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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
27/69

 20話 お茶会を開きたい悪女

ティアノーズ侯爵家での朝食は、休日以外三人揃って取る事になっている

それは記憶を無くした時からのヴィクトリの頼みであり、その習慣は今もずっと続いている

そして今日は平日なので、ヴィクトリアはルシフェルと向かい合って食事を取りながら「・・・お父様、私お茶会を開きたいんですが、良いですか?」上座に座る父親に恐る恐る尋ねる


それを聞いて傍に仕えていた使用人達は驚き、ヴィクトリアとランドルを交互に見ているが、アメニは朝の身支度の時に聞かされていたのでランドルの反応にドキドキしている

「お茶会?お前がか?」

ランドルも驚いた様にヴィクトリアに尋ね返すが、最愛の娘の事には寛容なので「お前の好きにしたら良い」あっさりと許可を出す

それを聞いて使用人達はざわつく気持ちを抑えながら(お茶会?この前、来られたティナ様か?)まさか大勢が押し掛けて来るなど夢にも思わない使用人達は『また来客を迎える準備を』と浮き足立っている

それ程に悲しいかな、ティアノーズ邸には来客が来ないのだ


「・・・大丈夫なのか?」

一人冷静なルシフェルは、朝ベッドの中でヴィクトリアからお茶会の事を聞いた

そしてヴィクトリアがお茶会に呼ぶのは、伯爵以下の身分の令嬢だとルシフェルは判っている

「何がです?」

ヴィクトリアが首を傾げると、ルシフェルは使用人達を見て

「・・・大体どれ程の人数が来るのか、予め多めに使用人達に伝えておく必要がある。令嬢達が乗って来る馬車を停める厩の配置・・・門番も必要なんじゃないのかな?大勢来るなら、給仕を雇う必要もあるだろう・・・そういった準備だが」


きちんと出来るの?とルシフェルはヴィクトリアに尋ねる

「なるほど・・・そういう事は、ティナと相談します」

ヴィクトリアはルシフェルに言われた事に感心し、友人達にお茶会の準備について尋ねて学ぼうと考えて張り切り、ルシフェルは

(まあ、夜会と違ってお茶会とはそんなに気を張らずに出来るのかもな)

男性のルシフェルはお茶会の事など知らない為、ティナと相談すると言っているのだから自分が首を突っ込むのは野暮だと考える


オルテヴァール王国では、貴族男性達は夜会で政治的な交友関係や親睦を深めるので、その為に昼間に紳士淑女が集まったりする催しはあまり無い

なんとなくお茶会は平日、暇を持て余している貴族女性が集まり、お茶を楽しみながら交友の幅を広げたりする為の娯楽と見なされ、男が参加するものでは無いと認識されて来たから


ランドルの了承を得て、ヴィクトリアはすぐティナ達をお茶会の打ち合わせの為に屋敷に誘う

客人達がやって来るとティアノーズ邸の使用人達はまた慌てふためきながら迎え、応接間へと彼女達を案内する

今回はお茶会のセッティングや誰を呼ぶか、招待状作成等の話し合いの為に集まっていると聞いているので、お茶の用意をしながらドキドキと粗相しない様もてなすメイド達

けれどそんな使用人を他所に、初めて侯爵の屋敷の敷地に入る令嬢達は大はしゃぎしている

「すごい・・・何もかも桁違いです」

大きな門に、途轍もなく広い庭・・・何処の宮殿ですか?と思わせる大きく立派なシャンデリア(これは悪女ヴィクトリアの趣味で『使用人泣かせ』の家具の一つ)


美味しい焼き菓子を食べながら、お茶会の日取りと呼ぶ相手に送る招待状などを話し合い、令嬢達四人が楽しくおしゃべりしている光景を微笑ましく見守っている使用人達

ヴィクトリアが嬉しそうに友人達と笑って話しをしている姿を見て、アメニも心からホッとしながら

(これからもヴィクトリア様にはきっと沢山の、良いお友達が出来るんですね。そうなったらもっとお客様が増えて、このお屋敷もさらに賑やかになるのですね)

