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ブサイク、異世界でもテンプレ通りには進まない

 貞一たちは何が起こったのかを話すため、ゴブリン汁からそこそこ離れた場所に来ていた。すでに辺りは真っ暗だ。星明りすら閉ざされる森の中では、完全な闇が周囲を覆っている。


 しかし、さすがは騎士。備えは万全である。騎士たちがベルトに下げているランタンの様な物が発光してくれているおかげで、互いの顔が認識できる程度には明るい。


 ランタンは炎がともっているわけではなく、中に入っている球状の物が発光しているようだ。これこそ魔道具と呼ばれる魔法のアイテムなのだが、貞一は気が付かない。現代日本で生きてきた貞一にとっては、ただ光るだけのものは魔法とすら認識されず、LEDか何かかなと気にも留めていなかった。


「それじゃあ自己紹介ね! まずは私から名乗るわ!」


 やはり騎士サークルのリーダーは姫なのだろう。

 当たり前の様に周囲を仕切っている。

 もちろん、貞一にそんなコミュ力があるわけではないので、とても助かる。


「私はブーシィ・ディーエン。ディーエン侯爵の娘で、ネスク・テガロの守護を任されているわ! ・・・と言っても、私はお飾り。適正魔法が回復魔法だからね。 だから冒険者として・・・冒険者パーティ『治癒姫』のリーダーとして、みんなと協力しながら貴族の責務を果たしているの! よろしくね!」


 ハキハキとテンション高く自己紹介を行う姫、もといブーシィ。


 ブッフォフォォオオwwww

 治w癒w姫wwww

 ちょwこれは草生えるでござるよww

 大草原でござるぞwwwwww

 まさかw自分のパーティー名にまでw姫ってwwコポォwww


 ブーシィの自己紹介を受け、貞一は笑いだすのを必死に押し殺す。常人ではたまらず噴き出してしまう場面でも、笑っただけで叩かれてきた貞一にとっては堪えるのは造作もない。


「・・・なんでちょっとにやけてるのよ」


 なぬ!? まさか拙者が堪えきれずに笑ってしまうとは!? さすが・・・侮れないでござるね・・・治癒姫ww


 思いもよらなかったネタに脳内でふざけた芝居をしてしまう貞一であったが、ブーシィの自己紹介はしっかりと聞いていた。


 って、ちょっと待つでござるよ!? こここ、侯爵の娘でござると!? やや、やばくないでござらんか拙者!? 貴族との会話なんて、エロゲくらいでしかしたことないでござるよ!?


 治癒姫というパワーワードに思わず流してしまいそうになったが、ブーシィが貴族、それも侯爵という大貴族という事実に、貞一は屠殺とさつ前のブタの様に慌てふためく。


 い、いや、チャンスでござる・・・これはチャンスでござるよ貞一!! まさかいきなり侯爵令嬢と知り合うチャンスに巡り合えるとは! ここで拙者を売り込めば、侯爵家で働けるかもしれないでござる! 本物のメイドはもちろん、いつか麗しい侯爵令嬢と結婚なんてことも・・・


 ちらりとブーシィを見れば、ばっちりと目があった。


 何で侯爵令嬢がブスなんでござるかーーーッッ!? これじゃあチャンスじゃなくてチェンジでござるよッ!!!


 貞一はぼっちお得意の一人ツッコミを披露し、なんとか平静を保つ。ブーシィはそんな貞一など知ったことではないと、自己紹介を進めていく。


「ジョブは当然魔法使いよ。回復魔法はさっきあなたに使った通り! あとは~まぁおいおい話していくわ」


 使える魔法が回復魔法・・・でござるかぁ。それ以外は何も使えないんでござるかね? 僧侶的な職でござろうか? それに、回復のレベルはどれくらいなんでござるか。気になる点は多いでござるなぁ。見た感じチートっぽくはないでござるし、部位欠損とかは治せるんでござるかねぇ・・・。


 貞一は後でブーシィに回復魔法について聞くことを心のメモ帳に書き留める。


「んん? 冒険者でござるか? 確か騎士と・・・」


 そうでござる。たしかチャラ男風な男は侯爵家の騎士と言っていたでござる。騎士なのに冒険者なのでござるか? いや、そもそも侯爵令嬢が冒険者?


