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ブサイク男の下剋上~ブサイクが逆転世界で、賢者と呼ばれるまでの物語~  作者: とらざぶろー
第三章 魔鋼厳選編

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ブサイク、見返りを求める

 イコ・ルマンの魔境はゴーレム魔境と呼ばれるほど、ゴーレムばかりが出てくる魔境だ。ゴーレムは魔鋼をエネルギー源として活動する魔物で、倒せばその魔鋼をゲットすることができる。魔鋼は魔道具や装備の素材として使われるため、ここイコ・ルマンでは様々な鍛冶師たちがレアな魔鋼を求めて訪れ、日夜金床(かなとこ)の叩く音が絶えないほど鍛冶師たちで賑わっている。


 モルソーが言っていた通り、実に多くの鍛冶工房が連なっていた。外から見た時はネスク・テガロと大きく変わらないと思っていたが、街の様子は全然違っている。


「それにしても、宿が簡単に見つけられてよかった。ティーチ様がモルソーさんと懇意にしてくれたおかげだ。ありがとう」


 隣を歩くレリアが、貞一へお礼を言う。貞一がモルソーにお願いしていた通り、彼がロストでも泊まれるように宿を手配してくれた。おかげで昨日は宿探しに追われることもなく、ゆっくり宿で休むことができた。


「気にしなくていいでござるよ。それより、昨日はちゃんと魔道具使えたでござるか?」

「ああ。ティーチ様が強化魔法を使ってくれていたからな。とても快適だったよ」


 モルソーが手配した宿は、当たり前だが二人は別々の部屋であった。宿にある照明や水を流す魔道具は魔力が必要なため、貞一がレリアに強化魔法を施すことで、一緒の部屋に泊まらずとも魔道具が使える環境を整えられたのだ。


 くそぉ~。モルソー殿に宿ではなく、部屋の賃貸をお願いすればよかったでござるよ・・・。


 宿探しは早々に諦め、部屋を借りて二人の愛の巣計画を目論んでいた貞一だが、あっけなく計画が頓挫とんざしてしまった。初めから宿ではなく、モルソーに部屋の手配を頼むべきだったのだ。そこまで頭が回らなかった当時の自分が恨めしい。


 本日の二人の予定は、冒険者ギルドへ赴き、資料室でみっちりとイコ・ルマンの魔境について勉強することだ。場合によっては明日もギルドに押しかけ勉強する予定だ。二人にとって初めての上級魔境。入念な下調べに準備は、生存率に直結する項目だ。


「イコ・ルマンの街の冒険者ギルドも、おっきいでござるね」

「やはり貴族様が守護する街は違うな」


 ネスク・テガロと同様、冒険者ギルドの大きな扉を潜り中へと入る。時刻はまだ早いため、冒険者ギルドは混雑していた。中の造りも似通っているため、この様子だと資料室は2階にあるだろう。


「受付はまだ混んでいるでござるから、資料の確認を先にするでござるか」

「そうだな」


 やはりというべきか。ここイコ・ルマンでも、貞一たちは注目を浴びていた。貞一の様に貴族と見まごう程魔力に満ちている男も珍しいし、ロストがこんな街の中の、それも冒険者ギルドにいるなんて注目の的になるのも無理もない。


 新顔はもともと注目を浴びやすいということもある。その内落ち着くだろうと、貞一は逃げるように2階へ続く階段へ向かう。


「お願いします魔法使い様!! どうか、どうか娘をお助けください!!」


 そそくさと二階へあがろうとした貞一の道を阻むように、一人の屈強な男が縋るように叫んできた。驚きのけぞる貞一とは裏腹に、レリアは男が寄ってくるのを察知し、さりげなく貞一の前へ出て男との間に割って入っている。何かあった時に貞一を護るためだろう。完全に姫プレイ状態の貞一。情けないことこの上ないが、本人はレリアの意図を理解していないため、姫プレイを受けていることすらわかっていない。


「ベッソさん落ち着いてください」


『お願いします・・・お願いします・・・』と頭を下げ続ける男の後ろから、今度は冒険者が出てくる。その男は見覚えがあった。貞一はずっと馬車の中にいたからその程度の認識だが、彼はモルソーの護衛を引き受けていた冒険者の一人だ。