そんな事を考えながら、幸せそうな主人を見つめる


どんなお茶菓子を用意するかを決めて、招待状を作ると親しい友人のみ招待するお茶会を開くのは、四日後になる

早くお茶会を開きたいヴィクトリアは、記憶を無くして以来初めてのお茶会にその四日後が待ち遠しくて堪らない


夜遅くにルシフェルが帰って来ると、ヴィクトリアはお茶会を四日後に開く事を話す

「そうか」

ルシフェルはお茶会に関してはティナが居るから大丈夫だろうと思い、何よりヴィクトリアが嬉しそうにしているのだから、好きにしたら良いと特に気に止めていなかった

それよりもルシフェルにとって今、最も頭を悩ましている問題はアルフレドの存在

(ヴィクトリアが少しでもあの男に好意を抱いたら・・・)

それがどれ程恐ろしい事か・・・ルシフェルにはそれが頭から離れない

「ルシフェル?」

どうしたの?と心配そうに自分を見るヴィクトリアを、不安を拭うように抱きしめる



いよいよお茶会当日、ヴィクトリアはドキドキしながら招待した友人達が来るのを待つ

「どれだけ来てくれるのかしら?ティナ達がお友達も呼んで来てくれるから、十人以上は来るはず」

今まで人の夜会で大勢の来賓客達を見てきているヴィクトリアは、あんなに大勢の来客など望まないから、誰も来ないのだけはやめてと少し不安にもなっている・・・けれど、ヴィクトリアは判っていなかった

ティアノーズ侯爵令嬢がお茶会を開き、それに参加する。それがどれ程、伯爵以下の爵位の者にとって憧れであるのかを


騒ぎはすでにお茶会が始まる前に起こっていて、ティアノーズ邸付近の道路が馬車の渋滞で身動き出来ない状態になり、ティアノーズ邸に入ろうとする御者同士が揉める騒ぎになり、門番二人が自分達だけではとても対処しきれないと一人が屋敷に応援を求めに行く

御者達は自分の主人を何とかティアノーズの屋敷に送り届けたいが、渋滞の所為で見動きが取れず(一体どうなっている?)と馬車をそのままに、様子を見る事も出来ず時間だけが過ぎていく事にイライラが募る

渋滞の原因の一つが、対向方面から来た馬車が屋敷に入ろうとするからと、そういった馬車の誘導に慣れていない門番の不手際の所為


何事か?とティアノーズのメイドと使用人達も様子を見に行ったが、真っ青になって戻って来る

「や、屋敷の前で馬車の渋滞が起こってます!!御者同士で喧嘩にもなっていて・・・」

青褪め震えているメイドに、ヴィクトリアは驚く

「どうしてそんな事に・・・?」

ヴィクトリアも慌てて屋敷を出て見に行こうとするので

「ヴィ・・ヴィクトリア様は出ないで下さい!!外の人達、殺気立ってて怖いんです!!」

メイドの一人が怯えながらヴィクトリアを止め、ドルフェスと男の使用人達が状況を把握しに急ぎ門へと向かう

屋敷の中では外の騒ぎに怯えるメイド達と(どうしてこんな事に?)と困惑するヴィクトリア


予想以上の来客にすでに厩だけでなく、一応庭の空いているスペースにも馬車を置ける様にしていたのだが、その場所にもぎっしりと馬車が並べられているので出るに出られず、このまま待機かと御者達も困りながら馬を宥めている

ドルフェスは仕方なく、今回受け入れられない馬車には謝罪して帰って貰うしかないと判断し、すでに厩に入っている令嬢達には使用人達が屋敷に案内し、ヴィクトリアが出迎える形を取る

屋敷の門を閉じ、ティアノーズ邸に訪れた馬車には失礼を承知で帰って貰っているにも拘らず、令嬢の中には『私だけでも中に入れて欲しい』とごねる者も居てなかなか渋滞は収まらず、そして次から次へと馬車がやって来る始末


今、屋敷内でヴィクトリアと共に居る令嬢達はそんな外の騒ぎを気にしながら(自分達も帰るべきなのだろうか?このままここに居ていいのだろうか?)不安に感じている

(ティナ達も屋敷に入れないで困っているだろう・・・)

