スクロール・冷たい闇夜が密度を濃くしのしかかる。
――、『私』が主人公の小説をウェブで見つけた。この先どうなるのか、灯りを落とした真っ暗闇の部屋で、布団に潜りスクロールしながら読む、何時もの時間。着信が入る。
「ん?もう布団の中。何してたかって?寝る前の読書……、そうそう。恋愛?ホラー読んでんの……、うん、『私』が主人公のやつでね……、男を呪う?もう!タカちゃんったらぁ、あんな男なんか忘れちまえ!ウンウン、ずっと友達だよ」
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実家暮らしの時、『私』は和室の四畳半が自分の部屋。腰高窓には外から中を隠すだけ、薄いペラペラのカーテン。天井には四角い電気の傘があり、百均で見つけた長い紐に取り替え、カチカチ引っ張って付け消し、していた。持ち手に黄色いアヒルが付いていた紐。
暗闇にすると、蛍光色に薄らぼんやりキイロに光るアヒル。
時々、ミシミシ家鳴りがする古い日本家屋の実家。小さい時からずっと、寝る寸前に消して、後は橙色の豆電球をつけっぱで寝ていた私。
こわい話に興味が出た小学生の頃、せがんでおばあちゃんにしてもらった話が、実に怖くて真っ暗闇が苦手になった事と、夜中にトイレに行く時に便利だったから。携帯を使う様になっても、習慣になってたのか豆電球の灯りは、朝までつけっぱなしだった。
「さあ!ひとり暮らし、頑張らなくっちゃ!」
初めて都会に出てきた私は、職場近くのワンルームマンションで新しい生活を始める事になった。勿論、床はフローリング、白いクロス、窓には遮光カーテン。壁にスイッチ、天井のシーリングライト。しかもリモコンでも点消灯するタイプ。
豆電球じゃなくて、常夜灯なの。
おっ洒落。嬉しくなっちゃう。
引っ越しの段ボールの箱をせっせと開けた。一人暮らしでも結構大変だった。
晩御飯は持たせてくれたお弁当の残りとカップ麺。近くにコンビニもあった。明日は行ってみようかなと、湯を沸かした。
「ええ?ひとり暮らしってお金かかるぅ!」
職場にも慣れ、コンビニの店員さんに常連さんと覚えられ、お上りさん気分も少しだけ薄れた頃。新しくできた友人とライブハウスに通うようになった。
遊びに行く服を買ったり、靴を買ったり、勿論インディースバンドのCDを買ったりしてると、給料日前には、通帳が心許ない数字になる事に気がついた。
おばあちゃんから困った時にな、と言われたソレは、まだ減ってはないけど、これから先を考えると怪しくなる。
「節約しないと」
慌ててスマホで検索してみる。節約対策のアイデアなんて幾つもヒットした。さっそく簡単な事から、試してみることにした。常夜灯と銘打つ、豆電球を取り外した。細かい事からコツコツしなくちゃ。
「つけっぱなしだと勿体ないもんね」
携帯を弄りながら寝るので、灯りなど無くても良かったのだ。トイレに行く時もリモコンもあるし、携帯もあるのだから。
……、節約しないと。でもどうしてつけっぱなしで寝る様になったんだっけ?小さい頃に、おばあちゃんから話を聞いたときから。昔ばなしなのにさ、バカみたい。
都会に出てきて、薄れる郷里の記憶。今の暮らしの方が大切で、先の事が楽しみで。ホームシックから立ち直った頃から、昔の事を懐かしむ事は少なくなっていた。
「……、ふぁ、眠くなったし、ウン、明日ね、じゃ、おやすみ」
布団に潜り友達と喋っていたら、シンデレラタイムを大きく過ぎている。会話を終えた。慌ててリモコンで灯りを消した。
手に持つ携帯の画面は開いたまま、照らす範囲は狭いけど、突き抜ける様に明るいブルーライトの中で、目をこすりながらモゾモゾと体勢を整えると携帯をスクロールして閉じた。
ぼんやり、さっき迄つけていたせいで、シーリングライトの傘に余韻が残っていた。
「もっと早く消してても良かったな、気をつけよ」
ジー……。消えた後。
冷たい闇夜が密度を濃くし、ミッシリのしかかる様に落ちてきた。
途端。
ミ……、シ、ミシ。足元からスプリングが軋む音。
動いた?私。
途端。
鮮明に思い出す、忘れていた祖母の言葉。こわい話をして、とせがんだ私にしてくれた、昔ばなし。
灯りは薄ら、あったほうがええな。外のお月さんのやお星さんのでもええ。
どうして?ゾクゾクを楽しみながら聞く私。
『旦那はん』が来はるんや。真っ暗闇でも、よぅ寝てもとったらええんやけど、起きてたら……、来はるんや。手首をつかまれたら、喰われて終わりや、灯りをつけれたら逃げはるんやけどな。
慌てて携帯を探した。リモコンでもいい!慌てて、慌てて……。
ゴトン、ゴトン。落とした音が真っ暗闇の中で聴こえた。
おばあちゃんの声が蘇る。
「手首つかまれたら喰われたらな、逃げられへん。旦那はんがズゥと、な、魂魄吸い尽くすまで、のしかかったままや。だから布団に潜り手首隠して、はよ寝なね」
途端。
ミシ、ミシミシ……
スプリングが軋む音。
私が立ててるの?それとも……。
了。
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――『私』に『旦那はん』来たのかしら。別れた男の愚痴話に付き合った後、続きを読んだ。
来なかったのかしら。寝よう。怖いといえば嘘になるけど、幸い畳の上で和布団。スプリングとは無縁。言い聞かせて、
携帯をスクロール。閉じて枕元に置いた。掛け布団を握りしめ仰向けになる。
なんだか目が冴えて眠れない。天井の丸い蛍光灯の名残は去って。
冷たい闇夜が密度を濃くし、ミッシリのしかかる様に落ちてきた。
ミ……シ、ミシ、ミシミシ。
嘘でしょう?
私は慌てて枕元に手を伸ばした、くるりと反転、うつ伏せで右に左に弄る、真っ暗闇の中。
ミシミシ、ミシミシ。
灯りをつけないと、つけないと!
ミシミシミシミシ!ハァ、ハァ。
来る!生臭い男の息が来る!助けて!誰か。
ようやく僅かに手に触れた、四角い。
・
――、「ねえ。知ってる?あの子、男が出来たんだよ!……、ホントホント!この前、掛けたら男が出たの!『イマトリコンデルカラ』てさぁ!何やってんのよ。ホラーオタクのジミ子のくせにさぁ、恋愛読んでるより、ホラーの方が男にウケるのかな?」
灯りを落とした部屋。友達との通話が終わると、ベッドの中であの子が何を読んでたのか、とっても気になるその話を毛布を被ってスクロール。探してる。
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――、「ねぇ!知ってる?読んだら彼氏が出来る小説があるんだって!チョーよくない?題名?なんだっけ……」
灯りを落とした部屋、布団に潜り、サイトのジャンルをスクロール。
終。