ブサイク、ハンマーに可能性を見る
魔境には4つの種類がある。初級、中級、上級、天級だ。
初級魔境は魔物が出現するだけで、普通の森や山と変わらない。中級魔境では環境も影響を受け、魔境独自に進化を遂げた動植物が、普段では見られないような摩訶不思議な光景を見させてくれる。
では上級は何が異なるか。それは気候だ。上級魔境は、魔境独自の気候が形成され、周囲の環境とは全く異なるエリアとなっている。
貞一たちがこれから探索を行うイコ・ルマンの魔境は、大きく分けて2つのエリアに分断される。荒涼とした荒れ地のエリアと、湿った洞窟のエリアだ。荒れ地のエリアは魔境の手前に位置し、洞窟エリアは魔境の奥、つまり危険度が高い場所にある。
魔境は荒れた大地が広がるのに対し、イコ・ルマンの街の周囲は木々や草原で緑に溢れている。荒れ地とは似つかない環境だ。これが上級魔境の気候を司る魔境たる所以。
雪国の中、突如現れる熱帯雨林のような魔境。逆に、砂漠の広がる乾燥した都市に、極寒の氷の世界が広がる魔境。四季折々の季節が訪れるこのイコ・ルマンの地において、常に乾いた灼熱の荒れ地が広がる魔境。それは現実にいてゲームの様で、綺麗なはずなのに異様な雰囲気が漂い、思わず入るのを躊躇してしまう程だ。
「こんなに寒いのに、中は暑いんでござるよね?」
季節は冬。雪こそ降っていないが、外気温は一桁台。吹き付ける風に、思わず縮こまってしまう。
「唐突に荒野に切り替わるのは、不思議な光景だな。だが、魔境の場所が分かり易くていい」
一体どうゆう仕組みでこんな環境ができているのか。謎めいた場所だが、そもそも魔力自体貞一にとっては謎であった。気にするだけ無駄というやつだ。
今日は初めてイコ・ルマンの魔境へ潜る予定だ。初日は日帰りで、奥の洞窟ではなく、手前の荒野をメインに探索を行う。念入りに下調べをし、ゴーレムに合わせて武器も調達してきたため準備は万端だ。
だが、貞一にとって初めての真冬で行う魔境探索は、思いのほか大変だ。夏は暑さに悩まされたが、冬は寒さに悩まされる。今貞一は厚手の革で拵えたマントを羽織っている。レリアも同じマントでお揃いコーデだ。
これならどこからどう見ても拙者たちカップルでござるよ。外堀から埋めていくでござる。まずは周囲から拙者たちの関係を認識させていくでござる。というか、もうこれ付き合ってるのではござらんか? 拙者にも春きてるのでは?
今の季節同様、貞一は産まれてからずっと極寒の冬の季節のままだ。貞一たちが羽織っているマントは地味で飾り気の少ないマントのため、お揃いというのもわかりにくい。キャラものの絵でも書いてあれば分かり易いが、そんなマントは売ってないし貞一の趣味でもない。
そんな厚手のマントだが、魔境へ入れば当然脱ぐ。魔境の中は、30℃を超える熱帯地帯だ。そんな中で厚手のマントなど羽織っていては、熱中症で倒れてしまう。
脱いだマントはバッグへ詰めなければいけないのだが、厚手のためかさ張ってしまう。コートをバッグに無理やり押し込むようなものだ。それだけでバッグがいっぱいになってしまうまである。だが、これから行くのは魔境で、そこでは価値ある素材が多く眠っている。冒険者である貞一たちは、それらを採取し、持ち帰る必要がある。だが、バッグはマントでパンパンのため全然入らないし、手さげなど別の入れ物に詰めるしかなく、それはそれで邪魔になる。
人数の多い冒険者パーティになると、荷車を持っていく者たちや、巨大なバッグを背負うポーターのような役割の者もいるみたいだ。ポーターも当然戦うが、人数が多ければ急な戦闘になっても周りがフォローし合い、荷物を置いて戦闘態勢をとる時間も稼ぐことができる。
