ぐ娘婿のルシフェルだが、これから顔を見せる事になるだろう。よろしく頼む」

ルシフェルを簡単に紹介するとランドルは自身の席に座り、ルシフェルに自分の横に座るよう指示する

「ルシフェル・・・アルガスターです。よろしくお願いします」

一応挨拶をと男達の顔を見て「!?」ルシフェルは驚愕し言葉を失う

(何なんだ・・・これは?)

思わずランドルを見るが、ランドルは涼しい顔で円卓に集まった者達に目を向けている


「こんな若造を連れて来るとはな・・・」

一番年配者である老人が笑うが、その老人にルシフェルは固まるしかない

「これに私の後を継がせるので、折角の機会だと思いまして連れて来ました」

ランドルはその老人に頭を下げると「可哀想に、固まっているじゃないか」老人の隣の席の男がルシフェルを笑う

「無理も無いだろう?アルゲイド様が居られるのだから」

クククっと笑う男達に(こんな大物達が集まる所なのか・・・紳士クラブは)ゴクリと唾を飲み込むルシフェル

クラブの入り口で男に同伴者を断わられた訳は、今日彼らがこの円卓に現れたからだ


この紳士クラブ、表向きは贅を尽くした紳士が最高の娯楽を嗜む様に作られているが、本当の目的はこの場所

円卓に参加出来るだけの権力を持つ者

そのトップが、アルゲイド・エルファルス・ギル・オルテヴァール18世。この国の前国王である

その次が、宰相のオウエン・ゴールヴィッツ

ジークス・ウェンヴィッツ公爵は、アルフレドの叔父である

シュルツ・ゼノヴィッツ公爵は、ウェンヴィッツと一、二を争う権力を持ち、現国王の懐刀と称されている

ジュノウド・カルディノーズ侯爵は、ティアノーズと一、二を争う権力を持つ

この中にまだ一人アシド・ホルグヴィッツ公爵も含まれているが、今日は参加していない



「まさか急な招集は、この男を紹介する為か?下らんな」

フンッといった感じで、ジュノウドが鼻を鳴らす

「嫌なら来なくて良いのだぞ、ジュノウド。招集を掛けるのは自由。来るのも自由。何も強制ではない」

穏やかな、けれど威厳のある口調でアルゲイドがジュノウドを諭す

「これは、これから此処に顔を出す事になる。私の代わりが勤まるか、皆で吟味して貰いたい」

「ほうっ」とルシフェルに興味を持つ怪物達

「ランドルの代わり?これがか」

クククッと笑ったのはシュルツ「それは、大変だな」同情を禁じえないとルシフェルに憐れみの目を向ける


ルシフェルは自分の置かれている今の現状がどういうものか?考えるので精一杯だった

(俺はとんでもない場所に足を踏み入れた・・・)

ティアノーズがどうやって絶大な権力を手にしたか(・・・それはこのクラブに関係がある)すぐにそう察したルシフェル

そして、その権力を維持出来るかは自分に掛かっているのだと

「ランドルは後継者が居て羨ましい。うちはアルフレドがこのクラブに興味を示さない。まったく可愛げが無い甥だ」

ジークスが腹を立てながらアルフレドの事をぼやき、その名前を聞いてドキッとするルシフェル


「アルフレドか・・・あれはよく判らぬ男だ」

アルゲイドも笑みを浮かべると、シュルツが「最近、女に執心だと噂を聞くが」チラッとルシフェルとランドルを見比べ

「ティアノーズ家の令嬢・・・ランドルの娘だというではないか」

ランドルは「ああ」と頷き「それが本当なら、娘をあの男にくれてやっても良いんだが」ゾクッとしながらルシフェルはランドルを見る

「残念な事に、娘はこの男に惚れている。今や我が屋敷に住まわせ、ベッドも共にしている」

「いやはや、若いと羨ましいな」

「全くだ」

その場の誰もが失笑するので(そんな事まで言う必要があるか?)ルシフェルはランドルを睨む


ランドルは冷めた表情で

「だから、奴にくれてやる事は諦めた。残念だがな」

なので娘を利用してアルフレドを取り入る事は出来ないと伝え、その言葉にルシフェルは内心安堵する・・・自分とヴィクトリアの関係が深い間柄だから、ヴィクトリアを奪われずに済んだのだと

