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ブサイク、異世界の街へ行く

 目が覚めると真っ白な世界ではなく、草原が広がるのどかな場所だった。時刻は早朝で、太陽が昇るか昇らないかという時間だ。朝露で濡れた草花が淡く朝日に照らされる光景は、どこまでも幻想的である。どうやら出勤のために朝早く起きていた習慣は、1日2日では抜けないようだ。


「いったたた・・・!」


 貞一は起き上がろうとするも、全身を覆う鈍い痛みに固まってしまう。まるで金縛りにあったように動けない。


 この痛み・・・筋肉痛でござるか? 痛いでござる・・・。湿布が欲しいでござるよ・・・。


 普段運動をしない貞一にとって、慣れていない森の中を一日中歩き回り、ゴブリンから逃げるために全力で走ったのはだいぶ応えた。急激な運動をしたことにより、貞一の脂肪もとい筋肉は悲鳴をあげている。


 それに加え、地面の上で寝たのも悪い。普段ベッドで寝ている貞一にとって、マットレスさえない地面は、身体にかかる負荷が予想以上に大きいのだ。硬い地面は貞一の肥え太った体重を容赦なく反発し、身体を痛めつけた。マントにくるまっていたおかげで朝露があまり気にならなかったのがせめてもの救いだろう。


「ティーチさん起きたんすか?」


 貞一が痛みと戦っていると、朝食の準備をしていたピグーが声をかけてきた。


 すでに治癒姫一行は起床しているようで、周囲に張った罠の回収や道具の点検をしていた。見張りもせず一番遅くまで眠りこけていたことに罪悪感を覚えながら、痛む身体に鞭を打ち起き上がる。


 ガバチョッ


 貞一はとても勢いよく状態を起こすことに成功する。


 ん? おかしいでござるなぁ・・・?


 貞一は首をかしげる。ただでさえ身体が筋肉痛で痛いのだ。勢いよく起き上がるつもりなんてなかった。そもそも、今の身体の状態でそんな芸当ができるほど、貞一の身体は丈夫ではない。


 貞一は軽く起き上がろうとしただけ。にもかかわらず、まるでリクライニングベッドが背中を押してくれたように、スムーズに起き上がることができた。


『あ、それと、おぬしは身体強化の魔法とか使えぬじゃろう? あれは自然と身に付くものじゃからの。だから、身体強化の魔法が常時発動するようにしといてやったぞ。感謝せい』


 夢の中、ゴッドが最後の最後に残した台詞を思い出す。


 こんなに身体が軽いのは、身体強化の魔法のおかげなんでござるか!? すごいでござる!! 筋肉痛は痛いでござるが、身体が羽のようでござる!!!


 本来ならば鉛のように重い身体が、今なら何の抵抗もなく思い通りに動かすことができた。無重力の世界にいるかのように軽い。かといって、無重力世界のようにスローモーションで動くわけではない。貞一が勢いよく起き上がれたように、俊敏な動きが可能なのだ。


「ティーチさん?」

「・・・・・・」


 ピグーの呼びかけには応えず、貞一は無言で立ち上がる。その様子を、『貞一が王家の可能性がある』と勘違いしているピグーは、自分が何かヘマをしたかと不安そうに見ている。


 静まる場。

 息をのむピグー。

 予測不能な貞一。


 ピグーの注目を浴びる中、貞一はおもむろに背を向ける。そして―――


「なんでござるかこれぇぇえええ!!!! すっごい!! すっごいでござるぞぉおぉおおおおおお!!! やばいww拙者wもうwww何も怖くないでござるぅうううううwwwドプフォぉぉぉおおおおおおwwwwww」


 貞一は奇声をあげながら、走り、跳び、転び、地を蹴り、空を殴り、躓き、シャドーボクシングをし、シャドーに倒された。




 ◇




「おはようでござるよ。昨夜は見張りをしなくて申し訳なかったでござる」


 先程までの奇行などまるでなかったかのように、貞一は朝の挨拶をする。


 今は朝食の時間。貞一が起きた時はまだ朝食の準備をしていたが、貞一が奇行をしている間に準備は終わってしまった。つまり、貞一は見張りもしなければ一番最後まで惰眠をむさぼり、野営の片付けも朝食の準備もしない役立たずということだ。いや、奇行をして遊んでいただけでなく、奇声のせいで治癒姫たちの手は止まったため、足を引っ張るお荷物だ。もっといえば、治癒姫たちから食料をもらっているので穀潰ごくつぶしであり、さらに―――