 貞一にとって、騎士は公務員だ。公務員が冒険者という副業を行うのは引っかかる。就業規則違反だ。いや、公民なら法律違反だ。


「あはは、やっぱり変だよね・・・。でも私はディーエン侯爵家だからさ。攻撃魔法が使えない分、少しでも役に立ちたいのよ」


 なにやら急に湿っぽい空気になってしまった。どこか哀愁のある表情をつくる騎士サーの皆さん、もとい冒険者サークル治癒姫一行。


 でた・・・。でたでたでた。でたでござるぞ・・・! コミュ障特有の『自分が知っていることは相手も知っているよね』会話でござる!! 普段サークルという狭いコミュニティでしか話していないから、相手を気遣った会話ができないんでござるよ。


 サークルどころか人と話すことさえめったにしてこなかった貞一は、自分のことは盛大に棚に上げるタイプなのだ。


 急にセンチな気分になられても、拙者困るでござる。そもそも、何を言っているのかわからないでござるし・・・。


「っと、いけないけない。まだ自己紹介が終わってなかったわね。私は以上よ。次はあなたがしてちょうだい」


 ん? 他のメンバーの自己紹介は無いでござるか? 順番なんでござるかね。まぁ、当然従うのでござるが。


「わかったでござる。拙者の名前は貞一ていいち。攻撃魔法が使えるでござる! 訳あって常識に疎い故、いろいろと教えてほしいでござるよ!」


 出身や使える魔法の種類などツッコまれると困ることが盛りだくさんなため、貞一は手短な自己紹介で済ませる。ちなみに、本当に攻撃魔法が使えるかどうかはわかっていない。ゴブリンを倒せたのだし、きっと使えるだろう! というあやふやな自信だ。


「ティーチね、よろしく!」

「いや、貞一でござるよ」

「ん? わかってるわよ。ティーチよね?」


 ブーシィが聞き返してくるが、直ってはいない。再度修正しようとしたが、貞一は寸でで止めた。


 名前を間違えられているが、貞一がティーチと呼ばれるだけで何も問題はないか、と気にしないことにした。外国人が発音しにくい名前のように、きっと貞一も異世界では発音しにくいのだろう。それに、なんだか外国人みたいな名前で呼ばれることで、異世界に来た感じがして嬉しくも思っている。訂正しなかった理由の大半がこれだ。


「それで、家名を名乗ってないけど、ティーチはどちらの貴族家なの?」


 何てことない質問のように、ブーシィは尋ねる。しかし、尋ねるブーシィの眼光は鋭い。その眼はティーチの一挙手一投足を見据え、些末な嘘だろうと見破らんとしているようだ。


 その変化はブーシィだけではない。治癒姫メンバーも一様に貞一を警戒するような視線を向けている。武器こそ構えてはいないものの、貞一が不審な動きをすれば即座に抜刀する準備ができている。


 貞一はそんな治癒姫たちの変化には気づかず、なんてこともないように間の抜けた回答をした。


「貴族でござるか? 拙者は貴族ではないござるぞ?」

「・・・・・・え?」


 数秒の間。お互いがお互いの言葉を認識するには、それだけの間を要した。


「ん~と。ティーチは魔法使いなのよね?」

「そうでござるよ(多分)」


「あなたディーエン侯爵家の派閥の貴族ではないでしょ? 私見たことないし」

「そうでござるよ(確信)」


「それで、そもそも貴族ですらない?」

「そうでござるよ(迫真)」

「おかしいでしょッ!!!」


 ブーシィは頭を手で押さえうんうんいいながら、がんばって理解しようとしているようだ。治癒姫メンバーも同様。ちらちらとブーシィを窺い、どう行動していいか判断に迷っているようだ。


 しかし、ティーチも困惑している。なぜ魔法使い=貴族の一員なのか。その構図がわからないのだ。ここで変なことを言って怪しまれても良いことはない。いつも通り、無難に黙ってやり過ごそうと思った時、貞一の脳は一つの解を閃いた。それはもうこの場で使わずしていつ使うのか!と言っても過言ではない解答だ。


 異世界。チート持ち。そしてこちらの常識と相手とのズレ! これは・・・これはあの言葉を言うタイミングでござるぞ!!


