ブサイク、男を見せる
崩落してできた穴から這い出て来た貞一を見た朱色のゴーレムは、鉱石を軋ませ歓喜の声を上げる。嗤っているのか、出てきた貞一を褒めているのか。だが、どちらにせよその様子は貞一を敵とは認識しておらず、獲物を一方的に狩る側の態度。自分が狩られる側だとは想像すらしていない。
貞一は丸腰だ。ハンマーはレリアに渡してしまったから、本当に武器一つ持っていない。そんな状態で魔王であろう朱色のゴーレムに立ち向かっていく恐怖。死ぬかもしれない可能性は極めて高く、膝は震えて力を抜けばその場にへたり込んでしまいそうだ。
そうでござる。拙者はこんな思いをレリア殿にさせようとしていたんでござるよ。レリア殿はいつも拙者を助けてくれるでござる。今日は拙者が男を見せる番でござるよッ!!
気合を入れ、貞一は駆けだした。朱色のゴーレムを抑え込むために。
丸腰で突っ込んでくる貞一に対し、朱色のゴーレムは薙ぎ払うように腕を振るう。たったそれだけなのに、全てを破壊するすような凄まじい威力の攻撃となる。突っ込んでいった貞一は腕を掴もうとするが、ぶつかった衝撃があまりにも強く、なす術もなく吹き飛ばされた。
「いったいでござるよぉおおお!! まだまだぁああああ!!」
二度三度同じことを繰り返す。ぶつかる度に身体は重くなり、痛みで動きも鈍くなる。それでも、貞一は朱色のゴーレムを抑え込むために突っ込んでゆく。貞一が動きを止めるのを、レリアは信じて待ってくれている。それだけで、貞一は殴られ血を流そうとも、立ち向かえる勇気が湧いてくるのだ。
朱色のゴーレムは突っ込んでくる貞一を面白そうに何度も吹っ飛ばす。追撃して止めを刺そうとはしてこない。嬲っているだけ。だが、その慢心が貞一を救い、奇跡を呼び起こす。
ガキィィィィイイイイ――――
人とぶつかったとは思えない音を響かせ、貞一はとうとうゴーレムの腕を掴むことに成功した。
「つ、掴んだでござるッ!!」
脇の下で抱え込むように朱色のゴーレムの腕を掴む貞一。朱色のゴーレムは蚊でも潰すように、もう一方の手で貞一を挟み込むように叩きつけた。
「イギィィイイイイ!! こっちも・・・掴んだでござるよ・・・今でござるッ!!!」
押しつぶされたことで内臓が圧迫され、胃液がせりあがる。それでも、貞一は両方の腕を掴むことに成功した。吐血しながらも、貞一は叫ぶ。信じた仲間に思いを託すように。
「ああ。見ていたとも!! 後は任せろッッ!!!」
貞一が叫んだ時には、すでにレリアは朱色のゴーレムの背中の上にいた。魔力が大量に流し込まれた貞一のハンマーは翡翠色に輝き、薄暗い洞窟を照らさんと輝いている。ハンマーは残光の尾を引きながら、ゴーレムの背中に打ちつけられた。
凄まじい衝撃音が洞窟に反響する。朱色のゴーレムの腕を伝い、貞一まで衝撃の余波が感じられるほどだ。
予想外のダメージに、ゴーレムも鉱石を激しくぶつけ合うような叫び声をあげる。だが、レリアは止まらない。再度ハンマーを振りかぶり、背中へ叩きつける。
貞一のハンマーは、片側が平らで攻撃面積が大きく衝撃を伝えるのに特化しており、もう片方は尖っており貫通力が重視された造りをしている。貞一は普段平らな方ばかりを使っている。尖っている方は当てにくいからだ。
だが、レリアは違う。精密機械のような精度で、尖った先を一点に集中させて叩きつけていく。あれほど硬かった魔鋼を覆う胴体の鉱石にひびが入り、表面が剥がれてゆく。
「うぐぅぅぅうう、お前は拙者が止めるんでござるよぉぉぉおおお!!!」
朱色のゴーレムが堪らずレリアを剥そうと腕を動かすが、貞一に挟み込まれた腕は動かない。貞一の役目は朱色のゴーレムを抑えること。貞一は死に物狂いで、抱え込んだ朱色のゴーレムの腕を押さ続けた。
豊富な魔力を持つ貞一の全力の抑え込みは、朱色のゴーレムであろうとも容易には外せない。ならばと、朱色のゴーレムは側面から腕を新たに生やし、レリアを攻撃しようと動く。
「させるかでござるよッッ!!!」
貞一は大きく仰けり、凄まじい勢いで朱色のゴーレムに頭突きを喰らわす。あまりの威力に、反動で強化魔法を突き破り貞一の額が割れるが、朱色のゴーレムもぶつけられた顔を凹ませ顔をひしゃげさせた。魔力の乱れた朱色のゴーレムは、新しく生やした腕の動きを止めてしまう。貞一の頭突きが、レリアに数秒の猶予を与えた。