「いや、気にしないでくださいっすよ! もともとデーパが言い出したことですし、いつも三人で交代してるんすから!」


 ピグーは小さい眼を細めて笑いながら「これくらい朝飯前ですよ!」と朗らかに言う。・・・大人の対応である。


「それにしてもあの変な踊りはなんだったのよ」

「うぐっ」


 ピグーはスルーしたが、ブーシィはスルーできなかったようだ。馬鹿にしているとかではなく、純粋にあの奇行がなんだったのか疑問のようだ。


 きょとんと首をかしげる姿は、自分のことを可愛いと思っている者特有の、どこかあざとさがある。その様子を見て、ブーシィ以外の男どもは一様に胸を押さえ悶えてしまう。


 治癒姫メンバーはブーシィのあまりの可愛さに胸を締め付けられて悶え、貞一は朝から見せられるブスの奇行に胃液がせり上がり悶えている。


「あ、あれは~・・・ストレッチ。 そう! ストレッチでござる! あれをやると朝からすっきりするんでござるよ~!! デュフフw」

「その割にはなんか苦しそうだけど?」


 お前のせいでござるよ!!! という心の声はそっとしまい、曖昧な笑顔を浮かべてやり過ごす。


 もそもそと朝食のパンとスープを食べながら、貞一は身体強化魔法について分かったことを整理していた。整理と言っても、身体強化魔法について分かったことは少ない。まとめると至ってシンプル。


 貞一は動けるデブに昇格した。


 デュフwまさか拙者がここまで動けるようになるなんて・・・。異世界最高でござるなww


 貞一は強化魔法のおかげで、生まれて初めて動くことが楽しいと思えた。魔法職じゃなくて戦士職もいいでござるなぁなんて、今までの貞一ならば思いつくこともなかっただろう。


 あとはゴッドから新しく貰ったスキル、童貞の心(チェリーハート)でござるな。・・・・・・うむ。このスキルはなかったことにするでござるよ。


 貞一は考えても無駄なスキルはいったん忘れることにした。行使ができなければ検証も出来ないのだ。


 効果は精神に呼応し、言いにくい台詞や、ここぞというときに自然と主人公のようなカッコいい台詞を恥ずかしげもなく話すことができるメンタルUPも兼ねたスキル。


 ・・・うむ。何を言っているか全くわからないでござる。ピグー殿やブーシィ殿と話していても、別にいつも通りでござるし。とりあえず、このスキルは無視。その時が来たら思い出すでござろう。


 スキルの扱いを決めた後、貞一は気づかれないように治癒姫たちを見回す。


 ゴッドの説明では、拙者の魔法はブーシィ殿に通じないでござる。それどころか、魔法使いでもないピグー殿達にも通用しない・・・。


 その事実が貞一に多大なストレスを与える。貞一にとっては、急に治癒姫たちが猛獣にでもなったように感じるのだ。


 もちろん貞一は彼女たちに魔法を使うつもりなどない。しかし、『絶大な魔法』だと思っていた魔法が実は残念魔法で、魔法と言う絶対的なアドバンテージがなくなった今、急に心細くなってしまったのだ。実は侯爵の娘など真っ赤な嘘で、本当は治癒姫たちが盗賊という線もあるのだ。ここは異世界。用心して損はない。


 うぅ~、胃が痛むでござる・・・。でも、ここが踏ん張りどころでござるぞ! 拙者の魔法についてバレないようにしなくちゃいけないでござる! それに、街に着いたらおさらばすればいいでござるよ!


 貞一は痛む胃の周りをさすりながら、一人決意した。


 一方治癒姫たちは・・・。


(ひゃー! ほんとに王家の方だったらどうすればいいんだよ! 何喋ったらいいかわからねぇよー! とりあえずティーチさんの癇に障らないようにしねーと!)

(不味いですね。非常に不味いです。姫のためとはいえ、王家の方にあんな口を聞いてしまったとは・・・。しかもネスク・テガロを救ってくださるかもしれないのに・・・。挽回しなければ!)

(ティーチ・・・いやティーチさんが王家かどうかは関係ない。私は姫の護衛なのだから、姫を護るだけだ。そして、姫のご褒美(おしおき)をもらうだけだ)

(さっきの変なストレッチってのをしている時、ティーチは『もう何も怖くない』と叫んでた・・・。どこかから逃げ出してきた? 王家は王城に引きこもってるわけだし、外に出られなかった? もしかして王都から逃げてきた・・・?)


