うさぎとかめ
うさぎとかめが、かけっこをしました。
うさぎは怠け者でした。
うさぎはとても足が速いです。
かめは真面目な者でした。
かめはとても足が遅いです。
うさぎとかめがかけっこをしました。
よーいドン
うさぎはみるみるかめを引き離します。
振り向いても影も形も見えません。
うさぎは馬鹿らしくなり木陰でお昼寝することにしました。
ぐーすかぴーすか
パンパーンと音が聞こえ、うさぎは何事かと飛び起きました。
おめでとう!勝者はかめです!
なんと、うさぎは寝ている間に負けてしまいました。
かめはずっとたゆまず歩き続けたのです。
勝者はかめでした。
おしまいおしまい
となるところが、うさぎはもう一度だ!と叫びました。
周りはいいます。
勝負は勝負だろう。お前は負けたのだ
俺が負けたのは気を抜いたからだ
本当なら俺が勝っていたのだ
こんなのズルだ。悔しい悔しい
自分で寝たのだろうと呆れる周囲。
地団駄を踏むうさぎの前へかめが進んできました。
いいでしょう。もう一回勝負しましょう
うさぎは目を輝かせました。
よしきた!明日もう一度だ!
かめのことを周りが止めます。
せっかく勝ったのに勿体ない
いますぐ取り消そう
2度目はないぞ
ですがかめは首を伸ばして振りました。
私の実力だと思うのならここは応援してください
周囲はそこまで頑なに言うのなら何か策があるのだろうと何も言わないことにしました。
次の日
かめよ、今度は俺が勝つからな
うさぎさん、私も全力を出しますよ
よーいドン!
周囲はどんな結果になるのかと興味津々です。
うさぎは勢いよく飛び出しました。
昨日よりも速い速い。
彼自身の最高速です。
みるみるゴールが近づいていきます。
昨日休んだ木陰が見えました。
さすがにこれだけ離せば大丈夫だろう。
振り向けば、歓声からまだかめは入口近くだとわかります。
ちょっとくらい、、、と思ったとき、かめが策をもっていることを思い出しました。
一発逆転などされてはたまりません。
うさぎはお腹が痛くなりながらも、頑張ってゴールまで走りきりました。
お腹が痛くなるほどの全力を出したのは久しぶりでした。
勝者はうさぎです!おめでとう!
全力疾走で疲れたうさぎですが、かめの様子が気になったので戻ってみることにしました。
戻ってみれば、まだお山の1つさえ越えていませんでした。
かめよ、もう勝負はついた
俺の勝ちだ。昨日はちょっと気を抜いただけなのだ
おや、負けてしまいましたか
でも私もゴールしたいので最後まで頑張ります
何を言う。もう勝負はついたからさっさと帰ろう
いえ、途中で諦めることはできません
私には空を飛ぶ翼もない。あなたのような地を駆ける足もない
あるのはこのどんな大地でも歩ける足と根性だけです
ここで負けたからと止めては私の意味がなくなるのです
お前の言うことはよく分からん
話しながらもかめは進みます。
のろ、のろ、のろ、のろ
うさぎはそれを見てイライラします。
周囲は言いました。
なんだ、期待して損をした。
所詮はかめか。せっかく何かあると思ったのにつまらない
そう言ってみんな帰ってしまいました。
ほら周りもああ言っている。早く帰ろう
いえ、私は最後まで歩きます。うさぎさんは先にお帰りください
のろ、のろ、のろ、のろ
イライラしたうさぎは、フン!と鼻を鳴らして家へ帰ることにしました。
最後にちらりと振り向いたかめの後ろ姿は、たゆまず歩く姿でした。
次の日、家で寝ていたうさぎの家のドアがこんこんとノックされました。
だれだ
出て、下を見るとかめがいました。
なんだかめか。負けた腹いせにでも来たのか
問うたうさぎにかめが言いました。
いいえ、私は再挑戦を申し込みに来たのです
うさぎは驚いて目を丸くします。
ですがすぐに耳を動かして答えました。
なぜ俺がそんな面倒なことをせねばならん
かめは言いました。
おや、私は昨日潔く挑戦を受けました
あなたは受けないと言うのですね
では私は村のみなにうさぎに再挑戦を申し込んだが断られたといいましょう
待て待て、受けないとは言ってない!
