ブサイク、盗賊と戦う
レリアたん、大丈夫でござろうか。
貞一はヴァンドゥーフ盗賊団のアジトに来ていた。アジトは洞窟の中を利用しているようで、貞一は洞窟入口の真上に登り、草陰に隠れている。
ベッソと名乗る鍛冶師から話を聞くために別室に入ってすぐ、レリアが動いた。
『先ほどこちらを警戒するように見ていた者がいた。そいつはティーチ様が話を聞くと言った瞬間、慌てたようにギルドを出て行った。冒険者ギルドは冒険者でなくとも入ることができるからな。もしかしたら盗賊の仲間かもしれない』
魔法使いが討伐に乗り出せば、十中八九盗賊たちは逃げ出すだろう。もしそうなれば、捉えられていた者たちは口封じのために殺される確率は非常に高い。依頼の内容を聞くために部屋へ入った貞一たちは、迅速な行動が求められるようになった。
レリアは貞一が話を聞くという選択をした時から、この依頼を受けるのだと理解し行動をしている。依頼を受けるのならば、失敗は許されない。必要最低限の確認をし、行動しなければ手遅れになってしまう。
そこで、貞一では頭が回らないため、レリアが代わりに依頼主や同行した冒険者へ質問をしていった。
『依頼内容は?』
『さ、攫われた娘を助け出して欲しい! お願いします!!』
『攫われたのは、いつ頃だ。娘の特徴は?』
『1ヵ月くらい前です。名前はベルルと言いまして、特徴は私と同じで赤茶色の髪を伸ばした子です。背丈はあなたとそんなに変わらないです』
『そうか。1ヶ月ならまだ生きているかもしれないが、最悪を想定しておけ。その場合は、依頼を遺品回収とするが、問題ないか?』
『・・・は、はい。わかりました』
『よし。盗賊団の規模は?』
『それは俺が答えよう。ヴァンドゥーフ盗賊団は凶悪だ。シルバー級数パーティに匹敵するって話だよ』
『盗賊団のアジトの場所は?』
『冒険者ギルドでは把握できてないな。捕らえた盗賊たちの尋問がどうなっているか、受付で確認した方がいい』
『この依頼はすでにギルドで出されているか?』
『ああ。掲示板にも掲載されている』
『なら、ヴァンドゥーフ盗賊団は殺しても問題ないな?』
『ああ、大丈夫だ。ただ、生け捕りにできれば、冒険者ギルドからも報奨金が出るはずだぞ』
『ティーチ様。先ほど出て行ったものが盗賊どものアジトへ向かったのなら、今ならまだ追跡できるかもしれない。すぐさま依頼を受けて出て行きたいのだが、どうだ?』
『せ、拙者はレリアたんに付いていくでござるよ』
『よし、では行こう(・・・たん?)』
貞一ではついていくのも難しいほど、レリアは的確に情報を聞き出した。二人は依頼を受注すると、宿にも寄らずに街の外を目指す。今日は情報収取が目的だったため荷物は宿に置いてきているが、貞一は冒険者三種の神器である魔道具や欲し肉などをバッグに入れて持ってきていた。さすがに槍は持ってきてはいなかったが、レリアが愛剣を腰に佩いていたため問題ない。貞一には魔法があるのだから、戦力としても十分だ。
急いでいた理由は、レリアに視線を送っていた者を見失わないためだ。街中では慌てていたとしても目立つことを避けて走ることはないだろうと、レリアは予想していた。街にはいくつか出入り口があるが、そこは山勘で昨日貞一たちが入ってきた門を目指す。
モルソー商会が襲われた街道から一番近い出入り口だ。襲った商会の荷物をアジトに運び入れるならば、アジトから離れすぎた場所で襲うとは考えにくいという考察の上、その門を選んだ。
予想は的中し、レリアがギルドで見た女はちょうど門を潜って街の外へ出たところであった。
そこから貞一ではどんなに頑張っても冒険者の女を見つけられないほど離れながら、レリアが追跡を開始した。一体レリアには何が見えているというのか。貞一がレリアたんマサイ族説を唱えたのも頷ける。
そうして冒険者に合わせながら走ること暫し、お腹が空き始めるころに盗賊たちのアジトへ到着した。