貞一たち『下克上』のように二人だけのパーティでは、それらは難しい。貞一は魔法使いのため巨大な荷物を背負ったままでもいいのだが、貞一の魔法では素材を回収できないため、結局魔法は全然使わずレリアに任せるか貞一が奮戦せざるおえない。今回はネスク・テガロでも使用していた大きなバッグを使っているが、いずれは貞一が背負うバッグをさらに巨大なバッグに変更したほうがいいかもしれない。
「さすがにマントを脱ぐと寒いでござるね」
「早く魔境へ入ってしまおう」
「そうでござるね。【オウフ】」
貞一が強化魔法をかけると、レリアは先導するように魔境の中へ足を踏み入れる。レリアは上級魔境であっても躊躇うことは無いようだ。
「うわ、本当に暑いでござる! すごいでござるね。不思議でござるよ」
「本当だ。それにかなり乾燥しているな。こまめに水分を取るようにしよう」
乾燥した土地では、いつのまにか身体から水分が蒸発してしまい、脱水症状に陥ることがある。イコ・ルマンの魔境を調べていると、水分を取れという注意書きを良く目にしたほどだ。
先程までは寒さに震える曇天模様だったが、魔境へ入ると防具のパーカーも脱ぎたくなるほどの暑さだ。空も魔境の上だけ雲がまばらになり、青空が広がっている。
「慎重にいこう。ティーチ様も何かあればすぐに報告を。上級のデスゾーンは見分けが難しいとも聞くからな」
荒れ地エリアでよく見られるデスゾーンは、4つある。過乾燥地帯、蟻地獄、千本針、砂嵐だ。
過乾燥地帯は、荒れ地エリアにランダムで点在し、良く遭遇するデスゾーンだ。ただでさえ乾燥しているイコ・ルマンの魔境で、さらに乾燥した地帯。これだけ聞くとふーん、という程度のものだが、乾燥する勢いが凄まじい。数分で目は落ちくぼみ手足はしわがれ、10分と経たぬうちに干上がったミイラとなってしまう。
このデスゾーンの怖いところは、デスゾーンに踏み入れているかどうかの判別が難しく、また異変に気付きにくいという点だ。元々乾燥しているため、体感的には理解しにくい。それに、どこまで離れればデスゾーンから抜け出せるのかもわかりずらい。最もポピュラーで、最も冒険者の命を奪うのがこの過乾燥地帯のデスゾーンだ。
蟻地獄はそのまま。ネスク・テガロの魔境でも見られた底なし沼と似ている。だが、こちらは沈むスピードが圧倒的に速く、即座に対処しなければ為す術も無しに、地中深くに引きずり込まれ死んでしまう。さらに、時折蟻地獄に住む魔物に脚を掴まれ、即座の脱出も防がれてしまうこともある即死トラップだ。
千本針もイコ・ルマンの魔境に合った毒風船の親戚だ。ぷっくりと膨らんだサボテンのような物で、衝撃を与えると全周囲に毒針を照射する。針の貫通力は非常に高く、至近距離で喰らえば、木製の盾程度であれば普通に貫通する。さらに何をとち狂ったのか、この千本針は、時折地中に埋まっていることがある。地雷だ。埋まっている千本針の上を歩けば、地中から千本の毒針が襲ってくるデスゾーンが、千本針だ。
最後に砂嵐。これは遠目からでも発生がわかるため、発見自体はそう難しいものではない。しかし、速度・規模が尋常ではない。まるで巨大な壁が押し寄せてくるように、周囲一帯を砂嵐が通り過ぎていく。ただの暴風ではない。砂塵が舞う砂嵐は、呑み込んだものをミキサーにかけるようにボロボロにしていく。砂嵐に飲み込まれた冒険者たちは、皮膚を目の粗いやすりで削られたような、惨い死体として砂嵐が過ぎ去った後に残されていく。
