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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
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  2話 生まれ変わった悪女

最下層の町に向かい、整備のされていない荒れた道を恐ろしく場違いな立派な馬車が走って行る

貧しい人達が身を寄せ合って住んでいる貧困街に向って走るその立派な馬車の中には、どんよりした面持ちの三人が座っている

一人は一行の護衛を任されたがっちりした体格の良い男性。二人目は目的の為に派遣?された医者。三人目はその原因?になったメイドである

そして三人の気持ちとは相反して、楽しそうに外を眺めている令嬢が一人


「ねえアメニ、もうすぐ着くのかしら?」

貧困街に住んでいるアメニの実家に一行は向かっている

アメニは自分の隣に座って、まるで遠足気分のヴィクトリアに溜め息を吐きながら一昨日の事を思い出す


アメニの母親を屋敷で療養させたいと、ヴィクトリアは父ランドルに本当に頼んだのだ

当然ランドルは許可しなかった

それどころか「記憶を無くした娘に取り入り、愚かな頼みをした」とアメ二を叱り付ける

必死で断っていたのに主人に怒鳴られ、恐怖に震えながらアメニは(どうしよう、屋敷から追い出される・・・)そう覚悟した


しかし、ヴィクトリアは諦めなかった

どうしても屋敷に置けないと言うなら、せめて医者に診せてあげて欲しいと頼み込む

娘の必死の願いに、親馬鹿のランドルは大分譲歩し了承した

そして医者の都合、その護衛を用意する為に翌日、つまり今日実家に向かう事になったのだが、まさかヴィクトリアまでついて来るとは、誰も思わなかった

護衛は医者の身の安全の為に用意されたもので、ヴィクトリアなら騎士レベルを手配していただろう

ランドルがこの事を知ったら、大変な事になる・・・三人はそれが判っていた


「・・・・まだもう少し掛かります、ヴィクトリア様」

何度も尋ねられ、その度に他の二人に申し訳なさそうに答えるアメニ

そういう遣り取りをしながら三十分位馬車は走り続け、漸く貧困街の一軒の家の前に止まる

いきなり立派な馬車が自分達の住居に止まったので、当然そこに住んでい者達は何事か?と警戒する様にその馬車を伺う


家紋が入った立派な馬車を見れば、愚か者でもそれが貴族の所有物だと判る

「・・・ここに居る者が不敬でも働き、貴族の怒りを買ったのか?」

誰もが嫌な予感しかしない

「そうでなければこんな場所に、わざわざ貴族様が来る筈がない。一体どこの馬鹿が貴族様を怒らせたんだ!?」

いや、貴族自らが来る訳がないので命を受けた使者だろうが、どの道何か良くない事になっているに違いないと住民達は不安な面持ちで馬車を見守っている


遠巻きに住民達がその馬車見守る中、屈強な用心棒が先に降りて来ると辺りを見回す

怯え、不安そうに自分を見る住民達に目を向け、問題ないか確認してから医者、メイドが降りて来る

そして用心棒が手を差し伸べ、最後にヴィクトリアが降りて来る


すると先程まで怯え、不安そうに一行を見ていた住民達は皆、息を呑む

美しいヴィクトリアを目の当たりにし、貧しく汚い貧困街に一輪の薔薇が咲いたような感覚を覚えた

その薔薇が従者に笑顔で「ありがとう」とお礼を言う姿に、さっきまで不安を抱えていた住民達は皆一瞬で心を奪われた


「ここがアメニの実家なのね。お母様は、家に居て下さっているのよね?」

一人のんきな令嬢は、ここが貧困街だという事を全く気にする素振りが無い

頷くアメニは近所中から好奇な目で見られている為、居た堪れない気持ちで家へ案内する

家の中は最低限必要な物しかなく、ボロボロの絨毯の上にテーブルが置いてあり、アメニの母親が座って待っていたので、てっきりベッドに横になっているとばかり思っていたヴィクトリアは驚く