ヴィクトリアも、こんな騒ぎになると思っていなかったので頭を抱えたくなる

けれど、お茶会の主催者として自分がしなければならない事があると、屋敷に居る全く知らない令嬢達に心から申し訳無く思いながら「ごめんなさいね、こんな大事になってしまって」と謝る


さっきまで不安そうに外の様子を心配して、自分達はどうなるんだろう?と思っていた伯爵以下の令嬢達は、ヴィクトリアが申し訳無いと謝ってきたので、余計にどうすれば良いのか判らずお互いの顔を見やり居た堪れなくなる

そんな彼女達にヴィクトリアは優しく微笑み「折角来て下さったんですもの、外が収まるまでゆっくりしていって下さいね」メイド達にお茶の用意をさせ、まずは折角来てくれた令嬢達に寛いで貰う

ヴィクトリアの心配りに、屋敷内の令嬢達も少しホッとしお茶を飲みながら「怖かった」「どうなるかと思ったわ」と次々安堵の溜息を吐く


「お茶会を開いたのは初めてで、こんな大事になるとは思わなかったの。不安にさせてごめんなさいね。でも、皆様だけでも来てくれて嬉しいわ」

ヴィクトリアは控えめに笑い謝罪してその場を和ませると、その穏やかさに伯爵以下の令嬢達は、侯爵令嬢とはこんな感じなのかと誤解する(実際の公爵や侯爵は(人にも寄るが)気位が高い)

「い・・・いえ、こちらこそ・・・その、私はシルメラ様に呼ばれて・・・お願いして参加させて貰いまして。その、ヴィクトリア様に招待された訳ではないので、その、帰った方が良いのでしょうか?」

恐る恐る一人の子爵がそう尋ねると、周りの令嬢達も俯く


「そんな事は気にしないで。お友達も呼んでとお願いしたのは私なので」

そうニッコリ笑うとヴィクトリアは

「皆さんはどうか気にせず楽しんでいって下さい。帰る頃にはきっとこの騒ぎも収まっているでしょうから」

内心ではとても心配なのだが、そんな様子を微塵も見せないヴィクトリアの笑顔で、令嬢達も安心してこのお茶会を楽しむ事にする

メイド達も令嬢達のおもてなしに忙しく動き回る中、外では相変わらず騒がしく、ヴィクトリアは申し訳ない思いでいっぱいだった


渋滞は次から次へと来る馬車が後を絶たない所為で昼を過ぎても一向に収まらず、憲兵まで「何事か!?」と駆けつけて来て、相手が侯爵の遣らかした事だったので慌てて道路に規制を掛けて何とか夕方近くには渋滞は緩和した


このお茶会ははっきり言って成功とは言えない

招待した者が参加出来ず(運良くユアナとディジーとキャシーは参加出来た)関係の無い、招待者の友人達に対しても本当に招待者の友人かどうか確認出来ていない

ただ救いは彼女達がヴィクトリアが開いたお茶会をとても楽しんで、喜んでくれた事だ

令嬢達が帰るのを見送るヴィクトリアに「とんでもない事になってしまったわね・・・」キャシー達が声を掛ける

ヴィクトリアも溜息を吐きながら「本当に、申し訳ない事になってしまったわ・・」がっくりとうな垂れる


「私達、二、三人ぐらいしか呼んでないのよ?あまり大勢来ても困るだろうと思って。それなのにこんな事になるなんて、絶対に可笑しい!!絶対に関係ない令嬢も来てるわよ!!」

ディジーがそう訴えると、ヴィクトリアは

「そうなのね・・・でも、わざわざ来てくれたんですもの、追い返したりは出来ないわ。ただ、その所為でこんな事になってしまったのだけど」

オルテヴァールでは招待状に招待者のみと書かれていない場合、招待された側が主催者側に友人の同行の許可を貰い仲の良い友人を連れての参加は珍しくない


その為にヴィクトリアのお茶会に招待された者に『自分達も参加したい』と友人達が頼み込んだ事で起こった騒ぎなのだと思ったが、どうも全く関係ない令嬢が、適当にヴィクトリアの友人達の名前を出して参加しようと目論みこんな騒ぎになってしまった様だ

