12話 騎士の在り方と悪女
ヴィクトリアは一人、執務室の応接間に通されドキドキしながら相手が来るのを待っている
先日、アルバノーズ侯爵主催の夜会で出会ったアルフレドから手紙が届いた
手紙の内容はカレンがヴィクトリア護衛の任務中に、職務規定違反及び、職務放棄を行ったと見なし騎士団を解雇処分されたと書かれていて、衝撃を受けた
(どうしてそんな事に?)
理解出来なかったヴィクトリアはアルフレドに頼み、彼女が所属していた『黒耀騎士団』の責任者グレン・アルドヴィッツ団長と会える様にお膳立てをして貰ったのだ
(なにも悪い事はしていない、盗人を捕まえただけなのに。それなのに、あんなに頑張っている彼女を解雇だなんて)
カレンの行動の責任は自分にある・・・彼女は自分の頼みを聞いてくれただけだと、ヴィクトリアは訴えるつもりだった
ただ心配なのは、今カレンがどうしているのかだ
アルフレドに聞いた所、自宅に戻って身の振り方を考えているのだという
ヴィクトリアは、手紙で自分の所為で申し訳ないと謝罪し、今日アルドヴィッツと会う事をカレンに伝え、もし騎士団に戻れない場合は、カレンが嫌でなければティアノーズで雇いたいとまで書いた
コンコンとノックがあり、ガチャっとドアが開くのでヴィクトリアは立ち上がる
入って来たのはアルドヴィッツとアルフレドで、にこやかなアルフレドとは対照的に、アルドヴィッツは不機嫌そうだ
「・・・お待たせして申し訳ありません。グレン・アルドヴィッツ、黒耀騎士団の団長を務めております」
形通りの挨拶に、ヴィクトリアは頭を下げ
「ヴィクトリア・ティアノーズです。こちらこそ、お忙しい中お時間を割いて戴きましてありがとうございます。アルドヴィッツ団長様」
(この人がカレンの上司で、彼女を解雇した張本人・・・)
ヴィクトリアも形式な挨拶をしてグレンを見る
「ヴィクトリア嬢、会いたかったよ」
意味深な言い方をするアルフレドがヴィクトリアに優しく笑い掛けると、何故だかグレンが凍りつく
「アルフレド様、この度はアルドヴィッツ様と会える機会を作って下さり有り難うございます」
ヴィクトリアがお礼を言って、頭を下げると
「ヴィクトリア嬢の頼みだからね。それと、私にはそこまで丁寧な言葉遣いは不要だ」
アルフレドはヴィクトリアに近づき「友人として接して欲しい」ニッコリ笑い、ヴィクトリアと呼んで良いだろうか?と尋ねる
その一際輝く笑顔に赤くなりながら、俯くヴィクトリア
(うわぁ、ルシフェルとはまた違うときめきを感じてしまう)
素直な彼女は胸が高鳴ってしまうが、これは彼の放つオーラの所為で不可抗力に等しい
「それで、私に話しがあるという事ですが?伺いましょう」
こっちは忙しいんだ、さっさと要件を述べて帰ってくれオーラを出しながら、グレンはヴィクトリアを見る
「はい。手紙でもお伝えしましが、アルドヴィッツ様が解雇されたカレンについてです」
憮然とするグレンにヴィクトリアは緊張しながら口を開くが、何故かヴィクトリアの隣にアルフレドが座っている
「確か、手紙では貴方の命令で動いたのだから、オウガストに非は無いとの事でしたが・・・」
「その通りです。ですので彼女の解雇処分を撤回し、騎士に戻してあげて欲しいのです」
ヴィクトリアがそう頼むと「申し訳ないが、それは出来ない」グレンがヴィクトリアに冷たい目を向けるので、ゾクッとするヴィクトリア
「騎士団には騎士団の規律がある。オウガストは我が黒耀の規律を破り、我々騎士の名誉と地位を脅かした。それ故の処罰だ!!貴方の命令がどうとか、そんな次元の問題ではない」
