黒-2
クラスメイトに恋のキューピッド役を頼まれるドゥールは……。
休み時間になると、クラスメートの女子達が他愛のない話で盛り上がっている。
「ねぇ、ニュース聞いた? コンビニの商品に薬物が入ってたんだって」
「あ、聞いたよ、それ。やぁねぇ、買い物するの、怖くなっちゃうよ」
通りすがりにそんな会話が耳に入った。
昨日も今朝も、ニュースなんて聞いてなかったな。新聞なんて読んでないし。コンビニでジュース買うの、控えた方がいいかなぁ。自販機の方がまだ安全かも。
そんなことを思いながら廊下に出ようとしたドゥールを、友達のラインが呼び止めた。
「ドゥール、ちょっと……」
「何?」
「いいから、ちょっと」
強引に腕を掴まれ、教室を出ると廊下の突き当たりまで引っ張って行かれた。
「あのさ、これ……」
ラインがドゥールに差し出したのは、一通の白い封筒。
「俺、そういう趣味はないんだけど」
ラブレター。中身は見ていないが、雰囲気からしてそんな感じだ。
言われたラインの方は一瞬きょとんとし、それからあきれたような表情になる。
「バカ、お前にじゃないよ。渡してほしいんだ」
「はは、やっぱり。で、誰に?」
「えっと……」
ドゥールのしごく普通かつ当然の質問に、ラインは頬を赤くして口ごもる。
「お前なぁ、受取人の名前も言わずに渡せって言われても、絶対無理だぞ」
残念ながら、ドゥールはラインの想い人の名前を知らないのだ。
「わ、わかってるよ。その……隣のクラスのユーナに」
ラインの声はどんどん小さくなっていったが、どうにか名前は聞き取れた。
「ユーナって……あの子、結構気が強いって聞いたけど」
思わず口にしたドゥールの言葉に、ラインはすぐさま否定する。
「違うよ。彼女は思ったことをはっきり口にしてるだけだ」
だから、それを「気が強い」と表現されるんだと思うけど……。
まぁ、人の見方はそれぞれだ。ドゥールにすれば「気が強い」というユーナの性格も、彼女のことが好きなラインにすれば美点の一つとなりえる。
それに、彼女のことはよく知らないので、ラインにしかわからないユーナのよさというものもあるのだろう。
「渡すくらいはいいけどさ。ユーナの性格だと、はっきり言え、とか言って突き返すんじゃないかな。同じ渡すにしても、自分でやった方がいいんじゃない?」
「わかってるけど……それができないから、お前に頼んでるんだろ」
ラインはどちらかと言えば、おとなしい性格。いきなり面と向かっての告白は無理だから、まずは手紙である程度伝えてから直接本人に、というところのようだ。
「なぁ、ライン。確認のつもりで聞くけどさ、それに何て書いたんだよ。あんまり遠回しに表現してたら、最後まで読んでもらう前に破られるぞ」
書き方によって、相手の気持ちもかなり変わるだろう。余計なお世話かも知れないが、アドバイスの一つもできるのでは、と思ったドゥールはあえて尋ねてみた。
「え……えっと、好きだってことと、返事を聞かせてほしいってこと」
「ふぅん、思ったよりストレートに書いたんだな」
もっと婉曲に、悪く言えばあいまいな表現で書いてるのでは、と思っていたので、ドゥールは素直に感心した。
「頼むよ。こんなこと頼めるの、ドゥールしかいないんだ」
半ば押し付けるようにして渡される。ちょっとしぶったものの、ドゥールは考え直した。
この手紙を渡し、二人がうまくいけばドゥールは恋のキューピッド役だ。二人の恋の橋渡し。
これは「いいこと」ではなかろうか。いいことが積み重なれば、リリに会えるかも知れない。
こういうのってやっぱり、下心ありあり……って言われるかな。
とは言うものの、友達の恋がうまくいけばいいとも思う。それは嘘じゃない。
「わかった。ユーナに渡してやるよ」
ドゥールが受け取ると、ラインが顔を輝かせた。
「ありがとう、ドゥール。お前がアイサに告白する時は、俺もできるだけの協力をするからな」
「バッ、バカ。俺は手紙なんて……んなの、書かないよ」
ラインにアイサが好きだと話した覚えはないが、いつの間にかしっかりと見抜かれていたようだ。
否定したつもりだが、このセリフだと認めたようなものだということにドゥールは気付いていない。
とにかく、ドゥールはラインの手紙を受け取った。
そして、昼休み。
昼食をさっさと終え、ドゥールは隣のクラスへ出向いて友人の想い人の姿を探す。