 貞一はごほん! と一つ咳払いをし、治癒姫たちの注目を引き付ける。そして、満を持してテンプレートのフレーズをドヤ顔で告げた。


「あのぉ~。また拙者何かやっちゃったでござるか??」


 ふふん! これで拙者も俺TUEE系の一員でござる!


 テンプレートとは、わかっていても言わずにはいられないものなのだ。むしろ、多少無理してでも言いたいまである。そんな欲求にかられるフレーズを、テンプレートと呼ぶのだ。


 テンプレートの台詞を言えてご満悦の貞一だが、言われた治癒姫たちの表情は、驚愕でも呆れでも尊敬でもない。


 困惑である。


「またって、他にも何かやったの?」

「えっ?」

「まぁいいわ。貴族出身以外の魔法使いもいないことは無いわけだし、深く突っ込まないで上げる」

「えっ?えっ?」

「ただこれだけは誓って。私が守護している街、ネスク・テガロに害をなすことは絶対にしないと。もし変なことするようものなら、四大貴族が一角、ディーエン侯爵家があなたを叩き潰すわよ」

「あっ、はい」


 おかしい。おかしいでござるぞ? とブツブツ貞一が呟いている間、治癒姫たちは治癒姫たちで即座に集まり、即席の打ち合わせを始める。


『おいおい、おかしくねぇか? 確かに村の子供が魔法の素質があるってパターンは極稀にあるにはあるが、それならなおさらここにいるのは怪しいぞ?』

『その通りです。平民の魔法使い様といっても、平民なのは子供のときだけ。すぐに領地の貴族が迎えにあがり、王都へお連れするはずですよね?』

『それにこのタイミングでだ。怪しすぎる』


 3人の意見は総じて貞一を怪しむ方向。彼らは姫であるブーシィを護るのが仕事、いや使命である。


 この世界において、魔法使いの存在は切り札といってよいほど、強力無比なものだ。そんな魔法使いを、どこの馬の骨とも知れない状態で受け入れるにはあまりにリスクが高すぎた。


『このタイミングだからこそよ。魔法使いなら十分な戦力になるわ』

『姫、怪しいやつは戦力にならねぇんじゃねぇか? 何時裏切るかもわからねぇ奴に背中は預けらんねぇよ』

『それに派閥も関係してきます。ここで東領以外の貴族の力を借りてしまえば、ますます姫の立場が―――』

「立場なんてどうだっていいわ! それもこれも〝魔王″を倒してから考えることよ!!」


 しかし、家臣の忠言もブーシィの意見を覆すには足らない。ブーシィは小声で話すことも忘れ、押さえつけるような威圧感を含めた声で意見を押し通す。彼らがブーシィのために言っていることは十分理解しているが、ブーシィにとってはネスク・テガロが第一優先なのだ。


「ど、どうしたでござるか? ブーシィ殿」


 テンプレートを外されてブヒブヒ呟いていた貞一も、ブーシィの声で現実に戻された。


「なんでもないわ。それより、本当に貴族ではないのよね?」

「もちろんでござるよ」


『ブスでヒス持ちでござるか。きっついでござるなぁ』という思いが顔に出ないよう苦労しながら、貞一は頷く。


「そ。なら、お言葉に甘えさせてもらうわよ。あんたたちも自己紹介しなさい」


 ブーシィはなおも止めようとしてくる家来たちに対して、自己紹介をするように促す。


 今までは貞一のことを貴族だと思っていた彼ら。そうであれば、一介の騎士風情である自分たちが出る幕はなく、主たち同士が会話をすべきであるため、押し黙っていた。しかし、貞一が貴族ではないというのであれば、魔法使いであろうとも同等として扱うべきであろう。