冷たく言い放つグレンに「・・・そんなに大それた事を、カレンはしたのですか?」ヴィクトリアは納得出来ない
「カレンは私の頼みで盗人を追って、見事捕らえました。その行為の何処に、彼女が騎士の地位や名誉を脅かしたというのでしょう?」
普通は賞賛されて当たり前の事のはず
けれどグレンは溜息を吐き
「我々は騎士だ。常に護衛対象者の傍に就き、身を挺して護る事が役目だ。そして盗人を捕えるのは憲兵の役目。騎士が出しゃばり憲兵の真似事をすれば、彼等の顔に泥を塗った行為だと思われ、不興を買う可能性だってある」
「そんな・・」
それは幾らなんでも飛躍し過ぎでは?と呆れるヴィクトリア
「・・・実際に、共に任務についていたゼルノヴィッツは貴方の傍を離れなかった。それが正しい騎士の在り方なのです」
そうして腹立たしげに
「女というだけでも厄介なのに、正義気取りのつもりか知らないが、分を弁えず愚かな行動を取ったオウガストは、我々黒耀に恥を掻かせ泥を塗ったのだ。正直な所、厄介払いが出来て清々している」
結局の所、グレンはカレンが目障りだったのだ
(こんな所に、ずっとカレンは居てたのね・・・)
ヴィクトリアは、彼女の事を思うと胸が苦しくなる
(どうして懸命に頑張っている人に、手を差し伸べもせず糾弾出来るのだろう)
カレンの事を考えると、このままこの騎士団に戻る事が彼女にとって良い事には思えなくなってきた
ではどうすれば彼女にとって一番良い方法なのか?(それはカレンに会って話し合った方が良い)そう判断したヴィクトリアはスクッと立ち上がり
「そうですか。では、これ以上貴方と話していても無駄だと判りました」
ヴィクトリアはグレンに「貴重なお時間を無駄にして、申し訳ありませんでした」と頭を下げ、アルフレドに
「アルフレド様も、お手間を取らせてしまいました。これで失礼します」
頭を下げ出て行こうと部屋のドアを開けた時「・・騎士という存在には幻滅しました」そうグレンに向かって言い放った
アルフレドは笑ったが、グレンは「生意気な小娘が」と吐き捨てる
ヴィクトリアはグレンに会った事で、カレンがどれだけ騎士団の中で嫌な、辛い思いをして来たのだろう?と考える
(・・・やっぱりカレンにはティアノーズに来て貰おう)
そうすれば自分だって嬉しい、そう思っていたら「ヴィクトリア!!」名前を呼ばれ振り返ると、アルフレドが追い駆けて来る
「折角だから、少し話しをしようと思って」
穏やかに笑う彼に、ヴィクトリアは少し困った・・・ルシフェルに極力アルフレドには近づかないよう言われているのだ
「どうせアルガスターに、私とは話すなと言われているんだろう?」
笑う彼にヴィクトリアは
「いえ、少し急いでいるので」
「どこかへ行くの?用事があるのなら仕方が無いね」
優しく穏やかな声で、けれど残念そうにする彼にヴィクトリアは正直に「カレンに会いに行こうと思ってるんです」そう答えると、アルフレドは少し考え「それなら私が送ろう」にっこり笑って有無を言わさない様ヴィクトリアの手を握る
アルフレドに手を握られ「えっ?」その瞬間ドキンッと胸が高まるのを感じるヴィクトリア
優しく自分の手を握り締め、引っ張っていく彼の手の温かさに、恥ずかしさとルシフェルへの罪悪感を抱く
(私・・・どうしてこんなにも、この人にときめいたりするんだろう?ルシフェルの事が好きなのに・・・)
自分でも判らないこの感情に、ヴィクトリア自身も不安を抱き(私はルシフェルを裏切ったりしない、絶対に)そう自分に言い聞かせる
アルフレドの馬車に乗り込みカレンの自宅へと向かう道中、ヴィクトリアは先程のグレンの態度に騎士への不信感が募る
「アルフレド様は、アルドヴィッツ様と親しいのですか?」
