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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
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     友情と選択と悪女(4)

ルシフェルはティアノーズの屋敷に戻るとすぐにヴィクトリアの部屋を訪れ、昨日何があったのかマリーヌから話しを聞いたと伝えるとティナの事で話しがあるから開けてくれるよう頼む

アメニも心配しながら飲み物と軽食が用意されたトレーを持って、一緒に待機している

少し待つとカチャッと鍵が開く音がして、泣き疲れ空ろな瞳で朦朧としながらヴィクトリアが出て来る


彼女が部屋のドアを開けてくれ、心からホッとするルシフェルに「・・・迷惑をかけて、ごめんなさい」掠れる声でそう謝る

眼にはまだ涙が溢れているが「どれだけ心配したか」ヴィクトリアを抱きしめるルシフェル

(・・・心配?・・・迷惑掛けてるのに・・)

彼の優しさが、今のヴィクトリアにはありがたかった・・・こんな愚かな自分を抱きしめてくれる彼が


ルシフェルはヴィクトリアの涙を指で優しく拭ってやると、寄り添いながら部屋の中へ入って行くので、アメニは急ぎ机にトレーを置くとすぐに気を利かせて出て行く

ヴィクトリアの部屋のドアを叩くルシフェルとアメニを遠くから見守っていた使用人達は、ドアが開きヴィクトリアが出て来てくれた事に心から安堵する

後はあの次期ティアノーズ侯爵様が上手くやってくれるだろうと、自分達の仕事場へと戻る・・・アメニもだが、使用人達もルシフェルを信頼しているのだ


ルシフェルはヴィクトリアのベッドに座り、彼女を自分の膝に乗せると「辛い選択を迫られたな」慰めるように彼女をギュッと抱きしめる

けれどヴィクトリアは首を振り「違うの、私は間違ったのよ・・・」その言葉にルシフェルは彼女を見る

ヴィクトリアは泣きながら、ルシフェルに縋るように

「選んではいけなかったのよ。どちらも大切な人達だもの。なのに私は愚かだから選んでしまったの」

(そしてティナを傷付けた)


そんな彼女の頭を優しく撫で「ヴィクトリアは、これからどうしたい?」ルシフェルは肝心な事を聞く

ヴィクトリアは伏せていた顔を上げて、ルシフェルを見る

「ヴィクトリアが苦しんでいるのは派閥の事だろう?」

彼の問いにヴィクトリアは頷くと「ヴィクトリアは、伯爵の令嬢達とずっと友達で居たいんだろう?」そう聞かれ、辛そうに俯く

その通りなのだが、でもそうするとルシフェルが困るだろうとヴィクトリアは黙ったまま答えない


「構わないよ、ヴィクトリアの好きにしたら良い」

その言葉にヴィクトリアは、優しく笑い掛けてくれる婚約者を見る

「・・・でも、それではルシフェルの立場が・・」

自分の所為で彼の立場が悪くなる・・・それが嫌だから公爵の派閥に行く決心をしたのだ

ルシフェルは笑い

「そんな、妻や婚約者に言われて相手との態度を変えたりする程、男貴族の社会は甘くないよ」


現に、もしヴィクトリアに伯爵や子爵の友人の夫をティアノーズの権力で優遇して欲しいと言われても、相手を見定めてから決める

もちろん妻の言いなりになる愚かな夫も居るだろうが、大抵の夫達は妻の戯言など聞き流している

ルシフェルだって愛するヴィクトリアの事になると大抵は甘いが、それとこれとは別なのだ


「俺は公爵達とも上手くやっていく自信はあるし、ヴィクトリアがそこまで思い悩む事ないよ」

愛する婚約者を抱きしめると、優しく言い聞かせるように

「だから、公爵に媚びる事などせず、ヴィクトリアの好きにして良い」

(・・・それは私に期待していないという事?私ではルシフェルの力になれないから・・・)

