15話 友情と選択と悪女(1)
ヴィクトリアは相変わらず大量に届く招待状を見ながら、深い溜息を吐く
これらの選別には男性からはトーマス以外は処分するとして、問題は女性からの招待状だ
公爵と侯爵の令嬢達からの誘いばかりで、数日前にティナのお茶会で知り合った令嬢達からは手紙や招待状が全く送られて来ない
(私、上手くやれたと思ったのだけど・・・違ったのかしら?)
彼女達と親しくなり、悪女ヴィクトリアの印象を払拭出来たと思っていたがそうではなかったのか?不安が募る
(せっかく、ティナが私の為に開いてくれたのに・・・)
お茶会では令嬢達と楽しく過ごせた筈なのに、どうして誰からも手紙が来ないのか?ヴィクトリアにはそれが判らない
彼女の何がいけないか・・・それは身分だ
先日のお茶会に参加した令嬢達は皆伯爵以下の下位派閥の令嬢達で、侯爵令嬢のヴィクトリアは上位派閥
下位派閥の令嬢が、上位派閥の侯爵令嬢に気安く手紙や招待状は送れない・・・ただそれだけ
それが判っていない為、可哀想だがヴィクトリアはまだ自分は彼女達に警戒されていると思っている
「・・・ヴィクトリア様、何方かのお手紙をお待ちなのですか?」
元気の無い主人に、アメニは紅茶を入れながら何気なしに尋ねる
「そうね、待っているわね」
(お茶会で知り合った人達からの手紙を・・)
そう心の中で答えながら深い溜息を吐くと、その物思いに耽る姿に(まさか・・・恋煩い!?)ドキッとするアメニだが、とんでもない勘違いだ
物思いに耽て溜息を吐き、来ない手紙を焦がれる様に待つヴィクトリアの姿は確かにそう見えなくもない
(ええっ!?まさかそんな・・・・ルシフェル様に知られたら大変な事になる!!)
まさか知り合ったばかりの令嬢達からの手紙を待っているなど、夢にも思わないアメニはとんでもない事を知ってしまったと焦る
「あ、あの・・お相手は・・・何方、なのでしょう?」
聞いて良いかどうか判らないが、しかし聞いて置いた方が後でその相手の手紙だけこっそり渡す事も出来る
そう考えたのだが「相手ね・・・」ヴィクトリアは悲し気にまた深い溜息を吐く
(友達作り、私にはとても難しいのね・・・嫌われていたのだから仕方がないのだけど・・・そんなに簡単には、信用なんてして貰えないものよね・・・)
自分にそう言い聞かせ、これからどうしようか?考えるヴィクトリア
そんな主人を見てアメニは(ヴィクトリア様、私にも言えない相手なのかしら・・・?)そう思いハッとする
(アルフレド様!?そうだ、そうに違いない)
目の前の美しい主人を寂しそうに物思いに耽させ溜息を吐かせる、ここまで悩ます相手はアルフレド様しか居ないと納得するアメニ
夕方頃に仕事から帰って来たルシフェルを笑顔で出迎えるヴィクトリアだが、何となく憂鬱そうに見えるアメニ
「ヴィクトリア、知り合いの夜会に誘われたので、準備して置いてくれる?」
ルシフェルが部屋に向かいながらそう伝えると「・・・ええ、判ったわ」気の無い返事をする
(夜会って、いつもルシフェルが誘われて、それについて行ってるだけなのよね。でも、ルシフェルは夜会に行っても、あまりトーマス様以外の人との交友が無い様に思えるんだけど。それでも夜会に誘って貰えるのね)
歩きながら婚約者が少し妬ましくなってくる・・・完全な八つ当たりだ
交友が無いのは常にヴィクトリアに寄り添って、彼女に言い寄って来る男性達から護っていたからなのだが、今のヴィクトリアはその事を都合よく頭から引き離している
(それに、ルシフェルの場合は招待状が届くのかしら?それとも直に渡されるのかしら?)どうでも良い事まで考え始める
(私も自分が誘われた夜会に、ルシフェルと行きたい・・・)だんだん悲しくなってくるヴィクトリア
(あ、でもトーマス様は、私にも招待状をくれたわ)後にも先にも、招待されての夜会はその一夜限り