漸く騒ぎを治め、クタクタになりながら屋敷に戻って来たドルフェス達に何度も謝るヴィクトリアに「これも我々の仕事ですから」と答えるドルフェス達

しかしこの騒動は当然すぐに王城務めのランドルの耳にも入る



夜、帰って来たルシフェルはヴィクトリアの話しを聞いてドルフェスに「ご苦労だったな」と苦笑いをしながら労うので、ドルフェスは自分の落ち度だと頭を下げる

「私の配慮が足りませんでした」

「実際ヴィクトリアには、何人来ると聞いていたんだ?」

落ち込んでいる彼女を見ながらドルフェスに尋ね、ドルフェスは

「招待したご令嬢は十名ですが、客人達はそれぞれ友人達をお呼びすると聞いていましたので・・・四十人位かと思っておりました」

だが実際に屋敷を訪れた令嬢はその倍、いや百人は超えていたかもしれない


「今回は曖昧に人数を伝えたヴィクトリアが悪い。ドルフェスに落ち度はないよ」

そう伝えると、落ち込んでいる愛する婚約者に

「今度はもっと気を付けないと、使用人達が困る事になる。それはヴィクトリアだって嫌だろう?」

「ええ、まさかこんな事になるとは思ってなかったわ。本当にごめんなさい」

ヴィクトリアは深く反省しドルフェスに再度謝ると、ルシフェルはそんな彼女を慰めるように抱きしめ自室へ向かう

自分にも配慮の言葉を掛けてくれる、そんな若い主人達を見送るドルフェス


ルシフェルが部屋に入りいつもの様に机に鞄を置くのを見て「・・・今日は疲れました」ヴィクトリアは深い溜め息を吐く

「一番疲れているのは、ドルフェスと使用人達だろう?」

ルシフェルの言葉に、ヴィクトリアは顔を曇らせ

「・・・もう、お茶会は開けなくなるわね」

「人数を制限すれば、幾らでも開けるよ」

落ち込む婚約者を、ルシフェルは

「今回は制限を掛けなかったし、相手は伯爵位下だったから群がられたに過ぎない。人数をしっかりと決めて開けば問題ないだろう?」

優しく慰めると、ヴィクトリアは彼の傍に行き「初めから、そうすべきだったのね」甘えるように抱きつく

「だから、大丈夫なのかと最初に聞いただろう?」

ルシフェルは甘えてくる愛する婚約者にキスをする



遅くにランドルが帰宅するとすぐにドルフェスに命じ、ヴィクトリアを自室に呼び付ける

今日のお茶会の出来事で憲兵までが乗り出した事に、彼は大激怒したのだ

「ティアノーズの名を貶める事は、幾らお前でも許されない事だぞ!!判っているのか!?」

珍しく娘に怒るランドルに、ヴィクトリアも「申し訳ありません」頭を下げて謝る他なかった

「どうしてこんな事になった?たかがお茶会でこんな騒動になど、ならない筈だろう!?」

シュンとなっている娘に、なるべく怒りを抑え問うランドルに「・・・それは・・・」(どうしよう?)とヴィクトリアは考える


権力主義の父親に伯爵以下の令嬢を呼んだと知れたら、彼はどう思うだろうか?不安だが、言わない訳にもいかない

「招待したお友達が、自分達では人数が少ないと気を遣ってくれて・・・それで、彼女達の友人にも声を掛けてくれたんです」

しどろもどろに考えながら答えると、ランドルは

「なにを馬鹿な事を!!我がティアノーズ家の、ヴィクトリアが茶会を開くのに、どれだけ集まると思っているんだ!?」

「ええ、だから大変な事になってしまったんです」

思わず父のその言葉に便乗するヴィクトリア

「まさか、あんなに大勢来てくれると思ってもいませんでした。流石はティアノーズですわね。自分でも驚きました」

だから許し下さいという目を向けて、ランドルに訴える


娘に甘いランドルは「以後気を付ける様に」とだけ告げ、今度はドルフェルに小言が始まった

「そもそもお前が居ながら何だこの失態は?ティアノーズはとんだ恥を掻いたんだぞ!?侯爵が禄に茶会も開けない。そんな嘲りの噂が流れてみろ、私が恥を掻く事になるんだぞ!?」

