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記憶を無くした悪女  作者: 浅海
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    友情と選択と悪女(3)

夜会からの翌日、ルシフェルとアメニが心配し部屋から出て来てくれる様、部屋のドアを叩くがヴィクトリアは出て来なかった

仕方なくルシフェルは朝早くトーマスを連れて、ティナの屋敷へと向かう

「どうも、令嬢の派閥が原因みたいだな」

トーマスは昨日、何とかティナから何が遭ったのかを聞き出しそう話すとルシフェルは溜息を吐く


オルテヴァールの貴族間において爵位での地位、つまり上下関係は絶対だがそうは言ってもしがらみがある

ルシフェルも自分がいずれティアノーズ侯爵になったとしても、トーマスとの付き合いが無くなる訳ではなく、寧ろお互いに利益があるなら、立場に縛られる事なく良好な関係を保って行くつもりだ


けれど、女性貴族の場合は違う・・・夫の地位や権力で自分の人生が左右されるからだ

貴婦人になれば夫の地位で社交界での立ち位置、周りの態度が変わる・・・それ程に重要なのだ

社交界で優位な立場で居る為に、そして夫の出世の為にしたくも無い媚を売り、機嫌を取り、上位の貴婦人達の取り巻きになり、自分の立ち位置を確立していくのに必死になる・・・これが今のオルテヴァール国の貴婦人達の在り方でもあった

勿論、夫の出世や社交の場での立ち位置に固執しない、分相応な立場を望むティナの母親の様な貴婦人も居るが、大概の貴婦人はやはり己の優位な地位に固執する


令嬢の時は貴婦人程身分に囚われず交友関係を築いたとしても、結婚し、貴婦人になれば、己の地位の向上心がどうしても強くなり、より権力のある友人、後ろ盾を求めるようになる

『結婚すれば女は変わる』

その言葉通り、貴婦人になり権力に固執し、どれだけ自分の力で夫を出世させられるか、そしてその努力が実れば自身のステータス向上に繋がるのだからと、下位の貴婦人達の中には媚びる事に躍起になり、時には犯罪の様な手段で相手を蹴落とす者も居る

そして、公爵、侯爵夫人達にとって伯爵以下の爵位の貴婦人は対等ではなく、利用価値がある内は自分達の駒としか考えていない

まだ令嬢で、若いヴィクトリアとティナはそんな貴婦人の世界を知らない

ティナは母親から聞いているだろうが、ヴィクトリアの母親は彼女が七歳の時に他界している



ルシフェル達はティナは伯爵、ヴィクトリアは侯爵、その身分の所為で何か遭ったのだろうとしか判らない

(正直、女性の間の揉め事に、男である俺が口出しして良いものか迷うな)

『女の揉め事に男が口を出すべからず』

下手に夫や婚約者が口を出せば余計に揉める・・・オルテヴァールの教訓である

(自分が関わる事で、却ってヴィクトリアの立場を悪くしないか?)

ルシフェルはそれが心配なのだ


ティナは結局出て来てくれず門前払いで会えなかったが、トーマスがしつこく会いたいと頼むので、仕方なく彼だけをホレイスターの屋敷に入る事が許された

ルシフェルは屋敷の外に馬車を止め中で待っていたのだが、暫くして戻って来たトーマスからジュリアンヌの名前を聞いて、ルシフェルは顔を顰める

「厄介な女が出て来たな」

やれやれという顔のトーマスに対し、ルシフェルは考える

(彼女は以前のヴィクトリアとよく一緒に居ていた・・・ヴィクトリアに何か言ったのか?)

だが、直接会いに行ってもあの気位の高い侯爵令嬢が自分と会ってはくれないだろうし、ましてや昨日の出来事を素直に話してくれるとは思えなかった


ルシフェルはトーマスからもう一人の女性、マリーヌの名前も聞き

(マリーヌ・バレイスター・・・確か昨日の夜会は彼女とアシュム・ディストノーズの婚約発表の場だった)

正式に発表される前に帰ってしまったが、トーマス達と話していた中に彼も居た

(そう、アシュム殿から嬉しそうにマリーヌ嬢と婚約した話しを聞かされた)

ルシフェルは急ぎディストノーズ邸へと向かい、アシュムに事情を伝えマリーヌから昨日の事で話しを聞きたいと口添えを頼む


次期ティアノーズ侯爵のルシフェルの頼みなので、アシュムは自分も同席する事で彼女と話す事を承諾してくれる

運良く、彼女はディストノーズの屋敷に泊っていて、呼ばれたマリーナは憧れの目でルシフェルを見つめ嬉しそうに笑顔を向けながら婚約者の隣に座る

(何がそんなに嬉しいんだ?)