背中では殴り続けるレリア、腕は目の前の貞一が掴んで離さない。朱色のゴーレムは標的をレリアから貞一へ移す。レリアを引き離すために、まずはこいつから始末しようと。ガパリッと大きく口を開け、朱色のゴーレムは貞一に喰らいついた。
「ぐわぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
貞一は強烈な痛みに思わず叫ぶ。叫ぶことで少しでも痛みを和らげるために。そうでもしなければ気絶してしまいそうなほどの痛みであった。大小さまざまな牙が強化魔法を突き破り貞一の豊満ボディに突き刺さる。牙は食い込み、骨すら喰い砕かんばかりに締め付けてくる。身体に食い込む牙の痛みに、思わず噛みつかれた方で掴んでいた腕を離してしまった。
まだ片方の腕は掴んでいるが、それも時間の問題だろう。離れようと暴れる朱色のゴーレムの腕。それを押さえつければ身体ごと動き、食い込んだ牙がより奥深くに突き刺さっていく。
絶え間ない痛み。目の奥に火花が飛び散り、自分が叫び声を上げているかすらも貞一はわかっていない。それでも、貞一は片方の腕を抑え続けた。
解放された腕に側面から生えた大小様様な腕が、レリアを掴み引き剥さんと迫る。だが、レリアはそれらを避け、粉砕し、背中を叩き続ける。無我夢中に。一心不乱に。
貞一の叫び声を聞くたびに、レリアの速度は増してゆく。背中ごと中の魔鋼を叩き潰さんかぎりに、レリアはハンマーを叩きつける。それが貞一を解放する、レリアが果たすべき仕事なのだから。
何発、いや何十発目かの攻撃をしたとき、削られた背中から煌々と輝く魔鋼が姿を見せた。ダメージを与え、魔鋼に蓄積された魔力を消耗させれば、朱色のゴーレムは動作できず活動を停止する。
朱色のゴーレムも状況は分かっているのだろう。レリアを引き離さんと、腕を狂った様にのたうちさせながら掴もうとする。だが、レリアは迫る腕を掻い潜り、止めを刺すためハンマーを振り下ろす。しかし、今まで寸分の狂いもなく一カ所を叩き続けたレリアの攻撃は、ここにきて魔鋼から外れ背中を打ちつけた。
苦悶の表情を浮かべるレリア。昨日朱色のゴーレムの攻撃を喰らって痛めた脚が、腕が限界を迎えていた。痛む腕をアドレナリンに任せ酷使し、雨あられのように降り注ぐ攻撃を避けながら踏ん張り続けた脚が、最後の最後で限界を迎えた。その隙を朱色のゴーレムは見逃さない。
動きの鈍ったレリアは、朱色のゴーレムの攻撃を正面から受けてしまう。バウンドしながら転がるレリア。衝撃でハンマーは手から離れ、レリアのみが吹き飛ばされる。朱色のゴーレムとの距離が、見る間に広がっていく。
「あがぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」
もはや声にすらならない獣のような叫び声をあげる貞一。強化魔法による身体強化が朱色のゴーレムの牙を退けようとするが、朱色のゴーレムはお構いなしに噛み砕こうと力を入れていく。
貞一は限界だった。意識は朦朧とし、視界もおぼつかない。誰が見ても、貞一の命は残り僅かしか残されていなかった。
しかし、頼みの綱のレリアは吹き飛ばされ、ハンマーも朱色のゴーレムの側に落としてしまった。レリアは倒れながらも、『早く、早く行かなければ』と思うが、身体は言うことを聞かない。走ることはおろか、立ち上がることすらままならない。立とうとすれば、足の痛みで無様にこけてしまった。
だが、神は二人を見放さなかった。
こけて地面に手を着いた時、レリアの手に地面とは違う感触が返ってくる。何万回と握りしめてきた、自分の体の一部のような感触。地面を見れば、そこには半ばから折れてしまった愛剣があった。
気づいた時には、切っ先の無くなった愛剣を朱色のゴーレム目掛け投擲していた。朱色のゴーレムを倒すためだけに全ての力を注いでいたレリアに、迷うことはなかった。
投擲された剣は、可視化できるほど濃縮された魔力を纏っていた。自分の身体から離れた物に魔力を纏わせるのは、普通出来ない。センスと豊富な魔力がなければ不可能な芸当。魔力を纏わせるだけでも一握りの者しかできない中、レリアは自分が握りしめ戦ってきたときよりもずっと緻密で鋭く、圧倒的な魔力を付与していた。絶望的な状況で、極限に追い込まれたレリアだからこそ成しえられた偉業。
投擲された剣は、圧倒的な疾さで朱色のゴーレムの背中、魔鋼へ突き刺さる。
