17話 新星騎士団と悪女
カレンは朦朧とする意識の中で書類にサインをしていくが、ペンを持っている右手は字を書き過ぎて震えている
(一体どれだけサインしたんだろう・・・?)
疲労困憊と言った感じで、ずっと書類ばかり見ていたカレンは顔を上げ前を向く
(膨大な目の前の書類は一体何時消えるのだろう?っていうか何かぜんぜん減ってない?そんな訳ない・・・よね??)
だんだん手の痺れで字が可笑しくなってきているので「もう、だめ・・・ちょっと休憩・・」立ち上がって「うーん」と伸びをする
「そんな事をしているなら、さっさと書類に目を通しサインしてくれ」
運悪く?休憩している処を突然執務室に入って来たアルフレドに見られ、ビクッとするカレンを気にせず、また大量の書類を彼女の机の前に置く
「え・・・?あの、これは・・・?」
恐る恐るアルフレドに尋ねるカレンに「日付が変わった。これは本日の分の一部だ。様子を見に俺が届けに来た」無表情に淡々と告げる
「ひ・・・日付?」
時計を見ると十二時八分を指している
「う・・・そ」
「少し仮眠をとっても良いが、今持って来たは書類は朝の九時までには目を通し、サインして俺の所に持って来る様に」
そう淡々と告げるとアルフレドはさっさと出て行く
「・・・朝の九時?」
(悪魔だ・・・あの人やばい人だ・・こんなの寝てられないじゃない・・)
今渡された書類を見て(九時・・・朝の九時までもう、九時間も無い)震えながら、書類に目を通す
アルフレドは部下に対して容赦が無いと言われているが、それは彼が自分が出来る事は他の者(主に部下)も余裕で出来ると思っているからだ
ヴィクトリアがカレンが辛い目に遭わないか心配と言った時、彼はあっさり「その心配は無いと思う」と断言した
今の現状においてカレンは死ぬほど辛い目に遭っていたが、ヴィクトリアは勿論、アルフレドも判っていなかった
「ヴィクトリア様・・・私は選択を間違ってしまいましたぁ」
とんでもないブラックな上司に仕えてしまった事を、一日も経たない内に後悔したカレン
朝の九時までに何とか期限付きの書類全てに目を通し終え、フラフラする足取りでアルフレドの執務室に赴き提出する
「騎士団の名前とエンブレムは考えたのか?」
アルフレドが書類を確認しながら尋ねるので(そんな余裕、ありませんよ!!)カレンは叫びたかったが、グッと堪えて「いえ、まだです」死にそうな声で答える
「成るべく早く決めてくれ。正式に発表しなければいけないからな」
アルフレドに言われ、カレンは頭を悩まし「はい・・・団員と相談します」まだ書類と格闘していて、女性騎士達に招集を掛けられていない
「俺から招集命令を掛けておこう。今から二時間後に・・・・」
「ちょ・・ちょっと待って下さい」
慌ててカレンは(冗談じゃないわ・・・)と心の中で叫び「あの・・まだその、準備が・・昼過ぎ、十四時にお願い出来ませんか?」アルフレドに頼むと
「・・・判った。では昼、十四時に」
アルフレドはまた書類に目を通し始めるので、ハァっと溜息を吐きカレンは誰も居ない自分の執務室に戻り、ソファーにバタンッと横になった
(やっと・・・眠れる・・・)可哀想にカレンは、疲れきってそのまま熟睡する
ハッと熟睡していたカレンの目を覚まさせたのは、十二時を知らせる時計の鐘の音だった
僅か三時間も仮眠を取れなかったが、今は勤務中だ
カレンは顔を洗って昼食を取り慌しく準備をして急ぎ招集を掛けて貰った訓練所に向かうと、すでに七名の女性騎士が待機していてのでカレンはそれぞれ自己紹介をさせる
カレンを含め、ナディア、リザ、イシュレイ四名が子爵、マーベル、サリア、リリー、モネの四名が男爵である
「まず、最初の課題だけど、この騎士の名前とエンブレムを決めなければいけないのですが、皆さんの案を・・・」
「あの」
と、手を上げるナディアに、カレン達は目を向ける
「新しく、女性だけの騎士団を作った理由を知りたいのですが」
彼女の質問に、困惑した様子の他の女性騎士達もカレンを見るので「女性騎士団を作った理由ですか・・・」どう説明しようかと考える
(アルフレド様は何て言っただろう・・・)
『女性はお荷物だと言う事が、全団長の一致した評価だ』
(違う、そうじゃない)首を振るカレン
