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白-1

リリと別れた後、ドゥールは張り切って手伝いをしようとするが……。

 柔らかな微笑みを向け、リリは「じゃあね」と言って空へと消えて行った。

 それを見送り、ドゥールはしばらくリリが消えた空を眺める。

 どれくらい眺めていたのか。

 いい加減、首が痛くなってきたと自覚して、ようやくドゥールは下を向いて一息ついた。

「さっきのって……」

 本当にあったこと、だよな?

 自問しても、答えてくれる人は誰もいない。だけど、こんな所で立ったまま眠って夢を見ていたなんて思えなかった。

 それに、首が痛くなるくらい空を見上げていたのは、消えてしまったリリの姿がまた見えないか、と淡い期待を抱いていたからだ。

 そう。また現われないかな、ということは、その前にも現われていたということで、夢じゃない。

 うわ、それじゃ俺って天使と対面してたってことだよな。すっげー。こんなことが本当に起きるなんて、それこそ夢にも思わないことだよなぁ。

 今更ながらと言おうか、改めてと言おうか、ドゥールはどきどきしてきた。

 天使って、あんなにかわいいんだ。どう見ても人間みたいだけど、人間じゃないかわいらしさって言うか……きれいな子だったよなぁ。

「あ、そうだ」

 リリのかわいさの余韻に、こんな所でぼんやりとひたっているだけではいけないのだ。彼女と約束したことがある。

 リリの手伝いをする、という大切な約束が。

 もっとも、いつものようにすごして、と言われたので、何から始めればいいのかわからないのだが……。

 時間もずいぶん経ったので、とりあえずドゥールは家へ帰ることにした。ずっとここに立っていても、リリはもう現われないだろう。

 公園を出て通りを歩いていたドゥールは、踏み出そうとした片足が何かに遮られてあやうく転びそうになった。

 何だと思って足下を見ると、スニーカーの紐がほどけてしまい、それを自分で踏んでしまっていたのだ。

 何だよ、さっきまでいい気分だったのに、やな感じ。

 ドゥールはその場にしゃがみ、結び直そうとした。と、後ろから何かが当たり、今度こそ転んでしまう。

「って……」

 今のは明らかに誰かがぶつかって来たのだ。

「何す……」

 振り向きざま文句を言おうとしたドゥールだったが、その後の言葉が続かない。

「んだぁ、このガキ? おめーが道の真ん中でしゃがんでっからだろうがっ」

 うわ、ヤバ……。

 ぶつかってきたのは、どう見ても「いい人だな」とは思えない、早い話が世間で「チンピラ」などと呼ばれてしまうような格好のおじさんだった。

 言葉と同時に、げんこつがドゥールの頭に落ちてくる。目から火花が出るかと思った。

「ってぇ~」

 座り込んだまま、殴られたところを思わず押さえる。このままだとボコボコにされてしまうのでは、と思って恐怖を覚えたドゥールだったが、それ以上の攻撃はなかった。

「ちょっと、やめなよ。こんなガキ相手にさぁ」

 きっと四十前後であろうおじさんの隣に、そんなに厚塗りしなくても……と思えるような化粧をした、たぶん本当は二十歳そこそこなんだろうなと思われる女性がいた。

 身体に張り付いているような赤いワンピースに、似た色の大きなイヤリングと指輪。別の意味で、彼女の姿は怖い。

「俺は世間のマナーってヤツを教えてやってんだぞ」

「けど、下手に手ぇ出して、おまーりに何か言われたらめんどーじゃん」

 あまり頭のよさそうな話し方ではないが、彼女のおかげでドゥールはげんこつ一発で済んだ。

「もう行こうよぉ」

「わかった、わかった。おい、ボーズ。もう道ふさいでんじゃねぇぞ」

「は、はい……」

 二人はドゥールを放ってさっさと立ち去ってしまった。

 どうなることかと思ったが、被害は最小に抑えられたようだ。

 確かに道の端に行くべきだったかも知れないけど……いきなり殴らなくてもいいじゃんか。

 殴られた部分が熱い。そこをさすりながら立ち上がる。小さくため息を一つついて歩き出そうとしたドゥールは、また靴ひもを踏んで転んでしまった。

☆☆☆

 自分の行動にも一因があるとは言え、殴られるのは釈然としない。かと言って、警察に駆け込むようなレベルでもない。だけど、やっぱりむしゃくしゃする……というループ。

 あそこまでやらなきゃいけないことじゃないだろ、ったく。

 これが大人なら煙草を一服とか、ビールなどのアルコールをあおるなどすることもできるのだろうが、残念ながらドゥールはどう背伸びをしても大人には見てもらえない。

 どの店だろうが、買おうとしても売ってもらえないのはわかっている。ここは未成年らしく、ヤケジュースにヤケ菓子だ。

 ドゥールはコンビニへ入った。自分が好きなジュースやお菓子を、適当に選んでカゴへ放り込む。それを持って、レジへと向かった。

「え? あれ……?」

 代金を払おうとカバンに手を入れたが、いつも入れているはずの小銭入れが見付からない。ドゥールの手より少し大きいくらいで、ファスナーに人気コミックのキャラクターストラップが付けてある。