直後、背中より噴出する朱色のゴーレムの魔力。今にも噛み砕こうとしていた貞一を離し、ゴーレムは半狂乱になりながらのたうち回る。それは地面を揺らすほどの衝撃だった。魔力の放出により原形を保てなくなったゴーレムからは、無数の腕や足が生え、背中に突き刺さる剣を抜こうとする。
「そうはッ・・・させないでござるよッ!!」
ゴーレムから解放された貞一は、地面に落ちていたハンマーを拾い上げ振りかぶる。噛まれていた片手の感覚はない。ハンマーを持つのも、辛うじて動く右手一本だけ。動くだけでも激痛で頭がおかしくなりそうだ。それでも、貞一はハンマーを振りかぶった。
「くたばれでござるッッッ!!!!!」
死に物狂いで放った攻撃は、貞一に噛みついた返り血で染まる顔へと吸い寄せられた。粉砕。顔は砕け牙は折れ、ハンマーは止まることなく、頭を叩き潰し地面へと突き刺さった。
朱色のゴーレムの全身が硬直し、亀裂が入ってゆく。亀裂からは朱色と白の混じる魔力が噴き出し続け、やがて砂となり魔境へ吸い込まれていく。
あれだけ大きかった朱色のゴーレムの姿は綺麗さっぱりと消え去り、あとには傷だらけの二人と、剣の突き刺さった魔鋼のみが残されていた。
◇
朱色のゴーレム討伐から数日後。貞一たち『下剋上』は、ベドロス鍛冶工房へ来ていた。
「これは・・・!? ちょ、ちょっと見させてください」
そう言って朱色が線状にかすかに混じる、純白の魔鋼を手に取るベッソ。
貞一の予想通り、朱色のゴーレムは魔王であった。魔王は倒すと魔境に吸い込まれ、一部の素材のみを残し跡形もなく消え去ってしまう。朱色のゴーレムも倒した後はこの魔鋼を残して消えていった。体を覆う鉱石からも察してはいたが、朱色のゴーレムからは白混じりの魔鋼を手に入れることができた。それも、白が薄くのっているような魔鋼ではない。純白の部分の方が多いほど、真っ白な魔鋼だ。魔王のドロップ品なのだから、それくらいの素材でないと骨折り損だ。
興味深げに魔鋼を観察するベッソの前には、貞一とレリアがいる。二人は朱色のゴーレム戦で激しく負傷したが、見た目ではわからないようにしている。今も服の下には包帯が巻かれているが、魔境産の高級な傷薬を使ったため驚くほど回復が早い。
薬は大事だからと、奮発して買っておいて正解だった。そのおかげで、洞窟エリアから無事抜け出せたと言っても過言ではない。
「これほどの魔鋼をどこで?」
「ど、洞窟エリアで変異種のゴーレムからでござるよ」
貞一は目を逸らしながら、そんな嘘をのたまう。魔王からドロップした素材は王家に献上する決まりというのを、貞一はゴブリンキング討伐時に聞いていた。
だが、魔鋼はここにある。これは冒険者ギルドにも提出して見せてはいない。完全に違法だ。
これだけの魔鋼ならば、魔王の素材だとバレてしまうはず。そうなれば、あれだけ苦労して手に入れたというのに没収されてしまうことになる。レリアの剣も折れてしまっており、修復するには白混じりの魔鋼が必要になる。
結果、二人はあのゴーレムは変異種だったと信じることにした。ギルドに提出し忘れたのはうっかりであり、他意はない。そう。これはたまたまバッグから出し忘れただけの、変異種から採取した魔鋼なのだ。
貞一の様子から何かを察したベッソは、なんと声をかけるべきか悩む。数回言葉を飲み込んだ後、ベッソは告げた。
「この魔鋼を使ってレリアさんの剣の修復は、私ではできません」
「な、何故だ!? 白混じりの魔鋼ならば、私の剣も打ち直せるのだろう!?」
「これは変異種からとれた魔鋼でござるよ! 怪しい魔鋼ではないでござるよ!」
二人はベッソの言葉に愕然とする。白混じりの魔鋼ならば、魔鋼を含まないレリアの剣とも混ざり合い新しい剣に生まれ変わると聞いてここまで頑張ってきた。その話は本当だと、ベッソも言っていたのだ。
できない理由が魔王からの素材だからではと貞一はフォローを入れるが、逆に怪しさしか感じられない。裏目に出ているから他所では絶対に止めた方がいい。
「この魔鋼の純度が高すぎるんです。私の技量では扱いきれないほどに」
貞一の予想は外れ、ベッソが無理だと言った原因は魔鋼にあった。少しでも白が混じればとんでもなくレアな魔鋼と言われる中、ほぼ白のこの魔鋼はベッソでは到底扱いきれないような代物だ。
レアすぎて加工できないなんてあるのでござるね。これ詰んでないでござるよね?