イライラしながらドルフェスに当たる様に怒鳴り「憲兵までもが出しゃばって、忌々しい」騒ぎに駆けつけてくれた憲兵まで非難しだし、ヴィクトリアは

「お父様、今回の件は全て私が悪いんです。私の失態の後始末をドルフェス達がしてくれたんです。責めるなら私だけにして下さい」

そう訴えるが、ランドルは何を馬鹿なという顔で


「夜会や茶会、全ての催しはこのドルフェスに一任している。お前が気にする事ではない。任されている以上、完璧にこなせない、全ては無能な使用人共の所為だ!!ドルフェス、連中の教育を遣り直せ!!」

「お父様、なんて事を言うの!?」

ヴィクトリアは父親の言葉に信じられないと衝撃を受け

「皆、一生懸命に自分達の役割を果たしてくれました。私がきちんと人数を把握していなかったからこんな事になったんです!!迷惑を掛けた私を、それでも皆頑張って助けてくれたのよ・・・そんな言い方しないで」

ヴィクトリアは涙目で父親に訴える


ドルフェスも今回、まさか伯爵以下の身分の令嬢達が来るとは思わず、けれど相談に訪れた令嬢達が皆、伯爵や子爵だった事に気が付けば良かったと反省していた

しかし、今回のこの事件はあまりにも令嬢達が群がり過ぎた為、どうにもならなかった

道路の規制は必要、招待客の人数制限も必要、使用人達によるおもてなしの心得も必要

ヴィクトリアは今回の失敗で多くを学び、次は成功させる為にどうすれば良いのか?課題を解決する必要がある


「使用人達は皆優秀です、無能ではありません。愚かな私の所為でこうなったんです。申し訳ありませんでした」

ヴィクトリアは父に頭を下げ、ドルフェスも同じく頭を下げるのでランドルは娘に頭を下げられ溜息を吐く

「・・・今後二度とこの様な恥を晒さぬように。ティアノーズの家名を貶めるような事だけは、絶対にするな」

そう叱責するとヴィクトリアを下がらせ、ドルフェスはランドルの言葉に

(以前のヴィクトリア様が、どれ程ティアノーズの家名を穢して来たか)

そう思い、大人しく出て行くヴィクトリアを見送り

(今のヴィクトリア様の方が、余程まともだ)