 これには、騎士風情に同等として扱われることで不快に思い、ボロが出ないかを確認する意味合いもあった。


「あー、じゃあ俺が最初にするっす! 俺の名前はピッグバーナーっす! 呼び方はピグーで構わないっすよ! 治癒姫の目と耳をつかさどる、レンジャーが俺の役割っす!」


 チャラ男風ブタ鼻、もといピグーが、かる~い感じで自己紹介をする。軽い雰囲気ではあるが、日本にいる『今を楽しもうぜウェ~イ!』系のような頭まで軽い感じではない。レンジャーというだけあり、ゴブリン汁から離れる際にはピグーが先導してくれたのだが、その時の表情はベテランのレンジャーといっても過言ではない面構えだった。


 ・・・まぁ、デブでござるが。


 普通レンジャーって、屈強な兵士だったり身軽ですばしっこそうな人がなるものじゃないでござるかね? 軽いのは雰囲気だけでござるぞ。


 レンジャーに疑問を抱くが、治癒姫一行を眺めて納得する。


 身軽そうな人がいないでござるね・・・。ほんとにこのパーティで冒険者やっていけるのでござるか・・・? 冒険者よりも相撲部屋のほうが似合っているでござるよ。


 しかし、チャラそうでござるが、異世界の冒険者でござるからねぇ・・・。拙者では太刀打ちできないくらいには絶対強いでござるよ。


 強さの片りんは道中からもうかがえた。森は日中でさえ転ばないよう慎重に歩く必要がある上に、今の時刻は夜。いくら光る魔道具で照らしているとはいえ、視界は悪い。そんな中を、木の根や滑りやすい落ち葉などを避けながら、ひょいひょいと身軽に進んで行く姿を目にしていた。


 その様子を思い出せば、体型は置いておいてもレンジャーと納得できた。


 ピグー殿は話しやすそうでござるし、あとでこの世界についていろいろ聞くことにするでござる! 人と話すちょうどいいリハビリ相手でござるね!


「・・・それと、これだけは先に言わせてもらいますが、姫は俺たちの姫っすから。手ェだすってんなら、相手になりますよ? ・・・ただし話し合いで」


 ブタ鼻ことピッグバーナーは、決め顔で姫を自分たちのモノ宣言した。


 ・・・ふふっ。


 貞一はその発言を受け、慌てるでも、頬を染めるでも、否定もしない。ただ優しい微笑みを浮かべるのみ。


 わかる。わかるでござるぞ。サークルとは閉鎖的なものでござる。とくに姫を内包するサークルは、それはもう気持ち悪いくらいに排他的になってしまうもの。


 だからわかるでござるよ。拙者が治癒姫サークルに入らないかどうか確認したいだけでござろう? 安心したいのでござろう?


 大丈夫でござる。拙者・・・ブスには興味ないでござる! 侯爵令嬢という付加価値があっても遠慮したいでござるね! いや、むしろ貴族とかかわるなんて苦労が多そうでござるし、余計遠慮したいでござるよ!


 そもそも誰も積極的に狙っていかないでござらぬかねぇ? と、ピグーの見当違いの敵意に困惑する。今までの貞一の態度から、どこにブーシィを狙っている要素があったのか疑問でしょうがない貞一であった。


 それにしても、やっぱりああいうセリフはイケメンが言うから絵になるんでござるね。残念ホスト風な男が言うと、ギャグにしか見えないでござる。気を付けねば。


「な、なに言ってるのよピグー!」

「そうですよ、ピグー。それに話し合いって・・・格好つけてるんだかそうじゃないんだかわからないですよ」

「う、うっせーよ! 流石に俺も魔法使い様を敵に回したくはないんだよ!」


 ピグーの発言にツッコミを入れている出っ歯だが、その眼は貞一を見定めるように鋭い。今の発言に少しでも動揺すれば、問答無用で斬りかかってくるのではと思わせる眼光だ。


 ・・・こわぁ。冒険者サークルの姫の家臣、こわぁでござる・・・。


「拙者はブーシィ殿に手を出すつもりはないでござるよ? 安心していいでござる!」


 ブーシィに一切手を出すつもりがない貞一は、逆恨みされても嫌だからと誤解を解く。


 地球も異世界も、姫の取り巻きは怖いものだと再認識する貞一。貞一の発言に若干不満そうな顔をするブーシィは、視界に入れない。貞一は美人な嫁をゲットするという野望があるためである。いくら侯爵の娘だろうと妥協はしない。