「じゃ、じゃあどうすれば」
レリアが震える声で答えを求める。もうすでに剣は折れてしまっているのだ。少しでも早く直してあげたい。
「ディーエン侯爵様が守護する街に、ドゥルーベルという鍛冶師がおります。東領、いや王国で最も腕の良いと言われるその御方なら、引き受けてくれるかもしれません」
「ドゥルーベル・・・」
レリアが胸に刻むように呟いた。
「じゃあ、次はドゥルーベル殿に会いに行くでござるか!」
イコ・ルマンの街では白混じりの魔鋼を手に入れるのが目的だった。次はレリアの剣を修復するため、ドゥルーベルがいるというディーエン侯爵家が守護する街が目的地だ。
「付き合わせて悪いな」
「無問題でござるよ。じゃあ出発する準備が必要でござるね」
ネスク・テガロでは他の冒険者とも懇意にしていたが、イコ・ルマンではベッソくらいしか別れの挨拶が必要な者はいない。ちょっと寂しいような早く済んで楽なような、複雑な気持ちの貞一。
「そんなに急ぐんですか?」
「魔境にもう用がないでござるからね」
魔王との戦闘があったのだ。当分はゆっくり安全な場所で過ごしたい。それに、この魔鋼を長い期間持っていたくない。早く処理できるのなら、してしまった方がいい。
「なら、今のうちに渡しておこう」
そう言って、ベッソは棚から一本の剣を持ってきた。
「剣が折れたと言っていたね。実はレリアさんのために一本、剣を造ってあったんだよ」
無骨で質実剛健という言葉が似合いそうな剣だった。装飾は最小限に、しかし色付きの純度の高い魔鋼が素材のその剣は、装飾華美な剣などよりもはるかに価値のある一振りだ。
レリアは受取、鞘から剣を出す。この世界に多く流通している刃の厚い剣ではない。レリアがずっと使ってきた鋭利な剣と同じもの。長さもデザインも似ている。レリアのために造ったというのは、本当のようだ。
「これは素晴らしい。助かる。武器が無くてどうしようかと思っていたんだ」
レリアは即買い取ろうと、財布を取り出す。
「お代はいらないよ」
しかし、ベッソはレリアから代金を受け取ろうとはしない。
「いや、そんなわけには」
「レリアさんにはとても感謝しているんだ。ベルルを救ってくれて、見舞いに来てくれてありがとう。そのお礼だよ」
レリアは休息日に良くベルルの下へ訪れ、様子を見ていた。最初はベッソと妻のルーナに頼まれて始めたことだが、すぐにレリア自身の意思で訪れるようになっていた。お礼を言われることなんてしていない。
だが、レリアはそう思っていても、ベッソが感謝している気持ちは本物だ。その思いを汲み、レリアは剣を受け取った。
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
「よろしく頼むね」
新しい剣を大事そうに装備するレリア。この剣は魔鋼が使われているため、今まで使っていた剣よりも魔力を通しやすく、武器としても強化されている。これならば、朱色のゴーレムともいい戦いができるかもしれない。
「では、そろそろ行かせてもらおう。イコ・ルマンを発つなら、やることもいっぱいあるからな」
「そうでござるね。出発する前には、また立ち寄らせてもらうでござるね」
「ええ、ぜひお願いします」
下剋上の次なる目的地は決まった。また旅の始まりでござるよと気合を入れ、二人は店を後にするのであった。
これにて第三章は終わりとなります。
読んで頂きありがとうございました。
第四章は今しばらくお待ちください。
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