傲慢で我が侭な悪女ヴィクトリアには、ランドルは注意はしていたが怒る事は無かった


ランドルに怒られ、寝室に戻って来るヴィクトリアに「お疲れ様」と、ルシフェルはベッドに出していた書類を片付けながら労う

ヴィクトリアはルシフェルの隣に座り「私の所為で使用人にまで迷惑を掛けたわ」そう呟きベッドに横になる

「ドルフェスまで叱られて・・・」

彼には本当に迷惑を掛けたと申し訳無い気持ちの彼女に、書類を片付けたルシフェルが

「前から思っていたが、ティアノーズのメイドや使用人達はあまりにも、もてなしに不慣れ過ぎるな」

優秀なルシフェルは、その事に前から気になっていた

別に誰も呼ばないのであればそれで良いのだが、これから客人を呼ぶ事になるのならこのままでは駄目だと思っていた

「そうなの?」

ヴィクトリアは起き上がり、頼りになる婚約者を見る


「接待に慣れていないから、もたつくんだ」

ルシフェルはそう言いながら「でもこればっかりは慣れだからな・・・」どうしたものかと考え

「・・・盛んに催しをしている屋敷にでも、研修に向かわせるか」

笑うルシフェルにヴィクトリアは「それ、いい考えかもしれない」と同意すると、ルシフェルは「研修に遣るの?大丈夫か?」と尋ねる


「接待には人手がいるでしょう?無料でティアノーズの使用人を派遣させれば、向こうにとっても悪くない筈でしょう?こっちだって勉強させて貰えるし」

どう?と尋ねるヴィクトリアに、ルシフェルは「まあ使用人達がそれで良いなら」そう言ってベッドの中に入る

そんな彼にヴィクトリアは「ありがとう、やっぱりルシフェルは頼りになるわ」嬉しそうに自分もベッドに入る

「そう?それなら、お礼をして貰おうか」

そう言いながら愛する婚約者を抱きしめるルシフェル



翌日、ヴィクトリアは使用人達を応接間に全員集めると、まず最初に自分の所為で起こった昨日の騒動の事を謝り、また尽力を尽くしてくれた使用人達に労いとお礼を伝える

「それでね、この屋敷はあまり人を呼ぶ事が無かった為に、皆、接待に不慣れだと思うの」

ヴィクトリアはなるべく言葉を選び傷つけない様に話し始め、メイドと使用人達はその通りだと頷く

「それで・・・ルシフェルに相談したんだけど、他のお屋敷の催しの時に研修に行って貰おうかと考えているの」

その言葉にドルフェスは驚く

「お、お待ち下さい。それはティアノーズの使用人を、他の屋敷で働かせると言う事ですよね?」

ドルフェスが「とんでもない!!」とヴィクトリアに抗議すると、使用人達も「何を言い出すんだろう?」とざわつく


「働かせるのではなく、あくまで研修です。手伝いを兼ねて、接客の勉強に行って貰うの」

(でないと邪魔でしかならないもの)

その言葉に「無茶な事を、ランドル様が許しませんよ」ドルフェスは良い顔をしない

「でもね、こうでもしないと皆、接待について何も学べないでしょう?接待は頭で学ぶのではなく、経験が必要だもの」

使用人達を見てヴィクトリアは

「皆は一生懸命、真面目に働いてくれているけど、来客が来る度に慣れていないから必要以上に忙しく動き回る事になっているでしょう?でも慣れれば、そんな事にはならないでしょう?」

ヴィクトリアはドルフェスに


「・・・出来れば私は、これからはこの屋敷に友人達を呼びたいと思ってるの・・・お茶会も開きたい。だから、出来るだけ皆には接客に慣れて貰いたいのよ」

そう訴え、でもと付け加え使用人達を見回して

「無理強いはしないので。研修を受け入れて貰った時は望んだ人達のみ、そのお屋敷に行って貰うから安心して」

その言葉に使用人達はお互いの顔を見合わせ

「あの、私は研修を受けたいです」

「私も、接客にはいつも不安でしたから」

メイド達は皆、研修には不安があるもののやはりこのままでは駄目だと思うのか研修を受ける事を望む


メイド長のマーズ・レストも

「私も、長年仕えて居りますが、接客だけは不慣れれ御座います。もし、勉強出来る機会を頂ければ、今後のお役に立つ為にも学ばさせて貰いたいです」

「そうね、ティアノーズ家は今まで来客を呼ばずにいたものね。でも、これからは出来るだけ来客を呼んで、おもてなしをしていきたいと思うの。だから、皆も大変だけどよろしくお願いね」

頭を下げる主人に、使用人達はそんな当たり前の事なのにと思う


当然研修の件にランドルは恥晒しだと怒って反対するが、ルシフェルが使用人達の研修の必要性を説き、納得させる

ドルフェスはあのランドルを説き伏せるルシフェルに感服し、ヴィクトリアは頼りになる婚約者に感謝しながら、ティアノーズ家のメイドと使用人達の研修は始まった



研修の協力にはティナ、シルメラ、キャロルと伯爵の友人達がそれぞれお茶会を開き、その時にティアノーズの使用人達を受け入れてくれる

そして研修を受けていくとティアノーズのメイド達は、屋敷によってもてなし方が違う事に驚く

研修に伺う屋敷では、それぞれの使用人達が自分達で考えながら独自の遣り方でおもてなし、迎える準備をしているのだ

勤勉なティアノーズの使用人達は研修を受けるのはメイドだけではなく、使用人による厩の番や、門周辺の馬車の誘導の仕方を学ぶ者等、自分に合った研修を選び学んでいく


「ティナがどうしてもサージスが出してくれるデザートを、自分の料理長に教えて欲しいと言うの。駄目かしら?」

ティナは以前訪れた時に出された、ムースのチョコレートソースがけが気に入ったのだ

ヴィクトリアの頼みであり、なによりヴィクトリアの大切な友人でもあるティナの為、仕方なくサージスはレシピと作り方を教える事に了承する

ついでにパーティー用の料理なども、その料理長と教え合えたら良いと考えて


ところが、いざホレイスター家を尋ねザイド料理長を目の当たりにし、お互いにライバル心が芽生えたのか?同属嫌悪というのか?はたまたプライドの問題か?何故かサージスとザイドは険悪になってしまった

