オペラを見に行く悪女(2)
オペラはとても素晴らしく、面白かった
ただ、恋人の男性が彼女の為に無理をして、その結果命を落とすシーンにヴィクトリアはルシフェルを重ねてしまい、胸が痛んだ
最後は確かに他の男性(彼女をずっと想っていた人)が現れその人と結ばれる
(そんな都合の良い終わり方があるか!!最初の恋人は当て馬って事か!?)
後から現れた男と幸せそうに手と手を繋ぎ抱き合うシーンに、ラインハルトは死んだ男が不憫だと憤慨する
「すごかったわ、とっても迫力があって面白かった」
ヴィクトリアはドキドキしながら興奮気味でそう感想を述べると
「本当ね。この部屋からだと、ぜんぜん迫力が違うわ・・・なんかもう、ずっとドキドキしてた」
二度目のティナも興奮しながら頷き「素晴らしかったです」カレンも滅多に見に行けないオペラに、感動の様子
そんな三人を見ながら(どこが良かったんだ?こんなふざけた話し)ムスッとしながらラインハルトは思う
三人はオペラの余韻に浸りながら、オペラハウスから出て来る
「ティナ、今日はオペラに付き合ってくれてありがとう。とても嬉しかったわ」
ヴィクトリアがティナにお礼を言う『嬉しかった』というのは彼女の忠告の事だ
ティナが忠告してくれなければ、次もまた同じ様の事をする所だった
ティナは笑って頷き
「もし貴方が嫌じゃなければ、次から私が手配するわよ?」
その言葉にヴィクトリアは驚いたが、すぐに「そうして貰えると嬉しい。貴方の方で任せられたら安心だわ」と喜ぶ
オルテヴァール王国では、紳士淑女達が親しい者同士で集まる場合は爵位が上の者が仕切るのが常識なので、だから今回のオペラの席もヴィクトリアが用意した・・・そしてその結果があれだ
でもティナは自分達は令嬢なので、そんな慣例など気にしなくても良いと考えたのだ
また、貴族は大抵自分では何もせず、執事、使用人に予約や準備などの面倒事を任せるので、結局ヴィクトリアが手配する訳ではないので、全ては父、ランドルが執事であるドルフェスに命じる事になる
だからティナのその申し出は有り難かったし、ティナもその事を判っていてそう提案してくれた
折角だからと、少しのんびりと街中を散策する事にする
高級服飾店や高級宝飾店、高級カフェに高級レストランなど、王都だけあって貴族の為の高級な店が多い中、庶民が利用する露店も沢山出ていて活気付いている
「私、街中を歩くなんてあまり無いわ」
今こうしてわくわくしながら色々な店を覘いて歩いているヴィクトリアだが、彼女は常に移動の時は馬車でだった
「ええっ!?それは駄目よ。やっぱりこうして周りの街の景色を見て、いろんな店に入ったりして楽しまなきゃ」
ティナは同じ貴族令嬢なのに護衛を二人、一応腕の立つ従者の男性を連れて自由に歩き回っているので、ヴィクトリアはそれにどれ程驚き、また羨ましいと思ったかしれない
何故なら箱入り侯爵令嬢のヴィクトリアは用事が無いと外に出して貰えず、常に騎士に護られているので気を遣ってあまり自由に歩き回れないから
活気付き賑わっている街中を、物珍しそうに目を輝かせて歩くヴィクトリアは目立つ
黒に赤のラインの入ったドレスを着ていて、髪をアップにした彼女の妖艶な姿に男性だけでなく女性までも視線を向ける
しかも後ろに騎士が二人就いているのだから余計だ
「目立つわね」
ティナはヴィクトリアを見て呟く
ティナだってブロンズの髪に映える藍色に金を施した、人目を惹き付けるドレスを着ているがヴィクトリアには負ける
「そうね・・・街中でこの格好は可笑しいかしら?」
