11話 太陽の貴公子と悪女(1)
ティナとオペラを見に行ってから二日後に、ルシフェルから夜会の誘いの手紙が彼の使用人によってヴィクトリアに届いた
『急で申し訳ないが、二日後に開かれるアルバノーズ侯爵の夜会に同行して欲しい』
ルシフェルからの手紙を読み、ヴィクトリアは『嬉しいです、楽しみにしています』と急ぎ返事を書き使用人に渡す
「ルシフェル様は、早くヴィクトリア様に会いたくて仕方がないのですね」
アメニは主人の髪をブラシで丁寧に梳かしながら嬉しそうにそう告げるが、ヴィクトリアも正直『また夜会で』なんて言ったが、自分が夜会に誘われる事なんてないのでどうしようと思っていた
夜会やお茶会の誘いは実際、山の様に届いているのだがヴィクトリアはまた脅迫染みた内容だと思い込んでいて怖くて見ていない
「手紙によると、今回の夜会は大規模みたいなのよね・・・」
侯爵が主催だと手紙に書かれていて、憂鬱な溜息を吐くヴィクトリア
マカリスター伯爵家での夜会とは比べ物にならない位大勢の人が集まるり、しかも高位貴族達が集まるのだから、悪女だった自分の事を怨んでいる人達が向けてくるだろう視線に今から怯えている
「今のヴィクトリア様でしたら、きっと羨望の眼差しを向けられますよ」
自身たっぷりなアメニの言葉に苦笑いし
「そんな訳ないけど、慰めてくれてありがとう」
(不安で仕方がないけど、ルシフェル様が傍に居てくれるもの大丈夫。頑張ろう)
ルシフェル自身も、ヴィクトリアを誘った侯爵の夜会には余り気乗りしていない
けれど、自分もいずれヴィクトリアとの婚礼の儀式を執り行えば身分は侯爵となり、そうなれば灰汁の強い上位貴族と渡り合わなければいけない為、今から積極的に上位貴族の開く夜会に出て人脈を築いていかなければならない
正直、ヴィクトリアを誘うのは迷った
上位貴族の夜会では悪女ヴィクトリアは、自分より上の身分である公爵令嬢にすら尊大な態度で、傍若無人に女王の様に振舞っていた事を、ルシフェルは知っているから
そして当然彼女の愛人、恋人だった男達も夜会に来ているだろう・・・それを考えるとルシフェルは溜め息を吐く
本音を言えば今のヴィクトリアを衆目に晒したくはないが、彼女が自分の婚約者であり、以前の不仲な関係を払拭させて、今は仲睦まじい関係だという事を周知させる必要があった
夜会の当日、ヴィクトリアは成るべく目立たずにと金のラメの入ったグレーに薄いワイン色のレースを施したドレスを着て、朝から巻いていて良い感じに軽くカールされた髪を綺麗に一括りしブルーサファイアの髪留めで留め、同じブルーサファイアのネックレスを合わせる
「ドキドキしてきた」
姿鏡に映る自分の姿を確認しながら、ワイン色の唇が少し震えている
「大丈夫ですよ?ヴィクトリア様。とてもお美しいです」
アメニも他のメイド達も、うっとりと主人を見つめる
ヴィクトリアが成るべく地味にと選んだドレスも、彼女が漂わす色気によって余計大人な雰囲気を醸し出しより妖艶に映る
実際、迎えに来たルシフェルさえも彼女の妖艶な色香に言葉を失うのだから
夜会へと向う馬車の中でルシフェルは少し、いやかなり後悔していた
隣に寄り添っている愛する婚約者が想像以上に美しく妖艶に仕上がっている為、自分の婚約者だと周知させるつもりが、恋敵を増やす結果になるのでは?と懸念しているのだ
「ルシフェル様、今日は夜会に誘って下さりありがとうございます」
ルシフェルの気持ちなど知る由も無く、彼に会えて嬉しいヴィクトリアは笑顔を向けお礼を言ってくるので、思わずキスをしようとするルシフェル
けれどそんな彼に「だめですっ!!」と、顔を逸らして拒むヴィクトリア
「!?」
拒まれたルシフェルが驚くと、ヴィクトリアは顔を赤くしながら
「あ、あの、口紅が付いてしまうので・・・その、帰りの馬車で・・・して下さい」