しかしなかなか見付からず、そろそろ午後の授業が始まるという時に、友達と一緒に教室へ戻って来たユーナを発見した。
ストレートの金髪を肩より少し下で真っ直ぐに切り揃え、勝ち気そうな目をした少女だ。
いや、勝ち気そうな、ではなく、本当に勝ち気だと聞いた。ドゥールは直接話をしたことがないが、言いたいことを遠慮なくポンポン言うらしい。
彼女がどういう性格だろうと、俺は手紙を渡すだけだもんな。
アイサは穏やかな子なので、ユーナとは真逆の性格。つまりはドゥールの好きなタイプとは反対な訳で、どちらかと言えばちょっと苦手。
しかし、自分が付き合ってくれと言われているのではないから、今は関係ない話だ。まずは託された手紙を渡さなければ、何も始まらない。
「ユーナ、ちょっといいかな」
これまでしゃべったことのない男子生徒に呼び止められ、ユーナはちょっと驚いた顔をしていた。だが、ドゥールが隣のクラスにいることは一応知っているので、警戒する様子はない。
「何かしら」
一緒にいた彼女の友達は気を利かせたのか、先に教室へと入って行く。
「これ、ラインから渡してほしいって頼まれたんだ」
「何なの、これ」
ドゥールの手元にある白い封筒を見て、それから彼の顔を見るユーナ。
「え、何って……見ればわかるだろ。手紙だよ」
「それくらい、わかるわよ。ラインの手紙を、どうしてあなたが私に渡すの」
「だから、ラインに頼まれたからって言ったろ」
「なぜ本人が来なくて、あなたが持って来るの。あなた、郵便配達員?」
心のどこかで、素直に受け取ってくれるかな、という不安があったのだが、こういうことに限って的中してしまった。
「そ、そうだよ。臨時だけど」
かろうじて言い返す。
「ふぅん。何の手紙?」
「それは……知らないよ。俺が書いたんじゃないんだから」
だいたいの内容は聞いたが、それはここでしゃべることじゃない。
もっとも、彼女だってこういう状況であれば、薄々気付いているはずだが。
「果たし状とか?」
「な、何で男が女の子に果たし状なんか送るんだよ」
これは彼女のユーモア……なのだろうか。ユーナの目は笑っているようには見えないが。
「ま、何でもいいわ。郵便配達員さん、私は手紙を受け取ることを拒否します。送り主に返しておいてちょうだい」
ほーら、やっぱり断られた。だから、自分で渡せって言ったのに。
しかし、ドゥールはここで素直に引き下がる訳にはいかない。
後々の結果がどうなろうと、それはラインの行動次第だが、まずはこの手紙を渡さなければいけないのだ。
「えっと……受け取り拒否の理由は?」
「手紙の一通も自分で渡しに来ないなんて、横着じゃないの。これくらい、自分でしなさいって言ってやって。私、何でもかんでも人に頼るのって好きじゃないわ」
うわ……ライン、この彼女相手だと先行きはちょっと苦しいぞ。
これでもまだ、ユーナはおとなしく言ってる方なのだろう。虫の居所が悪ければ、仲介人だろうが何だろうが、もっと手厳しいセリフが飛び出すんじゃないかとドゥールは思った。
が、ここであきらめてはいられない。
「それは……伝言?」
「そうなるかしらね」
「悪いけど、俺は伝言人まではやってないんだ。物覚えがよくないしさ。言いたいことがあれば、直接本人に言ってよ。人に頼るの、好きじゃないんだろ?」
ドゥールはユーナの言葉を逆手に取った。ユーナも最後のセリフにはすぐに言い返せず、軽くドゥールを睨む。
「……わかった。それじゃ、後で直接本人に言うわ」
「どうせ本人に会うなら、手紙の返事も兼ねたらどう?」
ユーナはしばらくドゥールを見ていたが、午後の授業のチャイムが鳴り響くと、ドゥールの手からラインの手紙を抜き取った。
「あなたって見掛けによらず、人の言葉の揚げ足を取るのが上手いのね」
「そうかな。いつもだと取られる方が多いけどね」
ユーナは無表情で教室へ入った。それを見送って、ドゥールは大きく息を吐く。
何だか俺が告白しに行ったみたいじゃないか。とにかく渡さなきゃって思って必死だったけど……今の俺のやり方でラインの印象が悪くなってないかなぁ。
とにかく、ドゥールがやれることはやった。後はラインがうまくやればそれでいいし、ダメなら慰めるしかないだろう。
たった一通の手紙を渡すだけなのに、ドゥールはすっかり疲れてしまった。
リリに再会できる日……この調子だとかなり険しそうだなぁ。