ブサイク、女性の気持ちを知る
茂みからは、男女それぞれ1名ずつ姿を現した。彼らは総勢4名の騎士パーティなのだろう。内訳は男3人に女1人だ。実に姫を囲うサークルのような人数比である。
後から出てきた男は、偉丈夫だ。チャラ男風の男や貞一よりも身長がでかい。この男は騎士という言葉がぴったりな装備をしている。フルプレートアーマーをベースに、軽量化のために要所要所で厚手の革を拵えたような防具だ。大きめのカイトシールドに、フランベルジュのような波打つ長剣が彼の獲物のようだ。しっかりと頭部を護るためにフルフェイスのようなヘルメットも装着しているが、顔は晒している。そうすることで、ヘルメットによる息苦しさと視界の悪さを解消しているのだろう。
こちらの男も、他同様3つの共通項が揃っている。装備にあからさまなマジックアイテムは所持していない。そしてデブでブサイクだ。
彫りの深い顔だちをしており、瞳はぎらつき鋭い眼光を放っている。鼻筋も通っており、西洋風な顔立ちをしていることがわかる。ここまではいい。しかし、圧倒的なケツ顎なのだ。それはもう、物が挟めるほどのケツ顎だ。ケツ顎でもイケメンはいる。むしろカッコいいという伊達なナイスガイもいることは分かる。分かるが、これはそんな許容値を超えたケツ顎だ。そしてとどめとばかりの青髭だ。鼻の下からもみあげまでを青髭が覆っている姿は、一瞬塗料でも塗りたくっているのかと錯覚させるほど見事なグラデーションだ。突き出したケツ顎に青髭、そして険しい彫りの深い顔。これで体型がデブではなく筋肉モリモリマッチョマンであれば、エロ漫画に出てくる変態体育教師役をハイクオリティなレベルでこなせるだろう。
次に〝姫″と呼ばれている女だ。装備はゴシックロリータ・・・ではさすがにないが、騎士と言うにはやや身軽すぎる。防具らしい防具は金属でできた胸当てくらいだ。強いてあげれば肘近くまで覆うほどの長めの手袋くらいだが、生地は防具としては機能しなそうな薄さ。手が汚れるのを防ぐ程度の効果しかなさそうに見える。下はパンツスタイルで、編み込みのブーツを履いている。ところどころフリルのような飾りを施しているため、女性らしさを感じ取ることができる。全体的に軽装でまとめられており、森の中でも動きやすそうだ。武器はシミターで、こちらもエフェクト的な見てわかる魔法武器ではない。ブサイク三人組が肉の盾になってくれるからといって、あまりにも軽装ではないだろうか。
そして・・・そして何とも残念なことに、こちらの姫はブスであった。
伝わりやすい例えで言えば、メイクを施すビフォーアフター画像のビフォーの方だ。いや、それよりもひどいか。整形を施すビフォーアフター画像のビフォーの方だ。つり目気味な目は小さく、鼻は上向きでダンゴムシでも入っているかのように鼻の穴が大きい。一瞬毛虫と見まごうゲジゲジな眉に、ぷっくら膨らんだ頬。体型は小太りで、太っていても冒険者になれるんだなぁ、と思わせられる。それだけじゃない。更に・・・え? そんな詳細な解説するなでござるか? よかろう。この一言で全て片付くのでござる。
拙者が異世界で初めて会った女は・・・ブス、いやデブスだった。
◇
「ちょ! 何よこれ! えぇー?? どうやったらこんなことになるのよ!」
「まるで血の海だな・・・」
二人はゴブリン汁が溢れている現場を見て、眉を顰めている。普通なら直視どころか腰を抜かすような光景であるが、眉を顰めるだけで済んでいるのは冒険者だからだろうか。
「いやー、姫! ごめんごめん! 俺たちもあんまりなことに驚いちまってよー!」
「そうなんですよ! 姫を忘れていたわけではありませんよ?」
「も―ほんとにー? 嘘だったら承知しないんだからね!」
「ほらお前たちの荷物だ」
パーティメンバーが集まったことで、賑やかさが増す。それと同時に、貞一は陰キャ必須のスキルである『あ、自分いないんで。空気なんで気にせんといてください』を発動する。30年の歳月によって磨き抜かれたスキルは、貞一が意識したとたん即座に展開される。