最後は小さな声で恥ずかしそうに呟く様に言い、その仕草はまだ子供の様で、容姿とのギャップに余計魅力に感じるルシフェルは、理性を保ちながら軽く彼女のこめかみにキスをして「絶対に俺から離れないで、良いね?」抱きしめ言い聞かせる
大きな施設会場を貸し切っての夜会なので、ヴィクトリアはあまりの人の多さに酔いそうになり、気後れしながらもルシフェルにエスコートされ会場の中へと入る
「すごい人ですね」
緊張で体が震えるヴィクトリアは、周りの大勢の人達に目をやる
今回の夜会は侯爵が主催者なので集まっているのは殆どが侯爵と公爵の上位の貴族なので、ヴィクトリアは失礼の無い様にと心掛ける
「大丈夫?俺の傍を離れないで」
優しくルシフェルは愛する婚約者の背中に腕を回し、腰に手を当て「折角だから踊ろうか?」とダンスホールに向かう
本来なら伯爵子息の立場のルシフェルは格上の侯爵に先に挨拶するべきなのだが、肝心の侯爵が大勢の他の貴族達に囲まれていた為に少し時間をおく事にした
ヴィクトリアとルシフェルがダンスホールに現れると、どよめきが起こる
「な・・なんだか注目を浴びてませんか?」
記憶を無くしたヴィクトリアの噂は上位貴族の間で話題になっているのだが、本人はその事を全く知らない
社交界で噂の中心に居る二人が現れたので「本当に仲が改善されたのか・・・?」信じられないと好奇な目を向け噂するが
「ああ、そうだな」
ルシフェルは全く気にしていない素振りだ
(俺達の仲睦まじい姿を見せ付け、お互いに愛し合っていると周知させるのは簡単だが、問題はこの後だ)
ファーストダンスはパートナーと踊る・・・けれど、その後は自由に相手を変えて踊っても問題は無い
つまりこのダンスが終われば、男達が一斉にヴィクトリアにダンスを申し込む可能性がある
(それは俺が断ればいいんだが)
どれだけ群がってくるのか?それを考えると腹立たしさを感じるが、自分に微笑みながら踊っている色気漂う美しい婚約者を見て(大変だな)と苦笑する
ダンスが済み、二人がホールを出ると
「ヴィクトリア、俺と踊って欲しい」
「いや、俺と踊ろう」
すぐに大勢の男性が我先にと、ルシフェルを無視してヴィクトリアにダンスを申し込む為に群がって来る
(えっ?)
群がって来る男性達に驚きながら、顔を強張らせるヴィクトリアを背に隠し「申し訳ない、彼女は疲れているので」そう断わり、ヴィクトリアを連れて行こうとするルシフェルに
「婚約者気取りか?以前は全く相手にされてなかったのにな」
群がる男の一人が笑いながら嘲りの言葉を投げ掛けると、それに伴って周りの男達も嘲笑する
その男の言葉にヴィクトリアはマルクの事を思い出し、不安そうにルシフェルを見る
ルシフェルは笑った男に「そうですね、でも今は違う」ヴィクトリアを抱き寄せ、優しく笑い掛け「行こうか」とその場を離れる
余裕のルシフェルの背中を見ながら、結局その場に居た彼等は誰もヴィクトリアと踊る事は出来なかった
ダンスホールから離れた場所で休憩し、ルシフェルから果実酒のグラスを渡されそれを飲むと、ヴィクトリアは少し落ち着いて
「さっきはビックリしました・・・」(まだ心臓がドキドキしている・・・)「嫌われてる私と踊りたいだなんて・・・」
彼等は一体何なんだろう?不思議がる彼女に「嫌っていれば、誰もダンスに誘わないだろ?」ルシフェルの言葉に首を傾げ
「そうですよね・・・嫌がらせでしょうか?見世物にするとか?」
自分で言って顔を強張らせるので、溜息を吐くルシフェルは「自覚が無いとは」と呟き「えっ?」と彼を見る
「あいつ等はヴィクトリアに気があるから、ダンスを申し込んだんだ」
そう言うと嫉妬するルシフェルはズイッとヴィクトリアの顔に近づき
「少しは自分の魅力に気づいて、どれだけ男を魅了するか自覚してくれ」
(心配で堪らない!!)
それは言葉にしなかったが、ヴィクトリアは真っ直ぐに自分の眼を見て来るルシフェルにドキドキする
(私が男の人を魅了する?どういう事?)