「そうですか、それはよかった。あ、自己紹介が途中でしたね。僕は、デーパ。戦士として前衛を受け持ちますが、薬草の知識もあります。腹痛や体調不良のときはお声がけください」


 二コリと見事な出っ歯をさらけ出し、爽やかに微笑むデーパ。デーパは丁寧な言葉で自己紹介を行うが、貞一の勘が男3人の中で一番危険だと信号を発している。


 戦闘力とかではなく、ヤンデレの属性をほのかに感じるでござるよ・・・。きっとネチネチ陰湿なタイプでござるね。不幸の手紙とか送るタイプでござる・・・。ブサイクなヤンデレでござるか・・・ただの犯罪者でござる。


 デーパはネチネチ出っ歯、と脳内人物リストに注釈を書き込む貞一。


 それで、薬草の知識でござるか。体調不良に役立つってことは、下痢とか頭痛とか風邪の症状は回復魔法では治らないんでござるかね? それとも魔力の節約でござるか? そこのところも後で聞いてみるでござるか。


「最後に私だな。私はブルー。デーパと同じく前衛だ。力があるため、複数の敵を相手取ることができるぞ」


 青ひげをじょりじょりとさすりながら、ブルーは自己紹介を行う。


 ブルーは他のメンバーに比べて、全体的に口数が少ない印象を受ける。無骨な仕事人のような雰囲気だ。


 しかし貞一は知っている。ちょいちょいツッコミの際にドM発言をしていたことを。無骨な仕事人ではなく、特殊性癖の咎人とがびとだということを。


 見るからに変態そうな顔でござるが、中身も伴っていると救えないでござるね。きっとブルー殿は痛みを快感に変えて戦える魔法を持っているのでござるね・・・。タンク職が似合いそうでござる。


「さ、自己紹介も終わったことだし、何が起こったのか説明してちょうだい」

「わかったでござるよ」


 貞一はピグーとデーパに話した内容を、ブーシィとブルーにも伝える。草原を目指して森を彷徨っていたら、ゴブリンに遭遇して攻撃魔法でやっつけた、という簡単な内容だ。


「ティーチが戦ったのはゴブリンで間違いないわけね。それで、ゴブリンは何匹で襲ってきたの?」

「う~ん、8匹はいたと思うでござるねぇ・・・。多くても10匹くらいでござるかね?」


 貞一はゴブリンから逃げるのに必死だったため、正確な数は覚えていない。

 周囲を囲まれ、さらに見張りまでいたのでそれくらいの数だったと伝える。


「ティーチさんの周りを囲むようにゴブリンの残骸がありましたし、数はそれくらいはいたでしょうね」

「8匹以上のゴブリン、それも魔境の圏外であるこの森で・・・」

「もげてた腕もあったが、ゴブリンにしちゃあ太かったぜ」

「うん、やっぱり間違いなさそうね」

「えぇ、決定的でしょうね。一度戻って報告しましょう」

「幸いこの近くにはゴブリンたちの気配はねぇ。が、時期に魔王も気づくだろう。動くなら今だぞ」

「うむ・・・」


 貞一を置いてけぼりに、何やら盛り上がっている冒険者パーティ治癒姫の皆様。みんなブサイクだから不思議と仲間意識が沸いていたため、ほっとかれると少し寂しくなる貞一。


「ティーチ! 急いで街に戻る必要が出てきたわ! あんたも、目撃者として私たちに付いてきてくれるわよね? ギルドにも説明を頼むかもしれないし!」


 べ、別にさみしくなんかないんでござるよ! と一人でつぶやいている貞一に、ブーシィは素敵な提案をする。


「街でござるか!? 行くでござるよ!」


 これで森を抜けられるでござる! 願ってもない提案でござるよ! 助かったでござる!