チラチラと視線を感じながら、ヴィクトリアは恥ずかしそうにする
しかしオペラハウスだけでなくカジノ等の娯楽施設もあり、また貴族達も街中を散策しているのでドレスアップしているのはヴィクトリアとティナだけではないが、それでも視線を向けられる
「ヴィクトリア、なんか雰囲気が変わったわね」
ティナはまじまじとヴィクトリアを見て
「なんていうか、色っぽくなったって言うか、大人の色香が漂ってる」
ティナの言葉にヴィクトリアは首を傾げ「このドレスの所為だと思うんだけど」けれどティナは首を振りながら
「そうじゃないと思う」
チラッとラインハルトを見る
ラインハルトは顔を赤らめながら、ヴィクトリアを見つめている
(・・・ヴィクトリアがまた、悪女って言われなければ良いんだけど)
友人が醸し出す色気、女性フェロモン・・・こればっかりはどう対処してあげればいいかティナにも判らない
暫く街の散策を楽しんでいたら、遠くから悲鳴が聞こえる
ヴィクトリアとティナが思わずその声の方に目を向け、さっとカレンとラインハルトがヴィクトリアの傍に駆け寄る
「何?」
と思ったら、口を布で覆い隠した大男が走って逃げるのが見えた
「引ったくりっ!!おねがい、誰か、あの男を捕まえてぇ!!」
遠くで高齢の女性が倒れながら、必死に叫んでいる姿に
「何て事!!カレン、ラインハルト様、お願い、あの男の人を捕まえて下さい」
ヴィクトリアがそう頼むと、カレンはすぐに動いた
「はっ?」
けれどラインハルトはヴィクトリアの頼みを断わる
「我々は貴方の護衛ですので、傍を離れる訳にはいきません」
彼の言う事は正しいが、それでもヴィクトリアは
「私にはティナの護衛の方がいます。お願い、あの男を捕まえて下さい」
ヴィクトリアは縋る様にラインハルトに頼む。カレンだけでは心配なのだ
「出来ません。我々が離れた間に貴方の身に何かあれば、責めは我等が負う事になります」
きっぱりと断る彼に、ヴィクトリアは自らカレンを追い駆けて行く
「ヴィクトリア!!」
「ヴィクトリア様!!」
ティナとラインハルト、そしてティナの従者達も彼女を追い駆けるしかなかった
ヴィクトリアは咄嗟に追い駆ける様頼んだが、もしカレンの身に何か遭ったらと思うと気が気でない
『自分のせいで怪我を負わせたら・・・・申し訳ないでしょ?』
ティナの言葉を思い出して胸が痛む
カレンは見失わない様に男の後ろ姿を追い駆けるが、騎士の隊服はおよそ十kg近くあるので鍛錬していないととても走れない
カレンと男の差は徐々に縮まり、もう少しという距離で
「待てっ、この引ったくり!!」
カレンは男に飛び掛かり、飛び掛かかれた男はそのまま倒れ込む
「な、なんだぁ!?」
押さえ込まれながら男が僅かに振り向くと、騎士の格好をした女が自分に乗り掛かっている
「てめえ、何なんだ!?騎士じゃねえのかよ!?」
男は大きな体格な為に押さえ込まれながらも喚きながら暴れ、仰向けに体勢を変えた瞬間すかさずカレンの腹を蹴る
「ぐっ」
蹴られたカレンは一瞬男から離れ、腹を押さえ立ち上がり男を睨み返すと、すかさず男は持っていたナイフを取り出しカレンに向ける
周りの人達も、男とカレンの様子を二人から距離を置いて見守っている
「なんで騎士が、俺みてえぇなコソ泥を捉えようとすんだよ!?ふざけんなよなあっ!!」
逆上している男がカレンに斬り掛かろうと向かって行く
「きゃあっ」
見守っていた女性の数人が悲鳴を上げて目を逸らすが、カレンは怯まずに向かって来る男に構える
(こんな奴、いつも相手にしている男の騎士に比べれば、怖くなんかない!!)