悪女ヴィクトリアではなく、自分が?戸惑う彼女の様子に
(無自覚に相手を虜にする・・・これは相当苦労するな)
やれやれと、ルシフェルは天を仰ぐ
ファーストダンスを終えた後、あれから何度もヴィクトリアはしつこくダンスに誘われ、その度にルシフェルが断る
「申し訳ないですが、彼女はまだ病み上がりなので」そう断わるが、こんな断り方はヴィクトリアの体調がまだ芳しく無い様に聞え気が進まないが、相手は上位貴族なので言葉は選ばなければならない
断る度に、不安そうにルシフェルを見るヴィクトリア
「ルシフェル様、すみません。私が自分で断ります」
うんざりした顔をするルシフェルを見て、彼にまかせっきりは申し訳ないく思う
「俺がうんざりしているのは、貴方をダンスを誘ってくる虫になので」
ヴィクトリアを抱き寄せ「俺のだと見せ付けているのに、しつこい」自分の婚約者がどれだけモテるのか、嫌という程判ったルシフェル
実際この夜会に来ている貴族達は、悪女ヴィクトリアと今のヴィクトリアを比べてあまりの変わり様に驚いている
以前は傲慢で我が侭で女王様だった彼女は、婚約者が居るというのに自分に群がって来る男達を常に侍らし楽しんでいた
けれど今は蔑ろにしていた婚約者に護って貰う様に寄り添われ、仲睦まじくしている
そう、この場に居た誰もが驚愕しているのは、あれ程険悪と言うか、お互いに無関心を貫いていた悪女ヴィクトリアとルシフェルの仲の良さだ
しかも公爵や侯爵達の挨拶回りという名の社交の場で最も重要な人脈作りを、婚約者の傍に付き添ってきっちりとにこやかに役目を果しているヴィクトリア
以前の傲慢な悪女ヴィクトリアは自分からは絶対に頭など下げる事はしなかったし、ましてやルシフェルと共に挨拶回りなど有り得なかった
緊張しながらも婚約者の隣でにこやかに挨拶を交わしている今の彼女を見て(誰だこの女性は?)と誰もが思った
ルシフェルの隣に立つ美女ヴィクトリアが、ニッコリ笑って「よろしくお願いしますね」と挨拶すれば誰も嫌とは言わないし、ルシフェルに対しても
(この男と懇意にしていれば、ティアノーズ侯爵とも友好を築けるかもしれない)
そう考える者もいる・・・ランドルは自分に利益がある者としか懇意にしない主義だから
夜会も中盤に差し掛かり、ルシフェルも挨拶回りを一通り済ませ(そろそろか)とヴィクトリアに
「これから主催者でもある、アルバノーズ侯爵と少し込み入った話をしなければいけないから」
チラッと女性専用休憩室に目を向け、あそこなら男は入って来れないから大丈夫だろうと思い
「暫く女性専用室で休憩していてくれる?」
本当は一人にするのは可哀想だが、侯爵との内輪の話しに彼女を同席させる方が可哀想だと思ったからだ
一瞬躊躇ったヴィクトリアだが、自分が居たら邪魔なのだろうと思い頷き専用室に向かいルシフェルは侯爵の元へと急ぐ
実はアルガスター伯爵家とアルバノーズ侯爵家は遠縁にあたる
これからルシフェルは時期ティアノーズ侯爵として、出来るだけお互いに懇意にしておく必要がある為の話し合いだった
ヴィクトリアが女性専用室、サロンに入ろうとすると「ヴィクトリア様」声を掛けられ、振り向くとミディアルが近づいて来る
「お久しぶりですわ、ヴィクトリア様」
ニッコリと笑い掛けて来る彼女に、ヴィクトリアは少し不安を感じる
以前のトーマスの屋敷での夜会で、彼女のルシフェルに対する態度が気になったからだ
「・・・ええ、お久しぶりです」
ヴィクトリアも笑顔で答え『ミディ』と、ルシフェルが彼女をそう呼ぶのを思い出す
「この前のトーマスの誕生パーティーでは、挨拶も出来ませんでしたもの。折角ですし少し話しませんか?」
そう言いながら、ミディアルは彼女をサロンから遠ざける様誘導する
「・・・それにしても、パーティーでは驚きましたわ」
そう言うと意地悪そうな笑みを浮かべ
「マルクの言った事は衝撃でしたわ。いくらルフェが優しいからって、流石にあれは酷いと思うわ」