 各々が不安や欲望を抱きながら、貞一たちの旅路は続く。




 ◇




 ただっぴろい草原から、徐々に人が手入れした農作物が均等に並ぶ風景へと変わってゆく。時折家屋が立ち並び、その住人であろう農民たちが、太陽の下でせっせと耕している。誰も通っていなかった街道も、他の街道と合流する度に行きかう人が増えていった。


 早朝から歩き始めて数時間。日が高く昇り小腹が空く頃には見える景色も変わり始め、そこから少し歩けば前方に街が見えてきた。


「おっきいでござるな・・・」


 ナニが、ではないでござるよ? おっきな街でござる。


 まるでヨーロッパの都市のように西洋風な家屋が立ち並び、遠目からでも賑わっていることがわかる。街の周りを囲うように塀があり、門には荷馬車を引いた商人らしき者や村人らしき者が行儀よく並んでいる。塀は3メートルくらいだろうか。レンガ作りのようで、丈夫そうな塀だ。


 ここが治癒姫たちが目指していた街であり、ブーシィが貴族として守護を任されてもいるネスク・テガロだ。街道が交差する場所に位置しており、交易も盛んな活気のある街である。


「そうでしょう! ネスク・テガロは王都へと続く国道とも近いですから、各地の特産品も集まる街なんです。街の周囲をしっかりと塀で囲われている様は、王都を思い出させるほど圧巻ですね!」


 デーパが楽しげに教えてくれる。半日も歩かない距離に魔境と呼ばれる森があるため、獣や魔物対策として丈夫な塀があるらしい。他の街では、重要拠点が集まっている中央部だけ塀で囲うことが多いのだとか。塀を築いても住人が増えれば塀の外に家を建てていってしまう。そのため塀の増設が追い付かず、雑多なものになってしまうらしい。


 それにしてもなんでござろうか?


 なぜか今朝からデーパが妙に貞一に絡んでくる。貞一のことを警戒しているような雰囲気はなく、むしろ仲良くなろうという雰囲気を感じられるため、貞一も気にしていない。それに、デーパのおかげで、貞一はこの世界についていろいろと聞くことができたのもラッキーだった。きっと貞一に対する疑惑が晴れたのだろうと、能天気に納得する貞一。


「それで? ティーチは街に着いたら冒険者になるのよね?」

「そうでござるね。それが一番良さそうでござるし」


 貞一は、この世界で冒険者になることにしたのだ。


 正直言えば、そんな危険そうなものになりたくなかったでござるよ? 最初は冒険者に憧れがあったでござるが、ゴブリンとの戦いで拙者には無理だと悟ったでござる・・・。身体強化の魔法は凄いし、拙者の魔法だと大抵の魔物に有効でござるが、効かない相手もいるでござる。それもボス級。出会ったら即死まっしぐらでござるよ。エンカウント率は低いかもしれないでござるが、会う可能性があるなら距離を取るに越したことはないでござるし。でもデーパ殿やブーシィ殿の話を聞く限り、冒険者しか選択肢がないんでござるよね・・・。


 基本的にこの世界の住人は、生まれた場所から動くことは無い。村に生まれれば村で一生を終え、街に生まれれば街で一生を終える。〝転勤″という強制移動システムが存在しないため、生まれ故郷に根ずくことがほとんどなのだ。村から一念発起で街へと出ても、伝手が無ければスラム人生まっしぐら。村や街を転々と移動する者は、商人や冒険者くらいなものだ。


 そして街や国に入るには、身分証明が必要になる。身分を証明するものは、所属のギルドや村が発行してくれる。


 貞一はせっかくの異世界を堪能するために、一つの場所に定住するつもりはない。街を周るには商人ギルドや冒険者ギルドに加入しなければ、街へ入るのにも毎回一苦労することになってしまう。


 さらに、生きるためにはお金が必要で、お金は働かなければもらえない。商人ギルドに入ればお金も街の出入りも自由になるが、売る物がない。それに、貞一は与えられた仕事しかしてこなかったため、自分で店を切り盛りしたり商品を扱ったりなど到底できそうになかった。


 かといって、商人の下で働けば自由に街を移動することができないし、地球での生活と何ら変わりないように感じられる。


 そこで冒険者である。冒険者は採取や討伐、護衛など魔物との戦いも含まれているため、常に命の危険がある。だが実入りはよく、上のランクまで昇級できれば、どの街ももろ手を挙げてで歓迎してくれるのだ。


 難易度の高い依頼もあるが、雑魚モンスターを討伐するだけの簡単なお仕事もあるため、貞一でもなんとかやってけそうである。それに、魔法使いはどのパーティも喜んで加えてくれるらしいのも魅力だ。女性ばかりのパーティに入れれば、貞一の目標である美人な嫁をゲットできるかもしれない。もっと言えば、ゴッドから新たに授かったスキルが火を噴くかもしれないのだ。


 街への移動も簡単にでき、食いぶちにもなる。雑魚モンスターに絞れば貞一の魔法で無双できる上リスクも少なく、冒険者は憧れていた職業でもある。登録は年齢さえ満たしていれば誰でもでき、無理だと思えば依頼を受けなければよい。

 失うものは登録料だけだし、身分証明代だと思えば安いものだ。


 だから拙者は冒険者になるでござる! めざせ中堅冒険者でござるよ!!