 光の届かない底で紺色の財布は見えにくいのかと思ったが、ストラップは見えるはず。

 あちこち手を突っ込んでるうちに、自分の指がカバンから飛び出した。

「うそだろ……」

 布製のカバンの一部に穴が開いていたのだ。小銭入れはそこからすべり落ちたらしい。きっと小銭が重りになってしまったのだ。

「財布、忘れたの?」

 いつもレジにいる女性店員が、冷たい目でドゥールを見る。

 言葉にしなくても、ちゃんと金を持っているのを確認してからレジに来い、と言われてるように思えた。

「いや、あの……落としたみたいで。ごめんなさい、捜して来ます」

 ドゥールはそう言うと、店を飛び出した。

 財布なので、まずは交番へ向かうのが賢明だろう。

 あ、買うつもりだった商品、そのままにして来ちゃった……。

 ドゥールはミニスナックの類をたくさんカゴに入れていた。それを買わないで置いて来た形になる。

 こんなことをした客がちゃんとまた来るかどうかわからないから、店員はそれらをまた陳列棚に戻さなくてはならない。余計な手間をかけてしまったことになる。

 悪いことしたな。けど、俺だって買うつもりだったんだし、こんな状況だし……。

 心の中で言い訳をしながら、交番へ走る。

 これじゃ、リリの手伝いで「善いこと」をする、なんて無理じゃないか。逆に、人に迷惑かけてないか、俺?

 そんなつもりではないのに、どうも「悪い方」へと進んでしまっているような気がする。

「あの……すみません」

 普段近寄らない場所、特にこういった来慣れない場所、来ないで済むに越したことのない場所へ来るのは緊張する。

「財布を落としたんです、けど……」

 学校の職員室と交番は似ているかも知れない。

 別にこちらが悪いことをした訳でもないのに、妙に近付きがたい雰囲気を感じてしまう部分などが特に。

 何もしてないのだから卑屈になる必要もないのだが、どうも気後れしてしまう。

「ん? 財布?」

 そこにいたのは、かなり幅のある若い人と、さっき会ったチンピラの親分みたいなおじさんだった。二人が警察の制服を着ていなければ、回れ右をして帰りたいくらいだ。

 見た目だけでも威圧感があるのに、そこへさらに制服の威圧感が加わる。こういう制服は、どうしてこちらを抑え付けようとする雰囲気を出すのか不思議だ。……それは個人の感想だろう、と言われたらそれまでなのだが。

 親分警察官の方は、先に来ていた若い女性の相手をしているようで、ドゥールの方はレスラーもどきの若い警察官が対応した。

「どういう財布かな」

 若い警察官は、顔つきもいかつい。単に、どういう財布でどの辺りで落としたと思われるかを尋ねられているだけなのに、ドゥールは自分が罪人になって拷問をされる一歩手前の状態にあるような気分だった。これで黙っていたら、本当に拷問されそうに思える。

 勇気を振り絞り、小銭入れの色や形、学校の購買部でミルクのパックを買ったから、落としたなら学校からコンビニまでの間だと思う、ということを話した。

「じゃあ、これかな」

 なぜか親分警察官の方が近寄って来たかと思うと、その手には確かにドゥールの小銭入れがあった。

「あっ、それ! 俺のですっ」

 ちゃんとストラップも付いている。さっき警察官に説明した通りの物が、目の前に現われた。

「あなたの物だったの。よかったわ、すぐに落とし主が見付かって」

 そう言ったのは、親分警察官が対応していた二十代半ばくらいであろう女性だった。さっき厚化粧のお姉さんを見たせいか、彼女はありふれたブラウスとスカートを着ているだけの普通の格好なのに、とても清楚に見える。

「お姉さんが見付けてくれたの?」

「ええ。友達との待ち合わせ場所へ行くのに、ポーリア公園を抜けようと思って走ってたら見付けたの。お財布だから、早く届けてあげた方がいいと思って」

 リリと出会ったあの公園だ。彼女が行ってしまってポーッとなっていたから、落としたことにも気付かなかったのだろう。

「ありがとう。……あ、待ち合わせの友達は?」

 彼女は走っていた、と言った。急いでいた、つまり約束の時間に遅れそうだったのだ。

 それがドゥールの財布を拾ったがために、交番へ向かうことになった、ということになる。

「ああ、そちらには少し遅れるって連絡はしたから」

「ごめんなさい、俺のせいで」

「いいのよ、そんなこと。気にしないで」

 優しく笑顔で言われたものの、ドゥールはすっかり落ち込んでしまった。

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