この虚無感は、友達の友達が現れた時に近い。先ほど軽く話をしたブタ鼻と出っ歯はなんとなく親しい気持ちを持っていたが、あとから自分よりも親しい人が現れたため、大人しく気配を消す感じだ。
「あ、そうだそうだ。こちらの御方が魔法で魔物を倒してくれたんだぜ!」
しかし、ブタ鼻男の発言で、貞一のスキルは看破されてしまった。
まさか、拙者の陰キャスキルが破られるとはッ・・・! さすが異世界。世界は広いでござる・・・。
「えっ・・・!」
騎士サークルの姫も先程の二人と同様に、貞一を見ると一瞬恋する乙女のような顔をし、呆けた。
貞一は自身の隠蔽スキルが破られたことに驚愕していたが、認識されたのならしっかりとアクションを起こす必要があることを思い出す。何事か話そうかと思ったが、よく見れば貞一はいまだにゴブリン汁の池の中心にいた。騎士たちはもちろんゴブリン汁が届いていない端にいるため、距離が空いてしまっている。
事情を話すにも自己紹介するにも、ここにずっといるわけにはいかない。それに麻痺しているとはいえ、ゴブリンの臭いもキツイ。日も落ちたし、移動は早いに越したことは無い。
しかし、この液体を踏みしめて行くのでござるか・・・。
激しい拒否感に包まれるが、いつまでもそこにいるわけにはいかないため、貞一は冒険者の下へ進もうと一歩を生み出す。
「いたッ!」
貞一が一歩踏み出そうとすると、足首に強烈な痛みが走った。
どうやら、もともと転んで痛めていた足首が、最後に勢いよく転んだ時に悪化してしまったようだ。
いたたた、と足首を抑えながらうずくまってしまう貞一。そんな貞一を見かねたのか、姫が声をかけてくる。
「なに? 怪我してるの?」
「ちょ、ちょっと捻ってしまったようでござる・・・」
「捻った?」
姫は『捻った』というセリフに首をかしげるが、それよりも重要なことに気が付き疑問を頭の隅に追いやる。
「も、もー! しょうがないわね! ちょっと待ってなさいよ!」
そういうと、姫は地面を極力踏まないように、そろ~とゴブリン汁の池へ足を踏み入れた。
「ひ、姫!? そんなことしたら汚れちまうぞ!?」
「そ、そうですよ! そちらに行きたいなら僕が姫を背負いますよ!」
「そうだ! 私が横になり橋となるから、その上を歩いていくというのはどうだ? すごくいいと思うのだが」
家来たちがワーワー騒いでいるが、姫は構うことなく進んでいく。当初はつま先立ちで来ようとしていたが、すぐに自身の体重を支えられず、しっかりと大地を踏みしめている。デブならではの物理的に重い足取りだ。
「とーちゃくっと!」
きゃるん! とでも効果音がしそうな雰囲気で、姫は貞一の下までたどり着いた。貞一はその様子を改めて観察した。しかし、距離が近くなったことでわかることは、やっぱりブスだということだけだ。
「ほら、痛いところ見してみなさい! 私が治してあげるわよ!」
ほらほら! と、貞一が抑えていた足首に触れるために、貞一の真横にしゃがみ込む。
何事かと困惑する貞一をよそに、姫は足首を抑えていた貞一の手に自分の手を重ね、目を瞑りながらブツブツと何かを唱えている。
手が触れた瞬間、貞一は一瞬びくっと反応してしまう。それは決して女の子に触れられたから、とかいう甘酸っぱい反応ではない。生理的嫌悪から来る辛酸なモノだ。
例えるなら、病院に診察に行ったらお医者様がシャレにならないブスで、その方が診察するからと身体に触ってくるようなものだ。嫌悪から来る生理的な反射である。
こ、これが拙者に触れられた女子の気持ちでござるかッ・・・!? たしかにキツイものがあるでござるね・・・。空中つり銭も納得でござる・・・。
治療してもらっているにもかかわらず、貞一は自分のことを棚に上げ失礼極まりないことを思っていた。
「—・--・・。はい終わりっと! もう大丈夫よ!」
何やら呪文のようなモノを呟き終わると、姫は貞一にそう言った。姫の言葉通り、足首の痛みがなくなっている。
「おお! 痛くないでござる! すごいでござるよ! ありがとうでござる!!」
貞一は回復魔法を受けたのだと理解し、興奮した。
これが回復魔法でござるね! なんと便利な魔法でござるか!! ぜひ拙者も使えるようになりたいでござる!!