「洞窟を利用しているのか。見た感じ入口は一つだな」
レリアが鋭くアジトを見ている。盗賊団のアジトということもあり、周囲には罠が多く仕掛けられていた。鳴子罠からトラバサミまで。冒険者が走った後を付いて行ったため罠は少なかったが、貞一には言われてもすぐに気づかないような罠まで、レリアは看破し避けていった。
「行くでござるか」
貞一でも辛うじて見える距離まで近づいていることで、アジトの入り口に二人見張りが立っているのを確認できる。
「拙者の魔法を使うでござるか?」
見張りを魔法で倒して、一気に雪崩れ込むかと貞一は提案する。
「いや、ティーチ様の魔法は音も大きいからな。使ってしまうと必要以上に警戒されてしまう。私が行こう」
爆裂魔法は、手榴弾でも爆発したような轟音が鳴ってしまう。そんな音がすれば、さすがに盗賊も侵入者に気づいて警戒してしまうだろう。
「わかったでござる。任せるでござるよ」
「見張りを倒したら入口まで来て欲しい」
「了解したでござる」
貞一の返事を聞いたレリアは、見張りを殺すべく即座に動く。まるで目の前から消えてしまったようにいなくなったレリア。貞一が慌ててアジトの入り口を見れば、すでにレリアが見張りの首を斬り落としていた。音を立てないよう首と身体を掴み、入口の脇に捨てている。
「あいかわらずの早業でござるね」
「出入り口はここだけだろう。私が中に入るから、ティーチ様は逃げてきた者がいれば頼みたい」
誰一人逃がすつもりのない様子のレリアだ。取り逃がすことはないとは思うが、中がどう入り組んでいるかわからないため、レリアの索敵を抜けてくる者もいるかもしれない。それに、周囲には散策しながら見張りをしていた盗賊もいた。戻ってきたら厄介だ。
「わかったでござるよ!」
「ティーチ様はこれを」
そう言って、レリアは一本の剣を差し出してくる。見張りが持っていた剣を確保してくれたようだ。
「ありがとうでござる!」
「これは、いざという時の武器だ。敵が来たら音など気にせず魔法を使ってくれ」
魔法使いの貞一であれば、魔法を使わずとも雑兵如き歯牙にもかけない。しかし、安全を取れば遠くから一方的に攻撃できる魔法の方がリスクは小さい。
「わかったでござる。レリア殿も、生け捕りは危ないでござるから、無理して生かす必要はないでござるからね」
「ああ。剣の錆にするつもりだ」
仮面越しでもわかる不敵な笑みを声に乗せ、レリアは洞窟へと振り向く。
「あっ、そうでござる! こういった洞窟は、だいたいー番奥のボスの部屋には隠し通路があったりするでござるから、気を付けるでござるよ!」
「隠し通路か。ならできるだけ隠密に動くとするよ。では行ってくる」
そうして、レリアは盗賊団のアジトへと潜入していった。貞一は哨戒から帰ってくる盗賊と鉢合わせしないよう、洞窟入口の上に登り隠れ潜んでいた。
レリアが潜入して数分経つが、中からは怒号も何も聞こえない。どうやらレリアはうまくやっているようだ。
「いい鹿が取れたな!」
「早く解体しちまおうぜ!」
と、盗賊が帰ってきたでござる・・・!
二人組の盗賊が、楽し気に談笑しながら歩いている。肩には大きな鹿を担いでおり、見張り中に仕留めてきたのだろう。
まずいでござるよ!! ここで入口から叫ばれれば、レリア殿の邪魔になってしまうでござる!
それを防ぐために、貞一はここで待機しているのだ。レリアから渡された剣を握りしめ、入口に向かって歩いてくる盗賊を睨む。
「おい! 見張りがいなくねぇか?」
「様子がおかしいな。おい、剣を抜け」
盗賊は鹿を下ろし、警戒しながら入口へとやってくる。幸い、すぐに叫んで中にいる仲間に声をかける様子はなさそうだ。
貞一は機を伺う。彼らは入り口上に隠れている貞一を見つけられていない。今なら不意打ちで一人は持っていけるはず。
魔法は最後の手段でござる。レリア殿の足は引っ張らないでござるよ!!