どれもこれも、上級に相応しい凶悪なデスゾーンだ。調べるうちに胃のあたりが痛んできた貞一の様子も、頷けるというものだ。
「これが水果だな」
夏のフルーツのような名前のそれは、茎の先に鬼灯のような丸い青々とした実を垂らす植物だ。この水果は食べれるが、フルーツの様に甘くはない。瓜のような味で、煮込むと美味しい食材だ。
レリアは素材採取のために摘んだのではない。デスゾーンである過乾燥地帯に踏み入れると、水分をたっぷり含んだ水果の実が一気に乾燥しシワシワになる。これを鉱山のカナリアの様にチェックすることで、過乾燥地帯に踏み入れたかどうかを判別するというわけだ。
貞一もレリアに倣って水果を摘み取り、ランタンの様に掲げながら歩いて行く。
乾燥した荒野だが、以外にも植物は点々と生えている。木などは全然見られないが、背の低い草が密集するようにある。そういった場所をくまなく見て行けば素材となる虫や草花、爬虫類に動物などもいるかもしれないが、貞一たちは先へ進んでいく。
今日の目的はイコ・ルマンの魔境の雰囲気を掴むのと、ゴーレムとの戦闘だ。ネスク・テガロで稼いだ貞一たちは、武器や服などを新調してもまだまだお金に余裕がある。探索で赤字を出さないように細かい採取をしたり、無茶した探索を行う必要はない。
ゴーレムから採れる魔鋼だけでも利益は十分出せるだろうし、そういった細かい散策は時間を見つけて行う予定だ。
「お! 綺麗な鳥でござるね」
「緑に光っているようだな。だがあのサイズでは食べにくいぞ」
貞一は純粋に綺麗な鳥だと思ったが、レリアは食材として見たらしい。これには思わず貞一もレリアを非難の眼で見てしまう。
「な、なんだ。 捕まえてこようか?」
「いや、大丈夫でござるよ」
あんな小柄ですばしっこそうな鳥も捕まえられるのかと、改めてレリアの身体能力に舌を巻く。レリアが肉に目が無いのは今に始まったことではないため、食材に見えたのには目を瞑ろう。
「あっ、飛んでいったでござる」
レリアが捕まえるかなんて言ったからか、緑色の羽を持つ鳥は飛び立ち、遠くの方でまたも降り立ち羽を休めている。
「あれは・・・死体だな」
降り立った鳥のすぐそばで、蹲るように横になっている死体があった。魔物ではなさそうだ。冒険者の死体だろう。
「行こう」
そうして、レリアはその死体に向かって歩いてゆく。貞一も否定せず向かう。
魔境で死んだ冒険者の死体は、基本放置される。隅に寄せられ、遺品を漁られて終わりだ。魔境で死体を見つけた冒険者は、ネームタグをギルドに提出するのが通例だ。状況によっては死体をスルーしてもいいが、基本的にはネームタグだけは回収してギルドへ渡す。
死体の装備品は、持ち帰った者に所有権が移る。荷物の中で使えそうなものはちょうだいしても問題ないし、持ち帰って売り払ってもいい。
死体へ近づけば、防具を突き破り幾本もの針が刺さっていた。血が染み出し防具を赤く染めているが、血だまりはできていない。昨日死んだのか、すでに血は乾燥していた。
「ハンマーを手に持っている。ゴーレムとの戦闘中に、千本針を踏んだのだろう。運がなかったな」
レリアはそう言いながら、死体を岩場に並べ、ネームタグを回収していく。貞一も離れた位置にあった死体からネームタグを取り、岩場まで運んだ。
「荷物は持ち帰れないでござる。すまないでござるよ」
「せめて安らかに眠れ」
二人は4つの仏に向かい、弔う。彼らはカッパー級の冒険者で、まだ若い。上級魔境へ挑むのは早かったのだろう。装備も大した物は無い。魔境はただでさえ厳しい環境。その中でも上級は、中級魔境よりもずっと過酷だ。力量の過信は当然、ひとつの判断ミスが命に係わってくる。
