ブサイク、ネスク・テガロが好き
イコ・ルマンの魔境へ行くと決めた翌日。『下剋上』の二人は冒険者ギルドに来ていた。
イコ・ルマンの魔境の情報を入手するためと、冒険者ギルドに移動する旨を伝えるためだ。
冒険者は自由だが、それでも冒険者ギルドという組織の一人である。移動する場合は事前に伝えることが必須だ。特に、シルバー級や貞一のように力のある冒険者は、急に居なくなられるとギルド側も困る。枷は無いが、調整は必要だ。
「あ、クラシィ殿。ギルドマスターは今空いてるでござるか?」
受付で書類整理をしていたクラシィを捕まえ、ギルドマスターへの面会をお願いする。ギルドの移動は受付嬢に言えば済む話だが、貞一は知らない。なんとなく退職届を出すなら上の人にするのがいいのかなぁ、という非常に緩い感じでギルドマスターと会おうとしていた。
だが、これは別に間違ってはいない。シルバー級ともなれば、移動するというのは冒険者本人の問題だけでなく、ギルドにも影響がでかい。そのため、シルバー級が移動する場合には、まずギルドマスターと話を進める必要があるのだ。
貞一はシルバー級ではないが、魔法使いという特急戦力であることは間違いないため、この対応でも問題ない。
忙しければ資料室でイコ・ルマンの魔境について調べようかと思っていたが、幸いアポ無し訪問だったがギルドマスターとすぐに会うことができた。
「ティーチ君、久しぶりだね。そして、君はレリア君だね。初めまして。ギルドマスターのラーテラだ」
そう言って、貞一と初めて会った時の様にラーテラは右手を差し出し、レリアと握手を交わす。
「初めまして、です。下剋上のレリアです」
レリアは動揺が態度に出てしまった。
というのも、レリアのような魔力無は扱いが酷いのが常だ。部屋を追い出されないだけましと思うほど、邪険に扱われる。初めて二人で依頼を受けたゴブリン討伐の時も、村長の家でレリアは空気のような扱いを受けていた。
今回も貞一が座る後ろに控えていようかとも思ったが、同じパーティなのだから堂々としようと貞一の横に並んでギルドマスターと対面した。当たり前の行為に思えるが、レリアの中では随分大きく出た行動といえた。文句の一つでも言われるかと覚悟していただけに、まさか普通の人間に対する対応を取られてしまえば、動揺するというものだ。
それに握手まで求められたのだ。これにはレリアも思わず面食らった。
魔力無には、3つの外見的特徴がある。老人のような白い髪、ゴブリンのような長い耳、そして日に焼けたような褐色な肌。汚れているわけでも、触れたら色が移る訳でもないのだが、ロストの肌に直接触るなんて嫌悪する者は大勢いる。
貞一が小学生の頃、いじめっ子たちが貞一を叩いた手を『貞一菌が付いた!! そのまま10秒経つとブサイクになっちまう!』と騒ぎながら互いに擦りつけていたのとは訳が違う。あの残虐な遊びを大人がガチで行うのだ。そんな光景を見てきたレリアだからこそ、握手を求められることは驚愕であり、それだけで目の前のギルドマスターがロストに偏見が無いのだということが分かった。
「それで、話っていうのは何だい?」
「実はネスク・テガロを離れて、別の街へ行く予定なんでござるよ」
退職届を出すような、悪いことをしているわけではないがなんとなく申し訳ない気持ちになる貞一。しかし、ラーテラは特に気にした様子はない。
「やっぱり、魔法使い様であるティーチ君には中級魔境では物足りなかったかな?」
「ネスク・テガロの魔境もすっごい綺麗で楽しかったのでござるが、他の魔境に用事があるんでござるよ!」
「はっはっは! 綺麗・・・綺麗か! そうだな、確かに綺麗だ」
ラーテラは貞一の言葉をおかしそうに笑った。魔境とは命がけで探索するエリアだ。確かに目を見張るほど美しい風景が広がってはいるが、死を内包する恐ろしい場所だ。それを綺麗で楽しいというのだ。それはまさに観光気分であり、物足りないことの証左と言えた。