今のヴィクトリアは悪い方にしか捉えられない


顔を曇らせるヴィクトリアに、ルシフェルは今度は両頬を手で挟み込み真剣な面持ちで尋ねる

「ヴィクトリア、俺はそんなに頼りにならない男か?」

その言葉にドキッとするヴィクトリア

でもすぐに顔を横に・・振りたくても彼の手が邪魔をするので「そんな事・・・ない」震える声で彼の眼を見てそう伝える

(ルシフェルはいつも私の傍に居てくれて、助けてくれて、どれだけ頼ってばかりか・・)


「ヴィクトリアが傍に居てくれるだけで、どれだけ救われているか・・・だから、ヴィクトリアは好きにしたら良いんだ。派閥など気にしなくて良い」

そう伝えると、ルシフェルは心外だと言わんばかりの表情をして「それとも、妻の力を借りなければ出世出来ない、そんな無能な男だと思われているのかな?俺は」そう尋ねる


「そんな事・・・ルシフェルは頼りになるし、そんな事思ってない」

否定する婚約者に満足し「だろう?なら、ヴィクトリアは何も心配する事はないよ」そう言ってキスをし

「だから公爵達が何を言ってきても、相手にしなくて良い」

ただ、とルシフェルはヴィクトリアに言い聞かせるように

「もし何か困った事が起きたら、一人で悩まず必ず俺に相談してくれ。いいね?」

「ルシフェル」

ルシフェルのその言葉と優しさにヴィクトリアは彼に抱きつきながら泣き出し、そんな彼女を慰めるように優しく抱きしめるルシフェル



後日、ヴィクトリアはティナと仲直りする為に、ルシフェルと共にオルトノーズ侯爵が開催する夜会に出向く

「・・・これからは、侯爵の夜会に参加する事になるのね」

伯爵以下の夜会に侯爵が出席する事はあまり無く、これからは上位貴族の夜会に参加する事になるのだと思うと前回の事もあり不安が募る

そんな彼女にルシフェルは笑って「ヴィクトリアの好きにすればいいと言っただろう?伯爵の夜会にだって出向いて良いんだ」そう安心させ、彼女を抱き寄せる

「ええ、そうね・・・」

けれど、肝心のその伯爵令嬢達から自分はまた嫌われてしまったのだ


(ティナだって許してくれるかどうか・・・私を許すかどうかは私次第だとルシフェルに言ったのよね。つまりは私の態度次第で許さないという事ね)

愚かな行動を取ったり、言ったりして、また彼女を怒らせないだろうか?それだけが心配で堪らない

(彼女に会ったら、この前の事をきちんと謝る。許して貰うのはそこから・・・)


ルシフェルにエスコートされながら、ヴィクトリアは会場の周りを見渡すと知り合いの伯爵令嬢達を数名見つける

(もう、彼女達にも嫌われてしまっているわよね・・・)

だって自分は、公爵側に行くと言ってしまったのだから

「大丈夫か?」

心配そうに聞いてくるルシフェルに、ヴィクトリアはニッコリ笑って頷く

(まずはティナに謝る、それが先)


ルシフェルと一曲踊ると、相変わらず周囲の視線が自分達に集中している気がする

「いつも踊っていると視線を感じるんですが・・・私、ダンスそんなに下手でしょうか?」

「いや、上手だから見惚れているんじゃないか?」

不安なヴィクトリアに、ルシフェルが笑って褒めるので「ルシフェルのリードが上手だからよ」嬉しそうに顔を赤くする

この美男美女の二人はまさに貴族の憧れの存在で、常に注目され噂の的になっている

優雅に踊るヴィクトリアとルシフェルの美しい姿に、周囲の者達は皆釘付けになり羨望の眼差しを向けているのだが、自分の美貌に鈍感なヴィクトリアは、その視線の意味を理解していない為にルシフェルはそんな婚約者に苦笑いするしかない


ダンスが終わると相変わらずヴィクトリアは大勢の男性からの熱烈な視線は向けられ、アルフレドとの噂を知っていてもダンスに誘って来る者も居るので、そんな相変わらず男性達を虜にするヴィクトリアを令嬢だけでなく貴婦人達までも冷やかな目を向ける