「すいませんティーチ様。ティーチ様が倒された盗賊たちの件で、どうしてもこの人がお話があると。可能であれば少しお時間よろしいでしょうか?」


 貞一は盗賊を倒したのはレリアだと訂正したかったが、多分ゴブリン討伐で行った村と同じく、何を言っても貞一のおかげになりそうだと言葉を引っ込める。


 次に、時間があるかどうかという質問だ。時間はある。今日はもともと勉強しか予定になかったし、魔鋼探しは切羽詰まった目的でもない。しかし、二つ返事であるとは言えない。


『娘を助けてほしい』、『盗賊たちの件』。この二つのワードから、彼らの相談内容が貞一にも簡単に推測できた。


『娘が盗賊たちに捕まってしまったから、助けてほしい』とかそんなところでござろう。


 正直、嫌だ。どこの誰が捕まったかなんて知ったことではないし、盗賊に捕まって性奴隷になっていようと売り飛ばされていようと殺されていようと、どうでもいい。


 しかし、話を聞いてしまえば引くことはできない。話を聞いてしまえば、捕まった人に意識がいってしまうから。知らない人が捕まっている分には『かわいそうでござるね』と思うだけだが、捕まった人を知ってしまえば、助けたいと思ってしまう。


 だからこそ、ここが分水嶺。盗賊退治を請け負うか否かの。


 盗賊退治を受けるということは、盗賊を殺すことになる。生かして捕らえるというのは、貞一は難しいと思っている。盗賊のアジトを皆殺しで制圧するのと、生かして制圧するのなら、圧倒的に後者が難しい。そのためだ。


 盗賊なんかのために、犯罪者なんかのために、自分を、レリアを危険な目になど絶対に合わせたくない。だから、できるだけ生かして制圧しようなんて思わない。最初から殺すつもりで依頼を受ける必要がある。


 レリア殿にお願いすれば盗賊の一つや二つ簡単に制圧できると思うでござるよ。けど、そんなこと、レリア殿に全て背負わすことはできないでござる。


 盗賊を殺すということ。人を殺すということ。その罪を・・・


 あれ? 盗賊は別に殺してもいいってモルソー殿から聞いたでござるし、別にいいのでござるか。


 そこでふと、貞一は思いなおす。殺しても問題ないのなら、別にいいかと。


 貞一は無知蒙昧(もうまい)に人を殺すことは良くないなど思わない。ニュースで流れる胸糞悪い犯罪者に、反省し更生する機会を与える必要もないと思っている。同じ目に合わせればいいのにと、貞一はずっと思っていた。


 しいたげられ、逆らおうとする心すらへし折られ。何故生きているのだろうかと、自問自答すらしてしまう日々。不意に訪れる濁流の様に押し寄せる怒りの感情を抱え、それでも歯を食いしばるしかできない無力感を。そんな日常を、やるせなさを。


 彼らにも味あわせればいいのに、と。


 人の人生をめちゃくちゃにしたり、殺しておきながら、何故、犯人には更生する機会が与えられるのか。貞一にはいまいち理解ができなかった。


 だからこそ、貞一にとって、盗賊を殺すということにあまり抵抗が無いなと思ってしまった。それこそ、魔物を殺すのと一緒の感覚。人間に拒まれ続けて生きてきた貞一にとって、人間も魔物も、そこに明確な線引きなどありはしなかった。魔物は貞一のことを襲うし、人間もまた貞一のことを襲う。人間も動物も魔物も、貞一にあるのは知り合いかそれ以外か。それ以上も以下もない。平等な命だ。


 なら、盗賊退治に行くことで生じるデメリットは、危険かどうかということだけになる。これも魔法使いである貞一なら、ほとんど危険はないだろう。彼らの攻撃は通じないし、貞一の攻撃は常に即死を伴う攻撃なのだから。


 だが、心理的に面倒くさいという気持ちはある。手間かどうかではない。言葉にしづらい抵抗感。なんとなく面倒くさいのだ。


 どうするでござるか。


 そんな時、ネスク・テガロを去るときに言われた、ブーシィの台詞を思い出した。


『アンタの力なんだから、アンタ自身のために力を使いなさい』


 拙者はどうしたいのでござろうか。


 目の前の男を見る。元々は精悍せいかんな顔つきだったのだろうが、頬はやつれ目の下の隈は濃い。ご飯もろくに取れず、寝ることすらままならないのだろうと、見ただけでもわかる。『お願いします』と繰り返す声は擦れ震えており、どれほど追い込まれているのか。