彼と会う為のお膳立てをしてくれたのだから、そうなのだろうと思うヴィクトリアに
「親しいというか、同じ公爵だからね。まあ、付き合いは長いよ。その程度だね」
彼の答えに、ヴィクトリアは怒りを抑えながら
「とても冷たい人の様に思いました。部下であったカレンの事を、少しも心配していない様でしたので」
それ処か清々したとまで言ったその事が許せなく、カレンが不憫でならない
「貴方は人の事なのに、まるで自分の事のように怒るのですね」
アルフレドが優しく微笑むので、ヴィクトリアは少し顔を赤くして
「それは、カレンが私に対して・・・凄く普通に接してくれるからです」
ドキドキしながら答えると、アルフレドは首を傾げ
「普通にとは、護衛対象者として接するのではなくという事ですか?」
よく判らず尋ねると、ヴィクトリアは首を振り
「あ、あの・・アルフレド様も知っていますよね?私が記憶を無くす前が、その・・・とても嫌われていたのは」
辛そうに俯きながら尋ねると「ええ、まあ」嫌な女だと思っていたのは事実なのでそう答えるアルフレド
「私は、皆に嫌われているんです。それは仕方が無いのですが、それでも、今の私に優しく接してくれている人達がいます。その一人がカレンなんです」
そう話し、ヴィクトリアはそれがどれ程救われているかを伝えるように
「それが凄く嬉しいんです。だから、彼女の為に自分が出来る事をしたいんです」
彼女の実直な言葉にアルフレドは「私も貴方に優しく接している一人に、入っていますか?」微笑んで尋ねる
「え?」
驚くヴィクトリアは、まさかそんな事を聞かれるとは思っていなかったが
「・・・はい、アルフレド様はその・・とても優しいです」
少し顔を赤らめ頷く彼女に「よかった」と満面の笑顔を向けるアルフレド
恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女を見て、彼は思う
(本当に、あの悪女だった頃とは全くの別人だな。今の彼女なら、アルガスターが大事にし、独占する気持ちも判る)
そして自分も・・・とアルフレドは思う
カレンは自室に籠もってずっと頭を抱え考えている
(このまま・・父が薦める相手と結婚した方が良いのだろうか?私は間違っていたの?)
カレンはずっと騎士として、気を張って頑張ってきた
男社会の騎士団の中、彼女は常に好奇の目と白い目に晒されてきた
彼等の中には騎士と名ばかりの男達も居て、からかわれたり嫌味を言われたり、侮られたりと惨めな思いも散々してきた
(それでも頑張って自分を鍛え、何時かは認めて貰う!!)
そう思って歯を食い縛ってきた
(でも結局、騎士団ではお荷物としか言われなかった・・・)
『女性の騎士は価値の高い、必要な存在です』
騎士ではない、ヴィクトリアだけが自分達の価値を認めてくれた
彼女の手紙には、ティアノーズで雇いたいとまで書いてくれている・・・しかしカレンは首を振る
(だめだ、そこまで甘えては絶対に駄目)
ティアノーズで護衛を雇うなら、それなりの肩書きが必要だろう
下っ端の元騎士、しかも女の身ではそれこそ力不足で釣り合わず申し訳ない
ティアノーズ侯爵家なら、自分よりずっと優秀な優れた人材が、幾らでも集まるのだから
(ヴィクトリア様の好意はありがたいが、迷惑はかけられない。だから・・・その好意を受ける訳にはいかない)
真面目な彼女が出した結論だ
気持ちを落ち着かせ、カレンはヴィクトリアに手紙の返事を書く
『ありがたい申し出ですが、そこまで甘える訳にはいきません』
断る内容の文章を書いていると「ひっ!!」と、下の玄関先で悲鳴が聞こえる
(何事!?)