『女性騎士の正当な評価が出来ない。なので、新しい女性だけの騎士団を作る』『女性騎士の活躍に期待しよう』
アルフレドの言葉を思い出し、カレンは
「女性だけの騎士団を設立してくれたのは、私達女性が男性騎士と同様の働きが出来る事を証明させる為です」
カレンは不安そうに自分を見ている女性騎士達に訴え掛ける
「皆さんは所属していた団員の男性から、お荷物と言われて来たのではありませんか?」
そう聞かれ、悔しそうに俯く彼女達に
「だから、この女性だけの騎士団はそのお荷物を放り出す為に作られたのでは?そう思っている人も居るでしょう」
カレンの言葉に、その通りだと一斉に顔を曇らす・・・彼女達は自分達の行く末が心配でならなかった
「この騎士団を設立したのは、アルフレド・ウェンヴィッツ様です」
「ウェンヴィッツ様が・・・?」
騎士団の設立は最高司令官の許可が必要だからアルフレドが関わったいるのは当然だが、何故彼が女性だけの騎士団などを設立したのか?益々不安が募る
「それは一人の侯爵令嬢様の助言が・・・私達女騎士の価値をウェンヴィッツ様に伝え、価値が有ると評価してくれたからです」
(ヴィクトリア様・・・・)
カレンはヴィクトリアが言ってくれた事を、女性騎士達にも伝える
「私達の価値についてもですが、彼女は何よりも私達がどれだけ努力し、頑張って来たかを判った上で、評価して欲しいとウェンヴィッツ様に頼んでくれたのです」
(まさか、それがこの女性だけの騎士団設立になるとは思わなかったですが)
不安そうな表情をしている、これから自分の部下になる彼女達に(気持ちは判る)自分も同じ気持ちなのだから
「・・・私はこの騎士団の団長に推薦された時、一つの決断をしました」
カレンは目の前の七人の仲間達に、決心した想いを告げる
「ここに居る仲間、貴方達と一緒に男の騎士達と戦う覚悟をです!!」
そう・・・ずっと黒耀騎士団に所属していた時は、誰も自分を仲間だと認めてくれなかったし、自分もそう思えなかった
けれど、今、目の前に居る彼女達は違う。これからこの騎士団を共に背負って行く、大切な仲間になるのだ
「私はこの騎士団を設立してくれた、ウェンヴィッツ様と侯爵・・・ヴィクトリア様の恩に報いる為にも、私自身が誇れる騎士団にしたいと思っています」
「ヴィクトリア・・・?」
誰もが聞いた事のある、大物悪女と同じ名前が出て来て驚く彼女達に
「前途多難な道ですが、今までだってずっと辛かったはず。でも、私達にはこれから共に助け合える仲間が出来ました。団長としてはとても頼り無いですが、皆さんの力を貸して下さい」
「・・・ヴィクトリアと言われましたが、あの悪女ヴィクトリア・ティアノーズ様ですよね?」
不信感いっぱいで、ナディアが尋ねる
周りの女性騎士達もお互いに「やっぱり、あのヴィクトリアよね?」と囁き合う
「確かにそう噂があった事もありますが、今のヴィクトリア様は違います」
カレンの言葉にナディアは不信感を露にしながら
「・・・ウェンヴィッツ様も、そのヴィクトリア様に好意を持っている噂があります。ご存知ですか?」
ナディアのその言葉に凍りつくカレンに
「ウェンヴィッツ様は、好意を持っている女性の頼みだから、安易に聞き入れただけに過ぎないのでは?」
カレンはナディアをジッと見つめ、ナディアはカレンを睨みつけるように見据えているので、まるで敵意を向けているみたいな彼女にカレンは
「・・・ナディア・リフェスガスト。それは二人への侮辱と捉えます。いいですね?」
厳しい目で彼女を見つめるカレンに「事実を言ったまでです」怯まずナディアは「それを都合よく解釈している、貴方の考えの方が間違っているのでは?」畳み掛けるように非難する
「・・・事実とは、貴方の言っている事実とはただの噂ではないのですか?貴方は本当の・・・今のヴィクトリア・ティアノーズに会った事があるの?」
その言葉にナディアは笑う
「侯爵様に、子爵の私が会える訳ないですよ?」
騎士になったからと言って、簡単に侯爵以上の身分の者の護衛は任せて貰えない故の発言だ
(言質を取った)
カレンはナディアに