 貞一はここまで憔悴しょうすいした人間を間近で見たのは初めてだった。鬼気迫るような、それでいて力を一切感じない、なんとも悲しい様子だ。


 この人を助けてあげたい気持ちはあるでござる。ただ、拙者は自分の〝分″をわきまえているでござる。拙者は愚図なんでござるよ。色んな事を抱えて、取りこぼさない自信がないでござる。


 貞一にとって最も優先したいものは、レリアと自分の幸せだ。色んな人の気持ちを背負ってしまうことで、最も大事なものをおろそかにしてしまうことを、貞一は何よりも恐れている。


 今はレリア殿の剣をバージョンアップすることが大事でござる。助けることのメリットが無いのなら、ここは安全を見て―――


 そこで、貞一は改めて男を見る。縮こまるようにしているためわかりにくいが、服の上からでもわかるほど体格が良く屈強だ。貞一のような肥満体系ではない。肉体仕事に従事する、筋肉を纏った漢の身体だ。ズボンは煤けたような汚れや、火の粉が飛んであいたような穴もちらほら見える。


「聞きたいのでござるが、あなたは鍛冶師でござるか?」


 貞一は目の前の男を観察した結果、鍛冶師ではないかと推測する。その推察は当たっていたようだ。


「え、ええ。そうでございますが」

「そうでござるか、そうでござるか」


 男が鍛冶師ということを聞き、貞一はこの依頼を受けてもいいと思った。


 貞一はイコ・ルマンに来る前に学んでいた。ロストは街で動くには邪険にされすぎるということを。そして、人助けをすると何らかの形で報われるということを。


 イコ・ルマンに来た目的は、レリアの剣を修復すること。しかし、お目当ての白混じりの魔鋼が手に入っても、肝心の修復をしてくれる鍛冶師がいなければ宝の持ち腐れとなってしまう。


 目の前の男が鍛冶師であるならば、ロストであるレリアの武器であろうとも造ってくれるはずだ。いや、造るようにこれからの話し合いで取り決めを結べばよい。そうすれば、心置きなく魔鋼厳選ができるというものだ。


 なら最後に確認するのは、レリアの意思だけだ。


「レリア殿はどうしたいでござるか?」

「私はどっちでも大丈夫だ。ティーチ様が望む方で問題ない」


 レリアは貞一が望む返答をしてくれた。貞一に任せるだけであれば、無理して盗賊退治についてくる可能性もある。しかし、どっちでも大丈夫だと言ってくれれば、貞一としては気負わず受注することができる。


「ありがとうでござるよ。なら、話を聞くでござる」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

「ありがとうございます、ティーチ様。ティーチ様を紹介した手前、私も同行いたします。2階に部屋がありますので、こちらへ」


 そう言って、冒険者は先導するように階段を上がっていく。貞一も付いていこうとしたとき、レリアが冒険者ギルドの出入り口を見ているのに気が付いた。貞一もそちらを見てみるが、冒険者が大勢いてよく見えない。ただでさえ混雑している時間帯に、あんな大声で注目を集めるように依頼を頼まれていたのだ。周囲の冒険者たちもなんだなんだと貞一たちの周りに集まり、人混みができてしまっていた。


「どうしたでござるか?」

「・・・いや、何でもない。行こう」


 そうして、二人は盗賊について話を聞くため、冒険者ギルドの2階へ上がるのであった。




 ◇




 ヴァンドゥーフ盗賊団。ヴァンドゥーフをリーダーとする盗賊団で、東領では一位二位を争う規模の盗賊団である。


 彼らは明確な拠点は持たず、数年おきに移動し略奪を行う。一つの街に集中して略奪を行えば、貴族が出てくる可能性があるためだ。できるだけ貴族や街の管理官を刺激せず、美味い蜜を長く吸う。それがこの世界に生きる盗賊の賢いやり方だ。


 だが、弱ければ意味がない。ヴァンドゥーフ盗賊団は、その規模にふさわしい強さを兼ね備えた盗賊団であった。リーダーのヴァンドゥーフをはじめ、冒険者で言えばシルバー級の強さを持つ者が複数所属している。


 そこまでの強さになると、冒険者たちも盗賊の討伐依頼を受けなくなる。シルバー級数人がいる盗賊団なら、シルバー級で徒党を組んで盗賊狩りをすればいいかと思われるが、そんな簡単な話でもない。