「血だ! 見張りがやられてるぞ!!」
「襲撃か? 中はどうなってる!」
敵が潜んでいるかもしれないため、盗賊は走って入口へやってくることはない。周囲を警戒しながら、レリアが入口の脇に捨てた盗賊を確認するためにやってくる。
今でござるッ!!
入口は3メートル以上の高さがあるが、強化魔法の恩恵を受けた貞一ならば頭から落ちてもケガすらしない。思いっきり盗賊めがけて飛び降りることができた。
「あ?」
音がして顔を上げた盗賊だが、防御はできなかった。貞一が全力で振り下ろした剣は、盗賊が豆腐で出来ているのかと思うほど簡単に、肩口から袈裟状に斬り伏せられる。
レリア程スマートではないが、貞一も一撃で盗賊を絶命させる。
「敵だ! 敵襲―――」
盗賊が洞窟の入り口に向かって叫ぶよりも前に、貞一は無我夢中で残った盗賊に剣を振るう。戦うよりも仲間を呼ぶことを優先した盗賊に、迫る貞一の攻撃を防ぐ術はなかった。魔法使いである貞一の魔力がふんだんに込められた横振りの攻撃は、フォームなどめちゃくちゃなまるで野球のバットを振りぬくような攻撃。それは見た目とは裏腹に絶大な威力を持ち、残った盗賊を上下に分断する。
だるま落としを失敗した時の様に、上半身が倒れ頭から崩れ落ちる。ドサリッと砂埃を起こしながら倒れるが、アジトの中から盗賊たちが出てくる様子はない。レリアが入口周辺にいる盗賊を片付けてくれたおかげだろう。
貞一は急いで斬り殺した盗賊を掴み、レリアと同じように服に血が付かないように気を付けながら、入口の端へ寄せる。パッと見て外から死体が見えない事を確認し、貞一は先ほどと同じように入口の上へ登っていく。
貞一にとって初めての人殺し。しかし、貞一にこれと言った特別な感情はない。人を殺したんでござるね。なんて意味深に思ってみるが、特に自分自身に響くことはなかった。
貞一の感想としては、『魔境で戦ったホブゴブリンの方が強かったでござるね』程度だ。魔境でホブゴブリンと戦った時は、貞一は怯えて二回もホブゴブリンの攻撃を受けてしまった。木を削った大きなこん棒だったが、貞一からしたら中に空気を詰めたビニールバットで殴られた様なダメージしかなかった。二回目の全力の攻撃を無傷で受けた貞一に勝ち目がないことを悟ったホブゴブリンは逃げ出し、貞一はその背中に追撃してなんとか討伐した。今回は音を出させないことを意識していたため、ホブゴブリンと戦った時よりも積極的に攻撃さえできていた。
貞一にとって人間も魔物もそう変わらない。同じ命であり、敵ならば倒し、必要が無ければ距離を置くだけ。日本で受けた虐めや態度の数々が、貞一に人間の命は尊いなんていう傲慢でふざけた理屈を十分否定してくれる。命は尊い。それは、人間に限定するものではない。生きる為の殺生ならば、それが必要ならば、しなければいけないのだ。自分が生きるために。
貞一はうだうだ悩むこともせず、レリアが無事でいてくれるよう祈りながら、周囲の警戒を続けた。
◇
レリアは魔道具の灯りを避けるように、洞窟の中を進んでいく。ある程度人の手が加えられた洞窟は綺麗で、埃っぽさはあまりない。
「・・・ぺっ」
空気を吐くような変な声を上げながら、盗賊は首を捻じ曲げられ絶命する。できるだけ隠密に、それでいて迅速に盗賊を殺しながら、レリアは進んでいく。小部屋があれば中の様子を伺い、扉だけをあけ不審に思った盗賊が近寄ってきたタイミングで、即座に中にいる者たちを皆殺しにする。音をあげさせないように、何が起きたかもわからず盗賊たちは死んでいく。
(すえた臭いがするな。・・・またか)
先ほど制圧した部屋も、同じくらいすえた臭気にまみれていた。その部屋には、捕らえられた女たちがいた。何人かは意識もありレリアと会話ができたが、ただただ蹲り怯えるだけの者や、虚空を眺める者、そして身体中に痣を作りすでに亡くなっていた者もいた。
ただ、その中にベッソの娘、ベルルと思しき者はいなかった。すでに死んで処分されたか、別の場所にいるのか。盗賊は数人情報源のために生かしておくかと、レリアは扉に耳を傾ける。
『オラッ!! 今日はすぐ帰んなきゃいけないんだよ!! もっと声出して楽しませな!』