貞一は姫と視線を合わせ、しっかりとお礼を告げる。貞一はコミュ障ではあるが、最低限の会話くらいはできる。そうでなきゃ働けていないだろう。それに、異世界はなんだかオンラインゲームをやっているような気分だからか、今日の貞一のコミュ力は絶好調であった。
こんなに気軽に話せているのは、現れた騎士たちがブサイクだからだろう。初めて会ったのに、初めて会った気がしない、というやつだ。同じ業を背負った身として、親近感が半端ない。
異性であるが姫がブスであるため、貞一はしっかりと相手の眼を見て話せている。顔が整いすぎて中性的な人がいるように、顔が不細工すぎても中性的になるのだ。前者は綺麗すぎて性別を超越しており、後者は不細工すぎて異性として見れないからだ。
カースト底辺同士の仲間意識というか、同じブサイクのムジナというか、貞一はブスにならそこそこ話すことができた。
またも貞一と目を合わせ呆けるようにフリーズしていた姫であったが、すぐに我に返りまくし立てた。
「べ、別にあんたのためにやったわけじゃないんだからね!」
顔を一瞬で朱に染め、両手は下に突き刺すようにして、テンプレのような怒ってますアピールをする姫。※だが、ブスである。
「情報を聞き出すために治したんだから! 勘違いしないでよ!」
次に顔を横に向けて腕を腰に当て、ぶひっ! と可愛らしく鼻息を鳴らしている姫。※だが、ブスである。
「ま、まぁ? それで助かったって言うなら、感謝されてやっても、その・・・いいけど・・・」
後半になるほど声は萎んでいき、両手の指を目の前でつんつんさせながら、上目づかいで見てくる姫。※だが、ブスである。
テンプレでござる・・・。テンプレなツンデレがおるでござるよ・・・!
貞一は姫の一連の流れに感動を覚えるが、そのテンプレを演じた姫がブスなだけに、なんとも微妙な顔で生返事を返してしまう。
「あ、あああーーーー!!! ひ、姫の魔法かけてもらってる!!!」
「羨ましすぎます!! ずるいですよ!!!」
「私はむしろ魔法が必要になるまで嬲っていただきたい」
貞一が姫に回復させてもらうと、なにやら騎士たちからは大ひんしゅくが起きていた。
「ちょ、ちょっとあんたたちうるわいわよ! ほらアンタも! もう歩けるでしょ? 向こうで自己紹介でもしてもらうわよ!」
頬を赤く染めながら、姫は騎士たちの下へと歩いていく。その後ろ姿をみて、貞一は確信する。
この世界はブサイクでも生きやすい世界なのだ、と。
貞一は経験から知っている。幼いころより容姿にコンプレックスを抱き、容姿が原因でいじめを受けている者は、ほとんどの場合〝分″をわきまえることを魂に刻まれてしまう。
みんなも感じたことはないだろうか? クラスで大声で話していい人種と、静かにしていないといけない人種。風を切って歩いていい人種と、道の端を通らなければいけない人種。多少のわがままなら甘い顔で許される人種と、わがままを言おうものなら露骨に嫌な顔をされる人種。エトセトラ、エトセトラ。
人種差別とは、何も肌の色だけで決まることではない。容姿、家柄、素養、体質、人柄。そういった個人を形成する全てをひっくるめ、優劣を決められ、無意識の差別を受けるのだ。
そうして受けた差別が、やがてその人物の〝分″となり、人格に現れてくる。植え付けられた分を超えるような行動など、それに苦しんだ人間ほどできないものだ。
だからこそ、貞一は目の前の姫を見て確信した。
少なくとも彼女が生きてきた世界では、そういった〝分″の押し付け合いはなかったのだな、と。
ゴッド・・・。どうやら本当に、拙者でも生きやすい世界のようでござるね・・・!
貞一は神に感謝しながら、ブサイクでも生きやすい世界に胸を躍らせる。
でも、できればイケメンに転生がよかったでござるよ・・・。
そんな益体もないことを考えながら、貞一は姫の後をついていくのだった。