 シルバー級の冒険者は、魔境探索においてシルバー級の実力がある者たちだ。もちろん、強力な魔物と渡り合う必要があるため、彼らの純粋な戦闘力は高い。だが、彼らが特化しているのは魔物との戦闘であり、人間相手の戦闘ではない。


 片や盗賊たちは、人との戦闘に特化した集団だ。泥臭くとも卑劣であろうとも、殺して生き残ることに思考を研ぎ澄ましている連中。


 同じシルバー級の強さでも、戦えば盗賊に軍配が上がることが多い。それに、盗賊の討伐ということは、敵のアジトへ行かなければならない。ただでさえ不利なのに、敵に有利なアジトでの戦闘となれば、冒険者側は更に不利になってしまう。


 極めつけに、盗賊の討伐は危険とは裏腹に大した報酬が無い。彼らを殺して素材が得られるわけでもなく、恨みを持った者たちがお金を出し合い依頼を出すのだが、リスクの割に金額は少ない。


 彼らは商人などを襲う際、大抵商品だけでなく、居合わせた商人も殺す。死人が金を出せるはずもなく、残された家族も生活していかなければならない。恨みを晴らすためだけに、冒険者が納得できる額を報酬として出せるケースは数少ない。


 元々冒険者にとって不人気な盗賊討伐に加え、ヴァンドゥーフ盗賊団は多くの猛者もいるため、彼らの討伐依頼を受ける冒険者は全くいない。やりすぎれば管理官が報酬を出して冒険者を差し向けることもあるが、そうなる前に別の街へと拠点を移し、恨みつらみをリセットした街で改めて蛮行を働く。


 それが彼らヴァンドゥーフ盗賊団だ。


 そんなヴァンドゥーフ盗賊団のアジトは、自然にできた洞窟を利用していた。彼らは移動することが多いため、アジト自体の作りこみは大してされていない。襲った村を乗っ取ったり、廃墟を修繕して住み着いたりと、彼らのアジトに決まった形はない。洞窟は雨風を凌げるだけでなく、入口が一つだけのため、見張りも楽でいいアジトになっていた。


 そんな洞窟の最奥にある一室。まだ日も高いが日の入らないこの部屋では、魔道具による灯りが淡くともり、室内を照らしていた。


 洞窟のため空気を循環させるために換気は行われているが、この部屋に籠った熱気を伴う臭いまでは、簡単に換気されてはくれない。汗と体液と血が混ざった、蒸れるような酷い臭いだった。季節は冬だというのに、熱気すら感じられる。


 この部屋には二人の男女がいた。男はヴァンドゥーフ盗賊団のかしらである、ヴァンドゥーフ。魔力が多い象徴でもある太った体形に、不揃いの歯。大きな鼻にボツボツと大きな毛穴があいた醜悪な面構えは、トロールのようであった。ベッドに腰掛け、苛立たし気に貧乏ゆすりをしている。


 一方女は動かない。うつ伏せに寝たまま、ピクリとも。股は赤く腫れ上がり、尻は叩かれすぎて青黒く肥大化していた。身体のいたるところを赤や青や黒に染め、腕や足は一部が不自然に曲がっており、骨が折れているのだろうと見て取れた。辛うじて身体が上下している様子から、まだ生きてはいるのだろう。しかし、その瞳に生気はなく、照明の魔道具の周りをちらちら飛び回る蛾の姿を、虚しく反射させていた。


「くそがッ!! なんで魔法使いなんかがいやがんだ!!」


 ヴァンドゥーフは怒りに任せ拳を振り下ろす。拳は女の頬を打ちつけるが、女は声一つあげることはない。


「っち。こいつももう使えねぇな」


 舌打ち交じりに吐き捨て、女を見る。この女はイコ・ルマンで活動する元カッパー級の冒険者だった。女はいつもすぐに壊れてしまうため、丈夫な女をと、冒険者を選んだのだ。


 イコ・ルマンで活動する上位の冒険者を襲ってしまうと、何かと面倒なことも多い。冒険者ギルドにとってもシルバー級は重要な人材のため、手を出せばギルド総出で事に当たられる可能性がある。そのため、攫うのはカッパー級の中堅で我慢した。魔力もそこまで多くないため、ブスだがしょうがない。


 冒険者だけあって、初めは抵抗もしてきて楽しめた。強化魔法も日ごろから魔境探索で鍛えられているため、多少強く殴っても問題ないのが最高だった。だが、もう何をしてもうんともすんとも言わない。