ヴィクトリアは良くも悪くも目立つのだ

だから公爵令嬢達は、彼女を自分達の派閥に取り込みたいと考えている・・・彼女が居るだけで自分の派閥が注目される、そんな単純な理由で


トーマスとティナが夜会に現れ、緊張するヴィクトリアはルシフェルと共に二人の所へ向う

ヴィクトリアはティナの傍に来て謝ろうとした時「こんばんは、ヴィクトリア様」ニッコリと笑顔で先に挨拶するティナ

「!!」

自分を様付けで呼ぶ彼女にズキッと胸が痛む

ルシフェルもティナを見て(大丈夫だろうか・・・?)心配そうにヴィクトリアに目を向ける

ティナの気持ちを尊重して、ヴィクトリアには彼女の態度の真意を伝えていない


(これは・・・相当怒っているのよね?当然だわ・・・でも)

ヴィクトリアは怖いと感じながらも

「ティナ、この前は本当にごめんなさい。貴方を傷付けた事、申し分けないと・・・」

「ヴィクトリア様が謝る事はありませんわ」

ティナは首を振ると相変わらず微笑んだままで

「もし、私が貴方の立場なら、きっと同じ選択をしますもの。貴方より、婚約者を選ぶ選択を」

だからヴィクトリアの選択は正しい、それが当然だ、それで構わないというようにティナは言っているのだが・・・実際にそう言われると、頭では判っているけれどズキンと胸が痛むのだとヴィクトリアは感じた

(どうしよう・・・間違えては駄目・・・)

ヴィクトリアはジッとティナを見る


押し黙ってしまうヴィクトリアに、ティナは溜息を吐き「それでは、失礼しますね」トーマスを連れて行こうとするので

「待って」

思わずティナの腕を掴むヴィクトリア

「それなら、どうして怒ってるの?どうしたら・・・許してくるの?」

声が震える・・・ティナはヴィクトリアに冷たく言い放つ

「貴方が侯爵様で、私が伯爵だからよ」

「!!」

その言葉に凍りつくヴィクトリア

(そう・・・そうよ・・私は向こうの派閥に行くと言ってしまった)


「あ、あれは・・・申し訳ないと思ってるわ」

ヴィクトリアはルシフェルの言った事を信じて、ティナに自分の想いと伝える

「私、侯爵夫人になっても貴方とずっと友達でいたい」

そう伝えると、ドキドキと心臓が高まるのを感じながら

「ルシフェルもそれで良いと言ってくれたから、私は爵位に囚われずに友達を選んで、付き合っていきたい」

「あのね、ヴィクトリア様」

ティナは真っ直ぐにヴィクトリアを見つめ


「貴方が作ろうとしている友人は、皆伯爵以下の令嬢でしょう?勿論、貴方がそれで良いというのならそれで構わないのよ、普通わね。でもね、気付いていないから仕方が無いけど、貴方は公爵様達に目を付けられているの」

そう断言するティナの言葉に凍りつくヴィクトリアと、驚くルシフェルとトーマス

「侯爵令嬢の貴方が伯爵以下の令嬢としか親しくしない態度は、公爵様達を蔑ろにしていると捉えられて当然なのよ。だから公爵様はそんな貴方を不快に思い貴方を責められる様な事があってもね、私達伯爵以下の令嬢では助けてあげられないの。それに、貴方にはお母様が居ないでしょう?貴方が貴婦人になった時、公爵様達を蔑ろにしていた貴方を、一体誰が盾になって助けてくれるの?・・・そういう将来の事を見据えて考えてる?貴婦人の中での出来事は、当然、ルシフェル様だって助けには来れないのよ?だから・・・」


ティナは友人として自分が諭さなければならないのだと

「貴方が大事にしなければいけない相手はどちらか、判るでしょう?」

そう問い掛け、ヴィクトリアにこの前と同じ選択肢を迫る

(ただ違うのは、ルシフェルとティナのどちらかではなく、私の事を思っての選択・・・この前の酷い選択とは違う)