「今のヴィクトリア様に会った事が無いのに、過去の噂を鵜呑みにするとは、貴方の人柄も底が知れますね、残念です。他にもウェンヴィッツ様がたかが好意を持っているからと、そんな理由で騎士団を設立させたと思っている人は居ますか?」
カレンは厳しい目で団員達を見るが、皆押し黙っている
カレンはフウッと一息吐くと
「ウェンヴィッツ様が、仮にヴィクトリア様に好意を持っていても、それは当然です」
カレンは真っ直ぐに団員達を見回し
「私もその一人ですから。あの方に関われば、誰だって彼女に好意を持つと思います」
そしてナディアに「ヴィクトリア様は、そう言う人なのです」と伝える
「だからこそ、私達女性騎士の在り方を懸命にウェンヴィッツ様に話されたのでしょう。その彼女の努力のお陰で、ウェンヴィッツ様も心を動かしたのだと思います。私は、私達の努力を判ってくれた、存在価値を認めてくれた、そのヴィクトリア様を侮辱する事だけは、絶対に許さない」
そうはっきりと言い切る
ナディアも、確かに噂でしか知らない相手を侮辱するのは愚かだったとうな垂れ「・・・無礼な発言でした、申し訳ありません」軽率だったと頭を下げ、反省する
彼女にしても騎士団が新設された経緯が判らず、しかも女性だけの騎士団という事に不安を抱き、また不満でもあった
(私は男達に負けていない、他の女騎士とは違う、お荷物なんかじゃない!!)・・・それが彼女の矜持だったから
だから女性だけの騎士に入団させられ、ショックを受け、また自分より能力が劣りそうなカレンが団長である事にも腹が立ち、思わず反発したのだ
「判ってくれればいい、今回は目を瞑ります。ですが」
目の前にいる全員に言い聞かす
「今後、ウェンヴィッツ様とヴィクトリア様に対する侮辱は許しません。肝に銘じておくように、良いですね?」
そう告げると皆がさっと姿勢を正し「心得ました!!」一斉に頭を下げる
上官に従う騎士の礼の一つで、カレンは頷き「それでは団名とエンブレムを決めましょう」最初の課題でもある団名とエンブレムをどうするか相談する
夕方、アルフレドはカレンの招集での様子を部下の報告で聞きながら、書類に目を通している
「・・・少し揉めましたが、上手く纏めたようです」
「揉めた原因は?」
「それは・・・ウェンヴィッツ様とティアノーズ侯爵令嬢様の噂を持ち出した者が居りまして」
「ほう・・」
ずっと書類を見ていたアルフレドは顔を上げる「噂とはどんな?」無表情で尋ねるアルフレドに、部下の男性は言葉を選びながら
「・・・ウェンヴィッツ様がティアノーズ嬢にその、好意を持っていた為に・・・騎士団新設に至ったのではと」
「なるほど、子爵や男爵にまで噂は流れているのか」
貴族の噂好きに辟易するアルフレドに、部下の男性が
「オウガストはその噂を一蹴し、今後二人を侮辱した者は許さない、肝に命じておけと」
「判った、もういい」
その言葉に部下は頭を下げ退出した
(オウガストを団長にしたが、荷が重過ぎるなら他の者と置き換えようと考えていた。だが、なかなか優秀の様だな)
一安心したアルフレドは、カレンから受け取った書類に目を遣り
(ただ・・・書類の提出は恐ろしく遅いが)
書類の内容を確認しなが苦笑するが、カレンはとても頑張っている
アルフレドの能力と、比べる方が間違っているのだ
「紅の薔薇騎士団・・・エンブレムは赤い薔薇か」
アルフレドは笑う(まるでヴィクトリアの騎士団のようだな)と
こうしてオルテヴァール王国に新たな騎士団が設立した
それは他国にも存在しない、女性だけの異例な騎士団『紅の薔薇』
団名の由来は、この騎士団を設立するきっかけを与えてくれた一人の候爵令嬢のイメージで付けられたとされている
最初は誰もこの騎士団に期待などせず、紅の薔薇騎士団設立者のウェンヴィッツに対しても「とある侯爵令嬢に、惑わされたのでは?」と囁く者も居た(大きな声では怖くて言えない)
『騎士は常に貴族の為にあれ』それは何時、誰が決めた事なのか?そして誰も疑問に思わないのだろうか?
この紅の薔薇騎士団が何処まで頑張れるのか?カレン達女性騎士の努力が認めて貰える日が来るのか?
それは彼女達の、今後の活躍に掛かっている
カレン達紅の薔薇騎士団の団員は前途多難な道を進む事になるが、彼女達の誠実な行動がやがて、意外にも民衆へと向けられていく