 玩具としては楽しめたが、やはり抱くなら美しい方がいい。魔力が多ければ多いほど美しく、また強化魔法によって強靭となる。一度でいいから『落ちこぼれの美姫びき』と呼ばれる、四大貴族家のブーシィ・ディーエンをぐちゃぐちゃにしてみてぇなと、叶わぬ願いを思う。


「ボンボがやられた魔法使いってのは一体何なんだ。イコ・ルマンのフタパラとも違うって話しだしな」


 二日前、ヴァンドゥーフ盗賊団は、イコ・ルマンの大店おおだなであるモルソー紹介の荷馬車を襲う予定であった。事前に護衛の戦力も確認していた。ボンボという幹部をリーダーに、失敗の無い襲撃だったはずだ。


 しかし、彼らはアジトに帰って来なかった。事の顛末を知ったのは、モルソー商会の襲撃の邪魔が入らないように、街道を塞ぐ役割の連中が生き残っていたからだ。


『すげぇ魔力が多そうな奴がロストを引き連れて来たから、モリベドさんが旅商人のふりをして足止めしたんだ』

『そしたら急にロストがモリベドさんを蹴り飛ばしたんだよ』

『その一撃でモリベドさんはダウンしちまうは、俺たちは無視して先にいっちまうはで』

『モリベドさんの様子を確認して後を追ったら、すでにボンボさん含め全滅しちまってた』


 モリベドはボンボ程ではないが、魔力も多い戦力だった。その魔力量が多い男ならまだしも、ロストがダメージを負わせられるよう相手ではない。だが、部下たちは『見間違いではない。ロストが蹴った』と口を揃えて言う。それはつまり、ロストに蹴られただけでモリベドが行動不能になったということだ。


「ありえねぇ。だが考えられるのは、魔法使いによる強化魔法だけだ」


 だが、魔法使いがロストを聖騎士にするなど、そっちの方が考えられない。


「一番考えられるのはロストに偽装していただけの冒険者だが、体形は変えられねぇ。それに、街の連中も魔法使いだと言っていたようだしな」


 モルベドを蹴り殺したロストは、フードを目深に仮面までしていたらしい。それならロストではない可能性もあるが、体形は見るからに細身だったという。


 魔力が多く宿っている者は、体型も豊満になる。それと照らし合わせれば、見るからに細身ならば魔力はあっても僅かだろう。


 また、ヴァンドゥーフ盗賊団は、標的とする街には必ずスパイを忍び込ませる。街に潜ませていたスパイが、昨夜慌ててアジトへ戻ってきたのだ。そいつの情報は、ボンボたちを返り討ちにしたのは間違えなく魔法使いというものだった。


 これで裏もとれてしまったのだが、やはり簡単には信じられないような話だ。最近酒場で流れていた与太話に、ロストを聖騎士にする魔法使い『シコティー』なんて話があるそうだが、まさかそれが事実だなんて。


「なんつー間の悪いタイミングで、そんなやつがイコ・ルマンに来るってんだよ。これからの動きはあいつらの情報次第だな」


 ヴァンドゥーフ盗賊団のスパイは盗賊だけではない。本命は冒険者だ。街に忍び込ませたスパイを使い、冒険者をこちら側に取り入れ、有益な情報を入手する。


 報酬は奴隷だ。


 性奴隷として捕らえた者を好きにしていい代わりに、冒険者ギルドの動向や街の商人たちの買い付けのタイミングを、情報として吸い出している。冒険者は命がけの仕事だ。生存本能が刺激され、性欲を持て余している奴も多い。その中には、嗜虐的な嗜好しこうの者だっている。そういう奴にとって、何をしてもいい、壊してもいい奴隷というのは最高の玩具として映る。


 ヴァンドゥーフ盗賊団にも、スパイとして協力する冒険者にも、女はいる。そいつらも、倒錯的な性癖を持て余し、流れ着いたのがヴァンドゥーフ盗賊団という訳だ。


 イコ・ルマンでスパイにしたのは、シルバー級冒険者だ。イコ・ルマンにはゴールド級冒険者もいるが、下手にちょっかいを出せばこちらがやられかねない。シルバー級の冒険者であればほとんどの情報も入ってくるため、無理する必要もない。