女の怒鳴り声と共に、人を殴打する音と男の呻き声が扉ごしに聞こえる。そっと扉を開ければ、予想通り女が裸に剥かれた男を打擲しているところだった。
レリアは女を殺そうと背後に迫るが、思いとどまる。男を楽しそうに嬲っているこの女は、イコ・ルマンから付けていた冒険者だ。
盗賊に加担しているため殺しても問題ないだろうが、冒険者を殺せばレリアがロストであることから、周囲から何か言われるかもしれない。この女からも情報を聞き出すこともできるため、殺さずに締め落とす。
動かぬよう倉庫で見つけた縄で手足を縛り、部屋の隅に転がす。女の魔力量によっては縄を引きちぎることも可能だが、一時的な拘束のためこれでよしとする。
「あ、あなたは・・・」
薄暗い部屋でフードを目深に被り仮面をしているレリアに向かい、男は問いかける。暗いためかレリアがロストだとは気づいていないようだ。だが、例えロストであろうとも自分が助かるかもしれないこの状況であれば、縋ってくるだろう。
レリアは男の問いかけを無視し、部屋を見渡す。女のいた部屋と同じく、半分死んでいるような者から本当に死んでいる者までいた。
「この女は殺すな。殺せばお前を殺す」
レリアは男にそれだけ告げると、部屋を出た。もしかしたら男たちの中に盗賊の仲間がいるかもしれない。失敗の責を取り、奴隷に落とされた者たちが。
そいつらが仲間と結託することは避けたい。だから、攫われた女たちがいた部屋でも、レリアは彼女たちが安心するようなことは何一つ言っていない。レリアが盗賊の仲間なのか助けに来た味方なのか、それを明確にせず、レリアは先に進む。彼らに真相を話すのは、このアジトを制圧してからでも遅くないのだから。
賭け事をして遊んでいる盗賊たちを殺し、倉庫で荷物整理をしていた盗賊を殺し、幹部と思しき魔力の多い者を一人気絶させ、レリアは最奥の部屋へと踏み入れる。この部屋が最後の部屋だ。扉を開ければ、男が棚で隠した丸い大きな穴を覗き込んでいた。
「さすがティーチ様。本当に隠し通路があったか」
レリアは貞一の予想が合っていたことに改めて尊敬の念を抱き、目の前の男も気絶させた。恐らくこいつが盗賊団の首魁だろう。殺すよりも生け捕りにして冒険者ギルドに渡したほうが有益と判断した。渡した結果すぐに殺すことが決まっても、それはそれで構わない。
レリアは先ほどからピクリとも動かないベッドに横たわる女性を見る。肩口まで伸ばした赤茶色の髪。背丈もレリアとそう変わらないだろう。辛うじて呼吸はしているため生きてはいるが、黒く塗りつぶされたような瞳には何の感情も読み取れない。
「あなたがベルルか? ベッソという鍛冶師から、あなたを助けてほしいと依頼を受けた者だ」
「・・・お、あ・・・ん・・・」
声にならない声。叫びすぎて声帯が傷ついたのか、喉を殴られ声がうまく出せないのか。それでも、彼女は反応した。自分の名前を呼ばれてか、父の名前が出たからか、レリアが味方と分かったからか。どれが理由かはわからないが、彼女にはまだ意思が残っているのだと判断することができた。
「もう大丈夫だ」
そう言って、レリアは羽織っていたマントでベルルの裸体を覆う。よく頑張った、もう大丈夫だと安心させるように。
彼女を外に連れ出すよりも先に、まずは生け捕りにした盗賊が逃げないように対策しておかなければならない。それが済んでから、捕らえられていた人たちを解放していく。
まだやることは残っている。レリアは彼女に背を向け、倒れているヴァンドゥーフを掴むと部屋を出て行った。
◇
「ぶふっ!! はふふぁ!?」
ヴァンドゥーフは水をかけられ、気絶から目を覚ます。だが、口は縛られており、声を出すことも叶わない。それに視界もだ。麻袋でも被せているのだろう。水に濡れた生地が肌にくっつくのが非常に不愉快だ。土っぽい匂いもしているため、倉庫で芋でも入れていた袋を使ってるのだろう。
ヴァンドゥーフは冷静に状況を分析しようと試みる。
視界も奪われ口も塞がれ、手も縄で縛られている。手は後ろで縛られ、地面に座らされていた。肌で感じる風が、場所は外だと教えてくれる。
(どうなってやがる。俺は隠し通路の確認をしようとして・・・そうだ、女の声が聞こえたんだ。その後が思い出せねぇ。そいつにやられたのか?)