ムスッとしながらも、自慢のデザートを自慢げに教えるサージスに、それを悔しそうにメモを取るザイド

その様子を見守ってから、ティナとヴィクトリアは出来上がったデザートの試食の為に食堂のテーブルに着く


そしてそのテーブルにはすでに、何故かキャシーやシルメラ達までがちょこんと座っていた

「だって、ティナが凄く美味しいデザートだったて言うんだもの、食べてみたい!!」

彼女達は今日の事を聞いて自分達も食べたいと、ホレイスター邸に遊びに来たのだ

(すごいわ、皆甘いものに貪欲なのね)と感心するヴィクトリア

シルメラはお茶会の騒動の原因が自分にもあると思い謝って来たが、ヴィクトリアは誰も悪くない、自分が甘かったのだ、反省していると笑う

そうして出来上がったデザートに、皆が感嘆の声を上げる


(あら?でもこれ少し違う)

ヴィクトリアはサージスを見ると、何故だかサージスはムスッとしていて彼の横にいるザイドは何故か、して遣ったりな顔をしている

「いただきます」

令嬢達はこぞってデザートを食べ、ヴィクトリアも緑かかったチョコレートソースを口にする

「わあ、美味しい!!」

令嬢達が嬉しそうに、デザートを褒めるなか「これ、ミントね?」ヴィクトリアがサージスに尋ねると「その通りでございます」とザイドが答える

(チョコレートにミント)

これを考え付いたザイドに「そんなもの」と、サージスは笑ったがこれが悔しいまでに合ったのだ


「すごいわ、チョコレートの苦味と爽やかなミントの味・・・合うのね」

嬉しそうなヴィクトリアを見て悔しい思いをするサージスだが、ティナも「流石よね、やっぱりこのデザート最高!!」嬉しそうに食べる令嬢達を見て、お互いライバル視していた料理長達は心から満足する