アメニは母の傍に寄り

「手紙で知らせたお医者様と、その、ヴィクトリア様よ」

まさか彼女がついて来ると思っていなかったので、手紙に来る事は伝えていなかったのだ

「えっ?」

この美女は誰だろう?と思っていたが、まさか娘の主人とは夢にも思わず慌てて平伏する母親


「い、いつも娘がお世話になっております。こ、この様なむさ苦しい所にその・・わざわざ来て頂きまして・・」

精一杯の言葉を選び頭を下げている母親に、ヴィクトリアは優しく顔を上げるよう言いながら背中を擦る

その行動に驚く一行と母親をよそに、ヴィクトリアは心配そうに

「体調が良くないと聞いていましたが、寝ていなくても大丈夫なのですか?」

優しく労わる様に尋ねる


その優しさと美しさに見惚れる母親は、慌てて

「は、はい。私は大丈夫なのです。どこも悪くないんですが、娘が大げさに心配しているだけでこんな大事に。折角この様な所まで足を運んで貰ったというのに・・・本当に申し訳ありません」

申し訳無さそうに頭を下げて謝る母の姿を見て、アメニは居た堪れなくなる

(大げさだったのだろうか・・・・)

母の身を心配し過ぎたのか?その所為で皆に迷惑を掛けてしまったと、アメニも申し訳ない気持ちになってきた


「でも、本当に大丈夫かどうか、お医者様に見て貰いましょう?それで問題が無ければ、それだけで来た甲斐がありますから」

「!!」

にっこり笑うヴィクトリアのその言葉に、居た堪れない気持ちでいたアメニはどれだけ有り難かったか


医者が見ている間、用心棒は外に出て待機している。馬車が襲われる心配は無いだろうが、念の為だ

ここは貧困街ではあっても、スラムではない

ただ貧しい者達が、身を寄せ合って生きている場所

アメニの様に外に出稼ぎに行っている者が多く、ここに居るのは老人や女、子供が殆どだ

だから屈強な用心棒が佇んでいるだけで、怖がって誰もその馬車に近寄る事はない


アメニの母親の容態は衰弱はしていたが過労での疲れが溜まっているだけで、何処かが悪い訳ではなかった

ただ過労は侮ってはならない

下手すれば死んでしまう事だってあるのだから(この世界に過労死は認識されていないので、突然死で片付けられる)

「ゆっくりと身体を休め、栄養の有る食事を摂る事ですね。栄養剤は有りますが、値段は張ります。どうしますか?」

淡々と聞く医者にアメニは(とても無理だ)高価な薬を買う余裕は無い


「もちろん、頂きます」

にっこり笑って即答するヴィクトリアは、アメニの母親の手を握り

「この薬を飲んで、ゆっくり療養して下さいね。けっして無理をしないで下さい、お願いします。でないとアメニが心配しますので。もちろん私も」

今のヴィクトリアにこんな風に言われたら、誰も逆らえないだろう

母親は涙目になりながら「ありがとうございます、本当にありがとうございます」お礼を言いアメニに目を遣り


「本当にこの娘の言う通りでした。貴方様はとてもお優しい方です。もしかしてこの子は無理をしているのでは?と心配しておりましたが、こうしてお嬢様を目の当たりしまして、心から安心致しました」