 ブーシィたちはこれから森の中を冒険するのだと思っていた貞一は、道や街の方角だけ教えてもらおうと思っていただけに、この提案はありがたかった。一緒にということは、またゴブリンが襲ってきても治癒姫のパーティーが戦ってくれるということだ。道案内兼護衛ができたことに、貞一は小躍りしそうになる。


「決まりね! それならすぐ移動するわよ!」

「了解でござる!」

「ちょっと待ってください」


 さっそく街へ向かって出発! かと思いきや、デーパが待ったをかけた。


「ティーチさんを連れていく前に、1つ質問があります。なぜあなたはそんなボロボロの服装で、一人この森をうろついていたんですか? お答えいただけないと共に行動することはできません」

「デーパ!!」

「姫の気持ちもわかります。ですが、これは聞かなければならないことです」


 デーパはたらこ唇を真一文字に引き結び、貞一を警戒するように質問する。


 当たり前の疑問である。しかし、貞一にとっては触れられたくない疑問であった。


『気づいたら森にいたんですよ~、デュフフフ~』とか言ったら刺されそうな雰囲気をデーパはだしている。他のメンバーも、デーパほどではないにしろこちらを警戒しているようだ。


 それも当たり前だ。彼らは侯爵令嬢の護衛も兼ねているのだろう。怪しさ満点の貞一を二つ返事で了承して動向を許すなど、そんなこと出来ないことは少し考えればわかることだ。


 しかし、理屈は分かっていても、その視線を受け、貞一は思わずすくんでしまう。


 ・・・こういう空気は苦手でござる。そもそも人と話すのが苦手なんでござるよ。


 上手くいっていた流れが止まってしまい、貞一はいつものネガティブな自分に戻ってしまう。


 こんな風に和気あいあいと話したのは何年ぶりでござろうか。いや、楽しくおしゃべりする事なんてあったでござるか? もちろんゲーム(クラン)のみんなとのチャットは抜きでござる。


 普段は挨拶さえも極力せず、息を潜めて生きてきた。極力目立たず、空気や陰のように生きる。それがブサイクな貞一がいじめられずに生活できる、生きる術であった。


 治癒姫のみんなは日本にいたころとと違って、嫌悪や敵意、嘲笑や侮蔑のない普通の会話をしてくれたでござる。だからいつになく話すことができたんでござるよ。それに、日本人じゃない(・・・・・・・)ってだけで、随分話しやすいでござるし。


 ふぅ・・・。


 貞一は心の中で一つ息を吐く。


 頑張るでござるよ貞一。この世界では変わるって決めたんでござる。腹をくくるしかないでござるよ・・・。きっと・・・きっと大丈夫でござる・・・。ゴッドを信じるでござるよ!!


 今までならできなかった選択。けれど、今の貞一は違う。


 なんで殺せたかはわからないが、とりあえず自分の力でゴブリンを殺せたことで生まれた自信。治癒姫たちの反応から、自分がチート能力を持っているという余裕。治癒姫たちが自分に負けず劣らずのブサイクであるという共感。それらが貞一の背中を押してくれる。


「・・・あの、そのぉでござるね? ・・・その、詳しくは話せない・・・でござる。で、でも! ブーシィ殿に誓った通り、拙者は危害を加えるつもりはないでござる。それだけは信じてほしいでござるよ!」


 たったこれだけの台詞。それでも、貞一にとっては大きな一歩であった。たどたどしくも、自分で決めた〝変わる″という決意に、真摯に向き合った結果である。


 伝えた内容は、正直なモノ。適当な作り話をでっちあげることはしなかった。


 都合よく矛盾のなさそうな作り話が出てこなかったこともあるが、嘘を貫く自信がなかった。正直、対人関係のスキルが乏しい貞一にとって、腹の探り合いなどできるわけがなかったのだ。


 言えた・・・言えたでござる・・・。これで同行が無理だったとしても、拙者は諦めるでござるよ。ここで頑張れたんでござる。きっとこの世界では自分の意見を言える拙者になれるでござる!!