廊下を出て二階から玄関先を覗くと、ヴィクトリアの姿が目に入ってドキッとする
そして彼女の後ろから一際輝くオーラを放つ、思わず息を呑むほどの金髪の美形の男性が現れた
(だれ!?)
男性は以前カフェで目撃したヴィクトリアの婚約者でも友人でもないので、誰と一緒なのだろう?と思いながら様子をみる
執事に呼ばれ慌てて母親が玄関ホールに現れ、それから
「カ、カレン!!ちょっと、降りて来なさい!!ヴィ・・・ヴィクトリア様がお出でですよぉ!!」
母親の興奮して叫ぶ様な呼び方に
(なに?ヴィクトリア様が来てくれたのは判ったけど、彼女は一体誰を連れて来たの?)
何処かで見た事がある気がするが、カレンは意を決して恐る恐る二階から降りて行く
カレンの姿にヴィクトリアは嬉しそうに笑顔を向け、美形の男性も自分を見てくる
そんな二人の姿を見ながら、カレンの母親は
(なんて絵になる二人・・・男性の方は見惚れる位の端正な顔に、スラットした佇まい。ヴィクトリア様も彼の横にいて見劣りしていない、凛として美しい・・・むしろお互いに高め合っている・・尊い。絵師がいれば涙を流して書きまくるでしょうね、二人の絵を・・・)
ドキドキし、この二人を写真に撮りたいと思いながらウットリと見つめる
(※この世界には一昔前のカメラが存在している)
「・・ヴィクトリア様、わざわざお越し下さったのですか・・・」
申し訳ない気持ちでカレンは後ろに控えている男性を意識しながら、彼女に声を掛ける
「カレン、ごめんなさい。私の所為で申し訳ない事になってしまって」
ヴィクトリアが申し訳なさそうに自分に謝ってくるので、カレンは首を振る
「いえ。これは私の問題ですから、ヴィクトリア様は関係ありません」
母親が気を遣い、応接間に通されたヴィクトリアとアルフレド
お茶が用意されて、ヴィクトリアの隣にアルフレドが座り二人の向かいにカレンが座る
(・・・本当に絵になる二人だわ。美し過ぎて眩しい)
二人の姿は目の保養になり、さっきまでどんよりしていた気持ちが少し軽くなったから不思議だ
カレンは思う(美しいものにはリラックス効果があるらしい)と
ヴィクトリアは、アルフレドを紹介する
「カレン、こちらの方はアルフレド・ウェンヴィッツ公爵様よ」
「へっ!?」
紹介された途端、カレンは凍りついた
アルフレドは貴族達の間では太陽の貴公子とも呼ばれ、姿は知らなくとも名前を知らない者は居ない
それに社交界に滅多に姿を見せない為『幻の公爵』とも言われ、そして彼は容姿端麗、眉目秀麗、絶対王者、など非の打ち所がないとの噂も囁かれている
正直、カレンはそんな完璧な人間などいる訳が無い、噂は噂だと思っていた・・・その人物が目の前に居るのだ
(ヴィクトリア様・・・なんて方を連れて来たんですか!?)
カレンの手が震えるが、それにもまた理由がある
彼が美しい所作で紅茶を飲む姿すら絵になり、見惚れてしまう
「あ、あの・・・カレン・オウガスト・・です」
見惚れていてはいけない、震える声で名乗るカレンに「よろしく」ニッコリと笑い掛けてくれるアルフレドに、それだけで悶絶しそうになる
(ヴィクトリア様、これはご褒美ですか?それとも処刑ですか?この人は刺激が強過ぎる!!)