 すでにヴァンドゥーフ盗賊団の討伐依頼も出ているようだが、そいつらが印象操作することでヴァンドゥーフ盗賊団を必要以上に誇張させ、誰も依頼を受けないよう根回ししている。だが、魔法使いであればそんな根回しも意味をなさないだろう。まだまだ依頼金は低く依頼を受けるレベルではないが、もし魔法使いが依頼を受ければすぐさま別の街へ拠点を移さざる負えない。


 シコティーの目的と、イコ・ルマンにどれだけ滞在するか。その二つが、今最も欲している情報だ。


 気分も落ち着いてきたとこで、早くこの女を処分しちまおうと部下を呼ぼうとしたとき、扉がノックされた。


「ボス。ババテーナーが来ました」

「おお、早速か。入れろ」


 ババテーナーはイコ・ルマンで活動するシルバー級冒険者。ヴァンドゥーフ盗賊団の協力者だ。昨日シコティーが街に来たと、すでに情報は入っている。今日来たということは、きっとシコティーが街に来たというだけの同じ情報だろう。それでも、今後収集すべき情報をここで伝えておくだけでもいいだろう。


 そう思いヴァンドゥーフは部屋への入室を許可したのだが、ババテーナーは転がるようにして部屋へと入ってきた。肩で息しているのは、イコ・ルマンの街からここまで全力で走ってきたことを意味している。たかが『魔法使いが来た』という情報だけで、ここまで全力で伝えに来たりはしないだろう。嫌な予感を覚えたヴァンドゥーフは、ババテーナーを労うよりも先に要件を促す。


「おい、一体どんな情報を手に入れた?」

「ヴァ、ヴァンドゥーフさん! 魔法使いが!! 魔法使いが、この盗賊団の討伐依頼を引き受けるかもしれないわ!!」


 それは最低にして最悪な情報。一番重要な情報ではあるが、最も聞きたくなかった内容だ。


「詳しく話せ」

「今朝ギルドに、ティーチという魔法使い様の冒険者が来たのよ」

「それは知っている。シコティーとして噂されていた魔法使いだな?」

「え、ええ。そしたら、討伐依頼を出していた鍛冶師のじじぃがティーチに泣きついて、討伐依頼を受けて欲しいって」

「それで、受けたのか」


 しかし、ババテーナーは首を振る。膝に手を着いた状態で首を振ったために、ぽっちゃりとした腹も胸も震えるが、今は興奮さえしない。


「別室に行ってしまったから、受けたかどうかまではわからないわ。依頼を受注してもすぐには動かないでしょうから、とりあえずこの情報だけ持ってきたの」

「でかしたぞ。万が一に備えてこっちも準備をしておこう。奴隷で遊ばせてやりてぇが」

「わかってるわよ。とりあえず私はギルドに戻って事の顛末を調べてくるわ」

「ああ、そうしろ。お前はギルドに貼り付いておけ。情報は他の者を通して寄越せ」


 ババテーナーは今だ肩で息をしつつも、部屋を出ていった。口ではああ言っていたが、あの様子だと奴隷部屋に行って何発か殴って帰るだろうが、それくらいは見逃してやろう。


 まだこのアジトの場所は冒険者ギルドの連中にバレていない。討伐を引き受けたところで、準備にも拠点探しにも時間はかかる。だが、最悪イコ・ルマンの街を早急に離れる必要がでてくるだろう。他の連中にも準備を進めさせ、警戒を引き上げなければならない。


「めんどくせぇな。ここも念のため確認しておくか」


 そう言って、ヴァンドゥーフは腰掛けたベッドから立ち上がり、扉とは反対に位置する棚へと向かう。棚にはヴァンドゥーフが使う武器や服、宝飾品などが置かれているが、それには手を付けない。棚の側面に手を当てると、力を込めて横にスライドさせた。


 すると、棚の後ろから人ひとりが通れるほどの穴が現れた。万が一の隠し通路だ。この通路は幹部しか知らない、最後の逃げ道。この洞窟は入り口が一つしかない。襲撃者が逃げ道を塞いだと入口を陣取り油断させたところで、この通路から逃げるなり背面から攻撃するなりを想定して作られている。


 この通路がしっかり外に繋がっているか事前に確認しておこうと、通路の奥を見るためにしゃがんだ時、この場の誰でもない者の声が聞こえた。


「さすがティーチ様。本当に隠し通路があったか」


 即座に振り返るヴァンドゥーフだが、その声の主を見ることは叶わなかった。

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