モルソー、告げ口をする
イコ・ルマンの中心に位置する場所に、ひときわ大きな邸宅が建っている。この邸宅は、イコ・ルマンを守護する貴族、フタパラ侯爵家の住居だ。
この家は街の中心にあるが、行政を兼ねているわけではない。行政は管理官の仕事であり、貴族は行わないためだ。行政も中心部に位置しているが、堅牢だが飾り気の無い建物で行われている。
そんなフタパラ侯爵家の一室に、モルソーは来ていた。
「メルケイス様。本日は急な訪問にもかかわらず御面会いただき、誠にありがとうございます」
モルソーが深く頭を下げる男は、フタパラ侯爵家当主、メルケイス・フタパラだ。でっぷりと太った肥満体型に、頬も顎も覆うようにふさふさの髭が伸びている。細長い眼に弛んだ頬肉が、ブルドックを彷彿とさせる見た目をしている。
「構わん。お前は仕入れに行っていたのではなかったか? 新しい商品でも持ってきたか」
「申し訳ございません。先ほど戻ったばかりで、積み荷の整理すらまだできていないのです」
「そうなのか? なら何故来た。今わしは気が立っているのだ。お前の商品が見れるなら気がまぎれるかと思っておったのに」
メルケイスは不貞腐れたようにぶつくさ文句をいい、早く帰れとでもいいたげなオーラを出す。しかし、モルソーはその態度を予期していたのか、特に動じることもなく訪れた本題へ入る。
「メルケイス様のお耳にどうしても入れておきたい情報がございまして」
「ほう? 話してみよ」
そうして、モルソーは語る。盗賊に襲われたところを救った冒険者、『下克上』のティーチについて。
「盗賊に襲われただと? いいかげん買い付けなど下の者にでもやらせればどうだ?」
「新規の仕入れはやはり私が直接買い付けなくては不安がありまして。それよりも、そのティーチという男についてです」
モルソーはティーチを思い出す。
パンッパンに張り詰めたような魔力に溢れる体型。目の前のメルケイスも相当な美形ではあるが、メルケイスよりも圧倒的な美を誇る顔。あれほど神に愛され魔力に恵まれた者など、東領の長であるディーエン侯爵でも叶わないのではないかと思わせられるほどだ。
そんな男が、イコ・ルマンの街にいるのだ。貴族を害せるのは強力な魔物や魔王、それか同じ貴族のみ。自分を害することができる存在がすぐそこにいるのだ。貴族は人間とはいえ、同じ貴族からしたら魔王が街にいるようなもの。
昔は貴族同士で戦争するような時代もあったという。それを治め、貴族が魔王討伐に集中できる今の環境を整えたのが、王家であり、王都から派遣されている管理官たちだ。
それが何の報告も無く、あまつさえ貴族ではなく冒険者として魔法使いがやってきたのだ。貴族でない魔法使いというのは、平民の中から生まれる祝福の子しかいない。祝福の子は、魔法使いの素質があることがわかった段階で、王家に召し使える決まりだ。つまり、ティーチは管理官が制御していない魔法使いということを意味しており、存在自体が王家に逆らっているようなもの。
この非常事態を一刻も早く報告し、管理官を使って追い出すべきだと思い、モルソーは報告に参ったのだ。
「その男については知っておる」
しかし、返ってきた返答は予期せぬものだった。
「ご、ご存じだったのですか?」
「うむ。管理官から聞いておった。お前が来る前にも、その男が来たことは報告されておるぞ」
モルソーは、イコ・ルマンに来てすぐに身支度を整えてフタパラ侯爵家へ訪れた。モルソーよりも早く来たということは、管理官はティーチを張っており、来たと同時に把握していたということになる。いや、それよりもずっと前から、管理官はティーチの行動を把握していたのかもしれない。
「で、ではイコ・ルマンから追い出すのでしょうか?」
貴族は他の貴族を受け入れがたいと、モルソーは聞いたことがある。それならば、ティーチがイコ・ルマンの街にいるということはメルケイスにとって心中穏やかではないだろう。
「いや、何もせん。その男については放っておくように、というのが陛下からの命令だ」
「なっ!? 本当ですか!」
ティーチの裏では王家が動いている!?