最早カレンは軽くパニックになり、普段の彼女とは違い思考回路が可笑しくなる
ヴィクトリアは冷や汗を掻くカレンに気付かず
「貴方の所属していた黒耀の責任者、アルドヴィッツ様に会って来ました」
先程の彼との遣り取りを大まかにカレンに伝え
「・・・残念なのだけど、貴方を黒耀の騎士団に戻して貰うのは難しいわ。ごめんなさい」
溜息混じりのその言葉に、カレンは判っていた事なので首を振る
「いいえ、ヴィクトリア様が私の為に尽力を尽くして下さった。それだけで十分嬉しいので」
落ち着いたカレンは、ずっと思っていた事をヴィクトリアに伝える
「本当は、ずっと迷っていたんです。どんなに頑張っても、私は団のお荷物でしかない。それでも、我を張って辞めずにいただけなのです。だから、今回の事は、騎士を辞める良い機会だったんです・・・」
そう話すとカレンは辛そうに
「ただ・・私の愚かな失態の所為で、他の・・・別の団に所属している女性騎士達にまで、悪い評価に繋がるのでは?と考えると・・・それが申し訳ないです」
その瞬間、ポロッと涙が零れた
自分が、自分だけが処罰されるのは良い・・・けれど、自分と同じく歯を食い縛って頑張っている、他の女性騎士の立場が、評価が地に落ちるような事に為れば・・・申し訳ない処ではない、あまりにも辛過ぎる
震えながら涙を流す彼女の姿に、ヴィクトリアも心を痛める
「・・・カレン」
ポーチからハンカチを取り出すと、カレンの傍に行き涙を拭ってあげ
「私は正直、貴方が騎士に戻るのは良い事だと思えないの。戻ったとしても、きっとまた辛い目に遭うだけだと思っているから」
そう告げると優しくカレンに微笑み「だから、ティアノーズで貴方を雇いたいのだけど」そう提案するが、その言葉に首を振るカレン
「その気持ちだけで十分です。私は・・・」
ギュッと自分の手を力いっぱい握り締め「父の決めた相手と、結婚しますので」決心する
政略結婚、それが嫌で騎士になった。騎士での生活はとても辛いものだったが、それでも必死に耐えて頑張った
けれどその騎士を解雇という不名誉で去る事になってしまい、そして結局、父の決めた相手と結婚する事になるだろう
何とも中途半端な自分の人生か・・・カレンはもう、全てにおいて諦めていた
「それはカレンの望んでいる事?」
ヴィクトリアの問いに、カレンは思わず彼女を見る
「貴方の望みが、そうなら私も諦めます。でも違うのだったら」
ヴィクトリアはカレンの眼を真っ直ぐに見つめ
「貴方の望む生き方をして欲しい。遠慮とか、気を遣わないで、貴方の望む事を言って」
そう訴えるとヴィクトリアは、優しくカレンに言い聞かせるよう
「私は、貴方がティアノーズに来てくれて、私の傍に居てくれたら凄く嬉しい。それは判ってくれているでしょう?何も同情じゃないわ。ただ、私がそうして欲しいの」
ヴィクトリアは、お願いするようにカレンを見つめる
「ヴィ・・ヴィクトリアさまぁ・・・」
カレンは思わずヴィクトリアに抱きつき泣き出し、そんなカレンの背中を優しく撫でるヴィクトリア
そんな二人の女性が抱きしめ合っている光景を、何かイケナイものでも見ている気がするアルフレド
ヴィクトリアはカレンに寄り添って座り、彼女落ち着くのを待つ
「私は・・・本当にティアノーズで雇って貰って良いのでしょうか?」
落ち着いてから、カレンはヴィクトリアに尋ねる
「もちろんよ。カレンが居てくれると、とても心強いもの」
ヴィクトリアはカレンの額に自分の額をコツンとする
「!?」
その仕草に、されたカレンも驚くが見ていたアルフレドも驚く