うさぎは慌ててかめの前へとぴょんと回り込んで言いました。
かめはにっこりと笑い、では明日、もう一度
そう言ってのろ、のろ、のろ、のろ歩いて帰っていきました。
うさぎは呆気に取られながらも、にやりと笑いました。
あのかめは普段ひょうひょうとしているが、昨日負けて相当悔しかったに違いない
誰かさんもそうだったので、そう考えたのです。
そう思うと受けてやってもいいと思えました。
今度もこてんぱんにして勝ってやろう
うさぎの頭には勝利しかありませんでした。
次の日、うさぎとかめが集まりました。
ピカピカ、ゴロゴロ、今日はとても天気が悪いです。
山の向こうでは真っ黒な雨雲が漂っています。
周りはいいます。
かめ、もうやめとけ。今なら引き分けじゃないか
何を意地になってるんだ
それとも何か策でもあるのか?
かめは言いました。
私は自分の全力を出すだけです
うさぎは言いました。
ふん、今度も俺が勝つに決まってる
よーいドン!!
両者いっしょにスタートしました。
ぴょんぴょん、ぴょんぴょーん
うさぎは軽快に駆け出します。
まるで風の様な走りです。
対するかめはどうだと、うさぎは振り向きました。
するとのろ、のろのろ、のろと歩いております。
前と全然変わりません。
いや、心なし前よりもちょっと早い気もしますが気のせいかもしれません。
うさぎのとてもよく聞こえる耳に風切り音に交じって声が聞こえます。
なんで何度も期待させては裏切るんだ
所詮かめはかめなんだな
あの一回の勝ちで調子に乗ったからこんなザマなのさ
うさぎはイライラ、イライラしました。
耳障りな声が聞こえたからでしょうか、気にしないかめにでしょうか。
よく分からないので更にイライラしてしまいます。
うさぎは考えることは苦手なのです。
あまりにイライラしたので、一言いってやろうと踵を返してかめの元まで戻ります。
ピカピカ、ゴロゴロと雨が降り出します。
やい!かめよ!
はあ、ふう、なんですかうさぎさん
お前は俺を馬鹿にしているのか?
はあ、ふう、そんなこと一度もありません
なら何故俺に勝負を挑む
今度こそ勝てるかもしれないからです
お前は大バカめだ
愚直にいって結果が簡単に転がってくるとでも思ったか
努力すればなんでも叶うとでも思ったか
生まれ持った足の長さが変わるとでも?
生まれ持った体重が変わるとでも?
お得意の頭でも動かして俺に木陰で寝てくださいとでもお願いしたらどうだ
かめはのろ、のろ、のろ、のろと足を動かしながら言いました。
足元ではぴちゃぴちゃと泥が跳ねています。
私はあなたに憧れておりました
あなたは私にはない長い足がある
あなたはいつも村のかけっこで一番速かった
私はビリ以外とったことがない
でもあなたは怠け者になった
一番ばかりではあなたはつまらない
一番ばかりでは周りもつまらない
知っています。聞こえています。なぜならあなたはとても耳がいいから
うるさいうるさい!!何を言う!!
うさぎは怒りに目を滾らせました。
かめ如きが知ったような口を聞いたからに違いないと思いました。
その時です。
ピカピカ!!ゴロゴロゴロ!!と大きな音が響き渡りました。
その瞬間、周りの者がいいました。
逃げろ!!川の水があふれたぞ!!
ざあああと濁流が押し寄せます。
村のみなは大慌てで逃げ出しました。
全員無事に逃げ切れそうです。
うさぎも逃げようと思いました。
しかし体が震えて動けません。
うさぎは耳がいいのです。
大きな雷の音も、周りの慌てふためく声も、迫りくる濁流もすべて恐ろしくて動けませんでした。
うわあ!!
うさぎはかめと一緒に波に飲まれます。
ばた、ばた、じた、ばた
なんとか腕を伸ばし流れた丸太にしがみつきました。
毛皮はずぶ濡れ、陸での速さなど見る影もありません。
うう、こわい。俺は死んでしまうのか
うさぎは必死にしがみつきながら涙を流しました。
その時、うさぎさん!とうさぎを呼ぶ声がしました。
振り向けば、まじめな顔をしたかめがいるではありませんか。
かめ、お前もやっぱり逃げ遅れたのか
長い首と短い腕をこちらに伸ばしているかめ。
うさぎはその手を取り、丸太へ引っ付かせてあげました。
ちゃんと爪を立てろよ。かめに爪があるのか知らないが
うさぎさん違います!私は丸太を掴みに来たのでなくうさぎさんを助けに来たのです!