「それで、他の魔境というと、どこに行くつもりなんだい?」
「イコ・ルマンでござるよ!」
「ということはゴーレムか。武器の新調・・・というよりも、強化かな?」
ラーテラはレリアをチラリと見、二人の目的を察したようだ。さすが元シルバー級冒険者だけあり、洞察力が凄まじい。
「いつ行くかは決まっているのかな?」
「あー、まだ決まっては無いでござる。準備が出来次第でござるかね」
「なら早く出発した方がいい。イコ・ルマンまでは、一月はかかる。東領ではそこまで積もらないが、雪が降られると厳しいぞ」
今の季節は秋。もう少しすれば冷え込み、冬になれば雪も降る。ラーテラのいう通り、移動するなら早いに越したことはなさそうだ。
『そうか! 移動は徒歩だからそんなにかかるのでござるね!?』と衝撃を受けている貞一は置いておく。かかって数日だと思っていただけに、1ヶ月もかかる場所に行くのかと今更ながらに驚く。強化魔法のおかげで歩くのが億劫でないだけ、ましと言えよう。
「それなら急いだほうがいいでござるね!?」
「私たちが受けた方が良い依頼などは残っていますか?」
焦る貞一を他所に、レリアは依頼の有無を確認する。下剋上はカッパー級ながら、ネスク・テガロのどんな場所でも探索することができる冒険者パーティだ。それ故、急ぎで受けてほしい依頼などがあれば、受けておきたい。
レリアは、ロストである自分を受け入れてくれたネスク・テガロの冒険者ギルドに、少しでも恩を返したかった。
「大丈夫だよ。ありがたいことに、ネスク・テガロには優秀な冒険者が多いからね。安心して行ってくるといい」
レリアの言わんとすることを理解し、それでも問題ないと告げる。ネスク・テガロには貞一たちだけでなく、萌え萌えキュンキュンな魔法使いのいる冒険者パーティがもう一組いる。だから問題ない。
「ありがとうございます。ティーチ様、出発は明後日はどうだろう?」
「今日と明日準備すればいいでござるね。ガド殿たちも明日返ってくるでござるし、挨拶できるのでいいでござるよ!」
次にいつ戻ってくるかもわからないため、お世話になった人には挨拶をしておきたい。特に、貞一にこの世界の理を教えてくれたガドには、しっかりとお礼を言っておきたかった。
「決まりだな。ギルドマスター、私たちは明後日出発することにします」
「了解だ。イコ・ルマンは上級魔境だ。十分注意し、下調べを万全に行って探索するようにな」
「「はいっ!」」
そうして、二人はイコ・ルマンに向けて準備を進めていくのであった。
◇
イコ・ルマンに向けた準備は、つつがなく終了した。イコ・ルマンまでは徒歩で1ヶ月かかるそうだが、その間にも街はあるため、定期的に物資も補充できる。
魔境で散々野営もしてきているため、道中も不安は無い。貞一でも問題なく旅ができそうだ。そのため準備自体は特に手間取らなかったが、人との別れが大変だった。
イコ・ルマンやゴーレムを調べようと冒険者ギルドに行くと、貞一がネスク・テガロを離れると聞いて情緒不安定なクラシィが、急に突っかかってきたり泣きだしたり叫んだりして、貞一を恐怖に陥れていた。貞一にヒステリックは恐ろしいというトラウマを植え付けたクラシィだが、最後はなんだかんだ気を付けてくださいと無事を祈る言葉をいただいた。『私、ずっと・・・ずっと待ってますから!!』と涙ながらに言われた台詞は、深く考えてはいけない。
クラシィには貞一もお世話になっているため、別れることに一切の悲しみは無いが、感慨深いものはあった。
それから、炎龍の牙、蒼剣、シャドーフォレストのみんながお別れ会を開いてくれた。特に、炎龍の牙は魔境から帰ってきたばかりだというのに、張り切って準備をしてくれてとても嬉しかった。
お別れ会は飲めや歌えやの大騒ぎ。こういった自分のために宴会を開いてくれるなんて経験が無い貞一とレリアは、それはもう心の底から喜び宴会を楽しんだ。