(この前は届いたけど気付かず、それにルシフェルが忙しかったから・・・)招待状に気付かず、燃やされる所だった
「ヴィクトリア?」
自分を呼ぶルシフェルの声で我に返る
「あ、ごめんなさい。なに?」
ネガティブな考え事をしていて彼の話しを聞いていなかったヴィクトリアに「大丈夫か?何か考え事?」心配そうに尋ねるルシフェル
(いけない、また心配させてしまう)
首を振って何でもない、どのドレスにしようか考えていただけだと笑う
(友達が出来ないなんてそんな事、相談出来ない)
あまりにも悲し過ぎると思うヴィクトリアだが、そんな廊下での二人の遣り取りに
(ヴィクトリア様・・・)
きっとアルフレド様の事を考えていたんだと、心を痛めるアメニ(必要ないのだが)
二人がルシフェルの部屋に入ったので、アメニは廊下で待機する
(ああ、どうかヴィクトリア様!!お辛いでしょうが、ルシフェル様が居るんです。アルフレド様との恋にのめり込まないで下さい。でないと、三人が共に傷付く事になります)
キュッと胸を痛め、ヴィクトリアが心配で仕方がないアメニは心の中で聞こえる筈が無いが主人に訴える
部屋に入ると、いつもの様にルシフェルは机に鞄を置き
「今回の夜会は、ディストノーズ侯爵主催の夜会なんだ」
ルシフェルも気乗りしない感じで説明すると「侯爵主催ですか」ヴィクトリアも残念に思う
侯爵主催の夜会には、取り巻き以外来ない子爵や男爵の令嬢は来ない・・・伯爵令嬢達は招待されれば来るだろうが、自分はまだ警戒されているだろう
公爵や侯爵の令嬢達には記憶が無い為に誰も覚えていないが、自分に送られた怨み辛みの手紙の送り主もその夜会に居ると思うと、ゾッとするほど恐ろしい
「あ、そうだ」
思い出した様に「ディストノーズ侯爵の夜会には、トーマスとティナも来るよ」ルシフェルがそう伝えると、ヴィクトリアは嬉しそうに「そう言う大事な事は、もっと早く言って下さい!!」さっきまでの憂いが少し晴れる
いつもルシフェルの傍に付き添い、知り合いの居ない夜会だったがティナに会えると判り大喜びする
ヴィクトリアにとっては彼女との夜会が、令嬢達との交友の場デビューに繋がるのだ
けれど、この大事な友達との間に亀裂が生じる事件が起こるなど、この時のヴィクトリアには想像出来る筈もなかった
数日後、ディストノーズ邸を訪れ、いつもの様にルシフェルのエスコートで夜会へと参加する
そして毎回の様に好奇の視線に晒され、噂される
(いつまで私は悪女のままなのかしら?・・・ティナのお茶会では上手くいったと思ったのに)
ハァッと溜息が出るので「来た早々に、溜息か?」苦笑いするルシフェルにヴィクトリアは
「いつまで私は悪女のままなのでしょう?いい加減、ジロジロ見るのは止めて欲しいです」
自分は頑張ってそのイメージを払拭させたいのに、全く報われないので悲しくなってくる
ルシフェルは優しく愛する婚約者に
「ジロジロ見るのは、ヴィクトリアが綺麗だからだろう?君こそもう少し自覚したら?自分の美貌に」
そう伝えるとギュッと彼女を抱き寄せ「踊ろうか」とダンスホールに向かう
「・・・踊ったら、またダンスの誘いが来るでしょう?」
「噂があるから大丈夫だろう」
ルシフェルは少し不機嫌になる
「噂?」
「ウェンヴィッツが、ヴィクトリアに御執心」
憮然と答えるルシフェルに、ヴィクトリアは困惑する
(そう、そんなとんでもない噂が流れているの・・・そんな噂が流れては、アルフレド様も良い気はしない筈。困ったものだわ・・・)
しかしその噂のお陰で、ヴィクトリアに言い寄って来る男性は少なくなった
けれどより一層、令嬢達からの視線が厳しい気がする・・・嫉妬の眼差しだ
(婚約者が居る癖に、どうやってアルフレド様を誘惑したの!?)