結局は主人が幸せそうに美味しそうに自分が作った料理を食べてくれる姿を見るのが、料理人として最高の瞬間だから



そして使用人達の研修は、何もティアノーズの使用人だけでは無くなった

この事がきっかけで使用人同士の向上の為になるので、他の貴族達も自分の使用人達を主人が素晴らしいもてなしだと思った屋敷へ、研修に行かせる事が当たり前になった

ただそれは伯爵以下の爵位の間でだが、その中には当然ティアノーズ侯爵家も含まれる

こうして無事、ティアノーズの使用人達はそれぞれ努力の甲斐もあり、素晴らしいおもてなしが出来るようになる


後日談として、ヴィクトリアが開くお茶会は上位、下位派閥関係なくヴィクトリアが招待したいと思う令嬢だけが呼ばれる

そのため、貴族の間ではちょっとしたステータスになっていく

『あの、ヴィクトリア・ティアノーズのお茶会に呼ばれた』と



「上手くいって良かったな」

嬉しそうに今回の研修の成果を話すヴィクトリアに、ルシフェルは一安心する

「ええ、本当に。皆よく頑張ってくれたわ」

ヴィクトリアは使用人達の努力に感謝し「ルシフェルが助言してくれたお陰ね」嬉しそうに愛する婚約者に抱きつく

「まあ、これで心配なくお茶会が開けるんだ。良かったな」

ルシフェルが抱きしめ返すと「ええ」と笑い、それからポケットに入れていたハンカチをルシフェルに渡す


渡されたルシフェルは(何だ?)と思いそのハンカチを広げる

白いハンカチには金と茶色の混ざったコップに青い色の水が刺繍されていて、紫の花がそのコップに寄り添うように一厘だけ刺繍されていた

「これは・・・もしかして、このコップの色と、青い水は俺の色?」

自分の金色に茶色掛かった髪に青い眼を表しているのかと、ルシフェルは気付く

「この紫の花は、ヴィクトリアか?」

嬉しそうにルシフェルが尋ねると、ヴィクトリアも「気付いてくれました?」嬉しそうにルシフェルに寄り添い

「ずっと、ルシフェルに渡すプレゼントを考えていて。この刺繍を思いつたのは良いんだけど、私、刺繍は苦手で。漸く出来上がったんです。あまり上手くないですが・・・」

「いや、最高のプレゼントだ」

ルシフェルはギュッとヴィクトリアを抱きしめ、キスをする


「・・・花は水が無いと枯れるんです」

唇が離れると唐突にそう伝えてくるヴィクトリアに、ズキンッとルシフェルは胸を痛める

(どういう事だ?もっと大事にしろという事か?)

最近は忙しくてあまり二人で出掛けていないし、二人の時間もそんなに取れていない・・・抱きしめている愛する婚約者がジッと自分を見つめているので

「・・・そうだな、最近あまり出掛けていないし・・・何処か出掛けようか?」

ルシフェルの提案にヴィクトリアは首を振る


ヴィクトリアは何となくルシフェルが記憶以外にも自分に対し、何か不安を抱えていると感じている

でもそれが何かはヴィクトリアには判らないが、出来るだけその不安も取り除いてあげたいと思っている

「私は、ルシフェルの傍に居られるから幸せなんですよ。ルシフェルが私に、水を与えてくれるから」

愛する婚約者をギュッと抱きしめる・・・ヴィクトリアの言う水とは、ルシフェルがくれる優しさと愛情の事だ

「いつも頼ってばかりですけど、ルシフェルに頼って貰えるように頑張ります」

自分に言い聞かすよう、そう告げるヴィクトリア


そんな彼女に「俺も、ヴィクトリアが居るから幸せなんだ」そう伝えるルシフェルは、ずっと不安を押し殺してきた気持ちを、吐き出すように

「だから・・・頼むから、俺以外の男を好きならないでくれ!!」

思わずそう叫びながら、彼女をきつく抱きしめる


(情けないと思う。自分でもどうしてこんな事を言ってしまったのか・・)

ルシフェルにとっては、ずっと不安で仕方がない

目の前の最愛のヴィクトリアが、どれだけ男達を魅了するのか・・・どれだけ大事にしても、愛しても、ヴィクトリアが他の男を好きなったら終わりだ

(情けない)

自分がこんなに情けないとは泣けてくるが、それでも、どうしてもあのアルフレドの言葉が胸を、心を、締め付ける様にかき乱す


「・・・私はそんなに不安にさせているんでしょうか?」

ヴィクトリアはルシフェルにきつく抱きしめられながら

(どうすればいいんだろう?)

「こんなに貴方を愛しているのに・・・」

一緒に暮らす事になり、寝室も一緒なのに、彼の事を大事に思い、出来るだけ不安にさせない様にと精一杯愛しているのに、それでも彼を不安にさせてしまうなら

「・・・私はどうしたら良いんでしょうか?」

ルシフェルに尋ねるヴィクトリアに、そんな彼女を見てルシフェルは自分の愚かさに嫌になる


ルシフェルは不安が大き過ぎて、ヴィクトリアが一生懸命自分の望みに答えてくれているのに、判っていなかった

いや、判っていてもそれでも不安が募り、胸が張り裂けるほど苦しくなる

「ごめん」

一生懸命自分を愛してくれている最愛の人をもっと信じるべきだが、自分が弱い所為でどうしても不安を抱いてしまう

ヴィクトリアが自分を裏切るんじゃないか?他の誰かを好きになってしまうのでは?と


「俺ももっと強くならないとな。下らない事で、不安なんか抱かないように」

それがとても難しい事も判っているが、ヴィクトリアに

「もう少ししたら職場も落ち着くから、その時はまた何処か遠出でもしようか?」

優しく笑うと、ヴィクトリアも安心したように頷き「いいですね」と笑う


人を愛するという事は、その愛情の分だけ苦しむ事にもなる

ルシフェルにとってはヴィクトリアを信じる事で、不安が一つ取り除かれる事になる

だがその不安要素がアルフレド・ウェンヴィッツなのだからそう簡単には拭えない

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