即座に、モルソーはどちらの可能性が高いのか見極めるべく思考する。王家がバックについているのか、はたまた王家が危険視して監視をしているのか。
モルソーは馬車の中でティーチと話したことで、人となりはある程度理解できたと思っている。そこから言えば、可能性として高いのは、圧倒的に危険視している方だ。
「お前は話したようだが、どんな奴であった?」
「取るに足らぬ男でございます。魔力量こそ多いと思われますが、ありえないことに聖騎士として魔力無の女を採用しているのです」
「本当か!? ロストを? ありえん・・・。魔法使いとしての矜持すら持ち合わせておらんのか」
そう。ありえないのだ。これが普通の反応だ。
人が魔物に対抗するために我らには魔力が宿り、強化の魔法が使えるのだ。その魔力を一切持たない神に見放された存在。それがロストだ。
奴らは薄汚い肌に年老いた老人のような髪を持ち、極めつけに人間とは思えぬ長い耳を持つ。あれは人間ではなく、魔物の類と唱える学者もいるくらいなのだ。
そんな者を誉れ高き聖騎士にするなど、天に唾吐く愚かな行為以外の何物でもない。
「なんだ? ということは、ロストもわしの街に入ってきているというのか?」
「・・・恐れながらそうなります」
「なんとも身の毛のよだつ話だ。ロストがわしの街に入るなど・・・。陛下のご意志でなければ、今すぐにでもわしの魔法で殺しているところだ」
街へ踏み入れたロストを守護者である貴族が殺す話など、よくある話だ。奴らは人間ではなく、魔物と同義なのだから。山奥で怯えて隠れ住んでいればよいものを、街へ来るなどどうかしている。自分たちが受け入れられるとでも、本気で思っているのだろうか。
モルソーも、ロストであるレリアが馬車の外にいると考えただけで旅の気分が最悪になったものだ。
「管理官に言ってロストだけでも追い出す様、言っておこう」
「それがよろしいかと」
「なんと不快なことか。ロスト共々、早くわしの街から出て行って欲しいものだ」
メルケイスは怒りで声を震わせながら、窓の外から見えるイコ・ルマンの街を見下ろすのであった。
◇
庭園に広がる木々が、赤に黄色と色づいている。自然の美しさと人が手を加えて管理さえた調和の美しさが、見事に混ざり合った庭園だ。水面に反射する紅葉が、より一層綺麗で心が洗われるような景色だ。
そんな庭園を、ゆったりとした服を着た男が歩いている。
「魔王の出現率が昨年と比較し、大幅に増えております」
男の後ろには、従者が付き添っていた。まとめられた報告を要点のみ説明するように、端的に現状を伝えていく。
「魔王の出現の増加傾向は収まるどころか、今後増していくと予想されます」
「復活する周期が早まっているか。各貴族たちには?」
報告を受けた男の声は、聞く者の心に染み渡るような、人を安心させる声音だ。聖職者の様な優しい声でいて、けれどどこか近づきがたい上位者としての神聖さを伴う声。
「管理官を通し、伝えております。特に、上級魔境では傷者も潜らせ、監視を厳にしています」
風がそよぎ、ハラハラと紅葉に色づいた葉が舞い落ちる。その様子を眺めながら、報告は続いていく。
「また、貴族側にも被害が。北領、東領では各1、西領は2、南領は3つの貴族家が壊滅被害を受けました。一部街へも被害が出ております」
「魔王は?」
「南領、北領へは王都から派兵を。残りについては、周辺貴族家にて討伐に成功しております」
魔王出現の増加。それに伴い、それぞれの街の守護貴族は対応にあたったが、一部は討伐しきれず街にまで魔王の侵略を許してしまった。
管理官の統制もあり、町民の避難や復興は行われているが、大きな魔王災害が各所で発生している。
「補填は?」
「滞りなく。一部貴族家は解体。膨らんだ貴族家を調整し、各街へ宛がっております。現在、子を増やすよう各貴族家へ周知しております」
減ったら増やす。貴族が産める子供の数は、管理官によって定められている。誰と結婚し、何人子を産み、その子供が将来同じ街を護るのか他の街を守護するのか。それらは全て王家が管理し、管理官を通して伝えられる。
「少ない手札では歯がゆいだろう。苦労を掛けるな」
「いえ、魔王に関しては上級まででしたら予測がつくため問題ございません。ですが」
「天級が動くか」
この世界には王都を囲むように、東西南北それぞれに天級魔境が存在する。天級魔境は、それぞれ一体ずつ魔王が現れた過去がある。そのどれもが凶悪であり圧倒的な力を誇り、まさに天災のような魔王たちであった。
天級の魔王が現れる予兆として、魔境の活発化がある。此度の魔王出現率の増加は、天級魔境の魔王が現れる予兆ではないかと、各部門が情報を精査し確認を進めている。