そして極めつけが(この悪女!!)である・・・これじゃあ、払拭出来る訳がない
(誤解なのに・・・)
アルフレドは自分の事など何とも思っていない、いや、友人なのだからと泣きたくなるヴィクトリア
ヴィクトリアは自分達に視線を向ける人達を無視して見知った顔を捜し、チラホラとティナのお茶会で知り合った人達を見つける
(・・・でも、私に手紙や招待状を送ってくれないって事は、話し掛けられたらやっぱり迷惑になるかしら?)
結局どうしてもルシフェルの傍から離れなれない自分が、心底情けないと思うヴィクトリア
「ルシフェル、ヴィクトリア!!」
嬉しそうに自分達を呼ぶ、久しぶりに聞いた声にハッと顔を上げる
赤み掛かった茶色い色の髪が印象的な、可愛らしい顔の男性が嬉しそうに手を振っているのが見え、隣にはブロンズの髪の女性、彼の婚約者ティナも笑い掛けてくれている
「ヴィクトリア、久しぶりだね」
嬉しそうなトーマスに「トーマス様もお元気そうで」にっこりと笑い掛けるヴィクトリア
するとトーマスは、ヴィクトリアをまじまじと見つめ
「・・・なんだか暫く見ないうちに、随分色っぽくなったなぁ」
にやにや笑いながら
「ルシフェルに嫌な事を無理にさせられたりしてない?遣りたくない事はちゃんと嫌って拒否しないと駄目だよ?でないとこいつ・・・いってぇ」
ルシフェルに頭、ティナに背中、二人に同時に叩かれて悲鳴を上げるトーマス
顔を真っ赤にしながら俯くヴィクトリアに、ティナが「もう、この馬鹿はルシフェル様に任せるわ。行きましょう、ヴィクトリア」手を引いて女性専用室にさっさと向かってしまう
「ああ、せっかくヴィクトリアの可愛い顔が見れたのに・・」
婚約者がヴィクトリアを連れて行ってしまうのを痛む頭を押さえながら残念そうに見送り、そんなトーマスを冷やかに生ゴミを見る目で睨むルシフェル
「それにしても本当に色っぽくなったな、彼女」
まだヒリヒリする頭を擦りながら「あれじゃあ、ウェンヴィッツ様もご執着される訳だ」意味深ににやりと笑い、冷たい視線を自分に向ける友人を見る
「迷惑この上ないな」ルシフェルが答えると
「ヴィクトリアはどうなんだよ?あのハイスペック公爵に好意を持たれて。まさか気づいてない訳じゃないだろう?」
尋ねるトーマスにルシフェルは「ヴィクトリアは俺を愛しているんだ、それは変わらない」自分に言い聞かせるよう答える
そう、あの男・・・いや、誰であっても彼女を渡す気は無いと
女性専用室、サロンはすでに令嬢、貴婦人達がそれぞれ楽しそうに談笑している
「わぁ・・」
香水や化粧の匂いが充満している中、初めて入る女性専用室に少し圧倒されるヴィクトリア
けれど、彼女が入って来たので皆が一斉に視線を向けてきて、令嬢だけでなく、貴婦人達の視線も感じ萎縮してしまうヴィクトリア
(なんだか、場違いの様に感じてきた・・・)
今まではずっとルシフェルが寄り添ってくれ安心出来ていたので、彼が恋しくなってきたヴィクトリアに
「流石よね。貴方が入って来た途端に、空気が変わったわ」
ティナのその言葉の意味が判らないヴィクトリアに「今、貴族間の専らな噂は、貴方達二人と、アルフレド様の恋の行方についてだもの」ティナの言葉に、眩暈がするヴィクトリア
「ティナ」
友人のキャシーとマリーナが手を振り、ティナも二人に手を振り返し傍へ行く
「あら、ディジーはまだ来てないの?」
ティナが尋ねると、キャシーが「婚約者のアスランがね、彼女を放さないのよ」呆れ、マリーナは笑いながら「あれじゃあ、ディジーも大変よね」そう言いながらヴィクトリアに目を向け
「ヴィクトリア様、お久しぶりです」
「お久しぶりです、ヴィクトリア様」
キャシーも笑顔で挨拶してくれたので、ヴィクトリアも嬉しそうに
「お久しぶりです、マリーナ様、キャシー様」
「マリーで良いです」
人懐っこいマリーナは、そう呼んで欲しいですと言ってくれる
四人で楽しく話をしていると、心底うんざりした様にディジーアナが現れる