かめが何を言う
うさぎは呆気に取られました。
しかしかめは気にしません。
さあそんな丸太なんぞより私に掴まってください
一緒に流されている状況で丸太を離してかめを掴めとは無理難題です。
ですがかめはやけに自信満々です。
俺はお前ほど頼りないものなど知らない
そのうえでこの状況でお前を頼れというのか
ええそうです。私は陸の上では鈍足ののろまなかめです
でもうさぎさん、あなたは海の中の私をみたことがありますか
いや、ない
あなたは自分の見ているもの、周りの声が世界の全てだと思っているが違います
水の中では私はうさぎさんよりも速いのですよ
あなたは私が嘘をつくかめだと思いますか
うさぎは黙りました。
うさぎは愚かしいほどに愚直なかめしか知らないからです。
その姿さえ全てではないのかもしれないとうさぎはふと思いました。
なぜなら今目の前にいるかめは、うさぎの生きてきた中で誰よりも頼もしいのですから。
わかった
うさぎはそう言って丸太から手を離し、目をつむってかめの甲羅に掴まりました。
ざぶざぶ、ざぶざぶと水音がします。
うさぎは目を開けて驚きました。
はやい!はやい!
そうです。かめはうさぎを背に背負ってなお陸の上のうさぎの様に水を走るではないですか。
そうして2匹はなんとか地面までたどり着きました。
ぜえ、はあ、とお互いに荒い息を吐きながら雨に打たれます。
うさぎは言いました。
かめよ、命を救ってくれてありがとう
俺はお前のことを鈍足だと馬鹿にしていた
水の中では俺は一歩も動けなかった
愚か者は俺だったのだ
今まですまなかった
かめは首を伸ばして振りました。
いえ、私はただ走ることが好きなあなたに憧れていたのです
私は水の中でなくあなたの様に陸の上を風のごとく駆けたかった
だからあなたが怠け者になってしまった時にどうしてもあの頃に戻ってほしかった
これは私の我儘でした
短い己の足を見てないものねだりの才能を欲していました
あなたの言う通り私は鈍足でのろまなかめであることは変わりないのです
私の我儘に巻き込んでしまってすみません
それは違う!
うさぎは叫びました。
そんなこと言われたらお前に助けられた俺はどうなる
あの恐ろしい水を物ともしない身も心も強いお前に感動した俺はどうなる
お前はあの時身を挺して見捨てずに俺を助けに来てくれた
俺は負けそうな勝負から逃げたがる。疲れたらすぐ休みたくなる
でもお前は勝ち目がない勝負であろうと俺に挑んだのだ。周囲に馬鹿にされようと俺と向き合い全力を出してくれた
お前は俺に憧れたというが、俺はお前の強さにようやく気付けたのだ
俺は今己の世界の小ささにやっと気づけたのだ
お前はのろまなかめなどでは決してない。これからも俺のよき友でありライバルだ
どうかまたいっしょに勝負してくれないか
お前となら水の中でもいい、転がる勝負もおもしろそうだ
ああ、陸の速さを知りたいなら抱えて走ってやってもいいぞ
その言葉にかめは目を丸くしたあと、慌てて甲羅の中に手足を引っ込めました。
かめ!?おいどうしたかめ!
揺らさないでください。少し雨水が染みただけです
そうしてかめの甲羅からひょっこりと手が出てきます。
では、またいっしょに遊びましょう
その言葉はどこか震えていて、うさぎはにやっと笑いました。
そうして力強く手を握りました。
ああ、約束だぞ
その後
うさぎとかめは毎日かけっこして勝負しました。
周囲はよく続くなとあきれ顔です。
でもそんなこと2匹は気にしません。
ある日は陸で、ある日は水の中で、ある日は坂の上から、ある日は氷の上で。
2匹は毎日遊びました。
勝負はでも真剣です。
お互いに勝つために全力は惜しみません。
でもお互い助言し合い、お互い相手への手助けと敬意を忘れませんでした。
ルールだって加えます。うさぎは十周回ったら。かめは水の中を十往復。
うさぎは木陰を何度も通り過ぎてももう居眠りしません。
なぜって?かめはどんどん速くなっていて今よりももっと全力を出さねば勝てないのですから。
そうしてお互い言い合います。
いい勝負だった。今度こそ、また明日
え?さらにその後ですって?
とある風の噂で陸海空連合選手権≪トライアスロン≫で異常なほど強い西の山のチームがあり、
毎年優勝をかっさらうのっぽと小さな影があったりだったり
無重力空間で遊べる施設に通い詰める2匹の謎の影があったり
小さな生物の性別がメスだったことに若干動揺するのっぽの影があったりだったり
そんな噂が流れたそうな?
まあまあ、これはすべて風の噂ですので
はてさてこれにて
うさぎとかめ
おしまいおしまい