 冒険者になると生き込む貞一であるが、与えられた情報が偏っていることに貞一は気づいていない。貞一が聞いた話は全てほんとのことだが、意図的に伝えられていない情報があった。


 だから貞一は知らない。


 身分証がなくとも、通行料を余分に渡せば街へ入れることを。冒険者となれば依頼の選択は個人によるが、ギルドが強制召集をかければそれに従うしかないことを。そして、その強制収集が、ブーシィたちが得た情報によりすぐにでも発令されるだろうことを。


 冒険者になるという選択肢は、仕事の面でも身分証明の面でも都合はよい。しかし、魔法使いであれば、そもそも貴族としての責が課せられる代わりに、一生遊んで暮らせる。この世界の知識が全然ない貞一にとっては、意図的に情報を流されて冒険者になるしかないと思考を誘導されていることに、気づくことはできなかった。


 この情報操作は、デーパが単独で行ったわけではない。治癒姫の総意として、情報操作が行われたのだ。目的は新たに発生した〝魔王″の対策のため。魔法使いという特級戦力を遊ばす余裕は、ネスク・テガロにはなかった。


 彼らは貞一を半分王家、半分村人だと思っている。王家であれば情報操作も意味はないが、村人であるならばこの情報操作も意味をなす。現に、貞一は冒険者になるつもりでいる。


 そんなことも知らずに貞一は、観光客のようにキョロキョロと辺りを見回しながら治癒姫たちについて行った。


 門の近くに来るとブーシィたちは並んでいる列を一切無視し、当然のように横を歩き列を抜かしていく。さも当然のようにずんずん進んでいくため、貞一もおろおろしながら後をついて行く。


「見ろ! 治癒姫様だぞ!」

「治癒姫様ご一行だ! おーい! 応援しています!」

「キャー! 治癒姫様たちよ!! ステキーー!!」


 大人気である。まるでアイドルが登場したかのように、並んでいる老若男女が治癒姫たちに歓声を送っている。


 これが一流冒険者の扱いでござるか・・・。いや、侯爵の娘だからってのもありそうでござるね。むしろそっちのが本命な気がするでござる。これはゴマすり・・・処世術でござるね。


「ねぇ! 治癒姫様たちと一緒にいる人誰かな? 超かっこよくない?」

「ねー! わかるぅ! カッコいいよねぇ!」

「・・・え? まじでカッコよすぎない?」

「うん。あれはヤバいわ。鼻血出てきた」


 何やら貞一の方をちらちら向きながら、貞一にも聞こえるくらいの声で話している婦女子がいる。顔はややブス。体型も骨太なぽっちゃり。貞一の琴線には触れない女性たちだ。


 拙者にまで黄色い声援が? これは・・・なるほど。そういうことでござるか。


 貞一は何かに気付いたように、意味有り気に頷く。


 わかったでござるよ。これが権力というやつでござるねッ!! きっと拙者もブーシィ殿の関係者と思われたに違いないでござる!


 貞一は自分にかかる黄色い声援が、『偉い人っぽいからとりあえず媚び売っとこうぜ』ということからきていると推測する。


 ならば今のうちに味わっとくでござるよ! 人生にあるかないかの体験でござる!


 背中を丸めていた貞一は胸を張り、さも『拙者、侯爵の娘と親しいでござるよ? ん? ん?』といったむかつく顔をしながら歩く。列を抜かしていることは気にしない。並んでいる人も文句を言っていないので、侯爵令嬢の権力が働いているのだろう。ならば列を抜かすことが当然とばかりの顔をしておくだけだ。それはまさに、ブタ(ブーシィ)の威を借るブタ(貞一)あった。