娘を心配していた胸の内を明かし、医者に目を向け

「それにこんなりっぱなお医者様にまでわざわざこんな所まで来て頂き、診察して下さってありがとうございます」

手を合わせ、深々と頭を下げる

「っ!!わ、私は・・・・お金をきちんと貰っていますので」

丁寧にお礼を言われ、少し伐が悪そうな医者


「本当に優しい方の傍にお仕え出来て、お前は幸せ者だよ」

母親は娘にそう言うので、アメニは複雑そうに頷く

ヴィクトリアは、持ってきたお土産を母親に渡し

「焼き菓子やケーキを焼いて貰いました。沢山作って貰いましたので、近所の方達とで食べて下さいね」

「そんな、お医者様に診て貰っただけでもありがたいのに、こんな贅沢な物まで頂いては・・・」

言葉に詰まる母親


昨日、ヴィクトリアは自ら厨房に赴き焼き菓子を用意するよう頼みに行ったのだ

突然ヴィクトリアが厨房に現れ、のんびり休憩中の料理長達一同は固まった

「あの、料理長にお願いが有るのだけれど」

誰が料理長か判らずおずおずと尋ねると、料理長であるサージスが「・・・何か御用ですか?」と彼女の前に出る


ヴィクトリアはサージスに笑い掛け

「貴方が料理長ね?名前は何て言うのかしら?」

そう尋ねると「はっ?」と一瞬戸惑うサージスだが「サージスです」と答える

ヴィクトリアは嬉しそうにサージスに

「いつも美味しい料理をありがとうございます。その、お願いしたい事が有るのだけれど」

他の固まっている料理人達の方をチラッと見ながら

「実は明日、アメニの実家に行く事になっているのですが、その時に持って行くお菓子を用意して欲しいの」

「はっ!?」

思いもしない事に、流石のサージスも大きな声が出てしまった


ヴィクトリアはそれを不満だと受け取り、申し訳なさそうに

「忙しい中、本当に申し訳無いのだけどお願いしますね。出来ればなるべく沢山用意して貰えたら嬉しいです」

サージスを訴え掛ける様な眼差しで見つめ、美しいヴィクトリアに見つめられドキッとするサージスは

(誰だ?この女性ヒトは)