額と額をコツンッとする仕草は、親が幼い子共に安心感を持たせる為にする行為だからで、大人にはしない
だが不思議とカレンは嫌な気がしなかった
むしろ彼女に好意を持って貰えている、大事にされていると感じ嬉しかった
ヴィクトリアは正式に雇用主として、ティアノーズ邸にカレンを迎える手続きをする約束をしオウガスト家を後にする
「・・・貴方は不思議な人ですね」
アルフレドはヴィクトリアをティアノーズ邸に送る馬車の中で、優しく彼女に微笑む
「えっ?」
どういう事ですか?という顔をするので「オウガストの事です」
本来なら、自暴自棄になり全てにおいて諦めてしまったカレンは、ティアノーズに雇われる事を拒み、親の言いなりに結婚する筈だっただろう・・・そしてそれは、残念ながら彼女の望む人生では無い
カレンの人生を変えたのは、彼女に優しく接し、自分の思いを伝え説得し、心を開かせ望む人生を与えたのは、目の前に居るヴィクトリアだ
(貴方は彼女の運命を変えたんですよ・・・自覚は無いでしょうが)
キョトンとしている彼女にアルフレドは思う
(ヴィクトリアは良い方向に人の人生を変えた・・・俺の母親は逆だったな。人の人生を不幸にする女性だった)
その犠牲の一人が父親だったと、アルフレドは一瞬目を瞑り
(・・・貴方に、俺の運命も変えて欲しいものだが)
それが叶うか叶わないのかは、己自身の覚悟次第だと思うアルフレド
ティアノーズ邸に着き、アルフレドはヴィクトリアを玄関ホールまで送り届けた後、彼女の手の甲にキスをする
見惚れる程の麗しい美形の彼のその所作に、メイド達が悲鳴を上げて赤くなる
「ヴィクトリア、今日はなかなか楽しかった」
そう伝えヴィクトリアの耳元で「貴方は本当に、退屈しない人だ」そう囁き、優しく微笑んでアルフレドは帰って行く
耳元で囁かれたヴィクトリアは顔を真っ赤いにして、心臓の鼓動がドキドキと早まる
彼の登場で屋敷は騒然となり、使用人達が「今の方は何方ですか?」とヴィクトリアに聞いてくるので彼女は笑って
「あの方は、アルフレド・ウェンヴィッツ公爵様よ」
教えてあげると、それを聞いてドルフェスは少し眉間に皴を寄せる
(あの方がアルフレド・ウェンヴィッツ公爵?・・・彼自らが、わざわざヴィクトリア様を送って来た?)
それだけでも驚きなのだが、彼のヴィクトリアに取った行為にドルフェスは何となく嫌な胸騒ぎがする
ヴィクトリアはドルフェルにカレンの事を伝え、出来るだけ早く雇用して欲しいと頼むと自室に戻って行く
夕方過ぎにティアノーズ邸に一台の馬車が到着し、急いで身支度を整え出迎えるヴィクトリア
ドルフェスが扉を開け、現れたのはルシフェルだった
彼の姿にヴィクトリアは嬉しそうにニッコリ笑って
「お帰りなさい、ルシフェル」
ルシフェルもまた嬉しそうに彼女の額にキスをして「ただいま」と返す
その光景は最早、新婚夫婦である・・・使用人達は生暖かな、いや、ほっこりしながら二人を見守る
あのアルバノーズ公爵の夜会の次の日、ルシフェルはどうしてもヴィクトリアを帰したくなかった
しかし彼女を帰さない選択肢は、ランドルが許さない事も判っているので、そこでルシフェル自身がティアノーズの屋敷に住む事にしたのだ
どうせ幾日かで王城勤務になり、その時はランドルと共に登城すればいいと考えて
アルフレドに対して強い嫉妬心を抱き、その彼に対するルシフェルの不安が少しでも和らぐのならと、ヴィクトリアもランドルに頼んだ
こうしてティアノーズの屋敷に、ルシフェルの為の部屋と二人の為の寝室が用意される事となったのだ