ティナはヴィクトリアに下位の派閥と上位の派閥、どちらがヴィクトリアの為になるのかを教えているのだ


ルシフェルとトーマスが黙って見守るなか、ヴィクトリアは

「ありがとう、そこまで心配してくれて。でもね、さっきも言ったけど、私は爵位に関係なく友達付き合いをしていきたいの。結婚しても、ティナが大切な友人である事は変わらない。どっちを選ぶかなんて、私はしない」

そう伝えるとティナの手を握る

「・・・公爵様達はどうるするの?」

ティナが尋ねると、ヴィクトリアは不安そうにしながらも

「勿論、上手く付き合えたら良いとは思ってるわ。向こうはどう思っているかは判らないけれど、少なくとも私は仲良くしていきたいと思っているもの。ただ、私は自分が大事だと思う友達を、身分関係無く付き合って行くと決めたの」

そう笑うヴィクトリアにティナは「そう。それがあの公爵様達に通用するか、行動してみましょう」親友の手を握り返し「行きましょう、ヴィクトリア」二人は女性専用室のサロンに向かう

ルシフェルとトーマスは心配ながらも、二人の後ろ姿を黙って見送る



サロンに入るとヴィクトリアとティナは令嬢と貴婦人の視線を一斉に受け、その視線を浴びながらも二人は伯爵令嬢達が集まっている派閥の方へと向かう

伯爵令嬢達はヴィクトリアを、複雑な面持ちで見てくる

「このまま貴方がここに居て、何事も無かったら良いのだけどね」

ティナは公爵令嬢達の方を窺いながらそう口にすると、ヴィクトリアも絡まれずに問題が起こらない事を祈るしかない


二人が他愛もない話しをしていると、シルメラが挨拶に来てくれた

「・・・ヴィクトリア様、ここに居ても大丈夫なのですか?」

心配そうに聞いてくれる彼女に、ヴィクトリアは笑って頷く

「ええ、私はただ友達と話しをしているだけだもの」

その返答にシルメラもそうですかと、キャロルを交えて四人でおしゃべりをする事に

シルメラの友人のキャロル・アルマイスターは黒い髪にオレンジの瞳をしている


四人でソファーに並んで座り、寛ぎながら楽しそうに談笑しているのを興味を持つ周りに居る伯爵令嬢達

しかし、上位派閥の令嬢達は冷やかにそれを見つめている

「あれはどういうつもり?この前の夜会で彼女、こっちに来ると言っていたのじゃないの!?」

アマンダ・アルドヴィッツ公爵令嬢は不愉快に苛立つ

今日、この夜会にジュリアンヌは居ない・・・アマンダの傍で佇んでいる侯爵令嬢、取り巻きの伯爵令嬢は(楽しそう・・・)そう思いながらヴィクトリア達を見ている

とても楽しそうに話しをしながら笑い合っている四人を見て、アマンダの取り巻きである伯爵令嬢もだが、侯爵令嬢達ですら羨ましいと感じる


他の下位派閥の令嬢達も、クスクスと笑いながら楽しそうに談笑している

それを見ながら、自分達があんな風に楽しんで友人と会話をしたのは何時だっただろう・・・と考える

公爵令嬢の取り巻きになり、それなりに良い思いもしているが、常に我が侭な公爵令嬢の機嫌を取るのは疲れるのだ

「いいわ、私が自ら誘ってあげましょう」

流石に公爵令嬢である自分の誘いは断れないだろうとの思いで、ヴィクトリアに近づき自ら声を掛ける


「こんばんは、ヴィクトリア。私はアマンダ・アルドヴィッツですわ」

記憶を無くしているヴィクトリアにアマンダは自ら名乗り、その名前を聞いて伯爵令嬢達は顔を強張らせる

侯爵令嬢が誘いに来ると思い、その令嬢と上手く遣り取りすればいいと思っていたが・・・甘かった

流石のティナもヴィクトリアも、まさか公爵令嬢自ら下位の派閥に来てまで話し掛けて来るとは思わなかったのだ

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