そのためか、今日は朝から頭が痛い。二日酔いのような酷い怠さではないが、清々しい旅立ちの朝という気分ではなかった。
「長い間お世話になったでござるよ」
「こちらこそ、ティーチさんが泊ってくれたことを誇りに思いますよ」
「ネスク・テガロにいらした時は、またぜひお越しくださいね」
貞一はネスク・テガロに来てからずっと利用してきた宿のご夫婦に、最後の挨拶をする。この宿は部屋も大きくキレイで、なにより宿のご飯がおいしい、いい宿だった。
「ほら、拗ねてないで。お守り渡すんでしょ?」
「・・・うん」
ずっと夫婦の後ろに隠れていた娘さんが、おずおずと出てくる。
「ティーチ、これ」
そうして、木彫りのキーホルダーを貞一へと差し出してきた。受け取って見てみると、円柱に民族模様が刻まれており、革の紐が付いたキーホルダーのようだ。模様を彫ったのは少女なのだろう。刻まれた模様は不揃いだが、一生懸命彫ったのだろう暖かさが感じられた。
「ティーチさんがネスク・テガロを出るって知って、昨日この子が作ったんです」
「・・・ティーチは冒険者だから、冒険行っても大丈夫なように作った」
その言葉に、貞一は目頭が熱くなる。誰かに贈り物を貰うなど初めてであり、ましてそれが自分の無事を祈ったお守りを手作りしてくれたのだ。思わず目の前の少女を抱きしめそうになるが、ご両親の前でそんなことをすれば、街を出るどころか檻に閉じ込められてしまう。
「ありがとうでござる。大事にするでござるよ!」
貞一は犯罪者にはならないぞとぐっと堪え、お礼の言葉を言った。しかし、少女は違った。みるみると顔が歪んでいき、遂には泣き出してしまう。そして、お礼を言うために屈んでいたティーチに抱きついた。
「ティーチ行かないでーー!! もっと一緒に遊ぼう!! ね?」
こんな時でも、これはセーフでござるか!? アウトでござるか!? などを考える貞一。初めての経験に脳が現実逃避をしているのかもしれない。
「ごめんでござるよ。拙者行かないといけないでござる」
「もう魔法かけてって言わないから! いい子にするから!! お願いティーチ!!!」
やばいでござる。拙者モテ期きたでござるか? この子連れ帰りたいのでござるが。・・・いけるか?
このまま抱えて何事もないように立ち去ろうかと腰を上げかける寸前、母親が少女に言い聞かして貞一から引きはがす。娘の危険にいち早く気が付き未然に防ぐ。母親の鏡である。
母親を抱きしめ、ぐずる赤子の様に泣き続ける少女を見て、貞一は思う。
拙者、この街が好きだったんでござるなぁ。
春に訪れ、約半年。魔王討伐から始まった貞一のネスク・テガロでの生活は、実に充実したものだった。
冒険者になって依頼をこなし、魔境の隅々まで探索を行った。あれほどビビっていた魔境にもかかわらず、今や別の魔境に行くために旅に出ようとしているのだから、人生何があるかわからない。
魔物や魔境について事前に調べるのは命がかかっているため気が抜けないが、ゲームの攻略を進めているようで楽しかった。魔境に必要な物の買い出しをするときは、店の人に顔を覚えてもらい挨拶されるのが嬉しかった。
冒険だけではない。ご飯に誘い相談できるような友人もできた。顔を見れば挨拶してくれる人がどれほどいるか。彼らはわざわざ貞一の別れを惜しみ、激励会まで開いてくれるような関係にまでなれた。
そして、貞一と別れることで涙を流してくれる人がいる。
貞一は改めて、この街に感謝をした。拙者を受け入れてくれてありがとう、と。
「待たせてしまったでござるか?」
センチメンタルな気分に浸りながらネスク・テガロの門へ着けば、すでにレリアが待っていた。『いや、今来たところだよ』と、レリアがいつもの様に答えてくれる。
そうでござる。拙者はレリアたんのために、拙者の装備向上のためにこの街を出るのでござる。いつまでもしんみりしていては、駄目でござるぞ!