責める様にそう告げ、ヴィクトリアにとっても辛い出来事だった為に顔を曇らせる
「あんな事があっても、ルフェッたら貴方を庇うんですもの。本当に何処までも優し過ぎるわ」
その言葉にヴィクトリアはズキンッと胸が痛む
「あれは・・・」そう口に出すが、その後の言葉が出ない
「ねえ?幾ら記憶が無くても、貴方が言った事ですものね?・・・本当に、残酷だわ」
「・・・・」
厳しく責められ胸を痛めるヴィクトリアは、彼女から離れたかった
「あの、私はこれで・・・」
女性専用室に向かおうとするヴィクトリアに、ミディアルは
「あら、折角ですもの。ルシフェルが居ない今の内に、何方かと踊ったらよろしいんじゃないですか!?」
わざと男性達を煽るようにそう提案する
「えっ?」
そんな気など全くないヴィクトリアは驚くが、まるでそれが合図の様にすぐに男達が取り囲む様に寄って来る
「ヴィクトリア、俺は君をずっと想っていたんだ」
「前は俺とよく踊ってくれてたんだよ?」
「俺の事、思い出してくれよ!!俺達、愛し合っていたんだ」
男達がわらわらとヴィクトリアに群がる光景を見て、ミディアルは笑う
自分に群がって来る男性に囲まれて楽しそうにしていたのは、悪女ヴィクトリア・・・でも今のヴィクトリアは、自分に触れてくる男達は恐怖でしかない
「やめて下さい、私は誰とも踊りません!!離れて下さい!!」
嫌がり拒むヴィクトリアに、それでも男達は離れてくれなかった
(どうしよう・・・ルシフェル様はいないし・・に、逃げなきゃ)
何とか隙を見つけて逃げ出したかったが、男達はどんどんヴィクトリアを逃がさない様にと詰め寄る
「ヴィクトリア、俺達恋人同士だったんだよ!!」
「俺だってそうだ!!」
言い寄って来る男性達の中に以前の恋人が居るのか?恐怖でヴィクトリアは泣きそうになりながら
「私・・・記憶を無くしているので、そう言われても困るんです。今は、ルシフェル様を愛しているので。だから、お願いですから、離れて下さい・・・」
そう何度も嫌がりながら訴えるが男達は離れてくれず、ヴィクトリアの腕を掴む者も居て
「俺と踊ろう」
「いや、俺と」
そう誘い自分に笑い掛けてくる男性達に、言葉が通じないのか?と、ゾッとするヴィクトリア
(どうして?嫌だって言ってるのに・・・)
ヴィクトリアが怖がっている様子を、他の令嬢達は面白がって見ている
「嫌がっている女性に寄って集って群がるとは、随分と見っとも無いな」
突然、男達を嗜める凛とした張りの有る声がして、彼等は何だ?という様に振り返るとその瞬間、ビクッと身体を強張らせその声の主に明らかに怯え青褪める
金の髪に珍しいオレンジの瞳、光によっては金色にも見える、端正な顔立ちに凛とした佇まいをした青年が、冷やかに男達を見据えている
「嫌がって怯えている令嬢に群がり、恥知らずにもダンスに誘うとは、それが紳士のする事なのか?」
冷やかな問い掛けに男達は震え、関りたくないとばかりに慌ててヴィウトリアの腕を離しその場を逃げ去って行く
(?)
自分に群がっていた男達が逃げる様に居なくなり、怯えて泣きそうだったヴィクトリアは不思議に思う
彼等を追い払ってくれたその端正な顔立ちの男性は、ヴィクトリアに不思議そうな目を向けながらも優しく笑い掛け
「大丈夫ですか?」
気遣って尋ねてくれ、ヴィクトリアはその綺麗な笑顔にドキッとしながら
「はい、ありがとうございます」
顔を赤らめお礼を言うと、彼はそっとヴィクトリアの背に手をかざすが触れる事はせず、この場から離れるよう誘導する
その仕草がまた紳士的で麗しく、周りの女性達をウットリと虜にする
彼は邪魔にならない様にとヴィクトリアをエスコートして休息場へと移動し、ソファーに座らせると少し離れて隣に座る
その仕草も優雅で周りの令嬢達は勿論、貴婦人達までもが彼に釘付けになり近くに集まって来る
ヴィクトリアはこの端正な顔立ちをした、優しい微笑を自分に向けてくれる男性にドキドキしながら思う
(この人は、誰なのかしら・・・?)と