「漸く婚約者様から解放された?」
からかう様にキャシーが尋ねると、ディジーは疲れたと言わんばかりに「三十分だけね」と答え、ヴィクトリアが居る事に驚いた彼女だが「ヴィクトリア様、こんばんは」すぐに挨拶をしてくれる
「こんばんは、ディジーアナ様。お久しぶりです」
微笑んで挨拶を返すヴィクトリアのその美しい笑顔に、ディジーは赤くなりながら「ほんと、うんざり」とぼやく
聞けば彼女の婚約者のアスランは同じ伯爵の子息だが、彼がディジーを溺愛し過ぎて傍から離れてくれなのだそうだ
それを聞いてヴィクトリアはドキリとした・・・自分も常にルシフェルの傍に寄り添って離れずに彼に護られていたから
(・・・やっぱりルシフェルも迷惑だったのかもしれない)
うんざりとは言わなくても、常に自分が傍に居る所為で友人達との交友が築けなかったのは事実だ
ルシフェルが常に笑顔で自分の傍に居てくれた為、それが当たり前だと思っていたヴィクトリアは自分の愚かさに気づく
「アスランの溺愛振りは有名だものね。良いじゃない、そこまで愛されてるなんて」
マリーがそう慰めると「まあ、そんなんだけどね」溜息を吐くディジーに「嬉しくないの?」ヴィクトリアは率直に聞いてみた
好きな人に愛されているのに、彼女はあまり嬉しそうに見えなかったからだ
四人が一斉にヴィクトリアを見る
(なに?・・・深入りし過ぎたのかしら?どうしよう・・・)
失礼な事を聞いてしまったのか?と心配するヴィクトリアに
「・・・嬉しくない訳では無いんですよ?ただちょっと・・・」
言葉を濁し、困った表情でディジーは黙るので「愛情の押し売りって判る?」ティナがヴィクトリアに尋ねる
(?)
首を傾げるヴィクトリアに
「いくら好きでもね、それを相手の都合とか考えずに・・・うーん何て言うか、押し付けがましくされると、嫌になる時ってあるのよ」
ティナも、どう説明しようかと考えながら
「しつこく、好きだ好きだとくっついて来られると、煩わしく感じてウンザリする事があるのよ。長く付き合っていればね。愛情を押し付けてくるって言うのかしら?俺はこんなにもお前を愛しているんだ、だからお前もそれに答えろってね」
ヴィクトリアは驚いた表情をしてから、顔を曇らせる
「そうなの・・・」
「まあ、今の貴方達じゃぁ、まだ判らないかもしれないけど。幾ら愛していてもね、相手の都合を考えずに、自分本位に愛情を向けられても困るのよ」
そう説明すると、キャシー達は頷く
(愛情の押し付け・・・・そんな事があるのね)
ヴィクトリアは、自身の事に当てはまってる気がして不安に駆られる
「貴方達は大丈夫よ、お互いに愛し合っていて、大事にしてるもの」
不安そうにしているヴィクトリアに、ティナは心配ないと笑うと、他の三人も頷きながら
「ルシフェル様だったら、溺愛歓迎よね」
「むしろ、嬉し過ぎて死んじゃうレベルだわ」
こうして溺愛されて嬉しいレベルの男とは誰か?という話しに摺り替わり、自分の婚約者はどうか?という話しで盛り上がる
何時の間にかヴィクトリア達は、後からサロンに入って来たシルメラ達とも一緒に話しをする
そしてお茶会で会った伯爵令嬢達も寄って来て、様子を窺っていた見ず知らずの数人の伯爵令嬢達も勇気を出して集まって来る
記憶を無くしてから令嬢の友達はティナしか出来ず、夜会では誰とも話す事が無かったヴィクトリアにとって、これほど大勢の令嬢達に囲まれ、こんなに楽しい一時を過ごす事は初めてだった
自分の傍で彼女達もまた楽しそうに笑いながら話しをしてくれる事が、ヴィクトリアにとってどれ程に嬉しい事か
ずっと一人ぼっちだった彼女が、今のこの状況にどれ程憧れ、焦がれていたか・・・漸く手に入れられた、彼女達は自分を受け入れてくれた
そう思い、まさに幸せの絶頂だった
「こんばんは、ヴィクトリア様」
けれどその幸せは、その一人の伯爵令嬢によって簡単に壊され、ヴィクトリアはとても辛い最悪の選択を迫られる事になる