「では、行くでござるか!」
「ああ、行こう」
そして、二人は門の外に―――
「ちょっと待ちなさいよーーーーー!!!!!」
踏み出そうとした瞬間、二人を引き留める声が遠くから聞こえてきた。
振り返れば、ドッスドッスと地面を揺らしながらこちらに爆走してくる治癒姫ご一行の姿が見えた。ものすごく遅そうな走るフォームなのに、身体強化の魔法のおかげでめちゃくちゃ早く迫ってくるのは目が錯覚しているようで、脳の処理が追い付かない。
『この揺れ・・・震度、たったの4か・・・ザコでござる』とティーチがふざけている間に、治癒姫たちは目の前まで来ていた。肩で息をしている様子から、ネスク・テガロの中央にある自宅からここまで全力ダッシュをしてきたようだ。
「はぁー、フゴッ、はぁー。・・・ふぅ。アンタこの街を出ていくんだって?」
鼻を鳴らしながらも呼吸を整えた治癒姫ことブーシィは、貞一に確認する。
「そうでござるよ。イコ・ルマンの魔境に行ってくるでござる」
「本当なのね。・・・まず、何で私に出ていくって教えてくれないのよッ!!??」
ブーシィは怒髪天を衝く勢いで怒っている。一方貞一はと言うと、『やべぇ、すっかり忘れてたでござるよ』とてへぺろで乗り切れるかを考えているところであった。
「どうせ、私と別れるのが辛いから黙ってたんでしょうけど、そういうことはしっかり言いなさいよね!」
「え? あ~、え? あーうんうん、そうでござる、そうでござる」
「・・・・・・まさか、本当に忘れていたわけじゃないでしょうね」
「ぷごぉおお!? ちちち、違うでござるよ! だから魔力を込めないでほしいでござるよ!!」
貞一の態度に怒りの魔力を滲ませるブーシィ。さすがは四大貴族家だけあり、ブーシィの怒りの波動は貞一を脅すには十分すぎるほどの魔力の持ち主だ。
「はぁ、まぁいいわ。・・・それで、アンタがこいつとパーティを組んでるって言うロストね」
貞一を許したのか呆れたのか、ブーシィは貞一からターゲットをレリアに変えたようだ。漏れ出た魔力の波動はレリアにも伝わっており、魔法使いの怒りの魔力にレリアは内心震えが止まらなかった。
貞一は自身が豊富な魔力を持ち、また魔力について意識があまり向いていないため鈍感だからびっくりするくらいで済んでいるが、この世界の人間にとって魔法使いが放出する魔力は凶器そのもの。もし怒りの矛先が貞一ではなくレリアであったなら、思わず気絶してしまうほど強烈なものなのだ。
そんな恐怖の象徴たる魔法使いのブーシィが、レリアを睨め付ける。
「ふ~ん、ほんとにロストなのね。これとアンタがねぇ」
引っかかる物言い。二人の間に割って入りたい貞一だが、ブーシィの怒りの魔力を当てられブタであった頃の記憶が蘇った貞一は、フゴフゴと鼻を鳴らすことしかできない。
「イコ・ルマンて言ったら、ゴーレム魔境よね。あそこは上級魔境よ。わかってる?」
ブーシィの問いに、首を縦に振ることで何とか返事をするレリア。
「・・・アンタ、強いの?」
鋭い視線。言葉と共に滲み出す魔力。しかし、その質問に対しては、レリアは仮面越しだが目を逸らさず、しっかりと返答する。
「ティーチ様と力を合わせれば、上級魔境であろうとも負けません」
一人の力では限界がある。ロストであるレリアにできることなど高が知れている。しかし、貞一と一緒であればどんな敵にも後れを取らない。レリアは自信を持って答えることができた。
「ティーチと一緒なら、ね。・・・っふ。いいじゃない。脅すようなことして悪かったわね」
その回答に満足したのか、ブーシィは込めていた魔力を綺麗に霧散させ、笑みをこぼす。
「こいつは何か常識が無くて危なっかしいのよね。聖騎士の重要性も危険性も、わかってるんだがわかってないんだかで」
やれやれといった感じで貞一を見るブーシィ。貞一は好きな女の子の前で馬鹿にされた男子よろしく、その巨大なダンゴムシでも詰まってるんじゃないかと思うほど大きい鼻の穴に、本当にダンゴムシを詰めてやろうかと思っていた。
ちなみに、聖騎士とは魔法使いから身体強化の魔法を掛けられた者のことを指す。魔法使いとは貴族であり、貴族を護る騎士の中から選ばれるため、聖騎士と呼ばれている。正確にはレリアは騎士ではないが、魔法使いである貞一から強化魔法を掛けられるため、周囲からは貞一の聖騎士として認定されている。
魔法使いにとって、聖騎士は最も信頼がおける部下を選ぶものだ。魔王との間に立ちはだかり攻撃を防いでくれる、最後の砦が聖騎士なのだから。
そして、過去に聖騎士が裏切り、強化魔法を掛けられた瞬間に、術者の魔法使いを殺す事件も起きている。聖騎士は貴族に取って最も頼りにする反面、最も危険な存在でもある。それ故、聖騎士の選定は、貴族が細心の注意を払うポイントだ。
「だから、もしあなたがティーチを利用しようとしていたのなら、とっちめてやろうかと思ってたんだけど、杞憂だったみたいね」
「あ、ああ。ティーチ様を利用しようなど、一切考えていないです」
「でしょうね。顔は見えないけど、あなたの態度からそれは伝わったわ」
むしろ利用してほしいと、新しい扉を開きかけている貞一は放っておく。ドエムに一家言あるブルーが同志が生まれるか!? とソワソワしだしたことなど、更にどうでもいい話だ。
「上級魔境は本当に危険よ。聖騎士であるあなたが、しっかりティーチを護りなさい」
「もちろんです」
「ならよし! レリア、あなたも怪我しないようにね」
どうやらブーシィはレリアの名前を知っていたようだ。先ほどレリアに対して突っかかったのは、言葉通りレリアを見極めるためだったのだろう。
「それで、ティーチ。アンタに最後に言っとくことがあるわ」
ブーシィは改まって貞一と向き合う。その表情は真剣そのもの。
まさか・・・これは・・・あれでござるか? 別れ際に告げる大事な話なんて一つしかないでござるよ!? このイベント、どう乗り切ればいいのでござるか!? ヘルプ! ゴッドヘルプでござるーー!!