「そうか、それは残だな。あの男が興味を示す、他のモノがあれば良いのだがな」

アルゲイドはルシフェルに鋭い視線を送り、ルシフェルも目を逸らすのは良く無いと感じグッと視線を逸らさずに耐える

(ほう・・・余の殺気の視線を逸らさずに受けるか・・若造が良い度胸をしておるわ)


「その男、アルフレドと女の事で牽制し合っているのだろう?」

アルゲイドは、ルシフェルを試すように命じる

「どうだ?貴様には最高位、公爵をくれてやる。お前の婚約者を、アルフレドに譲れ」

その言葉に皆が一斉にルシフェルに目を向け、前国王のその言葉にルシフェルは固まる

(何を言っている・・・・公爵をやるから、ヴィクトリアを手放せだと!?)

思わずランドルを見る。けれど、ランドルはどちらでも良いという感じでルシフェルを見ずにまっすぐ前を向いている


権力第一主義社会のオルテヴァール王国において、最高位の公爵になれる事はもう二度と訪れる事のない僥倖だ

ゴクンっと唾を飲み、ルシフェルは真っ直ぐに前国王、アルゲイドの眼を見て断言する

「・・・折角の申し出ですが、私はヴィクトリアを妻にし、ティアノーズを継ぐ覚悟ですので。あの男に婚約者を譲る気はありません」

(ふざけるな!!)

内心では腸が煮えくり返る程怒りを覚えるが、ここにいる怪物達相手に怒鳴っても仕方が無い


冷静に断るルシフェルにアルゲイドは笑う

「くっ、ふあっははははっ、いや、なかなか肝の据わった男だな。気に入った」

愉快そうにルシフェルを見ながら

「公爵に飛びついて婚約者を捨てるならそれも良しと思ったが、なかなか思い通りに行かぬなあ」

残念そうには微塵も思えず、逆に愉快に笑うので他の怪物達も「まったく、公爵に飛びつく虚けなら、可愛げも有ったのに」と薄笑いを浮かべる


「残念だ」

そう言いながら、アルゲイドは甚くルシフェルが気に入った様に

「いやはや、なかなか面白い男を連れて来たな、ランドル。確かにこいつはたかが伯爵で終わらせるには惜しいわ」

その言葉にランドルは満足するように僅かに笑い「アルゲイド様に気に入って貰えるとは、光栄です」そう言うとルシフェルを見て『合格だ』と言わんばかりに頷く

その様子を、内心面白くないと思いながらも涼しい顔でジュノウド・カルディノーズは見ている



この紳士クラブはかつて権力に物を言わせ、ありとあらゆる贅の限りを尽くし、密輸、犯罪、暴力、全てを合法化して来た恐ろしい犯罪組織の温床でもあった

歴代の高位貴族幹部達はこの闇組織を使って伸し上って来たのだが、時代と共にそんな事ばかりしていては、また許していては何れ国は荒廃し、崩壊する末路は必然

そこで悪しき癌である幹部を一掃し、前国王を中心とした新たな紳士クラブへと変革させた

ただ、長年続いて来た悪しき風習、習慣はなかなか根強く続き、アルゲイドはそれらを払拭するには若い力が必要だと考えている


紳士クラブからの帰り、馬車の中でランドルが

「あの連中に決して心を見透かされるな。気を許し、少しでも弱みを見せると付け込まれ喰われる事になる。肝に銘じておくように」

「・・・判りました」

「だが、連中は仲間を裏切る事はない。それが結束だ。お前も、裏切るな」

「・・・喰われるかもしれない相手なのに、裏切らないのですか?」

「喰われる事と裏切る事は違う」

そう言うと、そのまま黙ってしまう

(紳士クラブ・・・もう二度と行きたくないな)

けれどそうは行かないだろうと判っているルシフェルは、朝の時に行きたくないと言えば良かったと後悔する

馬車はただ急ぎ、とティアノーズの邸へと向って走って行く

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