常に基礎訓練を怠らずに身体を鍛えても、結局腕力では彼等に負け『お荷物』と言われ続けている
『所詮女は腕力で男には敵わない』そう嘲られてきた
それでもカレンは厳しい訓練に耐え、騎士であり続けている
この男の事もそうだ、後ろから押さ込む事は出来たが大暴れされ、体格差で仰向けに体勢を変えられた瞬間、腹を蹴られた
(きっと相手が男騎士だったら、この男は抵抗せずすぐに観念してナイフを取り出さなかっただろう。自分が女だからナイフと取り出せば怯む、逃げ果せると思っているのか)
ギリッと悔しさで歯を食い縛る
向かって来る男のナイフに集中し、ナイフを持つ腕を掴み、ねじ伏せる
「ぐわっ!!」
一瞬の出来事だった
「女だからって、舐めるな!!」
今までずっと我慢してきた言葉を口にし、今度は暴れられない様がっちりと足を使って組み伏せる
「カレン!!」
そこへ心配して追い駆けて来たヴィクトリアは、カレンが男を拘束している姿に心から安堵する
すぐに憲兵達が現れ、カレンは彼等に男を引き渡し
「こ、これは騎士様に、お手を煩わせました」
焦る憲兵達もだが、周りの人達もカレンの活躍に驚きを隠せない
何故なら、騎士は常に貴族の為に存在し、民間人の為に何かをする事などないから
だからラインハルトは動かなかったし、彼だけじゃなく、あの場に居た他の騎士は誰も動かなかった
カレンだけがヴィクトリアの頼みに従い、悪党を捕らえた
ヴィクトリアはカレンの傍に駆け寄り「よかった、貴方が無事で」彼女をギュッと抱きしめる
女性が女性を抱きしめる、その光景に周りからどよめきが起こる
「えーっ何?何か知らないけどドキドキする」
「あの騎士様、素敵だけど・・・女の人よね?」
「どういう事?あの騎士の人は・・・平民の為に、悪党を捕まえたのか?」
「平民の味方をする騎士?まさか・・・」
その場に居る者達は、自分達は何を見ているのだろう?という感じだった
騎士が民衆の為に悪党を捕らえる、それがどうしても信じられなかったからだ
ヴィクトリアを追い駆けて来たティナも、カレンの無事な姿にホッとする
盗人の男が年輩の女性からひったくった鞄は、その女性の下に無事戻った
「良かったですね、怪我も大した事ないようですし」
ヴィクトリアの気遣いに年輩の女性は驚き
「あ、あの、・・・・なんとお礼を申し・・あ、あのあげれば・・よろしいか、いえ・・よろしければ」
慣れない敬語を使おうとする女性は、騎士を連れているヴィクトリアにお礼を言うので
「無事で何よりです。その鞄が無事だったのは、ここに居るカレンのお陰なので」
そう言われ女性はカレンにも緊張しながらお礼を伝えてくるので「当たり前の事をしたまでですから」と笑う
その女騎士の笑顔に、その場に居た民衆は皆どよめく
騎士が盗人を捕まえ鞄を取り返した、ただそれだけなのだが、貴族の為の騎士が民衆の為に活躍した事に大騒ぎになる
そしてそれが大きな話題となって波紋を広げていく事になる・・・良い方にも、悪い方にも
これから自分がどういう事になるか判る筈もないカレンは、ヴィクトリアを無事ティアノーズの屋敷に送り届けた後、黒耀騎士団執務室へと報告に向かう
「・・・以上です」
カレンの報告に眉間に皴を寄せるグレン・アルドヴィッツ
シルバーの髪に黒い瞳「黒耀騎士団」団長である
「お前の報告によると、護衛対象者から離れ、その賊を捕らえたという事か?」
冷たく確認する上司に「はい・・・命じられましたので」一瞬戸惑ったが、そう答えたカレンに対しグレンは彼女を苦々しく見据え
「お前は何処までお荷物だ?」
冷たく言い放たれるその言葉に、ビクッとするカレン
「護衛対象者から離れ、賊を捕まえる。それが騎士のする事か?」
尋ねられ、震える彼女を忌々しそうに見やり
「お前は黒耀の、我々の顔に泥を塗ったんだ。覚悟しておけ」
「も、申し訳ありません」
頭を下げるカレンに、彼は冷たく言い放つ「下がれ」と