「いい? 魔法使いの力は強大よ。そのせいで、アンタは振り回されることも悩むことも出てくると思うわ」
すわっ告白か!? と身構えていた貞一だが、どうやら違うようだ。勘違いに恥ずかしさを覚えながら、貞一も真剣に聞く。
「人のためにその力を使いなさい」
「わかっ―――」
「なんて、クソみたいなことは言わないわ」
ブーシィのまさかの手のひら返しに、思わず批難の声を上げそうになる貞一。人のためって重要でござるよと言おうとするが、ブーシィの方が早い。
「魔法使いの力は尊いわ。選ばれた者が扱える力で、アンタは選ばれた。魔法使いとしての義務とか責務とか、そんなもの存在しない。アンタの力なんだから、アンタ自身のために力を使いなさい。それが結果的に人助けになろうとも、アンタが納得して力を振るうこと。いいわね?」
ただただ真剣に、ブーシィは貞一へ伝える。
強大すぎる力は、それを目当てに邪な者たちが群がってくる。普通の貴族であれば、王都から派遣されている管理官がそういった者たちを事前に遠ざけるだろう。実家から半ば勘当されたブーシィですら、弱っていて付け入る隙があると思われて絡んでくる奴らが大勢いる。
なら、管理官もいなければ貴族でもない魔法使いの貞一に迫ってくる者がどれほどいるか。
ネスク・テガロにいれば、ブーシィが目を光らせ、そういった輩に睨みを利かせていた。管理官が貞一に接触しようとしていたが、ブーシィが邪魔をして貴族というしがらみから貞一を護っていた。しかし、他の街に行けばブーシィの威光も無くなってしまう。
ブーシィは、イコ・ルマンを守護する貴族に貞一たちの紹介状の一つでも書きたかった。きっとロストがいると何かと不便なことが多いだろう思って。しかし、四大貴族のディーエン侯爵家であるブーシィだが、同じ東領の貴族ならばブーシィの実態も知っている。ブーシィは自分がいかに馬鹿にされているかを理解しており、紹介状が逆効果を生んでしまう可能性が懸念された。
だからこそ、ブーシィは言葉だけでも最後に貞一に伝えたかったのだ。
美味い話とか義務とか矜持とか。そんな耳障りのいい言葉に騙されるのではなく、貞一自身がそれをやりたいかどうかで動けと。
「わかったでござるよ。拙者は拙者のためにこの力を使うでござる」
元々意思の弱い貞一だ。おべっかを使われ、おだてられ、泣き落としに脅されでもすれば、ほいほい利用されてしまっていただろう。
ブーシィの言葉を受け、貞一は今一度気を付けようと意識を改める。
「それならいいわ。・・・本当に行くのね」
「行ってくるでござるよ」
「そ。アンタにはゴブリンキングの借りがまだ残ってんのよ。上級魔境だかなんだか知らないけど、死ぬんじゃないわよ」
「もちろんでござるよ」
「なら、早く行きなさいよね!」
そう言って、後ろに振り返るブーシィ。その肩は震えているが、貞一は何も言わない。応えることができないのに、優しさだけを振りまくなんて貞一にはできない。
「わかったでござるよ。ネスク・テガロにはたくさんお世話になったでござる!! 行ってきます!!」
レリアも深く街に向けて頭を下げ、二人は街を出る。ブーシィの言葉と、この街での思いを胸に。目指すはイコ・ルマンの街。そして、ゴーレム溢れる上級魔境。
冒険者パーティ治癒姫は、リーダーであるブーシィを除いて他に3人いる。彼らが一切会話に入ってこなかったのは、ブーシィが抱える思いを察し、ブーシィの邪魔はできないが一人で行かすわけにもいかず、結果貞一に別れの挨拶もせずに、永遠の別れの挨拶をするために呪い殺さんと呪詛を吐きながらガンを垂れていたからなのは、言うまでもないことだろう。