捕らえられているが死んではいない。魔力量が多い者を捕らえるというのは非常に難しい。縄で縛ろうとも強化魔法で引きちぎれるし、全力で走れば大抵の者では追い付けない。セオリー通りならば、ヴァンドゥーフのような魔力が豊富な者はすぐさま殺しておくべき存在だ。それが生きている。リスクを負ってでも、ヴァンドゥーフを生かしておく必要があるということだ。
(つーことは、すぐには殺される心配はないか。この程度の拘束なら簡単に引きちぎれる。状況を見て逃げるとするか)
ヴァンドゥーフが方針を立てた時、声がかけられる。
「お前たちの周囲には円が書いてある」
その声はヴァンドゥーフが最後に聞いた声と同じだった。やはりこの女がヴァンドゥーフを気絶させたのだろう。
「ンンゥッ!!」
耳をすませば、少し離れたところからもくぐもった声が聞こえた。どうやらこの場には同じように縛られた奴らが座らせられているようだ。
(馬鹿か!! 他にもいるならこいつらを解放すれば侵入者を逆に殺すこともできる!! 奇襲が上手くいって油断しやがったな!!)
生け捕りなどという甘い考えをする相手だ。きっとほとんどの仲間が生きて捕まっているかもしれない。その甘さが命取りになることを、ヴァンドゥーフは袋の下で残忍な笑みを浮かべながら思った。
「黙れ」
だが、女から発せられたプレッシャーは、尋常なものではない。逃げられる選択などないと思わされるほど、とてつもない圧力が伴っていた。
「もう一度言う。黙って聞け。お前たちの周りには円が書いてある。逃げようなどと思いその円から出れば、足を斬り飛ばす」
淡々とした口調で話される言葉は、虚勢や脅しでないと本能で理解できた。この女は間違いなくやる。そして、やれるだけの実力を持っている。
ヴァンドゥーフはいつの間にか、どうやって逃げるかではなく、女の言葉の意味を理解するために頭を使っていた。
(円が書いてあるだと? どんなサイズの円だ? 目隠しされてちゃ、どこまで行っていいかわからねぇじゃねぇか)
人ひとりを囲うように円があるのか、ここにいる全員を囲うように円があるのか、はたまた少しでも身じろぎすればはみ出てしまう程狭い円が書かれているのか。視界を奪われた状況では、読み取ることはできない。
「逃げる自信があれば好きにしろ。その程度の拘束なら自力で解けるだろう」
拘束に意味がないことは、女も理解しているようだ。それなのに生かしているのは、逃げ出そうとしても絶対に逃がさない自信があるのか、はたまたただの馬鹿か。後者であることを祈りこそすれ、それを信じるほどヴァンドゥーフは馬鹿ではない。
(情報が足りな過ぎる・・・。逃げるにしても、まずは探れるだけ探る必要があるな)
捕まっている者の中で、自分が最も重要度が高いだろうとヴァンドゥーフは考える。盗賊団のボスであるのだから当たり前だ。この女も、ヴァンドゥーフは絶対に逃がしたくはないはずだ。それも生け捕りなんてできれば、冒険者ギルドからも報奨金だけでなく評価だって十分されるだろう。
それなのに、ヴァンドゥーフの身体はどこも怪我をしていない。拘束具もろくにないのであれば、足の骨を折るなりして動けないようにするのが定石だ。ヴァンドゥーフ達が攫った人間も、何人かは手始めに足を折って逃げる希望を砕いてやることが多い。
(この女は冒険者だな。人間相手のやり方ってものを知らねぇ)
多少殴られはするだろうが、この女では無茶なんてできない。ヴァンドゥーフは女をそう評価し、話しかける。