と心の中で呟き、昨日アメ二がまるで別人だと言った事を思い出す


「わ、判りました。ヴィクトリア様のご命令通り、明日ケーキや焼き菓子を沢山用意しておきます」

少し赤くなりながらサージスが了承すると、ヴィクトリアは嬉しそうに

「ありがとう。皆さんも宜しくお願いしますね。あ、それと」

サージスに確認するかの様に

「昨日の夕食のメインディッシュ、とても美味しかったわ。記憶が無くても何となく、これが大好きだったのかな?って思ったのだけど?」

嬉しそうに聞かれてドキッとしながらも、サージスは頷き「ヴィクトリア様が、好んでよく注文されておりました」そう答えると、ヴィクトリアはやっぱり・・・と笑顔を向けて


「記憶を無くした私に気を遣ってくれたのね?ありがとう」

もう一度お礼を言ってその場を去って行き、その笑顔を見て呆けながらその場に居た者達は(あの女性は誰?)と見送った

サージスは別に気を遣った訳ではないが

「・・・・ヴィクトリア様の好物は、他に何があったか書き出すか」

ボソッと呟く彼に、その場に居た全員が頷く


「料理人の皆が頑張ってこんなにも沢山用意してくれたんです、アメニの為に」

嬉しそうにヴィクトリアはそう告げ、母親は嬉しそうに

「そうですか、娘の為にこんなにも・・・」

自分の娘が奉公先で大事にして貰っている、それがどれ程この母親にとって嬉しい事か・・・我が子が奉公先で辛い思いをしていないか、それは親として一番の心配事だからだ

ただ、残念な事にアメニはずっと辛い思いをして来た

けれどその事をアメニは絶対に母に知られたくない為に、とても優しくして貰っているとずっと嘘を吐いて来たのだ


ヴィクトリアは母親をベッドに寝かせてから

「なるべくアメニをお母様の所に帰しますから、どうかお身体を大事して下さい」

安心させる様、そう約束すると

「そんな・・この娘が貴方様の傍で仕えている、それだけで安心してます。アメニ、しっかりお仕えするのよ」

母親の言葉に頷くアメニ

アメニの中でヴィクトリアは、記憶を無くした悪女が別人に生まれ変わった瞬間に思えた


馬車に乗り込み、帰路に着く一行

「マードック先生、今日はどうもありがとうございました」

ヴィクトリアがお礼を言うと、アメニも頭を下げ

「本当に皆様、きょ、今日は母の為にご足労頂きまして、ありがとうございました。本当に、どれだけ感謝の気持ちを表したら良いか判りませんが、心からお礼申し上げます」

涙目で三人に精一杯のお礼を言う

アメニは本当に母の事が心配で堪らなかったのだ

「まあ、それ程深刻な容態ではなくて良かったですね。ただ身体はかなり衰弱しているので無理はさせない様に・・」

「はい、ありがとうございます」

医者の忠告に、頷くアメニ

もし、あのままアメニの母親を医者に見せず、療養もせず無理をしていたら過労死していたかもしれない



夕暮れ前にティアノーズ邸に着き、先にヴィクトリアとアメニを屋敷に降ろしてからマードックを診療所に送る為に再び馬車は走り出す

馬車を見送って二人は屋敷に入ると執事が出迎え、ヴィクトリアに説教という小言を訴えて来るので、それについて彼女が謝ると頭を下げ去って行く

「あ、あの、ヴィクトリア様」

「何?」

優しくアメニを見るヴィクトリアに「今日は、本当にありがとうございました」頭を下げてお礼を言い

「お土産まで用意して貰って、すごく、嬉しかったです。それから、その、お薬代は、給料から支払いますので・・・」

アメニが言い終わらないうちに

「薬代は私が払うから気にしなくて良いのよ。それより少し部屋で話しましょう」

自室に向かうヴィクトリアに、アメニもその後について行く


部屋には、今日のヴィクトリアの世話をするメイドが控えている

「モナ、悪いけど二人分のお茶を用意してくれる?」

頷きながらチラッとアメニを見て部屋を出るモナ


ヴィクトリアはアメニを見て

「・・・・お母様には、私が優しい主だと言っていたのね」

アメニはその言葉に頷くしかなかった

「・・・・ほ・・・本当の・・・事ですから」

困った様にそう言うと「嘘よね?判るわよ、皆の怯えた態度を見ていれば」アメニに近づき、彼女の袖を捲る

鬱血した青い痣が幾つかある・・・折檻の痕だ

「・・・これは私がしたの?」

確認する様に尋ねるが、アメニは答えない。その通りだから

「他のメイドにも、同じ事をしていたのね?」

今出て行ったモナにもだ

震えて答えないアメニを、ヴィクトリアはギュッと抱きしめて「ごめんなさい、本当にごめんなさい」涙が零れる


「いくら記憶が無いからといって、許される事じゃないわ!!貴方にも皆にも!!」

ギュッと、アメニを抱きしめるしか出来ない

(それでも許してくれないだろうか?少しでも自分に対する憎しみを、消してくれないだろうか?)

そう、ずっとずっとヴィクトリアは泣きたかったのだ

皆にした仕打ち、恨みの籠もった手紙、記憶が無いとはいえ全部自分がして来た事だから


「ヴィ・・・ヴィクトリア様・・」

抱きしめられたアメニは戸惑う

涙を流し、震えながら自分を抱きしめる彼女がとても痛ましかった

「・・・・わ、私は今のヴィクトリア様に、とても感謝しています。その、正直、あまりにもお変わりになったので、戸惑っておりますが、い、今のヴィクトリア様は、その・・・・好きです」

おどおどとしながらも、アメニはヴィクトリアに告げる


その言葉にヴィクトリアはアメニを見る

涙を流しながら自分を見ているヴィクトリアを、アメニは綺麗だと思った

今まではそんな事、思いもしなかったのに

「ヴィ、ヴィクトリア様は記憶を無くされて、その、お優しいヴィクトリア様に、生まれ変わった様です」

アメニは言葉を選びながらも、自分が思っている事を伝える


その言葉にヴィクトリアは頷き

「そうね、私は生まれ変わった。これからはもっと人に愛される様に、優しく接するように頑張るわ」

涙を拭くヴィクトリアに、アメニは「今のヴィクトリア様は、十分にお優しいです」と答える

その言葉が嬉しく、笑顔を見せ涙を拭うヴィクトリア

コンコンとドアがノックされヴィクトリアが返事をすると、モナがお茶を運んで戻って来た

「失礼致します」

軽く頭を下げ、急ぎお茶の用意を始めアメニも彼女を手伝う


「・・・夕食前なので、僅かな焼き菓子しか用意して貰えませんでした。申し訳ございません」

そんなの関係なく用意して欲しいというモナに、サージスはこれで良いと言い張ったのだ

しぶしぶ厨房を出たが、これでヴィクトリアに怒られるのは自分なのに・・・と腹立ちながら謝る


ヴィクトリアは頷き「ありがとう、美味しそうなクッキーね」と用意された菓子を見て嬉しそうに

「それじゃあ、二人とも座って」

と二人をお茶に誘う

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