 自分の真摯な気持ちが少しでも伝わってほしいと可能な限り真剣に伝えたが、デーパには響かなかったようだ。貞一を見る目に、警戒の色が強くなる。


「ティーチさん。さすがにそれでは連れていくことはできませんよ。こちらには姫もいます。危険は極力排除したいということ、ご理解ください」

「・・・待ってデーパ。ティーチは大丈夫よ。連れて行くわ」


 デーパには届かなかった貞一の思いだが、ブーシィには響いたみたいだ。ブーシィは何か決意したような、強い意志を感じる表情を浮かべ、貞一を援護してくれた。


「姫! 不用心ですよ!」

「そうだぜ! ティーチさんは悪い人には見えねぇけどよ、もし姫を狙ってたらどうすんだ!」

「私も姫に賛同しかねるな」


 男たちからブーイングの嵐が巻き起こる。どうやら、ブーシィの安全を優先するうえで、貞一を連れていくかどうかが判断の基準らしい。さすがチーム名にまで姫と名乗るだけはある。筋金入りの冒険者サークルの姫だ。愛されている。


「大丈夫って言ってるでしょ? 私を信用しなさいよ! 男を見る目はあるのよ!」

「それでもですよ! 言っては何ですが、ティーチさんは怪しすぎます! 信じる根拠はあるんですか!? 魔王は私たちだけでもきっと倒せます!!」


 デーパは必死にブーシィを説得する。


 主の間違えをしっかりと諫めることのできる忠臣・・・うむ。よい主従関係でござる。だけど、頑張れブーシィ! 拙者は街に行きたいでござる! デーパの意見なんてねじ伏せるでござるよ! 前歯引っこ抜くでござる! 姫の貫録をみせつけるでござるよ!!


「これは決定よ」


 貞一の思いが届いたのか、ブーシィは絶対の意思と魔力を込めて宣告する。魔力を込めた発言は物理的な圧力すら含み、周囲を気圧すには十分な効果があった。


 フゴッ!? こ、これが冒険者サークルの姫の力でござるか!!?? 貫禄がありすぎるでござる!!


「で、出過ぎた真似をしました。ティーチさんも、失礼な態度をとってしまい申し訳ございません」

「ぶ、ぶひひでゅふふごっ」

「え?」

「あ、ああ! き、気にしなくていいでござるよ。デーパ殿の意見も当然でござるし」


 あまりの衝撃につい豚語を出してしまう貞一。しかし、それほどまでにブーシィの圧はすさまじかった。


「じゃ、この話はこれで終わりね! あ、同行するからって私のこと襲わないでね!」


 魔力を解いたブーシィは、機嫌良さそうに貞一に向けてバチコンッ!とウィンクを一つする。それを受けた貞一は、魔力が解かれたというのに生まれたての子豚のように震えあがった。


 え・・・? 何言ってるでござるかこのブス。ど、ドン引きでござる・・・。ちょ、こっち見んなでござるよ! ヒィイイ! ブスにウィンクされても怖いだけでござる!! 襲われるでござるよ!!


 絶望を顔に張り付けながら、貞一は助けを求めるべく他の男三人を見回す。すると、そこにはほうけるようにブーシィにくぎ付けになるアホ面が3つあった。


 一体全体どういうことだろうか。あろうことか頬を朱に染め、ブーシィに見惚れているではないか。


「姫・・・。はっ! またティーチさんにサービスして!!」

「そうだぜ! ずりーぜティーチさん!」

「むしろ私は姫に襲われたいな」

「ったく、あんたたち・・・!」


 三文芝居で盛り上がる治癒姫の皆さん。


 それを遠めに見ながら、貞一は震えていた。


 こわぁ・・・。冒険者サークルの姫と家臣、こわぁ・・・。

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