「ふぉい! ほまえは―――」
口を縛られながらも話すヴァンドゥーフは、しかし胸元を蹴られ横転する。
(蹴るのが早ぇじゃねぇか。もう少し会話の余地があると思っていたが・・・とりあえずこれを繰り返すか)
相手が焦れて口の縄を解いてくれれば大成功。すぐに周りの連中も意図を察して、ヴァンドゥーフに続くはずだ。縄は解かれずとも、周囲も声を上げれば誰が捕まっているか把握することはできるだろう。
(この程度の蹴りなら何回喰らっても痛くも痒くもねぇ。甘ちゃんの冒険者じゃ、人を追い込むなんてできねぇよ)
ヴァンドゥーフは縛られながらも、これなら主導権は握れると、なおも声を張り上げる。
「はっ! ほんはほ―――」
「おい、円から出ているぞ」
しかし、ヴァンドゥーフの声は、挑発するようなものから本気の叫び声に変わっていた。
「ン゛ン゛ン゛ん゛ン゛ん゛ん゛ん゛!!!!」
ヴァンドゥーフはのたうち回る。蹴られて転がったヴァンドゥーフの足首を、女が斬り落としたからだ。
痛みで思考がかき乱される。何も考えられない。目をひん剥き、口の縄を噛み千切らんばかりに食いしばることしかできない。
(やりやがった!!?? やりやがったな、このアマがぁぁぁあああああああ!!!!!)
ヴァンドゥーフは痛みと怒りで煮えくり返るが、その女の声はするりと耳に入ってくる。
「まだ円から出ているな。片足だけでは物足りなかったのか?」
あえて音がするように、女が一歩ヴァンドゥーフへと近づいた。
(まずい!? まずいまずい待て待て待て待て待て待て!!!!)
ヴァンドゥーフは痛みで気が狂いそうになりながらも、何とか身体を起こし最初の姿勢をとる。縮こまるように身を寄せる。吹き付ける冬の冷たい風が、斬られた足首の傷口を撫でる度に、苦痛で顔が歪む。顔中に脂汗を浮かべながらも、ヴァンドゥーフは痛みに耐える。
「おいおい、どこに座ってるんだ? 円はここだろう?」
女がゆっくりとヴァンドゥーフに近づいてくる。円について言われても、視界が閉ざされているこの状況で正確な場所なんて分かる訳がない。どうすればいいんだと、震えながら抵抗の意思はないと伝えるために首を振る。
「円に戻れと言ったんだ。聞こえぬのなら、その耳は飾りか? 次はそれを削いでやろうか?」
女は後ろへ回ると、剣を耳に当てつける。麻袋越しに伝わる硬質で冷たい質感が、嫌に鮮明に感じられた。
「ああ、足が痛いのか? 仕方ない、止血してやろう」
そうして、女は斬り落とされた足首に何かを付けた。一瞬ヒヤリとし、傷口を触られた痛みしか感じなかった。だが次の瞬間、凄まじい激痛が足を通して全身を貫いた。
「ン゛ァァアァア゛ア゛アア゛ァアアア!!!」
ジュゥゥゥウウウウという肉の焼ける音と臭い。女は熱した金属で傷口を押さえつけていた。焼き切ることで無理やり止血をしたのだ。
痛みで目の奥に火花が散っているようだ。袋を被せられているというのに、視界が白く染まっていく。足が痛いというのに、身体の他の部位まで悲鳴を上げてしまうほど痛みが伝染している。痛みから逃れるように、ヴァンドゥーフは身体をくねらせる。
「また円から出るのか?」
女の声は平坦で、抑揚を感じさせない。その声から、次は残った足を容赦なく斬り飛ばされると、ヴァンドゥーフは理解する。
訳が分からないほどの痛み。理不尽な要求に脳は思考を放棄し、ただただ助かるために指示に縋るように従う。目玉が零れ落ちそうなほど目を開き、奥歯を噛み砕くほど強く歯を噛み締める。なんとか、なんとか円から出ないために。