貞一たちも荷物はいっぱいのため、ネームタグだけを回収し先へ進む。
「いた。ゴーレムだ」
レリアが手を横にして貞一を止める。例の如くレリアと貞一では見ている世界が違いすぎて、どんなに目を細めてもゴーレムらしきものは見えない。
レリアは抜刀し、進んでいく。貞一も新武器ハンマーを手に持ち、戦闘状態に入った。
「2体いるな。どちらも岩だ」
ゴーレムは周囲の資源を身に纏い動く魔物。近づいたことで貞一も確認できたゴーレムは、岩を纏ったゴーレムだった。三本足に二つの鞭のような手が生えたゴーレムに、二本足で巨大なゴーレムだ。
岩のゴーレムは斬撃系の武器ではダメージを与えにくく、貞一が新調したハンマーのように殴打系の武器が有効だ。
「拙者もやるでござる!」
「わかった。私は奥の三本足をやる。ティーチ様は手前を」
「了解でござるよ!」
荷物を置き、レリアの合図に合わせて二人は飛び出した。貞一が走るドッスドッスという重低音に気付いたゴーレムは、迎撃すべく腕を振り回し攻撃してくる。対する貞一は、ハンマーの柄の先を両手で握りしめ、遠心力を最大限に横に振り抜く。
奇跡的にゴーレムが繰り出す腕にタイミングよく当たった貞一のハンマーは、ゴーレムの腕を粉々に粉砕する。のけ反ったゴーレムに、今度は逆振りにゴーレムの胴体目掛け横から攻撃を行った。重量物を振り回しているとは思えない挙動。貞一にとって金属の塊であるハンマーも、ビニールでできたハンマーのように振り回すことができた。
強化魔法で底上げされた貞一の攻撃は、ぶんぶん振り回しているだけだが回避不能なほど疾く重い一撃となり、ゴーレムの胴体を貫いた。
ハンマーを打ち付けた爆音を上げながら、ゴーレムは脆く崩れ落ちる。貞一の攻撃はゴーレムの胴体を大きく削り取るように貫通し、ゴーレムの残骸を辺り一面に飛び散らす。その中に魔鋼があったのだろう。ゴーレムは崩れ落ちた後、電池が切れたように動くことは無かった。
さ、最強でござる・・・!! ハンマー超強いでござるよ!!
複数の武器を選べるゲームで別の武器を使用してみたら無双できた時の様に、貞一は自分に合った武器はハンマーだと確信した。ハンマーは面での攻撃のため攻撃範囲も広く、貞一の様に強化魔法で底上げされた力を頼りに重いっきし武器を振り回す戦闘スタイルとマッチしていた。繊細な調整をせずとも、確かなダメージを与えることができる。
「すごい威力だな。魔鋼がここまで飛んでいるぞ」
貞一が一人盛り上がっている間に、レリアは貞一が吹き飛ばした魔鋼を拾ってきてくれたようだ。当たり前の様に、レリアはゴーレムを即殺している。貞一の粉々になったゴーレムと違い、レリアが相手したゴーレムは綺麗に一文字に斬られていた。若干中心からずれているのは魔鋼を傷つけないためか。断面には魔鋼がはまっていたのであろう穴が開いていた。
これじゃピッケルの意味が無いでござるね。
ゴーレムから魔鋼を掘り出すまでもなく、どちらも簡単に採取できてしまった。奥へ行けば岩ではなく鉱石を纏うゴーレムもいるため、ピッケルはその時出番が来るだろう。
「拾ってくれてありがとうでござる。色はどうでござるか?」
「どちらも黒だ。まだ2体だが、やはり白混じりは洞窟まで行かないと出なそうだな」
2体のゴーレムの魔鋼は、お目当ての白混じりどころか、色付きでもなかった。魔物は魔境の奥に行くほど強くなるため、レア魔鋼は奥まで行かないと難しいだろう。
すぐに出てもつまらないでござるからね。
そんななめたことを考えながら、貞一は次なるゴーレムを探して魔境を進んでいった。