「お帰りなさいませ、ブーシィ様。それに冒険者パーティ治癒姫の皆様」


 村人や商人をさばいている衛兵よりも偉そうな服を着た男が、丁寧に迎えに出向く。


 服装から察するに、衛兵隊長か何かでござるか。さすが侯爵令嬢。下っ端が相手をしていい人物ではないでござるか。


「ええ、ありがとう」

「後ろのお連れ様は?」

「私の関係者よ。心配ないわ。通してくれる?」

「かしこまりました」


 衛兵隊長は深々と頭を下げると、ブーシィたちは門をくぐり街へと入っていく。貞一は『乗るしかない! このビックウェーブに!』と、いまだ頭を下げている衛兵隊長の前を横切った。


「それじゃ、これから冒険者ギルドに向かうわね。ティーチも冒険者になるんだから一緒に行くわよ!」

「わかったでござる! ついて行くでござるよ」


 治癒姫の後ろをはぐれないようについて行く貞一。しかし、視線はあっちへいったりこっちへいったりと、せわしなく動く。


 これが異世界の街でござるか~! 情緒あふれるでござるよ! 活気があるでござる! 縁日の出店に近い雰囲気を感じるでござる!


 貞一はあまり出歩いたり旅行に行くことがなかったため、自宅と会社の往復ばかりであった。日本とは歩いている人の服装も建物もすべてが違う異世界は、貞一には見るものすべてが新鮮に映っている。それに、歩いている町人も外国人だ。ヨーロッパのような街並みも合わさり、貞一はまるでゲームの世界に入ったような感覚だ。石畳を踏みしめる足にも力が入る。


 冒険者だろうか。剣をぶら下げた若者たちが談笑しながら歩いている。商人らしき人物が馬に荷車を引かせていたり、丁稚らしき子供が大きな袋を担いで歩いている。ここには、日本で見るようなながらスマホや歩きたばこはをする人はいない。平和な世界だ。


 ブーシィたち治癒姫は本当に有名冒険者パーティなのだろう。街行く人々が振り返り、指差し、声をかけてくる。そして、それを当たり前のように受け取っているブーシィたち。


 さすが侯爵の娘でござるな・・・。あの顔でこの人気・・・権力の権化でござる・・・。


 門を抜け、大きな目抜き通りを進んでいくと、ひときわ大きな建物が見えた。出入りするのは、様々な装備に身を包んだ者達。どうやら目的の建物、冒険者ギルド ネスク・テガロ支部についたようだ。


 冒険者ギルドは大きく、3階建ての建物だ。入口は開け放たれており、中から野太い笑い声が聞こえてくる。中へ入ると受付と思われる窓口が並んでおり、冒険者たちが詰めかけていた。ロビーには休憩ブース兼カフェ兼酒場のような場所があり、冒険者たちが次なる冒険についての相談や装備についてあれこれ話しているようだ。


 ギスギスしたような雰囲気はなく、『新人だ! ヤキいれっぞ! ヒャッハー!』みたいに絡んでくる輩もいない。荒くれ者のようないかつい顔をしたアニキたちもいるが、誰かに絡むような雰囲気は一切ない。平和な冒険者ギルドだった。


 よかったでござる。テンプレ通り絡まれたら大変なことになっていたでござるよ・・・。


 貞一が使える魔法は爆裂魔法。対象を爆裂四散させる魔法だ。もし他の冒険者に絡まれて魔法を使おうものなら、本当の意味での〝僕何かやっちゃいました?″になるところであった。


「私はいろいろ報告があるからここでお別れね」


 ブーシィが振り返り、貞一に別れを告げる。


 ここからは自分一人で冒険者にならなくてはいけないでござるね。虎の威を借りる狐ごっこはもうできないでござるが、甘えてちゃだめでござる! 冒険者ギルドの雰囲気も明るくて良さそうでござるし、なんとか頑張ってみるでござるよ!


「ここまでありがとうでござる! 助かったでござるよ!」

「お互い様よ。しばらくこの街にいるんでしょ? ゴブリンの件で話があるかもしれないから、その時はよろしくね」


 そういえば昨夜もそんなこと言っていたでござるね。そのおかげで一緒に街まで来たんでござった。それにしてもゴブリンについてでござるか・・・。ブーシィ殿達もゴブリンを探していたみたいでござるし、依頼と関係があるんでござるかね?


「もちろんでござるよ! それくらいお安い御用でござる!」

「ありがと! それじゃ、またね(・・・)


 治癒姫たちは貞一に別れの挨拶を言うと、階段を昇って行ってしまった。


 ブーシィ殿にもずいぶん馴れたでござるな。これで少しは女性の免疫もついたでござるね、うん。目標は受付。さぁ、頑張るでござるよ! 拙者!


 こうして、貞一は冒険者となるための一歩を踏み出した。

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