女はヴァンドゥーフから離れると、他の者にも同じように言って回った。
「お前も円を出るのか?」
ヴァンドゥーフの呻き声以外、誰も声を発さない。周囲には肉が焼けた不快な臭いが漂っている。身体をできるだけ縮こませ、女が過ぎ去るのをひたすら待った。
そうして、彼らは逃げ出すという選択肢を削がれ、ただひたすらにその場で耐え続けるのであった。
◇
レリアはアジトの外で焚火に当たりながら、周囲の様子を見る。すぐそこには生け捕りにした盗賊と協力していた冒険者が、震えながら膝をついている。最初にちゃんと躾けたおかげで、彼らに逃げ出す気配はない。
死体は全て外に集め、積み上げたままだ。今の季節は冬で、日陰にでも置いておけばそう簡単に腐敗はしない。燃やしてもいいのだが、ギルド職員が死体の確認を望むかもしれないため、そのままにしていた。
時刻は夜。レリアたちはまだヴァンドゥーフ盗賊団のアジトにいた。当初は日帰りできればと思っていたが、断念し、明日の朝ここを発つことにした。
アジトの内部は広く、中をしっかり確認するのに時間がかかったことに加え、捕らえられていた者たちが予想以上に消耗していたからだ。レリアたちなら走れば日が沈む前にイコ・ルマンの街へ行けるが、彼らを連れてでは無理だ。日が暮れるのも早い冬の寒空の下、ろくな栄養も摂っていない彼らを野宿させるのはリスクがあると判断した結果だ。暖かな寝床と食事を与えて体力を回復し、明日の朝から移動する予定だ。
「今晩は冷えるな」
洞窟の入り口近くで焚火に当たりながら、レリアは羽織ったマントに埋もれるように、マントの端を口元まで上げる。このマントはレリアの物ではない。レリアが羽織っていてマントは、依頼主の娘であるベルルに渡したままだ。このマントはティーチが貸してくれた物。
アジトの制圧を終えたレリアは、生け捕りにした盗賊たちを外へ連れ出した。彼らが中にいたのでは攫われた者たちの気が休まらないだろうと配慮した結果だ。アジトを出ると、すぐにティーチが出迎えてくれた。外の死体が増えていたので出払っていた盗賊が戻ってきたみたいだが、ティーチが問題なく処理したようだ。
いつも羽織っていたマントを付けていないレリアに、ティーチがどうしたのかと聞いてきたので、あらましを説明した。すると、風邪をひくといけないからとティーチが自分のマントを貸してくれたのだ。盗賊たちが逃亡しないように釘を刺した後にアジトの物色も行うので、そのときに代わりの物を探すとも言ったのだが、遠慮しなくていいでござると渡してくれた。その時ティーチは『当分マントは洗濯しないでおくでござるよ』という下衆な顔をしていたのだが、レリアは気づくことが無かった。
代わりの物はすぐに見つかったのだが、ティーチはすでに別の防寒着を見つけて羽織っており、返しそびれてしまっていた。
(温かいな)
フードを目深に被るレリアは、いつも付けている仮面を外している。日中などは付けているが、ティーチはレリアの仮面が無い方がいいと言ってくれるので、食事中や夜はできるだけ付けないようにしているのだ。
レリアは盗賊たちが逃げないよう見張りをティーチと交代でしている。時折冷えた風が吹きつけるが、マントに包まれたレリアには効果がない。
(借りたマントはしっかり洗って返そう。だから、今だけは)
レリアはマントの暖かさに心まで温まりながら、見張りを続けるのであった。