正直イラッとするルシフェルだが、ここはヴィクトリアの為だと自分に言い聞かせニッコリと笑い返し、彼女に昨日のサロンでの出来事を尋ねる

ルシフェルに微笑まれ、少し顔を赤くしながらマリーヌは昨日の出来事を思い出しながら話す


「ヴィクトリア様は、ティアナベルとサロンに入ってからずっと・・・伯爵令嬢達とばかり楽しそうに話しをしていたので」

その様子を面白くない様に、公爵令嬢達が見て

「それで、私に彼女をこちらに連れて来るよう言われて・・・それで何とか彼女を連れて行こうと、彼女に相応しい友達は公爵の方々だと教えてあげたんですが」


溜息を吐くマリーヌ「ヴィクトリア様は、伯爵令嬢の方達を大事な友達だと言われて・・・」ルシフェルは黙って聞いていたが、だんだんヴィクトリアが何に苦しんでいるか判ってきた

「まさか無理やり連れて行く訳にもいかないので、どうしようと思っていたら、ジュリアンヌ様が来られて・・・」

そして困った様にマリーナが話すのを躊躇するので、ルシフェルは彼女に微笑み先を促しながら内心ではイライラが募っている

「公爵令嬢達がヴィクトリア様を呼んでいると、そう伝えたら彼女青くなって・・・・」

ウーンと思い出しながら話すマリーヌ


「それでも迷っている様なヴィクトリア様に、ジュリアンヌ様が・・・ルシフェル様の事を引き合いに出されて」

「・・・俺?」

思いもしない事で驚くルシフェルに、マリーヌは頷き「その、悪く思わないで下さいね?」ルシフェルにあらかじめそう伝えると

「その、ルシフェル様は伯爵から侯爵になられるから、いろいろ大変だという事をジュリアンヌ様が言って、それで夫を支えるのが妻であるヴィクトリア様の役目だとか言ってました」

こんな話しをしてルシフェルは不愉快になったりしていないだろうか?マリーナはその事を心配してジッとルシフェルを見つめるが、ルシフェルは深刻な表情で話しを聞いている


「・・・それなのに、たかが伯爵の友人を大事にして、公爵夫人や自分達を蔑ろにした報いは、夫になるルシフェル様が受ける事になると言われて」

その言葉にルシフェルと一緒に聞いていたアシュムも驚愕する

(なんだ?それは!?)


「それで、ジュリアンヌ様がヴィクトリア様に、伯爵の友人を取るか、夫の為に自分達を選ぶかの選択を迫られて・・・当然ですが、公爵様方を選んだらティアナベルが怒ってしまって・・・」

「何て事を!!」

ヴィクトリアの選択は当然だと思っているマリーナは、ティナが怒る事の方が可笑しいと伝えようとしたが、ルシフェルは頭を抱える

(そんな残酷な選択を、あの女はヴィクトリアに選ばしたのか!?)

ヴィクトリアがずっと泣きながら、悪いのは自分だと言っていたが・・・彼女が悪い事など一つもない

ルシフェルは立ち上がると「話しを聞かせてくれてありがとう」そうお礼を伝え急ぎティナの元へ向かう


ホレイスター邸へ向かいながら、ルシフェルはティナの怒りが判らなかった

聡明なティナなら、ヴィクトリアの辛い立場が理解出来た筈だからだ

(俺とティナ。天秤にかけられた時、ヴィクトリアは辛くても俺を選ぶ。それはティナなら判ってくれているだろう・・・)逆の立場ならティナだってそうするのでは?何故、彼女はそこまで怒ったのか?それが判らない



ルシフェルはホレイスター家の執事に、マリーヌから事情を聞いた事、ヴィクトリアの立場も考えて許してやって欲しい旨をティナに伝えて貰うと、漸く屋敷に入れて貰えた

客間でティナと対面すると、彼女も泣いていたのだろう、眼が赤かった

そして彼女の隣にトーマスも居て(あれからずっと居たのか・・・)そう思いながら、ルシフェルは昨日何が遭ったのかをマリーナから聞いた事、ヴィクトリアが部屋から出て来ない事を伝え

「ヴィクトリアは俺を選ぶしかなかったんだ、それはティナだって判っているだろう?」

ティナにヴィクトリアを許してやって欲しいと頼むルシフェルに、ティナは深い溜息を吐き、そして意を決するようにルシフェルに自分の思いを伝える


「私達は今はまだ、令嬢の立場に甘んじていますが、何れ結婚すれば、自分達の立場に責任が課せられます」

その言葉はまるでティナ自身に、言い聞かせている様だった

「爵位にしてもそうです。貴婦人になると、どうしても公爵や侯爵の人達を己の私利私欲利の目で見てしまう・・・正直、そんな自分になるのは嫌なのです」

そう訴えると、ティナはギュッと唇を強く結んで口を開く


「女性貴族には強い派閥がありますが、それはお互いの立場を理解させる為でもありますし、下位には下位の、上位には上位としてそれぞれに相応しい振る舞いを、その派閥の古参の貴婦人達から学ぶ為でもあるのです。その為に下位と上位の派閥が出来たと母から聞いています。だから、ヴィクトリアが本当は上位の派閥に居た方が良いという事は判っているんですが、その反面心配でもあって・・・」