「天級魔王となると、我々も動かざる終えません」
「まずは四大貴族家に対処させるんだ。未だ世界の条件については不明瞭な点が多い。我々が動くのは、最終手段だ」
「はっ。四大貴族家間の交通網を整理し、各貴族家が即座に応援できる体制を整えておきます」
天級魔境の管理は四大貴族家が行っている。四大貴族家は分家も複数あり、魔法使いも多数対処にあたれるが、それでも不安が残る。東西南北どの魔境に現れても、他の四大貴族家がフォローできるようにしておくことは、当然の準備といえた。
「また、魔王増加に伴い、祝福の子の出生率も上がっております。ぞくぞくと祝福の子が王都に集まってきております」
「ありがたい限りだ。既定の年齢までは、わかっているな?」
「心得ております。せめてもの償いを施します」
天級魔境の魔王の誕生に呼応するように、各地で魔王が現れ、魔法が使える祝福の子が誕生している。目の前に迫る危機が、現実として受け入れなければならない状況になってきている。
「それと、例の魔法使いについてです」
その魔法使いとは、半年前、突如東領にあるネスク・テガロの街に現れた。ネスク・テガロは例外的に回復魔法使いであるブーシィ・ディーエンが守護する街であり、その魔法使いが現れたタイミングで魔王も誕生した。
祝福の子が現れたのならばわかる。それが10歳程度まで育っていたとしても、理解はできよう。祝福の子は、そうと判明すれば王都へ召し使えなければならない。しかし、祝福の子が産まれることなど稀であり、10歳くらいの年齢にならなければ魔法使いかもしれないと、親が判別できないケースもある。親は子を魔法使い様のようだと褒めることはあれ、本当に魔法が使えるとは思いもよらないためだ。
しかし、ネスク・テガロに現れた男は優に成人を超えているという。
これはありえないことだ。祝福の子を隠し育てるような者がいようとも、彼らの情報網はそんな村人の浅知恵で掻い潜れるほど甘くない。それに、ネスク・テガロへたどり着くまでの足跡も、一切辿ることができなかった。
急にどこかから現れたように、その男はネスク・テガロにやってきたのだ。何かの組織が秘密裏に育てていた魔法使い。そう結論せざる終えないような存在が、ネスク・テガロに現れた魔法使い、ティーチという男だ。
だが、ティーチの行動は彼らをして理解に苦しむもの。あれほど成長するまで隠れ潜んでいたというのに、ネスク・テガロでは冒険者に登録し、他の冒険者と同様に依頼に勤しむ日々。ネスク・テガロの街でも、散策をする程度で妙な行動などはとっていない。
故に、彼らは結論付けたのだ。ティーチという魔法使いは、彼ら―――王家を釣るために泳がしている餌だと。だからこそ、ネスク・テガロに在中する管理官も、ティーチには一切接触をしていない。
それに焦れたのか、ティーチは王家を煽るようにロストとパーティを組み、魔境探索を行いだした。このロストについても調査は行われたが、結果は白。ロストが冒険者として活動するのは珍しいが、親の影響を受けただけの、正真正銘ただの村人のロストであった。
「パーティ名は『下克上』か。あからさまではないか」
下克上とは、下の者が上位者を打倒し、権威を得るという言葉だ。『今は陰に潜んでいるが、王家を打ち砕き、上に立つのは我々だ』。まるでそう言わんばかりのパーティ名ではないか。
「敵の動きを見るために接触は控えておりますが、いかがいたしますか?」
「好きに泳がせておけ。今は天級魔境の魔王に全力を尽くせ」
「承知いたしました」
王家は盤石だ。敵がどんな組織であろうとも、揺らぐことすらないだろう。組織としての体力がどれほどあるかはわからないが、もし王家の人間が関わっているのであれば、この際に膿は出し切りたい。
ティーチを泳がせるのは、外の組織を炙りだすだけでなく、身内に巣くう謀反者を見つけ出すのにも役立つことだろう。
「へ、陛下! 王女殿下がまたしても!」
報告が一区切りついた頃、息を切らしながら庭を駆けてくる者がいた。その男の様子から、声をかけられた男、現王はこめかみに手を当て頭痛がするのを和らげる。
「また暴れているのか?」
「城下へ行くとおっしゃっておりまして・・・」
よくあることなのだろう。王はまたかとため息を吐きつつも、憂いを帯びた瞳で庭の紅葉に色づく木々を見る。
「あの子には肩身の狭い思いさせてしまっているからな。しかし、いずれはわかることだ。王家としての責務を」
そして、娘をなだめる為に、王は庭園を後にするのであった。