誰も味方になってくれる令嬢が居ない上位の派閥の中に入ったら、ヴィクトリアがはたちまち餌食にされてしまうのでは?ティナはそれが心配なのだ


「それでもやっぱりヴィクトリアにとっては、上位派閥に居た方が彼女の為だと思ったので・・・」

ティナは震えながら「だから・・・だから私から、あの子を突き放したんです」涙が零れる

「あの子は自分からは、私達から離れられないだろうから・・・私から突き放して、上位の派閥に行かせる事にしたんです・・・ヴィクトリアの為に」

ティナにとっても辛い選択だったが、そうしないとヴィクトリアは自分から離れない事も判っていた

あの夜会でヴィクトリアがティナの名前を呼んだ時、ティナが振り返らなかったのは彼女もまた泣いていたからだ


幼い令嬢の時はそれ程爵位同士の派閥は無いが、それでも身分での立ち位置は教え込まれる

年頃の令嬢になるとそれぞれの爵位で友達を選ぶようになって来るが、それでもそこまで上下の派閥は強くない

けれど結婚し、貴婦人となると派閥は強まる・・・公爵夫人の力がとても強くなるからだ

公爵の権力チカラで自分の夫を出世させ、自身の私生活の安泰を手に入れる・・・貴婦人になるとそんな欲望が芽生える


何もヴィクトリアとティナだけではない

今までも多くの令嬢達は貴婦人になると、醜く利益に執着し上位貴族との付き合いを優先して、最悪変わらない友情を誓い合った親友を、邪魔という理由で貶める・・・そんな残酷な悲劇が現実に起こっている

そして上位と下位の令嬢の友情は、どうしても主従関係の様になってしまう


ティナの話を聞いてルシフェルはどうしたものかと考える・・・正直、女性貴族の派閥では男の自分ではどうする事も出来ない

「もし、ヴィクトリアがティナと仲直りしたいと望んだら、そうしてくれる?」

取り敢えずは二人の仲直りが先決と考え、ルシフェルが笑って尋ねると「それは、ヴィクトリア次第です」きっぱりとそう答えるティナに驚くルシフェル

「ヴィクトリアには、私の気持ちを伝えないで下さい。彼女の為に身を引いた事は知られたくないので」

ティナの言葉にその意図は判らないがルシフェルはティナが気の強い、聡明な女性である事は判っている


ただ、あまり自分に対しては気の強い部分を見せず愛想が良かったので、素直に仲直りすると言わなかったティナに少し驚くルシフェルだが、ティナはルシフェルの前では出来るだけ愛想よくして猫を被っていた

(※トーマスの所為で、よくその被り物は剥がれていたが)

(大丈夫だろうか?)

少し心配だが、一応次の夜会に二人を合わせる約束をしてルシフェルは帰宅する



ヴィクトリアは屋敷に戻ってからずっと自室に篭り泣いていた

(私はなんて愚かなんだろう・・・あんなに良くしてくれたティナを傷付けて・・・ルシフェルにまで心配を掛けて・・・)

涙が次から次はへと溢れ、ティナのあの言葉が何度も過ぎる

『さようなら、ヴィクトリア様!!』

あれは絶交を意味する言葉だ

(大切な友達を無くした・・・無くしただけじゃない、傷付けた・・・どうして私はこうなのだろう?悪女の汚名を払拭しようとしても上手くいかず、いつまで経っても友達が出来ない)


「ううっ・・」

もう自分が嫌になる、どこまで愚かなのだろうか・・・ヴィクトリアはずっとこんな感じで泣き続けている

(きっとルシフェルも呆れている・・こんな愚かな女が自分の妻になるなんて・・ウンザリしているかもしれない・・・また嫌われてしまう・・・)

そう思うと余計に涙が溢れて止まらない


ルシフェルにまで愛想をつ尽かされ、嫌われてしまったら、もう生きていけない

(ルシフェルに迷惑を掛けたくないから、その為に上位の派閥に入ろうと決めたけど・・・こんな愚かな自分ではきっとなんの役にも立てない・・・それなのに私はティナを裏切ってあの派閥へ行こうとした)

「ティナが怒って当然なのよ・・・」

世間知らずの侯爵令嬢が上位の派閥に行っても、誰も相手などしてくれる筈が無い・・・孤立して惨めな思いをするだけ、ティナはそれが判っていた

だから下位の派閥に入れてくれたのは彼女の優しさ・・・それなのに愚かにも裏切る形で上位の派閥へと行こうとした

「ごめんなさい・・・」

嗚咽と共に泣き崩れるのは、これで何度目だろうか

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